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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十九章
212/222

走り終わってクラスに戻って

「やっぱりキツいわな、俺は常人だ」

「ま、しょうがないんよね、三木くんの組、サッカー部のエースいたし」

200メートル走と400メートル走は、それなりの盛り上がりを見せつつも、つつが無く終了した。やはり志穂が100メートル走であれだけやらかしたあとだと、高校生が普通に走っているだけでは盛り上がりに欠けるのも致し方なしか。

そして全力で400メートルを走り抜けて、退場の音楽に合わせて退場門を潜った俺は、そう盛り上がったわけでもないがそれなりの充実感と達成感に満ちていた。別にいいんだ、志穂以上に会場を盛り上げるような何かを持っているやつなんて、そもそもからしてそう居はしないのだから。

それって、別に俺の力不足ってわけじゃないよな。俺は俺なりにがんばったんだよ、いいんだよ。

「マジかよ…、端っから勝ち目ゼロかよ……」

「でもま、三位なら上等じゃないん? 400メートルは運動部の巣窟っしょ」

「それならいいのか……? でも俺はクラス内貢献度一位を穫らないといけないから、三位だとなぁ……」

「え、一位狙いなん? でもアレ、三木くんがもらってもしょうがなくない?」

「俺は危険なフラグを事前に折っておきたいだけだ。なんだかんだ言って、勝ちそうなのは志穂だ。志穂にアレを使われたら俺の命にかかわるからな、あいつにだけは渡しちゃいけない。そうさせないためには、俺が手に入れて握りつぶすのが一番だ」

「はぁ〜、三木くんも大変なんなぁ。でも『一日デート券』っしょ? 危ないことなんてなさそうだけど?」

「脇本は、あれだな、平和な世界で生きてるんだな……。志穂に付き合うってことがどれだけ危険なことか、分かってないってのは、一つ幸せなことだ」

「いや、もちろん、志穂ちゃんが尋常じゃないってことは分かってるんよ? でも、ねぇ? 命、まではいかないっしょ?」

「いやぁ、そうとも言い切れないのが志穂のやばいところなんだよな。まず『デート』って概念が、志穂の中にあるのかどうかが一つヤバいところなんだよ。先生たちはどうせ、『デート』って言ったら休みの日に一緒に出掛けてちょっと遊んで飯でも食ってって、それくらいにしか思ってないだろうけど、志穂がそう思ってるかってのは分からないだろ? あいつはもう、その段階からブラックボックスなんだよ」

「いやぁ…、志穂ちゃんだって現代っ子なんだから…、テレビとかで……」

「あいつが一日に30分しかテレビを観ないと決められているらしい。しかもその貴重な30分の社会勉強の時間を、あいつは日曜朝の特撮の消化に費やしている。あいつは、特撮の世界を世界の真実と思っている可能性すらあるんだ、そんなやつが『デート』という言葉の意味を知っていると、本当に思うか?」

「…、思わない、かな?」

「だから俺は恐れてるんだよ。あいつがもし、あのチケットの意味を『俺が一日なんでも言うことを聞いてくれる券』だと思っていないかってな。前にちょっと聞いたら、『一日中志穂のために飯をつくり続ける』ことを要求するとか言ってたんだぞ、殺されちまうぜ」

「ぃ、一日中ずっと志穂ちゃんのためにつくり続けるの……? それは、死んじゃうかも、しれないね……。が、がんばってね……」

俺の真実の告白に、脇本はとてつもなくヒいている、少なくともそれだけはよく分かった。

いつもはそれなりに俺が志穂の異常さを覆い隠すよう努力しているから、志穂の本当のヤバさを知らない子ってのはクラスの中にもそれなりにいたりする。志穂のズレっぷりと危険っぷりは、実のところ女子としての可愛らしさとか、茶目っ気とか、そういう範疇を大幅に逸脱しているわけで、物理的に周囲を危険に晒す可能性すらあるのだからそれがどれだけのものか分かるだろう

だが俺をして、未だそのヤバさの全容を捕えることは出来ていないわけであって、本当の本当に自由にさせてしまったらどうなってしまうのかは、実のところ分からない。気づいたら校舎が全壊しているとか、そういうことが起こったりするのだろうか、怖すぎる。

