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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十八章
205/222

志穂ちゃんと合流し

松田に急かされるまま、俺は更衣室の中の男たちに気づかれないよう手早く着替えを済ませると、そそくさと逃げるように男子更衣室を後にした。こうやってこそこそするのはあまり好きではないが、友人の忠告は聞くものだ。友だちが止めた方がいいって言うんだから、それはおそらく止めた方がいいことに違いないのだ。

「友だちの言葉を素直に聞き入れるなんて、俺も丸くなったもんだ」

しかし、そう感慨深くつぶやいてみたものの、そもそものところ俺に忠告をしてくれるような友人というのは今まであまりいなかったように思う。小さい時分からずっといっしょにいる広太は基本的に俺という存在を礼賛していて、忠告したりすることはない。広太は、仮に俺が危険なことをしようとしたら止めることもあるが、それ以外ならば喜んで後について来るやつだった。だからそんなとき、やつは止めるようなことは決してせず、むしろ俺を急きたて煽り立て、進んで戦場を作り出している節すらあった。

「まぁ、広太は友だちじゃなくて弟だし、忠告なんかされても基本聞かないんだけどな。進言は聞くけど」

俺が中学時代に軽く荒れていたのは、だから俺だけのせいではなくて、少なからず広太の責任もあるといえるだろう。あいつは俺の弟であり執事なのだ、止めるべきところはきっちり止めてくれないと従者として主の管理不行き届きと言わざるを得まい。

「いやいや、何が言わざるを得まいだよ。人のせいにするなって」

「ゆっきぃ、ひとりでおしゃべりしてる?」

更衣室を出て、とりあえずの目的地として校庭に向かってテクテクと歩いていると、後ろから追いついて来たのか、姿を見せたのは志穂だった。その姿はすっかり臨戦態勢といった様相であり、つまるところばっちり我が校指定の体操服に身を包んだ志穂がそこにいた。相も変わらず、着替えという行動に時間を費やすことのない娘っ子である。

ちなみにではあるが、我が校指定の体操服というのは少々特殊と言わざるを得ないだろう。上は男女共通で一般的なバレーシャツなのだが、どうやら理事長の趣味が非常によろしいらしく、男子がハーフパンツであるのとは異なり、女子はスパッツの着用が義務づけられているのだ。なればこそ我が学園の生徒の一人である志穂も当然のごとく、疑う余地もなく体操服としてスパッツを着用しているわけであり、俺は穏やかな笑顔でにっこりと微笑みを見せることが出来るというものだ。

いや、決して女子の体操服がスパッツだったからこの学校を選んだというわけではない。そこのところ、誤解のないように頼むぞ、本当に。

「ん? あぁ、志穂、別に俺は一人でおしゃべりなんてしてないぞ?」

「それじゃ、だれとおしゃべりしてたの?」

「…、内なる自己」

「そうなんだ〜、ゆっきぃはみえない人とおしゃべりできるんだね〜」

目の前にいる体操服に着替えを済ませた志穂は、もちろんのことスパッツ着用なわけであって、なんだかいつもより運動性能が上がっている気がしないでもない。決してフェチ的な好みとしての判断ではなく、一般的な良識としてのアプローチとして、なんだかいつもよりも頼もしい気がするぜ!

「…、それで、志穂、霧子とメイは?」

「きりりんとメイメイ? えっとね。もうちょっとじかんかかるって。おんなのこだから、しかたないんだって〜」

「そうか、まぁ、いつもの通りだな。普通はそれくらい時間がかかって然るべきなんだよ。…、ちなみに志穂も、女の子なんだけどな?」

「きがえにじかんをかけるなんてバカらしいってししょ〜がいってたよ、ゆっきぃ」

「またししょ〜か、志穂。信奉してるな、完全に」

「? しんぽ〜って、なぁに、ゆっきぃ?」

「ん〜…、大好きってことだろうな、たぶん」

「そーなんだ! それじゃあたし、ゆっきぃのことしんぽ〜してる!」

「やめるよ、志穂、あんまり直截的に言われると、さすがに照れるだろ。お前が俺のこと好きなのは、知ってるけどな」

「ん〜、ゆっきぃ、すき〜」

「はっはっは、まったく甘えん坊ちゃんだな、志穂は」

「にゃ〜……」

ぐりぐりと、志穂の頭が俺の鳩尾あたりに押し付けられるが、それに苦しさが伴うということは決してなく、言うならばそれは猫系の生物の甘噛みに近い何かではないかと思われる。そう、それは決して俺に対して危害を加えるという意思を持ってなされるわけではなく、おそらくのところ、俺への好意に近い感情がそうされていると推測される。そう考えると、事実上は志穂から少なからず攻撃を受けているわけだが、それをそれと認識せずに済むではないかステキ!

