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Prism Hearts  作者: 霧原真
第四章
51/222

罪と罰ちゃん

「だからさ、俺はさ、別にさ、そんなエッチなことばっかり考えて生きてるわけじゃないんだって。いやね? 確かに俺だってそういうことをまったく考えないわけじゃないのよ? でも、だからって年柄年中日がな一日そんなことを考えながら生きてるわけじゃないのよ。そういうことを考えるのも、なんていうのかな、健全? っていうか、アレなわけじゃん? そこらへんのところは、いくらなんでもそれなりに認めてもらわないと俺は生きていけなくなっちゃうわけ。姐さんだって、人間なんだから、そこらへんのところは分からないでもないでしょ? だからさぁ、なんていうのかなぁ…、こう、今回は俺も悪かったと思ってるし、見逃してください」

「…、いや…、いや、無理だ」

「なんで~! 俺はこれからもうこんなことしないって約束するし、今回のことも自分が悪かったって認めるし、姐さんに破廉恥だと思われないように注意するって言ってるのに、なんでだって!」

朝のホームルームが始まるまでの時間をいっぱいに使って、俺は姐さんに対して、自分が特別に破廉恥な人間ではないということを伝え、そして今回のことについて水に流してくれるよう嘆願するというミッションに立ち向かっているのだが、しかしどうもその状況は改善されている様子が見えない。俺がこんなにがんばって説得しているというのに、解決の糸口さえも見えないとは、ミッションとしての難度が、あまりに高すぎるのではないか、と思う。

いや、そもそも難度が高すぎるのは姐さんを説得するということ自体であり、その鋼鉄の意志をねじ曲げるということなのだ。それを成し遂げるためには超高熱を持ってして一度溶かしてしまうか、あるいは強引なほどの力を持ってして折り曲げるかのどちらかしかないであろう。

しかし俺は、姐さんの意思を強引に折り曲げる(ガチンコタイマンバトルに勝利する)ことなどできようはずがないのだ。それならば、熱をもってして一度溶かしてしまう(言葉で言いくるめる、あるいは説得する)ことができているか、といえば、それも今はうまくできていない感じがする。なんというか、己の言論に切れ味が感じられないというか、押しきるだけの熱量が不足しているというか、きっと朝だからそこまで頭が回っていないとか、そういうあれに違いない。

どうも、軽く詰んでいるようなのだが、詰んでいるのならば詰んでいるなりに戦いようというものがある。ここはおそらく、遅延作戦を選択することこそが正しいというべきだろう。なんとか話を引き伸ばして引き伸ばして、朝のホームルームが始まってしまう前に、姐さんがもうダメだと結論付けてしまうことがないようにするしかないのだ。

「ダメだ、やはりこういうことは見逃しては、いや一度でも許してしまうといけなかったのだ。今までも、お前がそういうから、と何度か見逃してきたのだが、しかし一向に改善が見られないではないか。お前はもう破廉恥なことはしないと言っているが、しかしそれが改善されているようには、私にはどうしても思えない」

「いや、それは、姐さんが厳しすぎるんだって」

「私は、誰よりも厳しくなくてはいけないんだ。風紀委員会に所属するということは、そういうことだろう。たとえ友であったとしても、そこでなんらか風紀上よくないことが行なわれていたらそれを諌めもするし、当然止めるに決まっている。いや、友であるからこそ、そのものの振る舞いを厳しい目線で見守らなくてはならないのだ。私は風紀委員であり、小隊長として一つの集団を治める立場にいる。もちろん必要以上に公明正大でなくてはならないし、当然、友だからと言って何かを見逃すようなことがあっては、示しというものがつかないではないか。お前も、風紀委員の友だちがいるからやりたい放題しているなどと思われたくはないだろう」

「まぁ、姐さんの言うことはその通りだと思うけどさ、でもそれってけっきょく理想論でしかないわけじゃん。姐さんは細かなところまで気になっちゃうんだってことは分かるよ。だけどさ、そうだとしても、なんでもかんでも取り締まればいいってわけじゃないだろ? もうちょっとフレキシブルにしてさ、一つの枠に全てを押し込めようとしちゃいけないと思うわけよ、俺は」

