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Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
24/222

覚醒×一喝×万事解決

こうして外に出てくるのは、久方ぶりだ。

体はよく鍛えられているようで、思ったよりも軽い。

「っ…、はぁ……」

俺様は、地面にたたきつけられた体を起こす。

その程度のことで、痛みを感じることはない。

紀子に掴まれていた両手を、軽く振って振り払い、俺様はすくっ、と立ち上がる。

全身が、軽くこわばっているようだ。おそらく生来の気遣い屋な性質が高じてストレスがたまっているのだろう。

「ん…、っと……」

頭の上で指を組み、ぐっと背筋を伸ばしてやる。

全身に感じない程度の疲労が蓄積しているのか、それだけでぱきぱきと小さな音がそこかしこから聞こえる。

中から見ていて不摂生も不養生もないように思えたが、人の子というのは生きているだけでも消耗していくものなのである。

しかもその消耗を補填することができないのだから、自愛を尽くせ、と言い伝えてやりたい。

幸久の体は俺様の受け皿でもあるのだ。体にガタがきてしまっては困る。

「で、なぜ出てくることになったかといえば、だ……」

とりあえず、周囲を見渡す。

幸久は、この状況をなんとかしたかったようだ。

人の子というものは、なかなかに難儀だな。望むと望まざると、すぐに悪い状況を生み出してしまう。

よい選択をし続けても必然として悪い状況が生じるのは、おそらくその身に積まれた業によるのだろう。

「となると、幸久は業深いということだ。俺様のようなものに憑かれておきながら、皮肉な奴だ」

さて、それでは手早く状況を片づけるとするか。

目の前に広がっている状況を認識する。

多数の子女が酒を飲んで酩酊している。向こうでは教師と呼ばれる存在が同様に酒を飲んで酩酊している。

その中には、幸久と特に親しくしている天方霧子、皆藤志穂、風間紀子とあと持田芽依の姿も見受けられる。

「そうか、ここから逃げようとしていたということか」

眺めてはいたものの、生じている状況を全て明確に受け入れているわけではないので、いかに俺様といえど、少なからずそれを完全に理解するには時間を要する。

「逃げるだけならば、なんということはないではないか。何の難もないだろう」

しかし幸久は難儀にも他人を少しでも傷つけたがらないので、それもあるいは難しかったのかもしれない。

それに、ただ逃げるだけではわざわざ俺様が出張ってきた意味がない。

それならば、ここは場を収めるところまでを引き受けるとしよう。そうでなくては、俺様が幸久に憑いている必要性が失われてしまうからな。

「きゃはははは! 幸久くん、だいじょ~ぶぅ? もっとほしかったら、言ってねぇ?」

「ゆっきぃ、きゅうにとんでったからびっくりしたよ~、そらとぶゆっきぃだね!」

「三木! まだ分からないだろう! きちんと触らないと分からないだろう! お前だから、確かめさせているんだからな! 分かっているな!」

「騒がしいな…、少し黙らないか……」

俺様がかすかに呟いた言葉で、しかし三人はぴたりとその言葉を止める。

言霊。

古来より、言葉には力が宿るとされている。

凡百が発する言葉にはほんのわずかの力しか宿らないが、しかし俺様のような高位の存在が発する言葉には必要以上の力が発現するものだ。

俺様が黙れといえば、それを聞いた者は軒並み黙ることだろう。なんとなく言うことを聞いてしまうという、無意識的な反応に干渉するのが言霊なのだ。

言霊とは、ある意味では言うことを聞かせる力なのである。

高位の術者になってしまえば、その対象は人間だけには限られない。たとえ相手が自然であっても、言うことを聞かせることができれば操ることができる、ということだ。

