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Prism Hearts  作者: 霧原真
第四章
49/222

少し早く起きた朝に

一夜明けて、俺はいつもよりも少しだけ早く目を覚ました。

「広太、おはよう」

「おはようございます、幸久様。今日は少しだけ早くお目覚めになられたのですね」

「あぁ、少しだけな。今日は、しなくちゃいけないことがあるからさ」

「そうなのですか、朝食は、簡単にならば私がご用意いたしますが、どうなさいましょうか」

「お前が用意できるものって、焼いてない食パンにマーガリン塗るとか、レンジでチンするなにかとかだろ。朝はちゃんと俺が用意するから、お前は自分のすることをしてくれ」

「はっ、承知いたしました。それでは、テーブルの用意を整えさせていただきます」

「あぁ、そうしてくれ」

もちろん、広太が準備するとかしないとか言ったって、今日の朝食のための仕度は昨日の夜から少なからずやっているのだ。だから基本的に何をつくるかは決まっているのであり、急転換することなどできるはずがないのである。

今日の朝食の主食は白い飯、それは昨日の夜に炊飯器をセットした瞬間から揺らぐことのない決定事項だ。

「飯に合わせられるもので、今冷蔵庫の中にあるものからすると……」

豆腐があるが、これは今日の晩飯で煮奴をつくるために必要だから使うことはできない。肉も、朝飯のためだけに調理している時間があまりないのであまり使いたい感じではない。あとは野菜がいろいろあるが、しかし野菜炒めを朝っぱらからつくるっていうのも若干重い感じがする。

いや、基本的には弁当をつくったついでの余りを食えばいいのだが、しかし。

「まぁ、いいか、まずは弁当つくってから考えよう」

とりあえず弁当箱を二つ戸棚の中から取り出して、流水で軽く流す。べつに一晩置いておいただけだから、そんなすぐに汚れるはずはないのだが、気分だ気分。

「広太、今日も俺のといっしょに弁当作ってもいいだろ? それとも昼は久しぶりに店屋物でも取りたいか?」

「いえ、幸久様の御手間でなければ、お弁当をつくっていただければ幸いです。幸久様のつくられるお料理が、何よりも私の好物ですので」

「そうか、安上がりなやつめ。金はお前の節約で少しくらいだったら余ってるんだから、別に週に一回くらい昼飯で贅沢したっていいんだぞ?」

「外食をするくらいならば、幸久様のお料理を食べたく思います。下手な飲食店で出されるものよりも、幸久様のものの方が健康的で、そして美味です」

「別に俺の飯なんて、普通だろ」

「いえ、私にとっては、それがなによりの御馳走ですので……」

「ふぅん、まぁ、それがいいっていうんなら、俺は別にいいんだけどさ」

とりあえず弁当箱に半分飯を詰めて、放置。もう半分に詰めるおかずの方をつくることにしよう。

「卵焼きと漬物入れて、あと…、あぁ~、ショウガ焼きだ、ショウガ焼きにしよう」

というわけで、今日の弁当はショウガ焼き弁当に決定したのである。ショウガ焼き弁当は、正直、弁当に詰めるおかずがなにも思いつかなくて困ったときの対処策である。急きょ、弁当箱の面積の半分ほどに詰めた飯を三分の二辺りまでしゃもじで押し伸ばす。

この上に三枚くらい、あまりタレが入らないように気をつけながら肉を並べて、それからいっしょに炒めたもやしとか玉ねぎとかの野菜を、肉を覆うように上に敷く。そうすると、野菜に絡んだタレが軽く肉に遮られて、昼のころにちょうどよく飯に染み込むのだ。

あと、タレがあまり流れないから、他のところをタレが侵食することもあまりないのだ。まぁ、とはいっても、一応他のものの下には銀紙カップとか敷いておきはするのだが。

「となると、まずは野菜を切るか。ふむ」

冷蔵庫の中から玉ねぎを取り出して皮をむき、半分に切ってから芽と根を落とし薄切りにしていく。間もなく、まな板には玉ねぎ一つ分のスライスの小さな山がつくられる。冷やしておいたので涙がぼろぼろ流れることもなく楽な作業である。

個人的に、薄くスライスされている方が炒めた後に冷めた後にしんなりして好きだったりする。

「で、豚肉の処理と」

バットに豚肉のスライスを並べて片栗粉を薄く振りかけていく。それからパタパタと叩いてやり、肉の裏表に軽く片栗粉をまぶしてやればそれでよし。

「ここまでくればあとは炒めるだけ、と」

大きめのフライパンを出し、中火にかけてキッチンペーパーを使って油を薄く伸ばす。十分に熱せられたところで肉を一枚ずつ丁寧に広げながら並べていき、うっすらと脂が浮いてきたところで返し、そこにスライスした玉ねぎを加えていく。

