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Prism Hearts  作者: 霧原真
第三章
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波打ち際で、あったこと ②

「あり? ゆっきぃ、二人プレイしらないの?」

「知らん。っていうか、意味が分からん。水かけっこは二人でやるものなのに、どうしてそれをわざわざ二人プレイなんて言い方をする必要がある」

「? 一人プレイもしらない?」

志穂はまるで、「世界の常識を知らないなんて、こいつってやつはまったく物知らずだぜ」とでも言いたげな表情をしている。まさかこいつにこんな顔をされる日が来ようとは、ついぞ思ってもみなかった。

「あのね、いまゆっきぃがやってるのはみずあそびの二人プレイなんだよ。でね、一人プレイもあるんだよ。せっかくだからおしえてあげるね」

「お前から教わることなどほとんどないわ。というか、そんなものはこの世界には存在しない」

「やってみせてあげるから、ちゃんと見ててね?」

「まぁ、見るだけだったら見てやるよ」

水かけっこの一人プレイなど、存在しないのだ。そもそも「水かけっこ」というネーミングの時点で「水をかけ合う遊び」というニュアンスを感じ取れるわけで、複数人でのプレイが想定されていることが分かるだろう。

それをよもや一人でやろうなどと、意味不明にも程があるではないか。まさか仮想敵か? そこに人がいるという風に想定して、水かけっこの練習みたいなことをするのだろうか。

それはイタいぞ。おそらくそれは楽しさとは無縁の遊戯に違いない。どうして志穂がそんなことをする必要がある。こいつは、友だちがいないという状況とは無縁の性格をしているんだぞ。

「あのね、まず、こうやって水をとばすの」

俺の横に立った志穂は、腰を折り両手を水に浸す。そしてそのまま、腕を前方に向かって振りぬく。当然、両手によってかき出された水の塊が前に向かって飛んでいき、そしてたいした距離を飛ぶこともなく水面へと着水した。

「それでね、こんどはこっちにきて、おんなじにするんだよ」

そしてじゃぶじゃぶと足元で水面をかき乱しつつ、志穂はさっきの水の塊が着弾したあたりまで歩いていき、同様に両手で水をかき出し、水の塊を飛ばす。もちろん、その水の塊は最初に志穂が立っていた辺りの水面に着弾し、消える。

「これを、なんかいもするんだよ。それが一人プレイだよ。でね、二人プレイは、ふたりでいまとおんなじことをするの」

「…、そうか…、なんて悲しい遊びだろうね……」

面白そうだな、とか、俺もちょっとやってみようかな、とか、そういうフォローの言葉すら出てこないほどの物悲しさが、俺の心の中を寒風のように吹き荒んでいた。

「けっこうおもしろいんだよ? ゆっきぃもやってみれば?」

「いや、俺はいい…、それはちょっと、俺には向いてないと思うんだ」

「あっ、わかった、ゆっきぃ、いまのじゃちょっとわかんなかったんだ。ほんとはね、いまのよりもずっとはやいんだよ」

「早い? どういう意味だ、それ」

「あのね、はやくうごくんだよ。ゆっくりやったらあんまりおもしろくないの」

「いや、ゆっくりやっても速くやっても、別に変わらないと思うけど……」

動きが速いかとかゆっくりかとかは、今俺の目の前で展開された志穂の一人遊びの楽しさを増減させる要素にはなりえない、と思う。いや、もしかしたら志穂にとってはそうなのかもしれないが、一般的に考えてそうだとは思えないのだ。

だってそうだろう? 結局やっているのは誰もいないところに向かって水を飛ばすことだけなんだ、それをする間隔が時間的に狭まったとしても、すること自体が変化するわけではない。どうせ一人で無為に水を飛ばすだけなのだから、それが面白い遊びに変化することはないのではないだろうか。

「はやくっていうのは~、こうやって~」

そして再び、志穂は水に両手を差し入れ、前に向かって振りぬく。指向性を持った水の塊が、中空を飛ぶ。

今度はさっきよりも速く動く、と言っていた志穂は、もちろんその通りにしていた。

「で、こう」

それから、志穂は逆向きから同じように水の塊を飛ばす。やっていること自体は、さっきのものと何も違わないように思えた。しかしそこには、歴然たる何らかの違いがあって、だが俺はそれを一見しただけで理解することができなかった。

一つ分かったのは、それが尋常な速度ではなかったということ。どれくらいかといえば、おおよその移動距離が三メートルほどあるというのに、水の塊が着弾地点にたどり着くよりずっと早くにそこへと回り込むことが出来るくらい。

