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Prism Hearts  作者: 霧原真
序章
3/222

放課後の教室で

「ゆっきぃ~、もう帰っていいんだよね? はやく帰ろ~」

始業式もつつがなく終了し、ホームルームもついさっき終わったわけで、まだ昼前ではあるが放課の時間となったのだった。

これから俺はみんなを昼飯に誘って、それから六人分の昼飯を調理しなくてはならない。少なくとも、今日の学校よりも大変な作業になることだろう。

「はやくはやく~」

欠伸をしながら隣の席でちょこちょこ動いて荷物をまとめているメイを観察していると、学校が終わってうれしいのだろう、目をらんらんと輝かせた志穂がこっちにやってくる。

その後ろには霧子と姐さんもついてきて、一気に俺の机を囲む人数が倍増するのだった。

「志穂、そんなに急がなくてもいいだろ。なんか姐さんが少し用事があるんだってさ、ちょっとだけ待とうぜ」

「えぇ~、りこたん用事あるの?」

不満そうにそう言った志穂に、姐さんは申し訳なさそうに頭をかいた。

「すまんな皆藤。すぐに済むことなんだが、待てないんなら先に帰っていても構わないぞ」

「そうなんだ……。みんなでいっしょに帰りたいけど…、でももうお腹すいたよ……」

なぜだろう、ただ腹が減ったと言っているだけなのに、こいつが言うと妙に切実な感じがするのは。

「だが俺は待つ。霧子も待つ。どうしてもっていうんなら一人で先に帰ってもいいぞ、好きにしなさい」

「うぅ~、そうだけど~…、あ、そだ、きりりん、パン買いに行こ?」

「えと、ごめんね、しぃちゃん。あたしはおうちに帰ってからごはん食べるから…、ごめんね?」

「うぅ……、お~な~か~す~い~た~!」

ついには地団太を踏み始める始末。そんなに腹が減ったのだろうか。

「わがまま言うんじゃありません。もう高校生なんだからちょっと我慢するくらい簡単だろ。っていうか、我慢できないなら帰れよ」

「いっしょに帰るもん! がまんするもん!」

何が気に食わなかったのか、ぷいっ、っとそっぽを向いてしまう志穂だった。

腹が減ったからといって自分勝手なことをしていいわけではないし、八つ当たりはよくないぞ。

「どうしても、お腹すいたか?」

「お腹すいた……」

「もう少し我慢したらいいことあるぞ?」

「いいことってなに?」

「我慢できなくてパンを食うっていうんなら、きっとそれはそんなにいいことじゃなくなると思うな」

「? どういうこと?」

俺の話に興味を持ったのか、さっきまでの空腹による不満顔はどこかにいってしまったようで。こう、感情がころころ変わるのは相手をしていて疲れるが、不機嫌が長続きしないのは志穂のいいところだと思う。

