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Prism Hearts  作者: 霧原真
第三章
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停滞と思考実験と終着点

ふとポケットの中にしまっていたケイタイを開いて見れば、休み時間が終わってしまうまでそう時間がないことに気付いた。話をしながらちまちまと弁当はやっつけていたので、食事が終わらないということはないだろうが、しかしこのままでは話の方が終わらないという事態が発生してしまうではないか。

まぁ、もう検証するべき内容もそう多くない、というか最後の一つにまで至っているわけで、手早くそこへと話を進めていこうと思う。しかしここで立ちはだかる最大の問題は、今から突入しなくはならない最後のお話こそが、今日わざわざ屋上までやってきて姐さんと去年のことを思い出すことになった原因のそれだ、ということなのだが。

「か、髪の話は別にここでする必要はないんだ。三木、そんなことよりも話を先に進めてくれ。休み時間の残りが思ったよりも少ない。五限は移動教室だし、あまりここにギリギリまでいることはできない」

「あぁ、分かった。っていうか、もう話すことなんて一つしかないよな」

「そうか、ということは、ついに私たちが話し合うべき議題へと話が進んだ、ということだな。さぁ、三木、話しておくことがあったら正直に、全てをあますことなく包み隠さず言ってくれ」

「ぜひ、そうさせてくれ」

俺が今から立ち向かわなくてはならないのは、去年の旅行のときに、間違いがあってはいけないから、という姐さんの提案によって、女の子三人はシングルベッド三つをくっつけてつくった即席巨大ベッドで、俺は同じ部屋の中ではあるが少し離れているソファーに、とあえて寝るところを男女で別にしたというのに、朝になって目を覚ましたら俺が女子ゾーンで寝ていた、らしいという事実だった。

俺はその日、霧子も志穂も寝るのがイヤに早いので、仕方なくさっさと眠ってしまってそのまま朝まで目を覚まさなかったのだから、そんなことをしているはずがないのだ。しかし、俺は目を覚ましたら確かに女子ゾーンのベッドに、具体的には姐さんの横に寄り添うようにして横になっていた、のだそうだ。姐さんの言い分を信じるならば、俺はあってはならぬ状況をつくってしまったことになるのだろうか。

少なくとも俺がそこにいたという姐さんの証言はあるわけで、おそらく俺はまずそれを認めたうえで、そんなことはしていないんだ、ということを立証しなくてはならない。クリアしなくてはならない状況のレベルが、常識で測ることができないほどに高かった。

だってそうだろう、起こってしまった状況を認めたうえで、自分はそれをしていないと示さなくてはならないのだ。それはきっと、前提条件として「はい」といったものを「いいえ」と論理的に打ち消すのと同じようなものだと思う。

こういう考え方を矛盾というんだ、と示すためのお手本のような状況だった。

「とりあえずだな、俺は姐さんの言ってることは信じようと思うんだ」

ただ一つの突破口があるとすれば、その状況を直接確認したのが姐さんしかいない、ということだ。霧子と志穂は早い時間に起きられるはずがないし、俺は高いところから床に落ちた衝撃で目を覚ましたのだから、事実を確認することは出来ていないのだ。姐さんによると目を覚ましたら俺が横で眠っていて、あんまり驚いたのでとっさに俺のことをベッドから蹴り落とした、ということらしかった。

姐さんは三人の中でも一番俺の近く、ベッドのソファー側で寝ていたので、実は、姐さんの横で眠っていて蹴落とされた場合も、俺の寝相が悪くてソファーから勝手に落下した場合も、結果として発生する状況は同一だったりする。だからこそ、姐さんの言っていることが実はウソだった、ということも、決してありえないことではないのだ。

しかし、これは去年から同じスタンスなのだが、俺はそうだとは考えないことにした。姐さんはそんなことでウソを吐いたりしないし、意味もなく他人を貶めたりはしない。姐さんがそう言うということは、それは姐さん視点という縛りはあるものの、事実ということであり、まったく事実無根のウソということはあり得ないのだ。

