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Prism Hearts  作者: 霧原真
第三章
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去年の休みのエトセトラ

「というわけで、ゴールデンウィークなんだよ」

朝のホームルームが終わり、一限が始まるまでの約十分間の休み時間。俺はじきに始まる数学の授業のための準備を放りだして窓側の席までやってきていた。

窓側の方には姐さん、志穂、霧子の三人の席があるので、みんなに話をするときはこちらに来る方が楽だったりする。

「そうだな、ゴールデンウィークだな」

「ゴールデンウィークだね~。ながいお休みは、たのしみだなぁ」

もう宿題は終わっているし、特に黒板に書いておくように指名されているなんてこともないので、あえて準備というほどのことはなにもないのだが、それでもこの時間を狙ってここぞとばかりに出歩くのはあまりよろしくないことのようにも思う。しかしそれでも、姐さんたちには出来るだけ早く話は通しておきたいし、だからといって業務連絡的にメールで済ませるのもどうか、というものだ。

友人関係を築いていく上で重要なのはコミュニケーションであり、それは面と向かって行なわれることが好ましい。携帯電話のメールというツールが広く用いられているというのは、その利便性を表しているかもしれないが、しかしそれが対面して行なう会話よりも優れているかといえば、俺の中では否である。

やはり目と目を見あって話をしなければ、本当の意味で理解し合うことはできないのである。だからこそこうして時間を縫ってお話をしに来ているのである。

お行儀よく授業の準備をしながら廊下側にある自分の席に座っているメイ、俺の隣の席なのだが、にはまたあとであらためて話をしてみることにしよう。隣の席なのだから、わざわざ席を離れなくてもお話しできるわけだしな。

「姐さんは、風紀で何かあったりするのか?」

「そうだな…、最後の二日を使って校内での実践的な訓練が予定されているが、それ以外は特に用事はないと思うぞ」

「家は? ご両親とどこか出掛けたりしないのか?」

「うちの両親は共に忙しくしているからな、いっしょに何かを、というのは無理だろう。どちらかと外食をするくらいなら出来るかもしれないが、日をまたいで遊びに出たりすることはできないんだ」

「そっか。志穂はどうだ? どこかに出かけたりするのか?」

「うちはね~、えっと、ことしはパパさんがいそがしくなっちゃってお休みがとれなかったんだって。だからししょ~としゅぎょ~するの」

「修行? 山にでもこもるのか?」

「ど~じょ~におとまり会して、ずっととっくんするんだって。たのしみだよ~」

「それってゴールデンウィーク入ってからずっとか?」

「ん~ん、りこたんと同じで、さいごのふつかだって」

「特訓、二日だけでいいのか?」

「うん、ししょ~がね、お休みのはじめのほうはおしごとがいそがしいんだっていってた」

「道場主の仕事って、道場の運営じゃないのか? まぁ、別にいいんだけどさ」

「ししょ~はバトルでお金かせいでるんだって」

「バトルってなんだよ。もしかしてK-1とかそういうのか? もしかしてそういうテレビとかに出てたりする人だったりするのか?」

「でてないとおもうよ~。たぶんだけど」

「そうか…、まぁ、それはいいんだけどさ」

どうも、二人とも休み中の予定がぎっしり入っている感じではないようだ。それならば、ゴールデンウィークに旅行に行かないか、と提案しても迷惑に思われることはないかもしれないな。

「それで、ゴールデンウィークがどうかしたのか、三木。何の意味もなくそんなことを言いはしないだろう、お前は」

「いや、そんなことないって。俺はどうでもいいことを意味もなく言ったりするって」

「そうか? 私は、お前が急に何か話を始めるときは、基本的に何か本題があって、それを切り出すための前振りとしてするんだろう。いつもだいたいそうだから、今回もそうではないのかと思ったのだが、もしかして今回は違うのか?」

「…、いや、まぁ…、違くないんだけどさ……」

「いつも思うのだがな、お前のその持って回った話し方、どうにかならないのか? その話し方がいけないとは決して思わないが、私とお前の仲なんだ、もっと率直に言いたいことを言ったらいいと思うぞ」

「別にそんなつもりはないんだけどなぁ……。だって、話をするときって普通そうじゃないか? 用件だけを言うっていうのはなんか急すぎる感じがするし、もし相手にとって応えにくい話だったら困らせちまうことになるだろ?」

「いや、だから、そんなことは気にしなくていいと言っているんだ。そうやって気を回されることの方が、私としては心外だぞ。それではまるで腹を探られているようではないか」

