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Prism Hearts  作者: 霧原真
第四章
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旅の仲間を増やすのだ(2)

朝のホームルームの間、俺とメイはずっとのんびりおしゃべりをしていたのだが、どうやらそれが先生にバレた様子はなく、何事もなく連絡事項の伝達は終わったようだった。

「それでは~、これで朝の連絡を終わります~。チャイムにはまだ少し早いですが~、これでホームルームは終わりでいいと思われます~」

「そう、ね。今日は連絡事項も少なかったみたいだし、これ以上伝えなきゃいけないことがないんなら、もう終わりでいいわね。それじゃ、これで朝のホームルームは終わり!」

「一時間目の授業まで~、少しだけ間がありますが~、みなさんは~、きちんと授業の準備をして、待っていてくださいね~」

「一時間目は現国よ。まだ教科書が新しいからって、いたずら書きなんかしちゃダメだからね」

「そういえば~、先輩の教科書は~、いつでもたくさんの芸術に覆い尽くされていましたね~。あれは~、とても見ていて癒されました~」

「そうそう、あたしってけっこう絵心あってね、パッと描いたイラストとかが意外と上手いって評判だったのよ、って、そういうことは言わないでいいの!」

「自分がやっていたことを~、素知らぬ顔でやってはいけないということができる先輩は~、やはり将来的に見て大物の器ではないかと~。先生には~、そのようなことは、できませぬ故~」

「あぁ~! もぅ! ゆりのバカ!」

「あら~、そういうことは~、教師としていうべきではないかと、思われますよ~、先輩~。言うとしても~、『おバカさん』くらいで~、止めておくべきかと~」

「…、それって何が違うのよ」

「違うも違う~、大違いです~。どことなく、おバカさんの方が~、雅な感じが~、しませんか~?」

「…、しないわ」

「そうですか~、それならば~、きっと、そうなのでしょう~。先生も~、今しがた思いついたことを~、そのまま言ってみただけ、ですので~」

「…、なんでこの娘は、そんなに適当に、適当なことを言えるのかしら……。発する言葉に対する誠実さとかは、教師として必要ないとか、思ってないわよね……?」

「発する言葉に誠実であることと~、教師として誠実であることは~、必ずしも一致しないのではないかと~、先生は考えます~。本当に~、発せられる言葉すべてに対して誠実であることを望むのならば~、本質的に教育というものを行なうことはできません~」

「ど、どうしてよ…、ほんとのことを、生徒たちに間違いなく教えてあげることが、教育じゃない。教師として、持っている全ての知識をみんなに伝えることが、教師が持つべき言葉に対する誠実さってものじゃないのかしら」

「学問というものは~、日進月歩、分進秒歩で発展していくものです~。先輩のように~、語学という~、一つの体系として比較的安定しているものを教える分にはそう感じないかもしれませんが~、教科書の内容が覆されるということも~、あながちありえないことではありません~。それ故~、今日口にしたことが~、あるいは明日にはもう~、うそになっている可能性も~、どうしたって否めないのです~」

「そ、それは、そうかもしれないけど……」

「ですので~、無知蒙昧なる一個の人として~、『先生に教えられることで、間違いない真実と言い晴れることは一つもありません~』と、宣言してから授業をするのが~、もっとも誠実な教師像である可能性も~、否めませんね~」

「そ、そんなことないわ! 全力を尽くすことが誠実さなのよ! 確かにゆりの言った通り、もしかしたら私たちはなにも知らないのかもしれないけど、でもだからって、教師としてのあるべき姿がねじ曲がるわけじゃないじゃない。自分に今教えられることを全力で教える、そして何か間違ったことを言ってしまったら包み隠さずそれを明かしてしっかり教え直す。それが教師として、私たちに出来ることで、しなきゃいけないことじゃないの。そうやって、何もできないとか、何も知らないとか、ネガティブなスタンスから出発するのは、絶対間違っていると思うわ。それに、教師としての誠実さと、言葉に対する誠実さは、また違うものじゃないかしら」

「ほぅ、非常に興味深い御意見です~。それでは先輩にとって~、教師としての誠実さとは、言葉に対するそれ以外に~、なにがあるのでしょうか~」

「それは、あれよ。教師っていうのは、やっぱり生徒たちときっちり向き合ってこそ、その誠実さを果たすことができるのよ。だからね、言葉に対する誠実さも、もちろん持ってなきゃいけないんだけど、行動についても、生徒との向き合い方についても考えなきゃいけないの。一人一人の生徒と真摯に向き合って、それからいっしょに勉強していったり、悩み相談に乗ってあげたり、いけないことをしたら怒ったりもするかもしれないけど、でもそれはその子のことを思ってあげているからなの。つまりね、教師にとっての誠実さっていうのは」