「確かに、そういう考え方もあるかもしれない。もちろん、すべてをすべて画一的に裁くべきではないというのは、間違っているとは、私も思わない」

「だったら、」

「しかし、だ。そうやって自由度を高く取り、決まりごとに必ずしも縛られずに判断を下す考え方が大切なのと同様に、拘束力を強く示し、決まりごとに忠実に裁きを下していく考え方も重要になるだろう。どちらがよいとか悪いとかではない、どちらも重要で、どちらも必要なのだ。お前は一つの枠に押し込んでしまうと自由な発想を阻害するとでもいいたいようだが、しかしそれは、逆に考えれば、言葉巧みに決まりの抜け穴を通り抜けることを暗に容認しているということにはならないか? それでは、決まりを定める意味がないではないか。決まりをつくるというのは、かっちりと、外れることの許されない一つの枠を定めるということに他ならない。もちろん、その枠の中に収まっているのならば、どれだけどのようなことをしても、許容されるべきだろう。しかし、だ、もしもそこから一歩でも踏み出してしまったらどうだ。そのような場合、お前の言うようなやり方ならば、『一歩くらいなら仕方ない』と許容するに違いないが、そうだとしたら、そこにわざわざ一線を引いた意味はどこにある。踏み越えてはいけない、という意思を込めて引かれたはずの一線を、踏み越えたのにどうしてそれが許容されるのだ」

「そ、それは…、そうかもしれないけどさ。でも、それが許容されるかどうかは、その程度にもよるわけじゃん。その一歩がさ、許容していい方向に向いているかどうか、ちゃんと話し合ったりすればいいじゃん」

「それでは、その話し合いには何の意義を持たせればいい。決まりの再画定か? 例外的措置の策定か? どちらにしても、それではいたちごっこではないか。それに、その話し合いをするときの基準はどこにおけばいい。三木、お前の言い分には、決まりというものを意図的に軽視しているきらいがある。すべての基礎にあるのは決まりに他ならないのだ。決まりから逸脱することも、決まりがあるからこそできることであり、決まりがなければ何かを始めることすらできないだろう。当然、決まりというものは破るために決めるものではなく、守るために決められているのだ。それを守ることが、集団に帰属するということであり、一個の人間として生きるということなのだ」

姐さんの言は、間違いなく正論であり、打ち倒すことなどできようもないほどに真っ当だった。俺の言っていることというのは、当然、俺自身の利を求めるが故のものであり、その意図を否定することはどうしたってできないが、姐さんは自分自身をも度外視しているという点で俺とはその客観性が異なる。

客観的に正しい言説は、主観的に正しいだけの言説では、そもそもぶつかり合うことすらできない、次元違いの強さを持っているのである。

「お前の言い分が、すべて間違っているなどとは、もちろん言うつもりはない。お前の考え方も、ある意味で今風のものなのかもしれないし、それなり以上に受け入れられているものかもしれない。だが、私はそれを手放しに受け入れることは、出来ないのだ。私のことを堅物だと思うものは多いかもしれないし、実際のところ、自分でもそうであると自覚しているところも、なくはない。しかし、私はそれでいい、いや、それがいい。堅物であることを恥じるつもりも、変えなくてはと思うこともない。私のように、愚直と思われようと決まりに殉ずるものがいなくては、決まり自体が風化してしまうだろうからな。人の通らなくなった道は、あっという間にダメになってしまうと言うことを知っているか。しかし逆に、誰か一人だけであってもそこに思いを寄せている者がいれば、それがダメになってしまうことはないのだ。守ろうとするものがいる限り、それは決まりについても同様だ。私は、自分が決まりを守って生きていくことによって、周囲にそれを波及させていくことができると信じている。お前にも、そうすることができると信じているんだ」

「ぐっ…、つ、つまり、どういうことだい……?」

「つまり、私は、私自身の主張を、今のお前に理解してもらえないとしても、己の心の中の意思に基づいて、お前に裁きを与える必要があると言うのだ。お前は、それに納得することができないかもしれないが、それはあくまでも今だけの話であり、いつかお前の中で得心が行くときが来る、とも信じている」

