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Prism Hearts  作者: 霧原真
第二十章
220/222

招集かかってたんだって!

「あ、三木くんおつかれさまです。観客席の方から戻ってらっしゃったように見えましたがどちらかに行ってらしたんですか。先ほど真田さんがおっしゃってるのをちらりと耳に挟みましたがご友人のご家族に挨拶回りを敢行しているということの一環でしょうか?」

襲来した致死性で圧倒的な脅威をなんとかやり過ごし、かりんさんのお茶で一息吐いた俺は、ひとまず挨拶回りを中断してクラスに戻って対策を立て直すことにした。

「畑もお疲れさん。そっちは、次はなに出る?」

「自分は競技には出場しませんよ。新聞部には写真部と協力してスナップ撮影をするという崇高な使命がありますので。まあそれも運動が苦手だからできるだけこういう行事は避けたいというのが一番の理由ではあるのですけれども」

この早口な女子はクラスメイトの一人、畑一子<ハタ イチコ>。新聞部で記者として取材をしたり、記事を書いたりしていると聞いたことがある。

学内新聞は意外、といったら失礼かもしれないが、校内ではなかなか人気のコンテンツで、二日に一回くらい発行されて配布されているらしい。熱心なファンは毎号蒐集しているなんて話を聞いたことがあるが、生憎俺はそういった類いの趣味がない。

それでもたまに見る紙面の片隅に執筆者として名前が載っていたりするから、こいつは俺が思っているよりすごいやつなのかもしれない。

「一子ちゃんは、すぐそういうことばっかり」

畑の後ろからぴょこんと顔を出したのは、彼女の友人であり、俺のクラスメイトでもある西原澄華<ニシハラ スミカ>だ。彼女は放送部に所属していて、そういえばさっきまでの競技の招集とか競技名のコールとか、スピーカーから聞こえてきていたのは彼女の声だったかもしれない。

「まあ、私も放送部の恒例のお仕事として放送担当がありますから、一子ちゃんのこと言えないですけどね」

「西原の担当はもうお終いか?」

たまに朝の放送とか放課後の下校時間の放送とかで声を聴くことがあるような気が。囁くような柔らかい声質なのに張りがあって聴きやすいという好評もよく耳に挟む。

「ええ、午前中は。でも午後もまた担当があるので、楽しみにしていてくださいね」

「澄華は放送部のパーソナリティの中でも人気がありますからファンの方々は喜んでらっしゃるんじゃないですかね。次々号に定例の部活動紹介の記事の執筆予定がありますのでぜひ澄華のことを取材させてもらうということでよろしいですね」

畑は新聞部の二年生のエース、西原は放送部のホープ。うちのクラスは、案外文化系の部活にも運動系の部活にも活躍している人がいて、人材豊富だなあ。うーん、やっぱり俺も家政部の活動、ちゃんと出てみるかなあ……。

「二学期から昼の番組の一つを担当すると決まったと聞いていますしそれの宣伝も兼ねてちょうど良い時期ではないかと思いますよ。ええそうしましょう」

「ば、番組のことは、企画段階ですし、私はやると言っていませんので、まだ広めちゃダメですよ、一子ちゃん」

「へえ、そりゃいい。最近はやかましい番組が多かったからな、西原がやるなら落ち着いた番組になるんだろ。その企画、俺は賛成だ」

今年に入ってからは、どうにもにぎやかにわいわいする番組が多くていただけないと思ってたんだ。週に一回くらいは静かに昼を過ごすべきだ、うんうん、やはりそういう時間もひつようなものだ。

「賛成なんかしちゃダメです、三木くん。私はもともと裏方志望なんですから、番組なんてとんでもないです!」

「まあまあ、何ごともチャレンジっていうし、やってみたらいいじゃん」

「みんなそういうんです…、いったいどうして私に番組なんてやらせたがるんだか……」

「そういや、競技どこまで進んだ?」

「競技ですか? もうじき借り物競走が始まる頃かと思いますけど」

「借り物競走は天方さんと佐原さんが出場予定です。ちなみに借り物競走の次は二人三脚ですが三木くんも出場するはずですが招集場所に行かなくてもよろしいんですか。真田さんは先に行くと言っていらっしゃいましたけれど」

「それ、先に言ってくれよぉ!」

招集場所にいらっしゃいますよ。肩越しに聞こえるその声に、俺は小さく手を振って走る。

「やべえ、遅刻だ遅刻」

お師匠さんの襲撃による心の乱れを戻すのに、少しシートでゆっくりしすぎたのが敗因か。すまない幸村、すぐに行くから待っててくれ。

「やや、そこを行くのはゆきくんじゃないか!」

「その声は、相葉か!」

「そう、あたしが京香ちゃんさ!」

後ろから迫る足音、かけられた言葉、ちらりと後ろを見遣るとそこにいたにはクラスメイトの相葉京香<アイバ キョウカ>だった。確かダンス部で運動神経が抜群にいいとか聞いたことがある。