俺様が直接手を下すとなれば、通常ならある程度の詠唱を必要とするようなことであっても、ほんの一言で為すことができる。

故に、黙れといえば黙る。それは必然だ。

「座れ」

たった一言の命令。投げ捨てるように、俺様は三人に向かって言葉を放る。

もしもこの場にいるすべてのものに対して力を振るうとなればこのよう投げやりな言葉では為し得ないだろうが、しかし今はただ目の前の三人に集中していればいいのだ。

当然、放つ言葉は少なくていいし、一つの言葉に込める力も小さくていい。

「ん、座ったな」

三人は俺様の言葉に従って一列に正座するが、しかし全員酒のせいで意識と姿勢が定まらないのか、上体をふらふらと揺らしている。

「正座と言ったはずだ。ふらふらするな」

俺様の言葉によって、少なくとも姿勢だけは三人ともピッ、と定まる。しかし、ほんの少し酒を飲んだだけでこうも騒ぐとは、落ち着きというものが感じられない。

だがまぁ、どうやら最低限度の躾だけは行き届いているようだな。幸久の、ひいては俺様のそばにいるものが不作法者とあっては、示しというものが付かない。

「とりあえず、だ。なぜ不作法に騒いでいる」

急に怒られているような状態になり、冷や水を浴びせられた気分なのか、三人の目はさっきよりもしっかりしているようだった。

そもそもからして、酒宴を開きにぎやかにすることがおかしいのではない。

酒宴、しかも春を愛でる酒宴なのだ、少しくらいにぎやかなくらいで丁度いいのかもしれない。

しかし、だからといって、こうして不調法に騒ぎを起こしていい、ということでは決してない。

風流や風情というものを感じ入るための会であろうに、ただ騒ぎたいのであれば、少なくとも俺様の視界に入らないところでやってほしいものだ。

幸久も、おそらくそういうことを言おうとしていたに違いない。

「えぇと……」

俺様の問いに、志穂の目がふいっ…、と泳いだ。

「そうか…、志穂、お前が騒ぎの元凶か。ははは、『目は口ほどに物を言い』とは、古い人間も上手いことを言ったものだな」

顎に手を添えて顔を近づけ、視線を反らさせない。

「そうは思わないか? 志穂」

「え…、えぇっと」

「さぁ、正直に、どうして俺様の前で不作法を働いたか、教えるんだ。そして、俺様の前で不作法を働くなど万死に値する行為だということも、分かっているだろう」

「ぁ…、あの、ね……」

「わざわざこうして出てくることになったのだ、足労を強いられて俺様は機嫌が悪いぞ。速やかに状況を説明し、然るべきことを為せ。お前が元凶なのだから、志穂、お前が説明するんだ」

「ぅ、うん……」

志穂は、おそらく幸久の中に憑いている俺様の存在を無意識的に感づいている。それ故に、こうして幸久の姿を借りてはいるが、幸久とは違う俺様を見ているようだった。

「あやちゃんが、ね、ジュースだよってくれたのをね、みんなでのんだの……。あたしが、のもう、って」

「そうか、やはりお前が引き金だったんだな。しかしどうやら元凶は別にいるようだ。よく素直に言うことが出来たな、偉いぞ、志穂」

正座で俺様の前に座っている志穂の頭を、軽く撫でてやる。だが、ただ素直に打ち明ければいいという問題ではないのだ。

不調法を働いたという罪は、その程度で雪がれるものではない。

「しかし、お前は俺様と、三木の血を持つ者と近しいのだ。そうだというのに、俺様が見ていないからと、このようなことをしてもいいのか、志穂」

「あの、これ…、のんじゃダメだったの……?」

「確かにそれは酒だ。定められた法律とやらで、お前たちの年齢で飲むことは禁じられていることだろう。しかし俺様とて戯れを好む節はあるからな、何でもかんでも無下に禁止することには疑問がある」

「じゃあ……」

「だが、な……」

志穂の頭に置いた手に、ほんの軽く力を込める。

「だからといってどこまでもやりたい放題していいわけではない。羽目を外すことは構わない、しかし、度を越したな、志穂。俺様が出てこなくてはならない状況は、許される範囲を逸脱している」

