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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十八章
202/222

体育祭に向かう道

「それでは幸久様、いってらっしゃいませ。ご武運をお祈りしています」

「なんだその送り出し方は、戦争でもおっ始める気か、お前は」

「男児たるもの、戦いとは常に戦争でありましょう。常在戦場のお心でいらっしゃるべきかと思われます」

「体育祭は戦いじゃないし、戦場でもない。落ち着け、広太」

今日は、体育祭当日。休日の土曜日でありながら俺は六時過ぎに、かりんさんは五時になる前から起き出して昼の弁当の準備などをしていたわけなのだが、俺より一時間も早く準備を始めたかりんさんの気合いの入りっぷりは筆舌に尽くしがたいほどに凄まじく、普通にのんびりおにぎりでも握っていようとしていた俺は30分もしないうちにキッチンから追い出されてしまったほどだった。

「開会式から応援に行きますので、がんばってください! 幸久様!」

「うん、ありがと、かりんさん。弁当は、そんなにがんばりすぎなくていいからね?」

「幸久様に召し上がっていただくお食事に手を抜くことなどできません。いつでも一生懸命につくらなくてはいけませんから」

「まぁ、かりんさんがそれでいいなら、いいんだけどね?」

そして、未だ弁当は準備の途中なのだが、それであっても俺は家を出なくてはならない時間になってしまったのだから仕方ない、ここは涙を飲んで学校に向かわないわけにはいかないのである。まぁ、弁当の準備に関しては、あとはもう重箱に詰めるだけみたいなものだし、そこまで切羽詰まっているというわけではないのかもしれないが。

「おねえさんも今日は暇だから応援に行くからね、ゆき。おねえさんのためにもがんばるんだよ」

「ただかりんさんのつくったお弁当たかりにくるだけのくせに、どうしてそんなに上から目線なんですか。っていうか、学校施設に来るんですから慎みを持った服装で酒など持ち込まないようにしてくださいね、それが世界の常識です」

「世界の常識、私の非常識という言葉がありまして」

「逆だよ、それ。世界の常識に従ってください」

というわけで、今日は体育祭当日だ。俺はこれから霧子をピックアップして学校に向かい、一日学校行事に従事しないといけないわけだ。天気は非常によく、太陽は燦々と照っているわけで、野外活動日和とでもいうべきだろうか、ぶっちゃけ暑そうである。

「それじゃいってきます」

家を後にして、俺がまず向かわないといけないのは天方さんのお家だ。まぁ、霧子が大きな学校行事の前日にぐっすりと寝付けているわけがないので、目を覚まさせる手間が省けて楽ということもできるだろう。高校生になってもそんな小学生みたいなくせを直せていない霧子ちゃんは、少し子どもっぽくてとってもかわいいと思います。

「幸久君、おはようございます……」

「徹夜明けみたいな顔してるな、霧子。まさに文字通りそういうことなんだと思うけど」

「にゅ…、昨日の夜に幸久君にしてもらった眠くなるお話も、やっぱり効かなかったよ……」

「そうか、効かなかったのか。それは、とっても悲しいお知らせじゃねぇの」

「にゅん、大きな行事の前は、やっぱり緊張しちゃうから……」

「寝た方がいいのは間違いないんだろうけど、まぁ、寝られないなら仕方ないよな。ちゃんとどっかで時間見つけて睡眠休憩取るんだぞ?」

「そうする…、昼のパフォーマンスまでは時間があるから、短距離走の応援が終わったらちょっと寝るかも……」

「っていうか、霧子がまともに参加するのってパフォーマンスだけだったっけか。それはそれでプレッシャーかかるよな、一つしか出ないんだからしっかりしろよ! みたいな」

「そ、そういわれるとそんな気がしてきたかも……。ひ、一つしか出ないんだから、ちゃんと点取らないとだね!」

「まぁ、あんまり気負いすぎても空回りしてコケるだけだろうし、肩の力抜いてがんばっておいで。…、そういや、今年はどんなことやるんだ? パフォーマンス関係の話は、今のところ一つも聞いた覚えがないんけど」

