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Prism Hearts  作者: 霧原真
第三章
47/222

ごちそうさまからお片付けまで

「ごちそうさまでした」

無事に霧子を瞬間起床させ、何事もなく食事の準備を進めた俺たちは、間もなく食事を開始することができたのだった。晴子さんのお手製晩御飯を久しぶりに食べさせていただいたわけなのだが、しかし、やはり俺のつくったものとは比べ物にならないレベルの美味しさだ。

師匠と己との力量差に絶望するというか、そのどうしても追いつけない感じがけっこうじわじわくるのだ。俺がアキレスのような超俊足で成長したとしても、晴子さんが亀のような速度でゆっくりと成長していればもう追いつくことなどできようはずがないのだ。

しかも、実際には晴子さんだって日に日にかなりの速度で成長を遂げているわけだし、もう俺が晴子さんのことを追いついたり追いぬいたりなど、出来はしないのだ。悲しいことだが、それはほぼ確実なことで、受け入れなくてはならないことなのだ。

「美味しい料理を食べさせていただき、今日は本当にありがとうございました、晴子さん」

「おいしかったと思うなら、今度からはちゃんとこんな感じで味付けを工夫しなさい。もっと味付けの機微に敏感になりなさいよ」

「はい、以後気をつけます」

「調味料のことをもっと、微に入り細に入り理解しなさい。調理器具だけじゃなくて、調味料ともちゃんと友だちになるの、分かった?」

「しょ、消耗品とは友だちになり難いです! というか、友だちを消費するなんて出来ません!」

「はぁ、そんなんだから同性の友だちができないのよ、あんたは。こう、あれだからね、アレ」

「あ、アレ、ですか……?」

「そうよ、アレなのよ、あんたは」

アレ、アレといわれても、しかし残念ながら俺はそれが何なのかを捉えかねていた。きっと分かっている前提で晴子さんは話しているだろうし、それが何なのか教えてはくれないだろう。

もはやそれが何なのかを問う感じの空気でもないし、俺がそれについて知る機会は永久に失われたと言っていいのではないだろうか。まぁ、そんなに気にする程の意味はないのだろうがな。

「なんでもいいから、調味料と友だちになりなさい。家に帰ったら醤油とか塩とかコショウとかのケースに名前書くのよ。全部に、苗字と名前のフルネームでね」

「つ、使いづらい……。そんなことしたら使いづらくなるじゃないですか!」

「友だちを犠牲にして生きているんだということを認識しながら料理をつくれば、きっともっと慎重に味付けできるようになるわ。となると、食材にも名前をつけた方がいいわね……」

「それだけは、勘弁してください!」

「じゃあ調味料だけでいいわよ。ちゃんと名前を書いて、写真撮ってメールしなさい。油性よ、油性」

「はい…、分かりました……」

どうしてこんなことになったかといえば、けっきょく俺の味付けがうかつだったというのが原因なわけで、自業自得でしかないのだが。とりあえず、晴子さんに言われたとおり調味料に名前を付けて、まずは友だちになるところから始めようと思う。

晴子さんの言うとおり、友だちを無駄にしたりしないよう、より丁寧に扱うようになるだろうし、俺の料理のために犠牲になる友だちのために一番いい味付けをつくりあげることを目指すようになるに違いない。デメリットがあるとしたら、料理をつくるたびに友だちを踏み台にして生きていることへの罪悪感にさいなまれそうなところだろうか。

まぁ、きっとその罪悪感にも一週間くらいで慣れてしまうだろうが、その一週間を乗りきれるかがこの作戦の肝だと言えるだろう。

「醤油は…、祥子ちゃんにします」

「塩は俊夫くんにしなさい。砂糖は佐藤さんでいいわね。あんたんとこのキッチンはやけに調味料がいろいろあるから、大変そうね」

「一週間中には、きっと」

「長いわね、三日よ」

「な、なんとか、やってみます」

うちのキッチンには、晴子さんも言っていたが、けっこう調味料がたくさんあったりする。それは俺が趣味で集めているというのもあるのだが、実は広太が何種類も何種類も買ってくるものがほとんどだった。

料理をしない広太がどうしてそんなものを買ってくるかといえば、それはもちろん俺が集めていると知っているからなのだ。俺にとって蒐集趣味というのは、集める過程に楽しさがあるのではなく、最終的に並べて眺めて悦に入るという点に楽しみが集約されるので別に自分で買ってきたりする必要性はなくて、広太が俺の楽しみを奪っているとは考えない。