「それで志穂、甘えん坊なのはいつものことだが、ぶっちゃけ今日の調子はどうだ? けっこうがんばれそうか?」

「ん〜、いつもとおんなじくらい〜」

「そうか、それは俺らからみたら絶好調ってことだな」

「そうなの? にゃ〜…、わかんな〜い」

「志穂は普通よりもかなりぶち抜けてるところがあるんだから、自分的には普通でも一般的には絶好調だから心配しなくていいって言ったろ?」

「そうだっけ?」

「志穂、細かいことは気にしなくていいぞ。志穂は志穂のままでいいんだからな?」

「ゆっきぃがそういうなら、わかった〜」

「うんうん、いい子だな、志穂」

そして頭をポンと撫で、それから無防備な髪をさらさらと撫で梳いて、最後にペスっと頭にチョップを落とす。

「それじゃ行くか。女子の着替えは長いって相場が決まっている」

「ゆっきぃのおきがえは、はやいの?」

「もちろんだ、着替えと風呂は手早く済ませるのが江戸っ子ってもんだぜ。東京出身じゃないけど、心は錦ってな」

「あたしもあたしも! ゆっきぃといっしょだよ〜」

「そうか、志穂は男前だな」

「あたし、だんし?」

「いや、男子ではないだろ、仮にお前が男前であったとしても男子ではない。風呂と着替えが早いやつがみんな男子ってことはないんだぞ」

「そうなの?」

「志穂は疑いようもなく女子だろ。女子更衣室で着替えるし、女子トイレ使うし」

「じゃああたし、ゆっきぃとおんなじのつかう〜。そしたらあたしもだんし?」

「やめておけ、男子更衣室でも男子トイレでも、お前が入って行ったら騒ぎになる」

「なんで?」

「それはお前が女子だからだ。女子の使うところに男子が入って行ったらダメなんだから、男子の使うところに女子が入って行ったらダメだろ?」

「え〜、あたしはべつにいいよ? おふろもトイレもゆっきぃといっしょのがいいし」

「重いな、お前の俺に対する愛が重すぎる。それと、お風呂は百歩譲っていいとしても、トイレをいっしょにっていうのはどうなんだろうね? ちょっと変態が過ぎるとは思わないか?」

「え〜、でもみんないっしょにトイレいってるよ? ゆっきぃはしないの?」

「…、あぁ、一緒にトイレに行くのか、一緒に使うわけでなしに」

「? それ、ちがうの?」

「俺はてっきり人が二人で個室を共用するのかと思ったんだ。連れションなら、別に変態じゃないな。っていうか、女子の嗜みだろうな、もはや。…、あ、そうだ」

「にゃ? どしたの、ゆっきぃ」

「いやさ、さっき、志穂と同じ中学だったやつと久しぶりに話してさ、ほら、一年のとき同じクラスだった松田、分かるか?」

「え〜、しらな〜い」

「まぁ、面識はほぼないって言ってたから知らないかもしれないけど、いるんだよ。でさ、そいつが変なこと言ってて、ちょっと気になってるわけ」

「へんなことってなぁに? おとこのことおんなのこがふたりでやるの?」

「…? ん? ちょっと待ってな、俺が思うに、そういうのではなかった気がするんだ。冷静になって思い出してみるから、三木くんに少しだけ時間をくれよ?」

「ねぇねぇ、ゆっきぃ、おとこのことおんなのこがするへんなことってなぁに?」

「うん、それは俺の言おうとしてたこととはまったく違うからな、今はその話はやめよう。きっとその話をし始めるといろいろこじれると思うんだ、全体的に」

「あのね、ししょ〜がね、おとことおんなはへんなことをするものだって」

「お前のお師匠さん、余計なことばっかり言うな! そういう説明に困ることを、どうしてお前に吹き込むかなぁ……」

「おとこのことおんなのこがふたりですることってなんだろうねぇ〜。…、じゃんけん?」

「そうだな、じゃんけんだろうな。それで俺が松田から聞いた話なんだが」

「あっ、そのへんなこと、よるにおふとんのなかでするんだって! おふとんのなかですることって、まくらなげかな! なんだかたのしそ〜!」

「もうその話は終わり! これ以上おにいちゃんを困らせないで!」

「ゆっきぃ、あたしと、する?」

「し…、しないよ、おばか! バカなこと言ってるんじゃないの!」

「? ゆっきぃ、かおまっか〜。どしたの?」

「どうもしねぇよ!」

これはやはり、志穂のお師匠さんと一度本格的に話し合いをする必要があるかもしれないな。俺は俺として、一つの指針と方針をもって志穂を育てているわけだし、こうほいほいとおかしなことを吹き込まれては困ってしまうのである。

それに、俺と志穂の関係が飼い主とペットのそれにいかに酷似しているといえ、俺は年頃の男の子だし志穂は年頃の女の子なのだ。こう、なんというか、気にしようと思ってなくても、ちょっと気になっちゃうでしょ! 何をとは、言わないけどさ!

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