何が起こったのかは分かるが、思考がそれへの納得を拒んでいるような、そんな感覚だった。

「ね? さっきよりもずっとおもしろくなったでしょ?」

「…、ごめん…、もう一回見せてくれ。ちょっと、一回じゃ理解できなかった……」

「うん、いいよ。こうやって~、こう!」

志穂は、何ということのないような顔でもう一度、俺の目の前でそれをやって見せてくれる。やっていることは、さっきのものと寸分たがわぬもの。

水を両手でかき出し、飛ばし、回り込み、水を両手でかき出し、飛ばす。何も変わらぬ五つの動作からなる一つのサイクルが、寸分たがわず再現されている。

しかし志穂の動きは、異常を感じるほどの速度だった。この動きは、たとえるならば一人でキャッチボールをするようなものだろう。しかも高く投げ上げて時間を稼ぐようなことをせず、普通に投げて、それを自分でキャッチするような、そんな時間を置いてけぼりにするようなバカげた動きである。

そして、時間差を置いて飛ばされた二つの水の塊が空中で正面衝突し、混ざり合って落下し水面を叩く。

「わかった? ゆっきぃ?」

志穂が、すごい速さで動いている。それは分かる。

どうして水に足を取られるはずなのにそんな速度で動けるのか、というのは、志穂だからと納得するしかないのだろうが、しかしそうだとしても、どこか納得がいかない俺がいる。

「分かったけど…、分からん……」

何が分からないのだろう、と自分に問いかける。少し首を捻って考えてから、俺は一つの疑問に行きついた。

それは、本当にその遊びがおもしろいのか、ということであり、また、それを本当に遊びと呼ぶべきなのか、ということだった。

俺の主観ではその志穂の動きは、何かの奥義を習得するために己に厳しい修行を課している武闘家の姿と被って仕方がないのである。楽しそうな要素が、残念ながらどこにも見つからない。

「志穂、それ、楽しいか?」

「うん、楽しいよ」

「どこらへんが?」

「ん~、水で遊ぶところ?」

「他には?」

「あとは~、いっぱいうごくところ」

つまり、志穂は水の中で動いているだけで楽しいのであって、特別にこの遊びが面白いというわけではないのかもしれない。というか、こんな誰にも出来ない異次元の遊びが面白いとは思えず、ただ辛く大変なだけのように思えてならないのだ。

しかしあるいは、できる人にとっては面白い遊びなのかもしれない。そうだ、さっきは俺もただ足を水に浸しているだけで楽しかったじゃないか。それと同じことを志穂は言いたいのかもしれない。それにあの動き、あの高速移動をするときに水面を切る感じ、あれが意外と気持ちいいとか、そういうあれかもしれない。

でも、それだけだったら普通に二人でやるのと比べて大きなメリットがあるわけじゃないし、あんな大変そうなことをしないでもいいじゃないか。みんなで楽しめるようにした方が、絶対楽しいに決まっているんだしさ。

しかし、それは出来ないものの考えでしかないのかもしれない。人よりも何か抜きんでている人というのはどこか独特の視界を持っている、身長の高い人の視界が低い人のそれとは異なるように、のである。だから出来るようになったらそのよさが見えてくるのかもしれない。

「…………」

あ~、なんか頭痛くなってきた……。なんでこんなことをぐるぐる考えないといけないんだ……。

「…、俺、ちょっと木陰で休んでくる……」

「あれ、ゆっきぃ、やらないの?」

「後でにしてくれ、頼む……。霧子とでも遊んでろよ、二人プレイで」

「は~い。これね、実は二人プレイの方が面白いんだよ、ゆっきぃ」

「そうか、それは知らなかったぜ」

もう、なんでもいいよ……。

俺は湖から抜け出すと、脱いだくつを拾って姐さんが休んでいる木陰まで退散するのだった。

「おや、どうした、三木」

姐さんは、木陰の草むらに自分の羽織っていたシャツを敷いて、優雅に寝転がっていた。まるでビーチパラソルの下で寝そべっているような、そんな風情が感じられる。

「隣、座っていいか?」

俺がそう聞くと、姐さんは何も言わずに体を起こして隣を空けてくれる。そこに俺はよいしょっ、と座らせてもらう、いや、寝転がるのだった。

「あぁ、別に構わないぞ。天方も遊びに行ってしまって、暇していたところだ」

「それじゃあちょうどよかったな」

上着を脱いで座った姐さんは、なんというかとてもセクシーで、身につけている白にいろいろな原色の水玉が散らされたビキニが目にまぶしい感じだった。寝ころんで斜め下から見ると、そのセクシーさが特に際立っているので、妙にドキドキしてしまう。