「今日な、このあとみんなの都合がよかったら俺が昼飯つくってやろうと思ったんだ。でも、ほら、あれじゃん? 俺の家、素直ないい子しか入れないからさ」

「そうなんだ…、それなら、お腹ぺこぺこだけどがまんするよ。ゆっきぃのご飯、すっごくおいしいし、あたしもだいすきだもん」

「そうか、それじゃあいい子で待てるか? 怒ったり、機嫌悪そうにしないで」

「うん、待ってる」

「もう、俺に八つ当たりしないな?」

「ゆっきぃ、ごめんね……」

「別にいいよ、気にしてない。あと、姐さんを困らせるようなことも言わないな?」

「いわないよ。りこたん、ごめんね」

「気にするな。私も気にしないことにする」

「よし、いい子だな。これで志穂もうちに来れるぞ」

「んゅ~……」

ご褒美の代わりに、髪の毛がくしゃくしゃになるくらいぐしぐしと頭をなでてやる。

いけないことをしたときはすぐにたしなめ、いいことをしたときはすぐに褒めてやることが、志穂のしつけをするときに一番重要なことだ。

時間をおくと何について叱られているのか褒められているのか分からなくなって、何の効果もなくなるからな。

「そういうわけだから用事でもなんでも済ませてきちゃってくれよ、姐さん。俺たちはここで待ってるからさ」

「みんなすまんな、30分もしないで戻る」

「りこたん、いってらっしゃ~い。お土産買ってきてねぇ」

「のりちゃん、待ってるよ~」

志穂と霧子が大きく手を振って姐さんを見送る。まぁ、姐さんのことだ、かかる時間は七掛けくらいと見積もって、20分ってところだろう。

それまでに、俺は俺でやることやっておかないとな。

「はい、志穂、霧子。注目、こっち注目してね」

「どうしたの幸久君?」

「えっ、なになに? ゆっきぃどうしたの?」

「いいですかぁ、今日は新しいおともだちの紹介をしまぁ~す。静かにしてるように」

「え~、だれだれ~?」

案の定、一番に興味深そうに食いついてきたのは志穂だった。そして志穂のようにあからさまにはしないが、霧子もそわそわしているらしいことが分かる。

霧子は友だちがほしいが、自分から話しかけるのは苦手だ。基本的には受け身で待ち構えているタイプなわけで、こんな感じに友だちを紹介されるのはけっこううれしかったりする。

「はい、今日、偶然、俺の隣の席になった持田メイさん、メイです。みんな仲良くしてあげるようにね」

そして、俺の影に隠れるように、すっぽりと俺の後ろに収まっていたメイが出てくるのだった。

『よろしく、おねがいします』

メイはすでにそう打ち込まれているケータイの液晶をぐっ、と突き出す。

「見た通りの無口の恥ずかしがり屋キャラだけど、いじめたりするんじゃないよ。特に志穂、何気ない一言が他人を傷つけてるかもって思いながら日々を過ごすこと。わかったな?」

「は~い!」

「霧子は毎日元気でいてくれれば、俺は何も言わない。霧子はいい子だからな」

「うん、わかったよ」

「…、ねぇ、ゆっきぃ。えこひいきっていうのは人を傷つけないのかな?」

「あぁ、少し志穂をひいきしすぎたか…、悪かったな、霧子…、許してくれ……」

「う、うん。平気だよ? 気にしないで、幸久君」

「うぅ…、ゆっきぃ、ひどい……」

「勘違いするな、俺は志穂もかなり大事にしてるぞ。厳しくするのはお前のことが大事だからだ」

「ゆ、ゆっきぃ……!」

「言わば愛、愛の鞭さ」

「…、あたし、ゆっきぃがそこまで考えてくれてるなんて思わなくて…。ごめんね、ゆっきぃ……」

「いいんだ、志穂。それにペットは飼い初めの時期が大切なんだ。適度に厳しくするのが重要。しかし厳しすぎも厳禁だ。そう、飴と鞭なんだよ、飴と鞭」

そもそものところ、一年ぽっちなんかじゃまともな教育ができるはずがないんだ。教育っていうのは長期的な視点が必要になってくるもので。

「志穂は飲み込みがいいからな、俺としてもいろいろと助かってるんだぞ?」

「そ、そうかな? えへへ」

「そうだ、志穂はできる子だ」

ちょうどいい力を込めて頭を撫でてやる。このように、ときには褒めてやりましょう。厳しさ一辺倒では成長の芽を摘むことになりかねません。

「それでだ、メイ。さっき言ったから覚えてると思うけど、俺は幸久、三木幸久だ」

『うん』

「でだ、このちっちゃいのが皆藤志穂、こっちのポニーテイルが天方霧子、さっき出かけたのが風間紀子だ」

『しほちゃん、きりこちゃん、のりこちゃん?』

「そうだ」

『しほちゃん、きりちゃん、のりちゃん?』

「縮めたければ縮めればいい」

『しほちゃん』

「うん」

『きりちゃん』

「はい」

『おとも、だち?』

「うん、そうだよ」

「よろしくね、メイちゃん」

「おとも、だち…、えへへ……」

「うぉっ! ゆ、ゆっきぃ…、しゃ、しゃべった、今、しゃべったよ!」

「志穂、そういうの、特に気をつけような?」

「あ、うん。ごめんなさい」

「よくできました」

なでなで。

一年かけてやっとすなおに謝ることを覚えてくれた。これも俺の教育の賜ですよ、奥さん。

「あとは姐さんが戻るまでフリータイム。質疑応答でも何でも自由にどうぞ」

「はいはいは~い!」

「ゆっくりな」

「は~い……」

「元気出して、しぃちゃん」

「うん、ありがと、きりりん」

どうやら、特に問題なく新しい友だちを受け入れられたようだった。姐さんが戻ってくるまでもう少しあるし、少しでも話をするといいよ。


…………


「待たせたな」

姐さんは、それから20分もしないで帰ってきた。何の用事だったんだろう、とも思ったが、風紀委員の用事だろうし、一般生徒には話せないようなものだったら悪いし、ここは突っ込まない方がいいかもしれない。