きりきりと、少しずつ加える力を強くしていく。おそらく頭を締め付けられる痛みはそれほどでもないが、少なからず重圧のようなものを感じているだろう。

「楽しく、風情を感じ、慎ましやかに楽しんでいる分には、俺様が出てくることもなかった。悪乗りが過ぎたようだな、志穂」

志穂は、まるで怯えたように肩をビクッ、と震わせる。闘う術をいくら修め、いくら強くなったとしても、それが武術である限り支配者の駒にしかなりえず、その性質からして志穂は俺様に勝利することは愚か、同じ土俵に乗ることすらも出来ない。

「与えられた枠の中で楽しめず逸脱するのなら、その先に待っているのは罪と罰だ。俺様を怒らせた罪、酒宴の興を削いだことへの罰、さぁ、贖ってもらおうか」

「ゆ、ゆっきぃ……」

「なんだ、志穂? 言いたいことがあるのならば、一言だけ許そう」

「あの、その…、ごめん、なさい……。やりすぎだなんて、おもわなかったから……」

「そうだな、まずは詫びることから始めないといけないな。いい心がけだ、志穂。まだ言いたいことはあるか?」

「あ…、あたしが…、みんなにのんでのんでって、いいました……」

「そうか、そんなことをしたのか」

「みんなに…いっぱいめいわく、かけました……。ごめん、なさい……」

自分のしたことを告白して、志穂はぽろぽろと涙を流していた。おそらくそれは、怒られて怖かったから、という涙ではあるまい。

それは後悔の涙だろう。俺に言われて、自分が友にしてしまったことを思い起こし、悔いているのだ。

志穂は、そうして自らを省み、そして涙を流すほど悔いるとができる強い心を持っている。それは間違いなく、人間として一つの長所だろう。

「よく、正直に言ったな。偉いぞ、志穂。それでこそ、俺様の側にいるにふさわしい」

嗚咽を噛み殺し肩を震わせるほどに、志穂は感情をあらわにしていた。俺様は、その純粋さに敬意を示し、その頭に手を乗せ、丁寧に乱れた髪を梳いてやる。

「俺様は、過ちを責めようとは思っていない。人間というのは、誤る生き物なのだ。幸久も、誤ることはあるだろう。故に、俺様はお前の過ちを責め立てるつもりはない。責めるとすれば己の過ちを認めないことだが、志穂、お前はそうはしなかった」

俺様は静かに、志穂を諭すように語りかける。

「俺様は、お前のことを褒めたい」

「な、なんで……?」

「お前は、きちんと己の過ちを認め、悔いたではないか。己が何を間違ったのかを知らず、また認めることのできないような下賎な輩には、俺様の側にいる資格はない。お前はそれだけ立派にやっているんだ、誇れ」

「ゆっきぃ……」

「お前は、教師たちがやったんだ、と責任を逃れることもできたはずだ。しかしきちんと、涙を流してまで自分が悪いということを認めたではないか。それでこそ幸久の認めた友よ。志穂、これからも幸久の側にいることを許そう」

「うん…、わかった」

「あぁ、分かればいい。紀子、霧子、お前たちはそうしてしばらく静かにしていろ。そうしていれば酔いも醒めるし頭も冷える」

「三木…、私は……」

冷静になって初めて、ようやく自分が飲んでいたものが酒だ気づいたのだろうか、紀子は不安そうな顔で俺様の顔を覗き込んでいた。大方、志穂にただのジュースだとでも言われていたに違いない。

俺様は酒を飲むことがどうこう言ったつもりはないのだが、しかしこの者はそういったことをこそ重く見ているのだ。規律を守ることこそが、風間紀子の第一原理である。

「今日は、間違えてしまったな、紀子。だが、間違えることがいけないことではない、と言っただろう。してしまった間違いは、これから生きるための糧にすればいい。規律を重んじまっすぐ生きることは重要だが、お前の思っているものが本当にまっすぐかどうか、見極めるための物差しがなくてはならない。今日は、その物差しを拾ったとでも思っておけ」