少し待ってからフライパンを回してやり、混ぜつつ返してやると、もう全体に軽く焼き色がついているので市販されている普通のショウガ焼きのタレを少し多いくらい回し入れる。全体になじませながらもう少し炒めていっくと、玉ねぎに火が通ってしんなりしてくるので、それでももう完成だ。

「ふぅ、簡単だな、ショウガ焼き。肉の調理は時間かかるとか言ってごめんな」

「もう出来たのですか?」

「あぁ、もう食えるな。まぁ、肉は弁当用だから食わないんだけどさ」

「お手伝いできることはございますか? 幸久様」

「そうだな、俺はあと卵焼きをつくるだけだから、もうそれほど時間かからないし…、いいからいい子で座って待ってろ」

「はっ、了解いたしました」

「朝飯食えるようになったら呼ぶからな」

「それでは、お邪魔にならないように静かに待っております」

「あぁ、そうしてくれ」

広太は大抵のことは器用にこなすのだが、どうしてか料理だけはできない。盛り付けなんかも絶望的で、どうして料理に関してだけこんなにできないの? と聞きたくなるほどだ。

「卵焼き卵焼き、と」

そうだ、この間ネットで偶然見つけた味付けを試してみるとしよう。正直、いけるかどうか全く分からないから、失敗になるかもしれないが、まぁ平気に違いない。もしダメでも、黙って全部食えば問題ない。

卵を三つ割り、そこに軽く三回、小さじ三杯より少し多いくらいポン酢を垂らしてやって、混ぜる。それだけでもう味付け完了ということなのだが、本当にこんなので大丈夫なのか、まったく確証がない。

「まぁ、焼けば分かるだろ」

卵焼き用の四角いフライパンを取り出してコンロに中火でかけ、さっきと同様に油を敷く。フライパンがちょうどよく熱せられるまでに卵を溶いていく。

溶き卵を一滴垂らして、熱し具合を確かめてから、卵焼きを焼いて巻いてをし始める。そんなに時間をかけるのもバカらしいのだが、しかしここで適当にやってしまってもし失敗でもしたら、きっと一日中ぐったりしてしまうのでここは気合を入れてやっておこう。

「こういう単純作業が、けっこう楽しいんだよなぁ…、いや、料理ってけっこう全体的に単純作業なのかもしれんなぁ……」

そう考えると、料理というのは不思議なものだ。単純作業の積み重ねでありながら、全体でみるとかなり発展的な作業なのだからな。いや、あるいはあらゆることが、単純作業の積み重ねによって発展的なものを組み上げていくのかもしれない。

単純作業というのは巨大な何かを組み上げるためのピースづくりのようなものなのかもしれない。そしてそれを使って何かを組み立てるのが発展的な作業なのだ。

「あぁ、どうでもいいことを考えてるうちに、巻き終わってしまった…、牛乳パックの上に放置して冷ます、と」

卵焼きが完成したのでショウガ焼きの方に作業を戻そうと思う。適度に冷めてきた飯の上に、適度に冷めつつあるショウガ焼きを三枚乗せ、その上に玉ねぎたちをちょちょいと乗せていく。それから弁当箱の空いているところに銀紙カップを、小さいものと大きいものを二枚敷いて、小さい方には冷蔵庫から出した漬物をどさっと入れる。

こういう大ざっぱな弁当だと間違いなく箸休めがたくさんほしくなるのは、もう経験則でよく分かっているし、特にそれについて悩むことはない。むしろ悩むのは今日の卵焼きの味の出来栄えであり、本当にポン酢を入れるだけでよかったのか、いまだに疑問でならない。

「卵焼きはもうちょっと冷ましてからの方がキレイに切れるし、先に朝飯だな……。広太、朝飯にするぞ」

「はい、テーブルの方の仕度は、既に」

「飯よそえ、それに弁当の残りのショウガ焼きのタレと玉ねぎをかける」

「今日は、ずいぶんと豪快な朝食ですね」

「これは手抜きというんだ、広太」

多めにタレを入れ多めに玉ねぎを刻んだので、弁当箱の中に収めた後であっても、まだけっこうな量がフライパンの中に残っていて、これをかけるだけでも飯が二三杯食えるだろうことは明らかだった。

そして炊飯器の中の飯はまだ案外残っているので、どうやら今日の朝飯はご飯祭になりそうな感じである。

「卵焼きも、八個くらいには切れそうだし、端を一個ずつ食うか」

「いただいてもよろしいのですか?」

「別にいいんじゃね? 後で食うか今食うかっていうだけだし、今食ったからって気にすることじゃないだろ」

「そうですか、今日は新しい味付けをお試しになられたようですし、とても楽しみです」

「? なんでそんなこと知ってるんだ?」

「幸久様がおっしゃっていらっしゃいましたことが、耳に届きましたので。幸久様はおひとりで料理をなさっていると、特に独り言が多くなられますので」

「マジ? 俺、そんなに独り言いってる?」

「そこまでということはありませんが、しかし確かに独り言は言ってらっしゃいます。個人的な見解ですが、あまりそのような状態は好ましくないように思いますので、可能であるならば直されるのがよろしいかと思われます」