「さってと、そんじゃ俺はクラスのところ戻るけど?」

「あ〜、あたしは、陸上部でミーティングあるから行かないと。どうせ出場競技制限で暇だからって風紀から協力依頼受けちゃったらしいんよ」

「そりゃ大変だ。んじゃ、また昼前にでも戻ってくるのか?」

「いや、たぶん駆り出されるのは一年生ばっかりだと思うから、ミーティング終わったら一回戻れるんじゃないかね。たぶんだけど」

「そうかぁ、よろしくがんばってくれ。あ、あと、もしかしたら姐さんに遭うかもしれないだろうから、もしそうなったらよろしく言っといてくれ。昼前には一回風紀の詰め所を強襲して姐さん強奪しにいくから」

「え〜、そんなことするん? 怪我しないようにがんばってね?」

「大丈夫だ、志穂を人質にして姐さんに同行を要求するだけだから」

「それ、三木くんがやられるフラグじゃないん?」

「…、そうだとしても、俺は姐さんを風紀の仕事から少しでも解放してやれるなら本望だ」

「三木くんは、自分から進んで鉄火場に突入して行くんな、早死にしそう」

「俺もそう思う」

んじゃ、またあとで。脇本はビッと手を挙げると、人ごみを縫って一目散に駆けていく。

さて、俺も自分が走るのが終わってしまえば、実のところやることがなかったりするんだが。次の競技まではまだしばらくあるわけで、ここで暇を持て余してクラスに戻りダラダラと応援に勤しむというのも悪くはないのかもしれない。

かもしれない、が。せっかくの機会にそんなことをしているほど愚かしいことはない。

「昼になる前にでも、何件か挨拶回り行っちゃいたいんだけどなぁ……」

ぽつりと、ぼんやりとそう呟いた。クラスに向かって歩きながらも、一瞬のぼんやりタイミング。

だからそのちょっとした出来事に対応することが出来なかった。いや、別にそんなご大層なことが起きたわけじゃない。ポンと、肩を叩かれただけで、それに振り向いただけだ。

「三木くん」

「あ?」

「クラスに戻るのかい?」

振り向いた先には、見知った顔があった。おかっぱの脇をちょんと両括りにした、小さな見慣れた顔だ。

「メイ? ……、え? でかくね……?」

メイの顔が、俺の顔の近くにあった。それはもう、物理的な意味で近くにあった。

俺とメイの身長差は、おおよその見立てで30センチ以上。だから当然のように、いつだってその顔は遠くにあるはずで、今こうしてまるで霧子と対峙しているかのような位置に顔があるなんて、普通にしているのに目線が合うなんて、どういうこと?

「のんびり応援していたら合流してしまったね。僕らもこれから戻るところなんだ」

「どういう? え、これ、どういう? メイほんの十数分の間に何があったの、急成長でもしたの? それとも頭身がおかしくなる魔術でもかけられたの? ていうか…、なんで…、しゃべってんの……?」

そうだ、それ以上に、メイがしゃべってるんだけど……? 口がまったく動かないのにしゃべってるんだけど、それどういうことなの……? ついにしゃべったと思ったら腹話術って、どういうことなの……?

「しゃ…、しゃべれるのぉ!? そんな急に、しれっとしゃべっちゃうのぉ!?」

「ど、どうしたんだい、三木くん……? 急に大きな声を出して、驚くよ……」

「キャラ!! 全然違うし!! え!? なにこれ弄ばれてたの!? これまでの俺弄ばれてたの!? ぃ、意味分からんねやけどぉ……!!」

膝が笑った。力が入らない。というか、意味が分からなかった。

ズザッと、地面に膝を突いてしまった。やり場のない感情が溢れ、拳で地を突いた。

そしてちらりと目を上げて。宙に浮いたメイのスニーカーが見えた。スッと、心に冷たいものが挿し入れられる。

「…、よし、冷静になろう、俺」

立ち上がって、一度深呼吸。目を閉じて、開いた。

やっぱりそこにはメイの顔がある。いつも通りの、貼付けたようなニュートラルな表情は変わらない。

そこから下に向かって視線を動かしていく。顔の下には首が在り、首の下には肩が在る。身体があって脚があって、それからスニーカーがあって、そして地面との間には何もない空間があった