「そ、そうか……」

「今だってそうだ。私たちのゴールデンウィークの予定を訊くということは、そこの予定が空いているかどうかを訊きたいということなのだろう? それならば、もう率直に『ゴールデンウィークの予定は空いているか』と訊けばいいではないか。別にそこでクッションを一つ挟む必要もあるまい」

「まぁ、そういう考え方もある、よな」

「別に私は、そうやってまっすぐ来られて迷惑だとも思わないし、困ることもない。変な気を使ったり、余計な気を回したり、そんなことはしないでいいから私にはまっすぐ来い」

姐さんは、不満を述べるというよりも注意をするように、俺にそう言った。姐さんの言うことは、確かに間違っていないように思うが、しかしそうやって話をするのは意外と難しいことのような気もする。

だってそうじゃないか? 確かに姐さんのいう通り、前振りなしの直球で用件を伝えることができる仲というのは、それはそれでいいかもしれないが、正直に言ってそんなこと俺にはできそうもない。

もちろん、姐さんと親しい仲だ、ということを否定したくはないし、人と親しくすることなんて無理だ、とすべてを否定するつもりもない。ただ、いつでもそんな風に強くまっすぐでいることは、俺にはできそうもない、というだけなのだ。

無意識で話に前振りをしてしまうのは、結局のところまっすぐ行くのを避けるための回り道なのであり、ある意味で俺自身の弱さということもできる、かもしれない。もちろん、周り道などせずに直球で行ってしまえば楽なのは間違いなく、俺のしていることは無駄なことに違いはない。

「でもさ、やっぱりなぁ……」

可能性として、お願いをすれば断られることは十分にありうることだ。それは「お願い」という行為に対して当然ついてくるリスクなのだから、あって当たり前のものだろう。

俺のしゃべり方は、それをなるたけ排除するためのものである。したいお願いや訊きたい事について、あらかじめ別の角度の質問を使って確かめておいて、それをしても断られにくそうならばそれをし、断られてしまいそうならばそれをしない、ということで、つまりは予防線を張っているということもできるだろう。

また、「お願い」というのはただの質問とは違う性質を持っている、と俺は思う。質問ならば、それは単に相手に尋ね、相手はそれに応えるというだけのものだが、「お願い」になってしまうと、それは相手に何かを頼むのであって、自分のために手間を取ってもらってもいいかと訊くことに他ならない。

そしてもしそれを断るということになれば、たとえ頼まれたことがほんの些細なことであっても、少なからず断ったことへの負い目のようなものが相手に残ってしまうのではないだろうか。もしそれがどうしようもないこと、たとえば外せない予定があるだとか、調子が悪くて寝ていなくてはいけないとか、であっても、気になってしまうのではないか、と思うのだ。

そうして気にならせてしまうのが、俺はイヤなのだ。だからこそ、相手に断らせるということを出来るだけやらせないで済ませるために、予防線を張っているわけだ。きっと姐さんは、そんなに気を遣いすぎるな、と言いたいのだろうけど、人に対して過度に気を遣ってしまうのは俺の病気であり、直すことのできない性質なのである。

「まぁ、クセだよクセ。そんなに気にしないでくれよ」

観る人によっては、それを臆病だと捉える人もいるかもしれない。あるいは小賢しい立ち回りだと見なす人もいるとは思う。

しかしそうやって、出来るだけ相手にイヤな思いをさせないように、上手く関係を良く保っていくのが俺の人付き合いなのであり、それを根本から改善するのはとても難しいことなのだ。

「そうか? クセだと言うのならば仕方ないとは思うが、まぁ、私はもっとまっすぐ来る方が好きだ、というだけの話だからな。三木もあまり気にしないでくれ」

「はは、直せるように、ちょっとは努力してみるよ」

俺には、残念ながら姐さんのような強さはない。自分を信じるということは、思われているよりもずっと難しいことなのだ。

姐さんが俺のように生きることができないのと同様に、俺も姐さんと同じように生きることはできないのだろう。だからこそ、姐さんのように強くあることのできない俺は、軽く笑って見せたくない自分の弱さというものを隠すのだった。

「それで、三木、ゴールデンウィークになにかあるのか? 私にも教えてくれるとうれしいんだが?」

「ゆっきぃ、あたしもしりた~い」

少し難しい話になっていたから話の最前線から離脱していた志穂だったが、話が元に戻ったのを察したのか、俺の腹に頭をぐりぐりと押しつけながら話に復帰してきた。かなり勢いよく来たので、軽くせき込む。