「すまない…、私が…、私がもっとしっかりしていれば、こんなことには……!」

「自分を責めるか……。それもいいだろう。簡単に妥協や譲歩が出来る性質ではないことは知っている。だが、間違えた自分を責めるだけでなく、それも含めて認めてやれ。人の子は強くない。お前のような者は、高すぎる理想が絶望を導き、いずれはそれに殺されてしまう。己の思いに殉じるのもいいが、行きすぎるな」

「しかし私が法に背いたという事実は消えない…、他のものを止めることができなかったという事実もだ……」

「ふん、そのような些細なこと、囚われるに値せんな。酒でもなんでも飲めばいい。多少の無理で道理を引くのが宴というものだ。今日はただ、この舞い散る桜の美しさに酔ったということにしておけばいいではないか」

「……。お前は、本当に三木、三木幸久なのか? いつもとはまるで別人だな。いつもの三木は、言っては悪いがもっとせせこましい男だぞ」

「はは、せせこましいか! 確かにな、そうかもしれない。だが見忘れるな、俺様は三木幸久、華の血族・七天星家が第三位、三ツ木家の嫡男にして現当主だ。『様』無しの無礼を許しているのはお前たちが側におくに値すると幸久が認めているが故だ、感謝しろ、我が友らよ」

「その豹変ぶり、まるで悪魔憑きだ…、貴様、三木に害を為すのか。二重人格などと、ごまかされる私ではないぞ」

「ふんっ、立ち直る手助けまでしてやったというのに、ずいぶんな言われようだな。しかしまぁ、悪魔憑きね。それで理解が深まるというのならばそれでもかまわん。あと、言っておくが、幸久に害を為すなどありえん」

「あのね、のりちゃん、幸久くんのお家はすんごいんだって。あたしはなにがすんごいかはよくわかんないんだけど、おかあさんは知ってるみたいなの」

「天方の家には、三木の事情をそれなりに伝えてあるはずだ。まぁ、霧子は深くは知らないようだがな…、っ……!!」

その瞬間、頭にずきり、という痛みが走る。ふむ、幸久の負担も考えると、そろそろ戻る頃合いか。

あまり幸久に負担をかけるわけにもいかない。ここは、概ね状況は解決したということはできそうだ、出来るだけ早く幸久に返してやらなくてはな。

「体を借りたぞ、幸久。今すぐ返すから、戻って来い」

幸久の意識はまだ戻りそうにないが、俺様は手の中にある意識の権利を手放した。わずかな間だけ肉体から主体が消え、その空いた所に幸久の意識を戻してやる。

そうすることで、幸久の肉体に幸久の主体が入り、そしてそれはまだ意識を取り戻していないので、結果的にもう一度気絶することになる。ぐらり、と体が傾き、そのまま地面へと倒れ伏す。目を覚ますのは、もうしばらく先のことになるだろう。

『幸久、愛し我が子よ。目覚めの時まで静かに眠れ』

俺様は、古より三ツ木の血に宿る、古き系譜を受け継ぐ神々の一柱。本来的に、三ツ木の血族は俺様をその血に宿し、守り受け継ぐためだけに存在している。少し前まではその力をわずかながらに引き出し、占いを行ない、未来を読み、なんとか家を存続させてきたのだ。

だが今は、時代が変わり、また事情も変わった。神々への信仰は失われ、三木の家は幸久一人を残してすべて死に絶えた。一昔前は立派だった三木の家も、今ではすっかり寂れ切っている。

しかしそれでも、氏子と氏神の関係は残されている。その関係は神と信徒である以前に、俺様にとってみれば親と子なのだ。幸久は我が子同然なのだ。

幸久が生きる限り、俺様はそれを守り続けよう。何かを願うならば叶えよう。そうすること以外、俺様が幸久にしてやれることはないのだから。

そして幸久が死ぬならば、そのときは俺様もともに生涯を閉じよう。愛する我が子とともに朽ちることは、決して悪いことではあるまい。

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