というかそのとき、姐さんの蹴りを喰らったらしい腹が地味に痛んでいたので、きっと姐さんの言っていることが事実に違いない、と思うだけなのだが。

「俺はあの夜、どうやってかもどうしてかも分からないけど姐さんの隣で寝ていて、目を覚まして俺を見つけた姐さんが驚いて蹴落とした。それは、俺も認めることにするよ」

「信じてくれるのか? 客観的な証拠があるわけではないのだぞ、私がウソを言っているとは考えないのか? というか、お前にとって不利になる事実なんだぞ?」

「自分にとって不利になる事実だって、姐さんがそうだって言ったらほんとなんだよ。俺は、姐さんがそんなことでウソを吐くなんて思ってない」

そもそも、姐さんがここまでこだわるってことは本当のことなんだよ。大したことじゃなかったり、自分の記憶に不安なところがあったりしたら、姐さんはこんな、わざわざ去年の話を引っ張り出してきたりはしないのだ。去年、けっきょく妥協し合っただけで不完全な解決までしか行きつけなかったことを気にして引きずってしまうくらい、これは姐さんにとっては重大で深刻、かつ確信を持っているネタなのだ。

いかに自分にとって不利になるとはいえ、それを否定してしまうことはできないのである。

「で、姐さんの言っていることは全部まるごと受け入れるとして、だ。ここで考えなくちゃいけないのは俺がソファーからベッドにどうやって移動したのか、ってことだ。まぁ、何とかして移動したんだろうけど、しかし俺は夢遊病みたいに寝ながら歩きまわったりしないし、トイレに行くために起きてもいない。つまり、俺は一回も目を覚ましていないし、ソファーから体を起こしていないんだ」

「三木は私の言い分を受け入れてくれたのだ、私もお前の言うことを認めよう。お前は夜に一度も目を覚ましていないし、歩きまわったりもしていない。しかしそうすると、状況が硬直するな……」

「あぁ、そうだそうだ、去年もそこで話が止まったんだった。なぁ、姐さん、俺はどうやって、目を覚まさず、ソファーから体を起こさずに、姐さんたちの寝ているベッドまで移動したんだ? 姐さんがさっき自分でも言ってたことだけどさ、ソファーからベッドへの移動は、寝相が悪いなんて言葉じゃ説明できないぜ?」

「確かにその通りだ。このままではまた分からないから保留という、不確定極まりない妥協をすることになってしまうぞ。新しい情報を入れるか、前提を変えるかしないと、二の轍を踏むだけでしかない」

「前提を変えるってことは…、もしかして、俺か姐さんのどっちかがウソを吐いてるってことにするのか……?」

「新しい情報を提示することができない以上、そうする以外に出来ることがないだろう。いや、もちろん、私は自分がウソを吐いているとは言わないし、お前がウソを吐いているとも思っていない。単に思考実験というだけだから、誤解しないでくれ」

「そりゃ、俺だって、もちろんそのつもりだけどさ…、でも…、いや、やろう。俺は他にいい方法を出せないし、姐さんの言う通りにするのがいいかもしれない」

俺たちは、けっきょく議論を並行線上からずらすことができず為す術がないわけで、かなり無茶な方法で話を先に進めてみることにした。これはお互いにただの思考実験だと納得ずくでやっているはずなのに、どことなく不安な感じがしてならない。

「たとえば、もしも私が勘違いをしていたとしたらだが、…、前提が完全に破壊されるな。三木は、おそらくソファーから単に転げ落ちただけで、私は夢でも見ていたのだろう」

「それは…、円満な解決だな」

「しかし私は基本的に朝は強いし、あまり現実的な夢は見ない。そうであれば良かったのだが、しかしおそらく勘違いということはない」

「まぁ、そうだよな。姐さんが日ごろどんな夢を見るのかってことは置いておいて、俺も姐さんの勘違いって線は薄いと思うんだ。ということは、俺の方が違うのか……?」

「そう、だな…、やはりこう、寝ている間のことのほうが不確定要素が多いからな。もしかしたら忘れているだけでトイレに起きていたり、飲み物を飲みたくて置きだしたりしている可能性は、なくはないからな」

「あぁ、そうだよな。俺も姐さんの勘違いよりも俺の記憶違いの方があり得る気がするし」

「それで、うっかり間違えてソファーではなくベッドの方に来てしまったというのも、ありえない話ではない」

「ということは、やっぱり俺が悪いんじゃね? 寝ぼけてとはいえ乙女の寝床に入り込むなんて、許されることじゃないしな」

「あぁ、よくないな。しっかり反省するんだぞ、三木」

「姐さん、ほんとにすいませんでした!」

「…………」

「…………」

俺と姐さんは、合図をし合ったわけでもないのに、寸分たがわぬタイミングで目線を反らし合った。

とりあえずの思考実験によって、一つの仮定としての解答へと到達し、それによって事態の収拾を図ったが、しかし二人揃って最終的に沈黙することになってしまった。ある意味で、それは当然のことでしかなく、俺たちがこの瞬間に抱いている思いは同じだろう。つまり「こんなところに着地するためにわざわざ過去を掘り起こしているわけじゃない」、と。