むしろ、広太が俺の楽しみのために尽力してくれるのはうれしい。労せずしてどんどん棚が調味料で埋め尽くされていくのは意外と壮観で、思ったよりも愉快なものだった。

「しっかし、使いもしない得体のしれない調味料なんて買い集めて、なんの意味があるのよ。あぁいうのは、使うことに意義があるんだろうに、理解不能ね」

「いいじゃないですか、調味料の蒐集が趣味でも。集めることに意味があるんですよ、俺にしたら。それに、もしかしたら将来使うことがあるかもしれないじゃないですか」

「使わないわよ、ナンプラーを何種類も持ってたって。それに、ほんとに調味料か怪しい木の枝みたいなのもいろいろあるじゃない。その辺で拾ったのじゃないでしょうね」

「そんなことありませんって。あれは、確かに何かに使えるんですよ、何かしらに」

「いや、つまり、何がどういうシーンでどうやって使えるか分からないんじゃない。ほんと、あんたはよく分からないわね。まぁ、何でもいいから、さっさと片づけを済ませてちょうだい」

「あっ、はい、分かりました」

いいのさ、趣味というものは、えてして他人から理解されないものなのだ。俺だって調味料集めを理解してもらいたいとは思ってないし、理解してもらえるとも思っていない。理解せず理解されず、同志を見つければうれしくなる、というのが趣味を持つ人間の正しき姿だろう。

そして俺は、晴子さんの言いつけに従ってキッチンへと移動するのだった。晩飯を食わせてもらったのだから片づけくらいは俺がやるのが当然だろう。

「幸久様、お手伝いいたします」

「助かる。そっちのテーブルにある皿を、全部こっちに持ってくてくれ。で、俺はそれを洗うから、広太はどんどん片付けてくれ。拭くのは霧子がやってくれ」

「はい、了解しました」

「あたしもやるの? うん、分かったよ」

片付けなんてものは、みんなでやってしまえばすぐに終わらせることが出来るものなのだ。自分一人でやっていたらどうしても、作業工程がいくつにも分かれているから時間がかかってしまうが、手分けすれば決してそんなことはない。

「ほら、霧子、おいで。いっしょに洗い物しような」

「にゅ、は~い」

晩飯を食い終わってお腹がいっぱいになったからか、にゅ~、とお行儀悪く机にうつ伏せにへばりついていた霧子だったが、俺が呼んだらにゅ、と顔を上げてにゅにゅ、とスリッパをぱたぱたいわせながらキッチンにやってくるのだった。

だんだん自分で何を言ってるのかよく分からなくなってきたが、きっと大丈夫だ、説明できてるはず。というか、あんまりにゅ~にゅ~言ってると感染りそうで怖い。もし日常会話でにゅ、とか言っちゃったらどうしよう。

それは、あくまでも霧子がやっているからかわいいんであって、決して俺が使ってはいけない飛び道具なのだ。

「洗ったら渡すからな。渡されたら布巾で拭いて、広太に渡すんだぞ。広太がいなかったら、その辺に置いとくんだ、いいか?」

「うん、平気だよ、幸久君」

「そうか、よし、さっさと片付けちゃおうな」

こんな感じで洗い物をすることは、実際のところかなりの頻度である。俺がこちらに飯を食いに来たとき、飯をつくりにきたとき、霧子を家に連れて行って飯を食わせてやるときとか、まぁ、いろいろなシーンで使われる方法なのだ。

だから霧子は食器を拭くのがけっこう上手かったりするのである。洗うのは、洗剤の泡で手を滑らせて食器大破、というマンガみたいなことを平気でやってくるので任せることはできないが、拭くことに関してはかなり信頼を置いて任せることができる。

「ほい、霧子」

「にゅ、はい」

汚れがよく落ちるという触れ込みの、我が家でも重宝しているスポンジに洗剤を垂らして、軽く水を含ませてから泡立たせる。ご飯茶碗は少し水に浸してからの方がよく落ちるから、それ以外のものからどんどん洗っていこう。

