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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十八章
204/222

男子更衣室にて

「それじゃあ、今日はがんばってね!」

「みなさんの〜、健闘をお祈りしてますよ〜」

「それでは総員、校庭へ移動を行なう。出席番号順で一列に整列し、速やかに移動を行なうように!」

「「「は〜い」」」

「なお、まだ体操服への着替えを済ませていない者は更衣室へ向かうこと。それ以外の者はまっすぐに校庭へ向かえ」

「っていうか、なんでみんなもう着替え済ませてるんだよ。どんだけ早く登校してるんだよ」

『みんなかなり早くから来てたみたい。あたしもけっこう早く来たつもりだったけど、それでももう半分くらいはいたと思うし』

「なんでそんなやる気満々なの? いや、俺だって人並み以上にやる気はあるつもりだけど、でも登校時間を早めるほどではなかったよ?」

『みんな、案外がっついてるんだねぇ……』

「そうだなぁ、意外と勝利に対してどん欲だなぁ」

『ん〜、別に勝つっていうことそのものに対するどん欲さじゃないと思うけど?』

「勝つことに勝つこと以外の目的があるのか? 俺は勝つことは勝つこと以外のために行なわれるものではないと思う」

『目的を持って勝利に向かう人もいるんだよ、幸久くん』

「目的、だと? …、あぁ、ごほうびか?」

『その通りでございます、幸久くん。お分かりですね?』

「そもそも、勝ちを目指すことに目的などあってはならぬはずなのだ! それならばこそ、勝利のための勝利を目指し、闘争のための闘争を行なうべきなのだ! 戦うために戦い! 勝つために勝つ! 勝利という栄誉こそが最大の報酬であるはずなのだ!」

『幸久くんは、オトコノコだから、それでいいんじゃない?』

「俺は単純だからな、これでいいんだ。男は単純でいいんだ」

『それなら女の子は複雑でいいんだよね? だからなかなか分からないんだよ』

「確かに、俺には分からないことばっかりだからな。特に今は、没収されたはずのケータイをどうしてメイが持っているのかが分からん、謎だ」

『教室を出るまでは勘弁してもらったの。だから間もなく没収されちゃうの』

「それは悲しいお知らせだなぁ…、俺の力不足で、すまねぇなぁ……」

『いいよ、いつものことだから。りこちゃんには、どうしたって勝てっこないんだから。分かってたよ』

「そう言われると分かってたけど、予想通りとはいえやはりグッと来るものがあるな。ありがとうございます」

『お礼言われるなんて思わなかったなぁ』

「何言ってるんだメイ、いつでも素直にありがとうございますは常識だろ?」

『あたしは、このタイミングで言われると思わなかったって言ってるの。別にありがたいところなんてなかったでしょ?』

「俺は有り難いと思ったんだ、だからありがとうだ。なかなか面罵してくれる女性は貴重なんだからな」

『あたし、幸久くんのおともだちでいる自信がちょっとなくなった。2くらい』

「もともとはどれくらい?」

『78、くらい?』

「それならまだ全然だいじょうぶだ、問題ない。っていうか、2しか減らなかったのか…、すげぇな、メイ」

『ふつうの娘だったら、たぶん今ので70くらいは減ってる』

「それだとしたら、やっぱりメイはすげぇんだなぁ。35分の1のダメージで済んでるなんて、ものすごい防御力だ」

『がんばった』

「たまにこうなるから、がんばって俺への親愛度を保ってくれ。頼むぞ!」

「三木、持田、早く移動を開始しろ。もう校庭への移動は始まっているぞ」

「あっ、はい、すいません」

「持田も、早く移動を始めるんだ。それと、教室を出るまでという約束だ、携帯電話を渡しなさい」

『あっ、はい、すいません』

「さて、そんじゃ、行くかねぇ」

「三木は、まず着替えを済ませて来るんだ」

「ゆっきぃ、はやくはやく〜」

「ほら、皆藤も天方も待っているぞ。早く行ってこい」

「は〜い、行ってきますよ。まぁ、男子更衣室と女子更衣室で別れるんだから、あんまいっしょに行く意味はないんだけどな」

「開始時間は迫っている、無駄口を叩く余裕はないから急ぐのだぞ」

「男子更衣室、混んでないといいなぁ……」

言うまでもなく、うちのクラスに男子は俺以外に一人もいない。だから男子更衣室は常に俺一人で使うことになるわけで、まるで自宅にいるかのような開放感を味わうことも出来るのだが、今回ばかりはそうもいかないだろう。当然ほかのクラスの男子も更衣室に着替えにやってくるだろうし、今日は大人しく粛々と着替えを済ませるしかないだろうな。

いや、別に、いつも何かしてるってわけじゃないんだけどさ。

「うわー、混んでるー」

とか言っちゃうが、よく考えたら一年生の時はこれが普通だったんだよなぁ。こうして不意に普通の状況に戻されて動揺するってことは、今の俺の状況がかなりイかれたものなのだと理解せざるを得ない。