「いや、あのな、ゴールデンウィークさ、みんなが暇だったら、去年みたいに何かしたいな、って霧子が言っててな」

「きょねんは~、あ~、えと~…、りょこう行ったよ、りょこう。すっごいたのしかったよ!」

「そうだな。去年のゴールデンウィークは三木が旅行に連れて行ってくれたんだったな。しかしそうか…、なるほどな、そういうことだったんだな」

「あぁ、霧子は去年と同じで旅行に行きたいって言っててな、でも旅行ってやっぱ二泊三日くらいで組むからさ、行くだけでもかなり手間だろ?」

「ん~、そうかな? りょこうは、いろんなとこに行けて、いろんなものたべられるからたのしいとおもうよ?」

「楽しいのと手間なのは別の話だろ。二日三日拘束されるってことは、他のことがそれだけできないってことなんだよ。七日休みがあって、そのうち三日っていったら半分だぞ、分かってんのか?」

「そうだけど、ん~? それがどうかしたの?」

「どうかしたのって……、いや、お前……」

「私も、皆藤と同じ考え方だな。私たちは友人なのだから、そんな細かいことは気にしなくていいんだぞ。七日間の休みがあって、友人のためにそのうちの三日を使うということが手間だとは、私は思わないな。そんなことを思い悩むくらいなら、どうしたら三日間を楽しく過ごすことができるか、と考えた方がいいではないか。そうした方が、お互いにとっていいだろう?」

「それは、確かにそうだな」

「しかし……」

しかしどうしてか、姐さんは顎に手を当てて少しだけ首をかしげると、目を細めて難しい顔をした。俺がどうしたのか、と訊ねようとすると、それを遮るように志穂が、椅子に座ったまま頭を俺の腹に沿わせるようにして腰に手を回して抱きついてきたのだった。

さっきまではひたすら腰に押しつけていた頭で俺をぐりぐりと押していただけだったので、非常にバランスが悪かったのだが、しかし今はずいぶんと安定感がよくなったように思う。というか、俺としては比較的まじめに話しているつもりなのだから、腰に頭をぐりぐりさせるのは止めていてほしかったのだが。

「ゆっきぃとあそぶのたのしいからすきだよ~。ゴールデンウィークのあいだ、ずっといっしょでもいいな」

「いや、それはねぇよ」

「えぇ~、なんで~?」

「なんでもかんでもあるか。ずっといっしょなんてダメだっつぅの。俺の気が休まらないわ」

「でも、ゆっきぃといっしょにいると、すっごいおちつくよ?」

「お前が落ち付いても、俺が落ち付かないんだよ。お前は、常に何かを壊しそうな感じがしてるからな、周りのものが無事かどうか気になって仕方ないわ」

「そんなにこわれないよ?」

「ヤだよ、お前、握力でガラスのグラスとか壊しそうだし。我が家の備品を破壊されちゃ堪らんし、それを四六時中心配してなくちゃいけないなんて、精神の方が先にまいる」

「それは、くしゃみしちゃったときだけだよ~。あんまりしないもん」

「普通は、くしゃみしたってグラスは割れないんだよ」

「ゆっきぃは?」

「割れねぇよ!」

「えぇ~、そうなの?」

残念だが、そんな芸当ができる人間はめったにいないわけであり、当然俺だってそんなことは出来ないに決まっている。

「っていうか、志穂はちょっと黙ってなさいな。姐さんが何か言おうとしてたのに、訊くタイミング逃しちゃったでしょ。こうなったら…、ダークネスアタック!」

「ぅゆっ!? にゃ~、暗いよ~」

腰に抱きついている志穂に、俺はブレザーを脱いでふぁさっ! と被せ、志穂の視界をふさいだ。志穂は暗いところではおおむね静かになるので、これで黙らせることができるだろう。

「で、姐さん、なにを?」

姐さんは今もまだ、何かに悩んでいるか、あるいは何かを憂慮しているかのような難しい顔をしている。いったいどうしたというのか、それが俺には分からなかった。

「いや、な…、まぁ、後にしよう。もう一限の授業が始まってしまうからな」

「あ、あぁ、確かにそうだな。分かった、また後で訊きに来るから、今は戻るわ」

「そうしてくれ。私はそれまでに話すべきことをまとめておく」

「ぉ…、おう」

俺は、姐さんがそういうならば、と志穂に被せたブレザーを回収して回せれた腕を外させてから、自分の席へと戻るのだった。姐さんの表情を見る限り、それはあまりいい話ではないように思うが、しかし聞かないというのも通りそうにない。

何の話をされるかは分からないが、心して聞こうと思う。だがまぁ、今はとりあえず目先の授業を受けることにしよう。

そして、休み時間終了のチャイムが鳴り響き、がらりと教室の扉が開かれたのだった。


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