「もう帰ってきたんか、早かったな」

「あぁ、思った以上にスムーズに話が進んでな…、おや? なんだか一人増えていないか?」

「目ざといな。実は増えてるんだ。彼女は三木組の新しい構成員の持田メイさんです」

「そうか。持田は確か三木の隣の席だったな」

「あぁ。今年も一人で席が離れてるからさ、なんつぅか、さみしいじゃん?」

俺には霧子と姐さんと志穂がいるから、他に友だちなんていらん! と豪語できるほど俺は閉じていない。三人は友人として別格かもしれないが、しかしだからといって他の全ての人間関係を放棄することはできないのだ。

自分の席の周りに気軽におしゃべりできるやつがいてほしいし、クラスメイトともやっぱり仲良くなっていきたい。

全員と友人になれるかどうかは分からないが、でもだからといって最初から何もしないということはないのだ。

「そうだな、ふむ。私はてっきり、また三木が不用意に女子に手を出したのかと思ったぞ」

「あれ、俺って姐さんの中だとそんなキャラなの?」

チャラいキャラとか、定着させたくないぞ。

「いや、そういうわけではない。ただ、浮いた話などはないが、三木の周りには不思議と女子が多いな、と思ってな」

「そうかな…、確かに男が少ないかもしれないけど」

「現にこのクラスには女子しかいないじゃないか」

「それは…、不可抗力ですよ?」

「本当か?」

「俺に何ができるっていうんだい、姐さん」

「いや、なんというか、魔力のようなもので女子を引きよせ、男子を退けたのかと思ってな」

「残念だけど、俺にはそんな能力はないなぁ……」

俺だって、別にクラス替えに介入して自分以外全員が女子というこのクラスを作り上げたわけではないのだ。というか、むしろ男子がまったくいないクラスというのは、俺の望んだものとは違っているのだから。

趣味の料理が高じて選択授業に家庭科を選んだというだけで、確かに男として家庭科専攻というのは異端かもしれないが、女子目当てでそうしたわけではない。

ただ、行動の結果として女子ばかりのクラスになってしまうという現実が生じただけなのだ。

「ただそうとしか思えないというだけだ。さすがに三木におかしな力があるとは思っていない。しかし、こうして新しい友を増やすことができるというのは、クラス替えのいいところだな」

「こうして新しい出会いがあるっていうのは、新鮮でいいよな。ここってけっこう生徒数多いからさ、知ってるやつばっかりじゃないってことだな。このクラスにだって、顔見たことすらない奴が半分くらいだぜ」

一つの学年に七クラス、それぞれのクラスにおおむね40人ずつの生徒が配当され、さらにそれが三学年あるのだ。単純に計算してしまえば、850人くらいが学生としてこの学園に在籍していることになる。

その中で俺が知っている人数など、本当にたかが知れているというものだ。さらに友人と限定してしまえば、本当に数えるほどしかいないだろう。

特に俺は部活にも委員会にも入っていないので、人間関係は非常に狭い方だと言っていい。逆にそういうものに所属している人たちは俺よりも広い人間関係を保っているのだろうが。