「武空術、か……?」

ちらりと、メイの肩越しに舞台裏を覗き込んだ。ぱっと、クラスメイトの高見順と目があった。

「二人羽織か!」

「? いったいどうしたんだい、三木くん」

心底分からんという顔で、高見はそうつぶやいた。

「いや、なんでもない、すまん、少し取り乱した」

「いや、少しなんて言葉で取り繕える様子ではなかったよ、三木くん」

そして、メイの身長がするすると縮んでいき、あっという間に元通りのちんまりとした姿に戻る。やっぱりこれくらいの方がいいよ、メイは。急に大きくなるとびっくりするだろ。

「ったく、なんで高見がメイのこと抱き上げてるんだよ、びっくりしすぎただろ。俺はイレギュラーに弱いんだよ」

「そ、それはすまなかったよ。メイくんにどうしてもと言われてね、少し驚かすだけのつもりだったと思うんだ、許してあげてくれないかな」

「いや、メイは全部計算して、こうなるところまで考えてたに違いない。許すけど」

地面に降り立ったメイはポケットに手を入れようとしてやめ、胸元に手を遣ろうとしてやめ、きょろきょろと挙動不審に辺りを見回して、それからむんずと俺の手を取った。

メイ、ケイタイはないぞ、諦めろ。

「伝達方法なくて苦労するなぁ、メイ」

「幸」「久」「君」「お」「も」「し」「ろ」「す」「ぎ」

指で、俺の手のひらに文字を書いていくメイ。あまりに不便すぎるので、やはり早々に姐さんを説得してケイタイを返してもらわなくてはなるまい。

ていうか、やっぱり計算通りか。弄ばれているというのは、やはり間違っていなかった。

「あんまり俺で遊ぶんじゃないぞ、メイ。ダイヤモンドは傷つかないが、砕けないわけじゃないんだからな」

イタズラはほどほどに。まぁ、メイのイタズラなんてあまりないわけだから、たまには可愛げのあるところを見せて暮れているのかもしれないと考えれば、可愛らしい限りなのかもしれないが。