そもそも変な思考実験を始めてしまった時点で、方法というか進み方として何かを間違えてしまっていたわけだ。確定要素を用いて確かなことを浮き彫りにしようと試みていたはずなのに、最終的な着地点が、共通了解としての確定要素をすっかり裏返してしまうことで、願望としてそこにある終着点へと強引に帰着させることによって得られるというのでは、まったく意味がないではないか。

新しい情報を得ることもできていないのに、わざわざ過去を掘り返すんじゃなかった、ときっと姐さんは今思っていることだろう。俺も、何の理論構築もできていないのに勝負を受けて立つべきじゃないかった、と今思っている。こんなことならば、過去を掘り返したりするよりも普通に屋上でのランチタイムを、他愛のないおしゃべりでもして過ごしていればよかった。

「…、あの、さ……」

しかしだからといって、なんて無駄な話し合いをしたんだろうね、俺たちは、などと笑いあうことは、それなりに真面目に話していただけにしづらく、俺たちはしばらく目を反らし合って弁当の残りをつついていた。

だが俺はしばらくして、そんな停滞したような空気に負けずに、姐さんへと声をかける。

「姐さんってさ、普段どんな夢とか見る? 俺はさ、けっこうリアルっていうか、普通に学校行く夢とか、なんでもない街中をぶらつく夢とか、よく見るぜ」

もはやどうしようもなくなってしまったならば、もうどうでもいい話でもしておくしかない、と思う。逃げたいとは思わないが、しかし逃げるしかない。そんな状況は、間違いなく存在するし、今がまさにそれだった。

「そう、だな…、私はもう少しファンタジーな感じで、非現実的な感じの方が多いな。たとえばその日に読んだ小説のキャラクターが出てくるとか、そういうことはけっこうあるぞ」

「ファンタジーっていうと、魔法の国とかランプの精とか王子様のキスとか、そういうのが出てきたりするのか? 姐さん、乙女チックでかわいいなぁ。俺なんてつまんなくてさ、たまに朝起きる夢とか見るんだぜ」

「朝起きる夢? それはどういうものだ?」

「いや、まさにそのまんまだって。遅刻ギリギリとかの時間に目を覚まして、やばいぞ、ってあたふしてるうちに遅刻になっちまったりするんだ、夢の中で。で、夢だからまた起きるんだ。つまり、一日に二回目を覚ますんだよ」

「それは…、リアルな夢だな……。こういうものにも、はたして個人差のようなものがあるのだろうか……」

けっきょく議論をどうすることもできなかった俺たちだったが、しかしお互いにそのことについてそのあと一切触れようとしなかった。しかし、そうやって議論を過去同様に一歩たりとも進めることができなかった俺達だったが、しかしどうでもいい話に花を咲かせることくらいはできそうだった。

「姐さんの見る夢にも興味あるんだけど。ファンタジーな夢ってさ、登場人物に自分は含まれたりする?」

「そういうことも、たまにあるな。いろいろなところを歩き回りながら、いろいろな登場人物たちと出会って、遊んだりするんだ」

「へぇ、なんか、アリスっぽくていいな。楽しそうな夢で、うらやましいなぁ……。俺のはさっき言ったみたいなのばっかりで、ファンタジーっぽいのなんて、たまにみる変なのくらいしかないぜ。なんか、古代日本みたいな感じのよくわからない夢でさ、いつも終わりが曖昧になって、中途半端なんだよな」

「ほぉ…、夢というのは深層心理を映す鏡のようなものだというし、どことなく興味深いな」

「それじゃ、姐さんの深層心理は、けっこう乙女ちっくなんだな。かわいくていいと思うぜ」

「さぁ、どうだかな。それならば、女らしくていいとは思うが」

そうして俺たちは、けっきょくどうでもいい話以外は何も進まないまま、屋上でのランチタイムを終え、それから五限目の移動教室へと向かうのだった。

去年どうにもならなかったものが、ほんの一年たっただけでどうにかなるなんて、思い上がりもはなはだしい、というやつだったのかもしれない。

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