「うだうだ言ってもしょうがないしな、さっさと着替えるか」

「お、三木じゃん」

「あ、松田じゃん」

「おぉ、久しぶりだな」

「あぁ、久しぶりじゃねぇか。一年のときはよくつるんでたけど、二年になってからはさっぱりじゃん」

「ま、まぁな、クラスが変わると、どうしてもな……」

「おいおい、寂しいこと言うなよ、友だちだろ?」

「と、友だち…、そうだな、俺たち、友だちだよな……?」

「何言ってんだ、お前? 俺らは友だちだろうよ」

更衣室に入ったところで、ちょうど俺と目が合った男がいた。こいつは松田利也マツダ トシヤという。

「いや、まぁ、俺もそうだと思ってるんだけど、最近あんま三木のいい噂聞かないからさ」

「は? 俺の悪い噂でも流れてるっていうのかよ」

「もちろん俺だって噂は噂だって分かってるつもりだけど、ほかの奴らはどうだか……」

「俺は噂を流されるようなすごいことをやった覚えは何もないんだが、まったく心当たりがないぞ」

こいつは一年生のとき俺と同じクラスだった、俺には珍しい男の友だちだ。進級のときのクラス替えでクラスが別になってからはあまり会うこともできなくなっていたが、こうして久しぶりに会えるだけでもうれしいものだ。

「っていうかさ、俺の噂ってなんだよ? 知らないところで知らない噂が流れてるってめっちゃ怖いんだけど」

「いや、お前、ここは人が多いからヤバいって。また後でタイミング見つけて話してやるから、今は止めとこうぜ」

「え…、もしかしてガチでヤバい感じの噂なの……?」

「あぁ、けっこう。それと、俺も聞きかじりくらいだからくわしく知らないけど、けっこう広まってると思うわ」

「うわぁ…、なんなんだよ…。やめてくれよ、そういうの……」

「っていうかさ、こんな男子がいっぱいいるところにいつまでもいるのはやべぇって。さっさと着替えて、ここ出た方がいいと思うぜ?」

「…、男子から恨まれる系?」

「俺の聞いた限りは、そういう感じだった。もしその噂が本当だとしたら、俺はお前のことを何回かぶん殴らないといけないんだが」

「言っとくが俺はお前に殴られなくちゃいけないようなことをした覚えはない。だからもしお前が俺に殴り掛かってきたら反撃させてもらうから、その覚悟だけはしっかりとして殴り掛かってこい」

「…、そんなことはないって信じてるから、殴ったりしないって、安心しろよ。俺ら、親友だろ?」

「友だちだろうがなんだろうが、ヤるならヤるが? 久々に、昔の血が騒ぐぜ……!」

「ぁ、天方さんが、許さないぞ、そんなこと!」

「大丈夫だ、気づかれなければ、どうということはない。一撃でキめてやるから安心しろよ?」

「…、もちろん冗談だよな? 何が悲しくて片瀬中の番長とタイマン張らないといけねぇんだよ。『皆殺しの三木』と一対一なんて、俺なんかじゃ無難に殺されるだろ」

「おぉ、そりゃ懐かしい呼び名だ。そんな風に呼ばれるようになったのは、中三の春くらいだったか? あのときは30人くらいで囲まれてな、あんまりムカついたからうっかりヤり過ぎちまったんだ、悪気はない。っていうかさ、一人を呼び出して30人で囲むなんて、どれだけやり返されても文句言えないよな」

「そりゃ文句は言えないだろうけどよ、だからって全員病院送りってのはおかしいだろ。お前、どんだけだよ」

「とってもがんばっただけだ。それ以外は特になにもしてねぇよ」

「いくらがんばったって、俺にはそんなことできねぇっつぅの。俺、中学は桐野東だったから、ほんと、三木と知り合ったのが高校入ってからでよかったよ」

「へぇ、松田、桐野東だったのか。っつぅことは志穂と同じだな」

「そう、だな。まぁ、俺としては触らぬ神に祟り無しって感じだったから、特に面識があったわけじゃないけど」

「は? 志穂、中学のときになんかヤバかったのか?」

「いやいや、三木ほどじゃねぇって、あんま気にしない方がいいぜ。っていうか、ほら、着替え終わったらさっさと出てろって。また後でな」

「ぉ、おぅ…、それじゃまた後で、詳しいとこ話してくれよな」

「知ってることは全部教えてやっから、俺をディープに巻き込まないでくれよな。いくら友だち絡みとはいえ、危ない橋わたるのはごめんだ」

「手間かけるな。んじゃ、後で」

松田に急かされるまま、俺はこっそりと、しかし足早に男子更衣室を後にする。なんだか分からないうちに妙な噂を流されて、いつの間にかピンチに陥っているということが、やつのタレコミによって判明したわけだが、いったい誰が何の恨みがあってそんなことをするのだろうかまったくの心外である。俺は善良なる一市民として生活を営んでいるわけであって、他人から恨まれるようなことはしていないつもりだ。

いったい誰の差し金で俺を貶めるようなことが行なわれているというのだろうか、まさに文字通り許すことの出来ない蛮行である。そういうことをされると、とっても悲しくなってしまうではないか……。俺だって、内心は繊細なピュアボーイなのだ、少しはそのあたりにも配慮してほしいものだ。


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