でも、たぶん、面白がってるだけだ、これ。

「あ、幸久くん、おかえりなさい。三位だったね、すごいね!」

「やめろ、霧子、一位だったやつがそこにいるんだぞ……」

「で、でも、しぃちゃんが足はやいのは、しょうがないよ」

「身体能力が、人類レベルでトップクラスのやつと比べられたらキツいな。ただ、志穂が一位で俺が三位だったってのがちょっと引っかかるってだけだ」

「そんなこと言ったらしぃちゃんがかわいそうだよ、幸久くん」

「でも霧子だって、志穂よりも劣ってるって思ったら、なんか肩のあたりがむずがゆくなるだろ」

「ならないよ…、あたしは人より出来ないのには慣れてるから……」

「そんな悲しい告白はやめなさい、霧子。大丈夫、全人類の中で、霧子が一番かわいいよ」

「にゅ…、そんなことないもん」

「ほれ、そんなかわいい顔するな、心がざわつくだろ。んで、せっかくつくってきた旗、配れたのか?」

「あ、うん、配れたよ。みんなありがとって」

「そりゃよかった。喜んでもらえたんならなによりだ」

「幸久くんは、ちゃんと自分の持ってる? 失くしてない?」

「そんなすぐに失くせるわけないだろ、ちゃんとあるに決まってる。俺の席の背もたれのところに打っ刺していったよ」

「え〜、それじゃ風で飛んじゃうかも……」

「けっこうちゃんと刺したから飛びゃしねぇって。ほらそこに、…、ないんだけど!?」

「にゅ!? な、失くしちゃったの!?」

「ぃ、いや、失くしてない失くしてない!! ちょっと待て飛んでくわけないんだから誰かが抜いたに決まってる!! いやでも誰がそんなこと…、志穂ォ!!」

「ほぇ、ゆっきぃよんだ〜?」

「お前なんでその旗二刀流してんだ!! 霧子が一人一本で配ってるんだから二刀流は不可能だろ!! 二本目はどこから調達したの言いなさい!!」

「? ゆっきぃのところからかりたよ?」

「ほら聞いたか霧子、俺のはなくなったんじゃなくて志穂にパクられたんだよ!! 失くしてないだろ、俺!!」

「にゅ、にゅん……」

「志穂、あのな、借りるときはちゃんと『貸して』って言わないとダメだって前に言っただろ」

「ゆっきぃにちゃんと言ったよ?」

「言ってないでしょ、聞いてないし」

「言ったよ、ゆっきぃがあっちのれつにいるときに、『かして〜』って」

「いやいや、それ聞こえないだろ。俺、それ聞こえっこないだろ」

「ゆっきぃならきこえるとおもったのに……」

「だからお前は、なんでそんなに俺のことを絶対的に信用してるんだよ。俺にだって出来ないことはいっぱいあるんだよ」

「そうなの!?」

「何度目だよこのやりとり、去年から数えて」

「すごいゆっきぃおぼえてるの!?」

「覚えてるわけないだろ!? 数えきれないほどあるね、ってことが言いたいんだよ!?」

「そうだったんだ!!」

「お前ほんと日常会話が困難だなマジ。びっくりするほどめんどくさいな、お前の相手」

「いや〜、そんなこと言われたらてれちゃう……」

「今の聞いて何で褒められたと思ったの? マジ分からん、教えて?」

「ん〜…、ゆっきぃが『ほんと』とか『マジ』っていったから?」

「え…、お前、俺の発言そんな斜めに聞いてたの? 適当にも程がない……?」

「? はい、がんばります!!」

「あ!! 今分からなかったけどとりあえずで言ったな!! そう言ったら褒めてもらえるって覚えてただけだろ、引っかからないぞ!! 褒めないから!! あ〜…、もうお前と話してると疲れる……。霧子助けて…、もう志穂なんて嫌い……」

「あたしには無理だよ、幸久くん、ごめんね」

「潔すぎるよ、霧子。お前はやれば出来る子なんだから、がんばろうよ」

「幸久くんの方がしぃちゃんと上手におしゃべり出来るんだから」

「そうやって俺をまた志穂係にするんだろ、去年だってそれのせいで大変だったんだぞ俺は」

「幸久くん以外に、しぃちゃんとおしゃべりできる人はいないよ!」

「そんなこと言うな! 志穂がかわいそうだろ! 霧子だっておしゃべりできるよ、友だちだろ!」

「幸久くん、そうやってしぃちゃんのこと庇ってあげるんだもん、しぃちゃんのこと好きなんだよ」

「もう好きってことでいいよ……」

「えへへ〜、ゆっきぃ、あたしのことすきって〜」

「にゅ、よかったね、しぃちゃん」

「あぁ、そうだ…、俺、今日は挨拶回りするから、別に来られても構わない人だけでいいから俺をご家族のところに案内すること」

「幸久くん、うちも? おかあさんもおねえちゃんも来るって言ってたけど、今さらあいさつ?」

「あ〜、どうせ昼飯もいっしょにするんだろうし、霧子はそのついででいいや。志穂はどうだ」

「うちはね〜、ママさんはきょうはびょーいんで来れないから、ししょ〜がくるよ!」

「…、あぁ、そんなこと言ってたな。志穂んとこは、…、あんまり行きたくないんだけど、どうしても行かないとダメか?」

「ししょ〜にね、つれてくって行っちゃったから、ダメ〜」

「どうしても?」

「にゃ〜、つれてかなかったらね、あたしがししょ〜にヤられちゃうよ?」

「お前がヤられちゃうの……? なおさら行きたくないんだけど……」

「ゆっきぃ、あたしね、いたいのイヤだよ」

「あ〜…、分かったよ、行くよ。別に取って食われるなんてこともねぇだろ……」

「ししょ〜ね、ゆっきぃの力を試すって!」

「取って食われた方が気が楽なんじゃねそれ!?」

志穂より強いししょ〜さんに絡まれるって、志穂に絡まれるより危ないのではとも思うが、流石に志穂とは違って自分の力の振るい方は分かっているに違いない。そういう意味では、不確定要素が少ないということなのかもしれないが。

いや、あるいは、もしその人が志穂以上のバーサーカーだとしたら? それはもう、俺が死ぬしかないってことなのかもしれない。ついに俺も、年貢の納め時ってことか……。


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