「うゎ……、独り言とかめっちゃ恥ずかしい……」

広太は、俺の独り言は大したほどではないと言っているが、しかしこういうときは俺のショックが大きくならないようかなり手加減しつつ告げているはずだし、俺が独り言をすごい言っている、ということはおそらく確かなことだろう。味付けのことなんて口に出したつもりはないし、きっとほかにも何かいろいろと思ったことを口に出したりしているに違いないのだ。

今までもそうして、気づかぬうちにぶつぶつと独り言を言っていたのではないかと思うと、もはや恥ずかしいを通り越してみっともないのではないだろうか。あぁ…、もし変なこと言ってたら、どうしよう……。

「幸久様は、独り言を言っているという自覚はおありなのでしょうか?」

「たまに言ってるなぁ、くらいには思ってたけど…、あぁ、もしも今まで、思ったことをみんな口に出してたりしたらどうしよう……」

「自覚がないのでしたら、それを自覚することから始めなくてはなりません。独り言を言ったら教えてくれるように、誰かに頼むのがよろしいのではないでしょうか。たとえば、いつもいっしょにおられる霧子様などにお願いするのがちょうどいいのではないでしょうか」

「ん? いや、いっしょにいたら独り言って聞けないんじゃないのか? こう、一人でいるから独り言なんじゃないのか?」

「いえ、二人でいても独り言をおっしゃることはあるように思いますが。どちらにしても、どなたかに教えていただけるようにしておけば、きっとすぐにでもその問題は解決されるように、私は思います」

「そうだったのか…、っていうか、今もそうか。分かった、誰かに頼んでみるわ」

「そうするのがよろしいかと思われます。あとは、寝言と迷い箸も直されるとよろしいかと」

「…、それはもう…、いや、ま、迷い箸は、直せる、と思う、けど…、寝言は、無理じゃね……?」

「私としては幸久様の寝言など取るに足らぬことと思うのですが、しかしそうは思わない方もいらっしゃいますので、できることならば、直す方がよろしいかと」

「ど、努力は、する……」

実際、人間には直せる癖と直せない癖があると思う。直せるものは多少の努力を持ってすればなんとかなるのだろうが、しかし後者は、もう努力云々ではどうにもならないに違いないのだ。というか、寝言って、直し方あるのか? 病院に行けば、直ったりするのか?

そこらへんのところを調べてみるのも、あるいは一つの努力なのかもしれない。

「まぁ、それは、今はいいとして、とりあえず、朝飯食うか。今日はちょっと早く出るしな」

「本日は、なにか朝早くに御用事があるのでしょうか? いつもならば、もう少しだけゆっくりなさっておいでですのに」

「あぁ、ちょっとな」

俺が今日、ほんの少しだけ早くに学校へと向かう理由がなにかといえば、それは当然昨日から執着していることに大いに関係があるわけである。

「ちょっと、説得というか、報告というか、宣言というか…、まぁ、アレだ」

「なるほど、幸久様には、私には推し量ることができないほど重要な何かがおありになるということですね。高校というものは、なかなか楽しいところのようで、幸久様が御多幸ならばなによりです」

「別に、お前が高校行きたいなら、俺からおばさんに言っとくぞ?」

「いえ、私は、幸久様のためにすべてを捧げると決めた身ですので、これ以上の時をそれ以外のことに拘束されることは許されません。この家で、幸久様のためにすべての時を費やさせていただきます」

「…、そうか、気が変わったら言えよ?」

「はい、お心遣い、痛み入ります」

さりげなく言ったことは、やはりさりげなく受け流されてしまう。おそらく重々しく言えばそれなりの対応でもって受け流されてしまうのだろう。

しかし、俺は諦めないぞ。広太は、きっと高校に行かせて見せる。そして末は博士か大臣か、だ。

そして広太によって完璧にセットされた食卓に向かい合って座り、俺たちの朝食は始まるのだった。目の前には小振りのどんぶりによそわれた飯と、それにかけられたショウガ焼きのタレと玉ねぎ。あえて呼ぶなら、「ショウガ焼きの付け合わせの玉ねぎ丼」だろうか。

いや、実際、こういうのはけっこう美味かったりするのだ。手間をかけたものが美味いというのはおおむね正しいのだが、しかし簡単で適当につくれるものも意外と美味かったりするから油断ならないのである。

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