「もっと、具体的に言うと?」

「私は、お前に対して、断罪を行なう。もちろんそれは、今回のケースに対して適当であると思われる程度のものでしかないが、しかし罰は受けることに意味があるのであり、その大きさが全てというわけではない。ルールに照らして適切な罰を与えることも、ルールを遵守する上で重要なことだからな」

「た、たとえばだけど…、どれくらいの罰が適切だとお考えですか、姐さん……?」

「そう、だな…、今回は特に何をしたわけでもないが、しかしその性根をたたき直す意味も込めて…、天方に誠心誠意謝るくらいがちょうどいいのかもしれないな。それから、もう破廉恥なことはしない、という約束に背いた罰も必要だ。それについては、軽くしっぺをする程度で十分だろう、皆藤が」

「えっ!? 姐さんがやるんじゃないの!?」

「以前、お前が一度目にその約束を破ったときは天方が、この間、二度目に破ったときは私がしっぺをしたのだ。懲りずに三度も約束を破るということがどういうことか、お前には心の底から理解してもらう必要がある。そのために、今度のしっぺは皆藤にやってもらうのが適当であろう、という結論に至ったのだ」

「ほぇ? りこたん、なんかいった?」

「志穂、今来たのか?」

「うん、だってもうちこくになっちゃうから」

「あぁ、もうそんな時間か……」

「む、どうも私が話し過ぎてしまったようだ。よし、ちょうどよく皆藤もきたことだし、ホームルームが始まる前に罰を済ませてしまわなければいけないな。さあ、皆藤、三木にしっぺをしてやってくれ。また今日も三木は破廉恥なことをして、天方に意地悪なことをしたのだ」

「はれんち~は、だめって、こないだりこたんがいってたよ。ゆっきぃはいつもだめなことばっかりするんだから、もう」

「お前にだけは言われたくねぇよ!」

「まぁ、今回は軽くでいいのだぞ、皆藤。あまり強くやってしまっては、過度な罰を与えたことになり、決まりに背くことになってしまうからな」

「は~い」

「志穂の軽く、とか信用ならないよ! こいつの一番苦手なことは、手加減だよ! 姐さん!」

「なに、しっぺなど、軽く青あざが出来る程度だろう。そこまでの罰ではないのだから、文句ばかり言うな。お前がこれに懲りて、破廉恥なことをしないようにするための罰なのだからな」

「志穂のしっぺなんて喰らったら、腕がもげるよ!」

「いっくよ~……」

いつの間にか教室にやってきていて、いつの間にか俺たちのそばにいた志穂だったが、姐さんにやってくれと言われたしっぺに何の疑問も抱かず、訳も知らぬまま刑を執行しようとしている。俺の腕は志穂にがっちり掴まれていて、志穂は握った拳から揃えて立てた人差し指と中指にはぁ~……、と息を吐きかけていて、準備万端といった体だった。

あんなことをしても、普通はダメージが増したりしない感じなのだが、しかし志穂がやったらそれがまるでなにかしら必殺技の前振りのようで、徒に恐怖感だけが高まっていくのだった。

「あ、姐さん! ごめんなさい! もうしません! ほんとに、もうしませんから!」

「ダメだ、お前には罰を与えなくてはならないのだ。私も、そのことには胸を痛めているのだが、しかし、これもお前のためだ」

「姐さんのお説教で改心したから! マジで!!」

「皆藤、やれ」

「ほーい」

しかし必死の懇願も、姐さんには届かなかった。姐さんは一度決めたことは基本的に翻さないし、やるといったらやる人なのである。

気軽い感じで、志穂は俺の前腕に向かって揃えた二本の指を振り下ろす構えに入った。逃げようとするのだが、しかしその握力の前にどうしても足がへたり込んでしまうので、振り払うことはおろか一歩でも逃げ出すこともできないのである。

「にゃっ!」

「やめてぇえええええええええええええええ!!!」

そして、志穂の手が振り下ろされる風切り音と重なるように、俺の悲痛な叫びが、ホームルーム開始直前の教室にこだました。

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