「あ~、チャイムです~」

「へっ? なに?」

「それではみなさん~、帰りのホームルームまで~、ご機嫌よ~、です~」

ゆり先生の、綾先生の言葉を止めるように発せられた不意の言葉によって、話に熱が入ってきた綾先生の話は強引に打ち切られることになった。そして、その言葉の通り、間もなく黒板の上に設置されているスピーカーからは電子音で構成された、ホームルームの時間が終わったことを告げるチャイムが鳴り響いた。

「ちょ…、ちょっと、ゆり! 話はまだ終わったないわよ! 待ちなさい!」

そしてすすすっ、足元を滑らせるように教室から去っていき、カラカラと扉を閉じたゆり先生を追うように、綾先生は教室から駆けだして行ってしまったのだった。いつものことながら、二人揃うと姦しいというか、なんというか、まじめにやっているのだろうが、完全にコントである。

綾先生は担任で、ゆり先生は副担任。間違いなく立場的には綾先生の方が強いはずなのに、どことなくゆり先生が主導権を握っているような気もする。他人をあそこまで翻弄することができるっていうのも、あるいは一つの才能なのかもしれない。

「み~つ~き~ちゃ~ん」

しかし、綾先生のせわしない足音が遠くに消えていくのを聞きながら、俺が息を抜こうとした次の瞬間、後ろの方から少し間延びしたような、ゆったりとした声が俺を呼ぶのが聞こえた。その声の主は、今しがた教室を去っていったばかりのゆり先生のものである。

あまりに不意を突かれたのでそれに振り向く動作に手間取って、膝を机の脚にぶつけてしまった。思ったよりも思い切りぶつけたこともあって涙が滲みそうになるのをこらえて振り向くと、ゆり先生は、細く開けた扉の隙間からその姿をわずかに見せているのみであり、しかし確かに俺に向かって小さく手招きをしているようだった。

「な、なんですか、先生?」

俺は、どうしてかは分からないが、呼ばれたのだから急いでそちらに向かう。廊下に出てゆり先生と向かい合うと、その後ろに綾先生の姿は見えず、どうやらあっという間にその追跡を振り切ったようだった。

どうやってそんなに簡単にあの速度の追跡を振り切ったのか、ということは若干気になるが、しかし今はそこよりも先生になぜ呼ばれたのか、ということの方が重要である。

「三木ちゃん~、人がお話ししてるときは~、お話を聞かないと~、メ、ですよ~? 何についての~、どういうお話しかは~、三木ちゃん自身が一番知っていると~、思いますが~?」

「ぅぐ…、すいませんでした……」

「いい子ですね~、ちゃんと、ごめんなさいできました~。よしよし~」

俺は、スリッパから踵を浮かせて、軽く背伸びをしながら俺の頭を撫でる先生の為すがままにされながら、少しだけしまったな、という気分になっていた。

どうやら、バレてはいないと思ったのだが、ゆり先生には俺がさっきのホームルームの間にメイとこっそりしゃべっていたのに気付かれていたようだった。他人にバレなければ何をしてもいいとは、さすがに思っていないが、しかし、しゃべるくらいだったら別にいいかな、と思ったのも事実である。少なくとも、ゆり先生の前でこっそりおしゃべりするのは、もう止めておいた方がいいのかもしれない。

「特に~、先生がお話ししてるときは~、先生の方を見てないと、メ、です~」

「はい、これからは、気をつけます」

「他の先生のお話のときは~、別におしゃべりしてもいいですが~、先生のときだけは、メ、ですからね~?」

「? 他の先生のときは、いいんですか?」

「他の人に迷惑をかけないようにするならば~、かまいません~」

「でも…、先生のときは、ダメなんですか?」

「メ、です~。先生のことは、ちゃんと見てなきゃ、ダメですからね~」

「わ、分かりました、先生のことは、ちゃんと見ているようにします」

「三木ちゃんは~、やっぱり、先生の言うことをよく聞ける~、いい子ですね~。よしよし~、です~。それでは~、先生はもう行かなくては、なので~、失礼するですよ~」

「あっ、はい」

もう一度俺の頭を軽く撫でると、先生は階段の方に向かってまた足音を立てずに去っていくのだった。俺は、どこか釈然としない心持ちになりながら、しかしいつまでも廊下で立っているのもおかしいわけで、心の中で首を傾げながら教室へと戻るのだった。