味噌汁のお碗に、全体に洗剤の泡が行き渡るようにこすってやってから水をかけて汚れと洗剤をまとめて流してしまう。

「ねぇ、幸久君」

「ん? どうした?」

「あのね、ゴールデンウィークなんだけど、みんなどうだって言ってた? 今日、のりちゃんとしぃちゃんには訊いたんだよね?」

「あぁ、いや、実はまだ訊けてないんだ。訊こうとは思ったんだけど、ちょっと問題があって訊きそびれちゃったんだよ」

「にゅ、そうだったんだ。じゃあ、まだみんなの予定とかは分からないんだね」

「いや、予定だけは訊けたんだけどな、旅行に行くのがどうかっていうのは訊けてない。ゴールデンウィークの最初の方だったら二人とも暇らしい」

「そうなの? それなら旅行、行けるかな?」

「それは…、どうかな……。志穂は全然問題ないんだけど、ちょっと姐さんが渋ってる感じだから、みんなでっていうのは難しいかもしれない」

「のりちゃん、旅行イヤなのかな?」

「旅行がイヤっていうか…、あ~、なんていうのか、こう、男女の混成チームがイヤというかだな……」

「にゅ? どういうこと?」

霧子は俺から受け取った食器を拭きながら、分からん、という感じに首をかしげて、拭き終わった食器を広太に渡す。

俺がこんな持って回った言い方をするのは、俺と姐さんが今日の昼休みにどのような話し合いを持ったのかということを霧子が知らないからであり、また、そもそも霧子は去年の旅行で俺と姐さんの間にあったことを知らないからなのだ。というか、俺は霧子にも志穂にもそのことを知られないように情報を止めているし、姐さんもそんなことがあったと仲間内に情報が広まることで関係が悪化することを嫌って情報を止めてくれている。これはある意味で、俺と姐さんの連係プレイの結果ともいえるのだ。

「まぁ、姐さんからはもしかしたらいい返事はもらえないかもしれないってことだ。残念だけど、姐さんが行けないってことになっても落ち込んだりするなよ?」

「にゅ、気をつけるよ」

「まぁ、みんなが行けなくても、旅行自体には俺が連れてってやるから、楽しみにしてていいぞ」

「にゅ~、そうなったら、幸久君と二人でお出かけだね。二人でお出かけするのは、けっこう久しぶりだから、そうなったらそれも楽しみかも」

「そうか? …、あぁ、確かにそうかもな。二人で遠くまで出掛けるのは、いつ以来だろう」

「えと、前に東京まで電車で遊びに行ったとき以来だと思うよ」

「あぁ、あったあった。でもそれってけっこう前だよなぁ…、よく覚えてるな、霧子」

「うん、すっごく楽しかったからよく覚えてるよ。幸久君がいろんなとこ案内してくれて、びっくりしたし」

「あれは、予習だ、予習。事前準備がなきゃあんなに案内なんてできないって。まぁ、それはいいとして、もし二人で旅行になったら、なにか楽しいことしようぜ。ずっと電車の鈍行に乗って関東中回るとか」

「それっておもしろいの?」

「なんか、おもしろそうじゃね? ゆっくりできそうだし、のんびりしてていいじゃん」

「にゅ~…、幸久君がそういうなら、それもいいかも」

「まぁ、まだ日もあるし、もしそうなったらのんびり考えようぜ」

「にゅん、そうだね」

かちゃかちゃと食器を洗って拭きながら、俺と霧子はのんびりと旅行の計画をぼんやりと話し合うのだった。

雪美さんはまた指をぐるぐるし始めてしまって、晴子さんはずっとテレビでドラマを観ているので誰も突っ込んでくれないのだが、俺と霧子が二人で泊まりの旅行に行くことはスルーされていいのだろうか。まさに自分で言っておいて、なのだが、男と女が二人で日を跨いで出掛けるなんて、はたして許されるのだろうか……。

まぁ、霧子も疑問を呈してはいないようだし、俺も特に問題があるとは思わないし、天方家的にも大きな問題がありそうもないし、別に気にすることはないのかもしれないが。

「にゅ~、早くお休みにならないかなぁ~」

「そうだな、あぁ」

霧子がこんなに楽しみそうな顔をしているのだ、どんな問題があったとしても俺は霧子を旅行に連れて行ってやろうと思う。とにかく、問題になるのは霧子が楽しめるかどうかであって、どのような問題もそれの前にはかすむというものだ。

友人として、幼なじみとして、おにいちゃんとして、俺に出来ることだったら何でもやってやりたい。その程度には、俺は霧子を溺愛している。

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