明朗快活という言葉がよく似合う元気な子だが、志穂とメイに次いで背が低いこともあってクラスのマスコット的に扱われることが多い。なぜ志穂とメイがマスコット的に扱われていないのかということは、まあ、推して知るべしという感じだ。

「お前も遅刻か」

「そそ、仲間だ仲間、なかーまー」

「相葉は、これが初競技か」

「えっとね、ウチは二人三脚と、パフォーマンスと、あと全体競技だけさ」

「そういやパフォーマンスってなにすんだ?」

「あー、それな。なんかバラすとムラハチだって言われた、ウチ」

「ムラハチ……? 村八分……?」

霧子に聞いたときは絶交だったのに、なんか過剰に過激になってない……?

「お楽しみにって、いっくんも言ってたぞ」

「村八分はツラすぎるな、そっとしておくことにするわ」

「そうしてくれると助かるなー、ウチ、口軽いからさー」

「自慢することではねぇなぁ」

「三木くん! 来ないかと思いました!」

「幸村怒ってない?」

「いっくんはやさしいから怒らないんだよなー」

招集場所の列で俺のことを待っていたのは、どうやら俺が遅くなったのを怒っているらしい幸村。そして相葉のことを待っていたのは、同じくダンス部に所属している東堂衣玖<トウドウ イク>である。

「京香ちゃん、遅かったわね、支度は済んだ?」

「ほらー、いっくんやさしくて好き〜」

「もう、衣玖さんは京香ちゃんに甘いんですから!」

「幸村ちゃんだって、さっきまで心配してたじゃない。ふふ、『三木くん、大丈夫でしょうか』なんて、ね」

「そ、そんなこと言ってません!」

う〜む、俺だって悪意を持って遅れたわけではないのだが、しかし言い訳というのもどうにもみっともないもんだ。しかし、今回ばっかりは言い訳くらいはしてもいいのでは?

そうそう、今回はマジしんどかったんだって。これは言い訳ではなく、事実の提示であってそれ以外の何ものでもないんだから。

「ごめんごめん、遅くなって。でも事情があるんだ、話を聞いてくれ」

「幸村ちゃん、いい女はダメな男の言い訳を聞いてやるものよ」

「聞くくらいはします」

「ありがとう、本当に」

そうして、さっきまで俺に降り掛かっていた地獄について身振り手振りを交えながら、なんとか幸村に伝わるようにと言葉を紡ぐ。

しかしながら、その結末についてはぼんやりとぼかすとして、話しながら少し盛り気味になってしまったかもしれない。まあ、体育館裏での出来事について半分以上記憶がないのだからそれもまた、どうしようもないことだと理解するべきだけれど。

「と、いうことがあったんだ。大変な目に、あったんだよ」

「本当に、大変でしたね、三木くん……」

「いや、こればっかりは、誇張無しで言ったまんまなんだ」

「でもさ、なんかちょっと楽しそうだったんな」

俺の話に心底心配をしてくれたらしい幸村は、もう泣き出してしまうのではないかというくらいの安堵の溜め息を吐き出した。しかしやはり、あっけらかんと言ってのけた相葉の感想こそ、ここで出てくる一番分かりやすい言葉なのかもしれないということも、また理解しているつもりだ。

俺だって、何の前情報も無しに今の話を聞かされたら作り話を警戒するはずだ。だから別に、相葉からのそんな無邪気な言葉に気分を悪くすることもない。

「そうね、聞いてる分には楽しそうだったわね、京香ちゃん」

そして俺は知っている。志穂のお世話係として俺がいるように、相葉のお世話係として東堂がいることを。

もちろん、彼女の名誉のために断っておくが、相葉は志穂と違って地獄級の馬鹿というわけではない。成績自体は中の下——自己申告だ、相葉自身がそう言っていた——程度をキープし、言葉を知らないわけでもなければ、無分別というわけでもなく、覚えが悪いということもない。

ただ、そう、正直すぎるというか、素直すぎるというか。簡単にいえば、思ったことを全部言っちゃうタイプの人間らしいのだ。

「でもダメよ、言葉でいうと面白そうに感じるかもしれないけど、体験すると地獄ってことも多いんだからね」

「ホラー映画とか、そういうん?」

そうした点で、志穂と相葉がどう違うのだろうと考えてみると、突き詰めれば躾のしやすさだろう。こういう言い方をするとまたからかわれるかもしれないが、志穂が十回繰り返さないと覚えられないことを、どうやら相葉は一度か二度で覚えることが出来るらしい。