「ゆっきぃ~、どうしてろ~かにいたの? トイレ?」

そして俺が教室に戻ると、俺がいないわずかな隙を突いて志穂が俺の席を陣取っていたのだった。いや、陣取っているというよりも、むしろ寝そべっているというか、なんというか、占拠されていた。

俺が廊下に出ていた時間は、ほんの数分にすらも満たないわけであり、志穂はホームルーム終了直後には既にこちらに向かってきていて、俺が廊下に出るのと入れ替わりで俺の席に座ったに違いない。そして、まるでそこが自分の席であるかのように異常なまでのくつろぎ度合いを見せており、これはもはや机の主である俺に対する挑戦なのではないか、とすら思うほどであった。

「いや、トイレじゃねぇよ。ちょっとゆり先生に呼ばれただけだよ」

「ゆりちゃんに? なになに、ごはんもらったの?」

「ご飯もらったのって…、ゆり先生は食べ物配って歩いてる人じゃないんだから、そんなわけないだろ。っていうか、そういうよく分からない食い物は絶対食うなよ。知らない人からもらったりしたものは、特にだからな。…、いや、食べ物配ってる人って、そもそもなんだよ、意味分からん」

「ん~、なんで、たべちゃダメなの?」

「それは、あれだよ、危ないだろ、やっぱり」

「あぶないの?」

「まぁ、普通はな。いや、もしかしたらお前はなに食っても腹も壊さなければ体調も崩さないで、毒を食っても分解するような身体をしてるとしても、もしかしたらってことがあるだろ、やっぱり」

「ん~、じゃあ、きをつける~」

「おぉ、そうしろそうしろ。で、俺は座る席がないんだが、さっさとそこから退いてくれないか?」

「え~、なんで~?」

「お前…、人の話を聞きなさい! そこは俺の席でしょ! で、お前の席はあっちでしょ! お前は俺にあっちの席に座れっていうのか!?」

「ダメなの?」

「…、よし、分かった、いい度胸だ……。これからあの席にあるものは全て俺のものだ…、いいな! 財布もケイタイも、教科書もノートも弁当も、ぜんぶ俺のだからな!!」

「じゃあ~、ゆっきぃのつくえにあるのは、ぜんぶあたしの?」

「…、まぁ、そういうことになる、か、うん」

「じゃあ、きょうのお昼は、ゆっきぃのごはんだ! やったぁ!」

「あれ…、なんで……? 普通こういうときって…、『あたしのものをとっちゃダメ~』ってなるもんじゃないの……?」

「ゆっきぃのごはんたべられるなら、なんでもいい~」

志穂は、べたっと机に寝そべって、脇にかけられている俺のかばんに手を突っ込んで今にも弁当を取り出して食い始めそうな気配を醸し出している。このままでは、一時の選択ミスによって、せっかく今朝も早起きしてつくった俺の昼飯が奪われてしまうではないか。

どうしたら、どうしたらいい……。俺の弁当を守るために最も適した方法は…、なんだ!!

「志穂! ゴールデンウィークに旅行に連れてってやるから、今すぐその机を俺に明け渡せ!」

「りょこう? あたしも行っていいの?」

「今すぐに、その机から立ち退き、俺にその支配権を返したら、な」

「ん~…、どけば、いいの?」

「まぁ、平たく言ったらそうだ」

「それじゃあ、わかった~」

「よしよし、さっさと自分の机に戻って、一時間目の準備でもしてるんだぞ。どうせ五分もしないうちに寝るんだろうけど、準備だけはしとけよ」

「は~い」

そう言うと、志穂は俺のかばんに突っ込んだ手を抜き出してぴょこん、と立ち上がり、自分の席に向かって軽い足取りで帰っていくのだった。こうして、俺の領土である俺の机は、無事に何事もなく俺の手へと返されたのである。まったく、俺の予想を裏切るんじゃないと、何度言えば分かるんだ、こいつは。

しかし、これで旅行に行くメンバーが四人になったということだ。まぁ、志穂は最初から乗り気だったみたいだし、端からあとで誘ってやるつもりだったわけで、別に何の問題もないのだが。いや、むしろ、普通に誘ってしまったら、ただ志穂が旅行に参加するという結果だけが残っただけなのだから、それをあえて交渉のカードのように用いることで志穂から平和的に領土を奪還するとともに、本来の目的である志穂の旅行への参加という結果まで引き出せたのだから、これは一つの一挙両得というものなのかもしれない。

だが、まぁ…、はぁ…、無事で何よりだ…、俺の弁当……。

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