「…、あぁ、そうか。普通はそうだったな」

「へっ? 普通は、ってなに?」

「いや、顔と名前だけだったら、私はそれなりに生徒を把握しているということだ。持田も、顔と名前だけなら前から知っているぞ」

「へぇ、メイって有名だったのか?」

俺は寡聞にして知らないが、実は有名な生徒だったのかもしれない。たとえば部活ですごい活躍してるとか、めっちゃ頭がいいとか、そういうあれで。

あるいはは、女子の間でだけ有名とか? 女子の噂の情報網とかすごそうな感じがするし、そういう可能性もなくはないだろう。

「いや、風紀委員会で学生の所属情報を把握しているだけだ。何のことはない、彼女は普通の生徒だよ」

「えっ、なに? 風紀委員ってそんなことまで覚えないといけないの?」

「いや、私が個人的に覚えているだけだ。知っていて困ることではないからな」

「…、お疲れ様です、姐さん」

この分だと、それなりとか言っていたが、生徒全員の情報を把握しているに違いない。姐さんは、やると言ったらとことんまでやる性質だ。

もしかしたら、今日の用事というのは新入生の情報を把握するためのものだったのかもしれない。あまりに仕事熱心すぎて、突っ込むことすらできなかった。

「ほらほらお嬢ちゃんたち、姐さんのお帰りだよ」

「リコちゃん、おかえり」

「天方に皆藤、待たせて悪かったな、それに持田、これからよろしくな。私は……」

『のりちゃん?』

「あぁ、それでいい。よろしくな、持田」

『おともだち?』

「そうだ」

『よろしく、おねがいします』

「あぁ」

「よし、全員メイとメアドの交換をしちゃいなさい。それでこれからは常に携帯を携帯すること。メイの基本的なコミュニケーションデバイスは筆談だけど、メールもよく使うみたいらしいしな。特に霧子、携帯を家においてきちゃダメだからな?」

「き、気をつけるなきゃ……!」

「仕方ないな、それじゃあ霧子には携帯を毎朝手渡してやるからな。そうすれば忘れないだろ?」

「うん、そうだね」

どうやらだが、メイは上手くこの面子に馴染んでくれたらしい。友だちというのは、多くて困るものではない。友情は財産だというが、それは本当のことだろう。

「よし、じゃあ帰るか。うちで飯食わせてやるから、付いてこ~い!」

「わ~い、まってました~!」

一人でとても盛り上がる志穂。他の三人の盛り上がりはまずまずだが、嫌がっているような感じは見えないし、付き合いで仕方なくみたいなのはないだろう。

まぁ、予想した通りのリアクションだな。これくらいのテンションのバランスが一番やりやすいんだ。楽しみにされすぎるのも疲れるし、無理に突き合わせるのも何か違う感じがするし、なかなかに難しい。

「幸久君、今日は何をつくるの?」

「今日も人数が多いからってわけじゃないけど、そうだな、中華にするか。あっ、そうだ、ちゃんと家に連絡いれとけよ」

「あぁ、そうだな。何も言わずにいては親御さんを心配させてしまうだろう。そういうわけにはいかないからな」

「よし、五分後に出発するから準備するように。遅いやつは置いてかれても文句言わないようにな。親御さんにちゃんと連絡して、昼を外で食っていいか聞くことが参加条件だから、よろしく」

「じゃあ、おねえちゃんにメールしないと」

「私も母に連絡を入れよう。そろそろ昼食の支度をし始めてしまうころだからな」

「ゆっきぃ、あたしはいつでも行けるよ!」

家に連絡を入れるためにみんながそろって携帯をいじり始める中、志穂が俺の背中に飛び乗ってくる。不意を突かれた形だが、志穂程度の重さに負けるほど軟弱な俺ではない。

しかし、ほんとに軽いな。この身体のどこにあの力が収まっているのか、疑問でならない。

「今朝はきりりんがおぶってもらってたからね。帰りはあたしをおんぶだよ」

「どういう理論だ。ったく、小学生じゃあるまいし」

「いいでしょ~、ゆっきぃにおんぶされるのすき~」

「おんぶとか、恥ずかしくないのか、志穂」

「なんで?」

なんで、と来たか……。上等だ、後で恥ずかしくなっても絶対にやめてやらないからな。

「いいだろう、おぶってやる。降ろしてって言っても降ろしてやらないからな」

「ほんと? やった! ゆっきぃ、すき~」

首にまわした腕で、まるで俺の頭を抱きしめるようにする志穂。髪に頬ずりするんじゃない。

まぁ、なつかれてるんだし、悪い気はしないか。なんだかんだいって志穂もかわいいやつだからな。

「志穂は、連絡しなくていいのか?」

「うん、今日はね、どうじょ~でごはん食べるはずだったんだけどね、さっき気を送ったからへいき~」

「…、へぇ、そうなんだ」

「メールだよ、うん」

「よしわかった、それ以上何もいうな。もう連絡できたか、じゃあ行くぞ」

「出発だ~!」

俺は、志穂の発言を聞かなかったことにして、出発の号令をかけるのだった。

とりあえず、帰ったら昼飯六人前か。けっこうな量になるだろうし、何とかがんばるしかないな。

まずは広太に連絡だ。買い物して食材をそろえておいてもらわないといけないからな。さて、冷蔵庫の中には何がどれだけあったか……。

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