「俺も、ちょっと休むわ」

「皆藤と楽しそうに遊んでいたようだったが、それはもういいのか?」

「いや、なんか、変に疲れちゃって……」

「そうか、それならばゆっくり休むといい。十分に休んだら、また遊びに行ってこい」

「あぁ、そうするよ。…、なぁ、姐さん」

「ん? どうした?」

志穂のしていた一人プレイ水かけっこについて聞こうとして、少し躊躇。姐さんもけっこう身体能力高そうなので、もしかしたら志穂のしていたアレを知っている、というか出来るかもしれない。そうなってしまうと知らなくて出来ない俺の方がダメみたいな雰囲気になりそうで、少しだけイヤだった。

いや、まぁ、きっと志穂が一人で開発して一人でやっていることだろうし、姐さんがあんなアホっぽいことをしているところなんて想像できないし。心配することもない、と思いたい。

「どうかしたのか、三木? 何か聞きたいことでも?」

「あの、さ、さっき志穂がやってたやつなんだけど……」

「あぁ、一人でやる水かけっこか」

「知ってるんだ……」

思っていたよりも、姐さんの返答は早かった。なんだろう、もしかして俺が知らないだけであの遊びは比較的ポピュラーなものなのだろうか。まさか、霧子も知ってるとか、ないよな……?

「あれ? そういえば、霧子は?」

「天方なら、お前に追われるまま向こうの方に逃げて行ってしまったぞ」

「あっちって…、あぁ、あの岩場か」

そこは、岩場というのもどこか不適切な感じのする、開発の途上で出てしまった少し大きめの岩が置かれているような、そんなところだった。たぶん、魚が棲みつくからみたいな理由で置かれているに違いない。

というか、ちょっと追いかけられたからってそこまで逃げることはないだろうに、まったく、臆病な野生生物みたいなやつだ。

「探しに行くのか?」

「いや、じきに戻ってくるだろ。あれくらいなら、さすがに怪我することもないだろうし。そ、それよりも、あの遊びについてなんだけど……」

そういって湖の方に目を向ければ、そこでは志穂が変わらず一人で水かけっこをして遊んでいた。その動きはさっきよりもだいぶキレていて、ちょっとした瞬間移動みたいな雰囲気すら漂っていた。

あまりに速く動くので、ちょうど円を描くように動いていることもあり、その中心では絶えず水の塊がぶつかりあっていて、何か一つの噴水を模した前衛芸術みたいな気配を感じる。

「あぁ、あれか。私も昔な、たまにやったものだ。ふむ、懐かしいな」

「へぇ…、あれを……」

派手に水しぶきを上げながら無為にぐるぐると回っている志穂の姿を見ていると、なんとなく自分の尻尾をおもちゃだと思ってぐるぐる回りながら追いかけまわしている犬の姿を思い出した。遠目から見ている分には非常に微笑ましいのだが、とても頭が悪そうに見える。

他の人の前ではしないように、後でひっそりと教えてやろうと思った。

「まぁ、私は小学校の初めのころにはもうしないようになっていたから、あそこまでの速度でやったことはないのだがな」

「なんかさ、いろいろ鍛えられそうだよな。足腰とか、バランス感覚とか、三半規管の強度とか」

「そうだな、あれはなかなかきついんだぞ。特に速度を落とさずにずっと続けるのが大変なんだ」

「聞きたいんだけどさ、あれは遊びなのか?」

「遊び、だろうな、おそらく。小さいときは遊びに全力を尽くすだろう、それと同じような感覚だ」

「…、良く分からないんだけど……」

「まぁ、分からなくても、皆藤が楽しく遊んでいるのだからいいではないか。誰かを危険な目にあわせているわけではないのだから」

「そうかもしれないけど…、いや、止めさせてくる。周囲の目と世間体が気になって仕方ない」

「そうか? 三木がそうしたいならそうすればいいが、ただ遊びを取り上げるのではなく、何か別の遊びも与えてやるんだぞ」

「二人で水かけっこして遊ぶよ。それなら健全だろ」

「あぁ、そうするのがいいな」

姐さんは、俺がもう一度志穂のところに行くからだろうか、再び横になるとひらひらと手を振って見送ってくれるのだった。世間体というのは、志穂がアホと思われてはかわいそう、というのもあるが、それと同じくらいに、志穂の友だち然としている俺たちまでもが同様にアホなのでは、と思われるのがイヤだというのもある。

ここは自分のためにも志穂のために、あの滑稽な一人遊びを止めさせるのがいいだろう。

「じゃ、行ってくるわ。お~い、志穂っ!!」

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