それを、東堂が手塩にかけて小さいときから——小学校に上がる前からの付き合いだと、以前に聞いたことがある——育ててきたのだという。それはもう、しっかりしたお子さんに仕上がるに決まっているではないか。

「そうそう。絶対に自分が当事者にならないって前提で観てる分には、無責任にハラハラドキドキしてられるじゃない?」

「なるほどなー、いっくんは賢いなあ」

いや、あるいは、俺も志穂とそれだけ長く付き合いがあったとしたら。そう考えないこともないが、しかし俺にとっては志穂のような子どもと過ごす幼少期は、霧子と過ごした実際の幼き日々以上に魅力的には思えないので、端から願い下げだ。

それにもし志穂と幼馴染みだったらと想像すると、方々に頭を下げて回っている自分の姿しか想像することができないのだ。きっと今よりもずっと卑屈な三木幸久ができあがっていたに違いない。

「三木くんはその当事者だったの、ホラー映画の主人公。冗談じゃないと思わない?」

「んー、冗談じゃないなー」

「はい、京香ちゃん。生還者に、一言」

「ゆきくん、よく生き延びた、感動した」

「どこ目線か、わかんねえなー」

でもまあ、努力を友人に労われるというのは、どうにも悪い気分はしないものだ。

「あ、三木くん、移動ですよ。借り物競走、始まりましたから」

「お、来たか、霧子の出番ってやつがよお」

「へー、きりちゃん出るんか、借り物競走」

係員の指示に従って所定の位置へと移動しながら、俺の視線は駆け足で入場していく霧子の姿を探していた。そして霧子は、実はすぐに見つけることができるのだ。なにより背が高くて目立つし、緊張して明らかに動きがぎくしゃくしていて、目立つからだ。

あ、いた。動きはまあ、高校生ともなれば、緊張しながらでもみんなと合わせて行進するくらいはできるようになったのだけれども。

「湊ちゃんも出るわよ、京香ちゃん」

「なぬ!? みなちゃんが出るのか!!」

みなちゃん、佐原湊<サハラ ミナト>か。大人しくてもの静かだが、引っ込み思案というわけでもなく、文化部のやつらを中心に交友関係は広いらしい。霧子も、仲がいいとか言ってた気がする。

俺は、実はあんまりしゃべったことがないが。

「お友だちとして、それは見逃せないな!!」

「えぇ、がんばって応援しましょうね」

「幸村は、佐原とはよく話するか?」

「えぇと、そうですね…、席が近いですけど、授業前に少し話すくらいですかね。休み時間とかはあたし、運動部のみんなと話したりしてることが多いですし、朝練とか午後の部活とかで教室でのんびりしてる時間も多くないですから」

「そりゃそっか」

「あ、佐原さんは、ノートがすごい綺麗です。テスト前とか、ちょっと見せてもらうといいですよ」

この間の中間考査で、とても参考になりました。幸村のその言葉は、俺にとってみればなかなか見逃せない発言だった。

「ほー、そりゃいいこと聞いた。姐さんが最近厳しくてな、こないだの中間考査なんて、ノートほとんど貸してくれなかったんだぜ。『自業自得だ』ってさ、俺だってがんばって授業受けてんのにさ、けちだよなー」

「でも三木くん、居眠りしたりほとんどしないじゃないですか」

「…、寝てないっていうのと、集中して授業を受けているっていうのは、違うことなんだよな」

「ノート取らないと、困りますよ、三木くん」

「理系分野は霧子がばっちり取ってまとめてる。文系分野はメイがばっちり取ってまとめてる。そしてすべての教科において抜け目無くノートを取っている姐さんもいる。俺が自分でノートをまとめるなんて時間の無駄だとは思わないか、幸村」

「あたしからは、なんとも……」

「メモは取ってるんだぜ、問題解いたりするとき必要だろ? でもそれをまとめるのが、どうにもなぁ」

中学まではノートを取ってまとめるのは広太の役割だったから、高校に入ってから急に自分でノートをまとめろっていわれて、そりゃできっこねえってもんだろ。

「短所を克服するより、長所を伸ばせ、てのがうちの家訓だ」

「ものは言い様というか、なんというか……」

相互扶助の精神ってやつだ。俺の足りないところを誰かが埋め、誰かの足りないところを俺が埋めるというのが理想形だろう。というか、俺は志穂の勉強の世話をするので手一杯だから、自分のことに時間をかけている暇がないというだけのこと。

つまり、誰が悪いかといえば、悪いのは志穂なのである。それだけはもう、確実に間違いのないことだ。

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