「えと、ないしょ、だよ」

「え? なんでないしょ? 霧子が個人的に教えたくないだけか? そんな恥ずかしいことするつもりなのかしら、この娘ってば!」

「別に恥ずかしいことをするわけじゃないんだけどね? ないしょにした方がおもしろいよね、って京香ちゃんが……」

「京香ちゃんって、相葉京香? 確か、ダンス部だったよな?」

「うん、そうだよ。えっとね、京香ちゃんと東堂さんと榎木さんと、それから軽音部のみんなが出るからね」

「っつぅことは、ダンスか何かか? ダンス部が二人出てるんだ、わざわざ得意分野からズラすってこともないだろうからな。…、それじゃ霧子もダンスするのか。うんうん、パフォーマンスの時間が楽しみになってきたぞ!」

「幸久君、別にそんなすごいものじゃないんだから、あんまり期待しすぎちゃダメだとあたしは思うなぁ」

「はいはい、ほんとに自信がなかったら俺が推測する材料すら出さないよう気をつけて話するくせに、なに言ってるのかしらこの娘ってば。ちょいちょい自信あるんだろ、分かってるって」

「そういうわけじゃ、ないんだけど…、でもみんなでいっぱいがんばったのはほんとだよ?」

「意味のない予防線引くのやめなさい、霧子ちゃん。霧子に自信があろうとなかろうと、俺は霧子の出る種目には全部期待するし、いっぱい見ててやるから安心してがんばれ!」

「き、期待は、しちゃダメだよ」

「それはムリ。おにいちゃんは、霧子のすべてに対して期待しているのだから」

「にゅぅ…、そういわれるとプレッシャーだし、ちょっと恥ずかしくなってきたかも……」

「期待というプレッシャーを跳ね退けるんだ、霧子。そうして人は強くなるんだ!」

「ど、どうすれば、はねのけられるの……?」

「とにかく、がんばる!」

「にゅ…、にゅん! あたし、がんばる!」

「よし、いい感じだ、霧子。おにいちゃんはがんばる娘が大好きだぞ」

『幸久ぁああああああああ!!! 早く霧子を連れて降りてこないと、遅刻するでしょうがぁあああああ!!!』

「っと、やべ、晴子さんがキレそうだ! 急ぐぞ、霧子!」

「そ、そうだね! それじゃ、あたし着替えるから幸久君、部屋から出てね!」

「え? なんで?」

「ぇ、えっち! りこちゃんに言いつけるよ!」

「冗談だ、ドアの前で待ってるから早くしてくれよ」

「冗談でも、とりあえずりこちゃんには言いつけるからね! ちゃんと怒ってもらってね!」

「ぇ…、冗談だよ? っていうか、冗談だろ?」

それから霧子に朝食を食わせて、俺も少しだけゆっくりとさせてもらってーーキッチンで全力で重箱の支度をする晴子さんの横で、邪魔にならない程度のお手伝いとしておにぎりを握ったりしていたーー、何事もなく遅刻ギリギリの時間になる前に天方家から学校に向けて出発することが出来た。そういえば雪美さんの姿が見えなかったが、今日は土曜日だ、まだお休み中だったに違いない。雪美さんは基本的に平日は七時、休日祝日は八時を過ぎるまで起きてこないし、そもそも晴子さんもその時間になるまで起こそうとしない。

だからどうしても早い時間に用事があるときはーーまぁ、そんなこと年に一回あるかないかくらいのことでしかないのだがーー、毎朝霧子を起こすのと同じように俺が寝床まで出向いて叩き起こすことになっているのだが、体育祭が始まるのはそう早い時間というわけではない、時間までゆっくり寝かせてあげるのがいいだろう。雪美さんだってこのストレス社会を生き抜く人間なのだ、睡眠くらいゆっくりと取りたいに決まっているのだ。

もちろん、いったいどこの誰が、そして何が、そこまで雪美さんの生活にストレスを与えているのかは全く分からないのがな。というか、そもそも雪美さんがこの社会にストレスを感じているかということすらもわからないわけなのだが…、いや、この社会に生きていてストレスを受けていない人が存在するだろうか、いや、しない。きっと、そうだ、表面上見た感じでは分からないように何らかストレスを受けているのだ、きっと。有閑貴族みたいな生活をしているようにしか見えないけど、実のところそんなことはなくて、俺の知らない何らかのハードワークに従事しているに違いないのだ。やっぱり雪美さんはすごい人だ! さすがはおかあさんだ!

「…、いや、まぁ、別に貴族でもいいのかな……」

「にゃはは〜、ゆっきぃ、またひとりごといってる〜」

「幸久君、独り言をぶつぶつ言ってるのは恥ずかしいことだと思うよ?」

「失敬な、俺は独り言なんて、たまにしか言ってないはずだ、たぶん」

「言ってたよ、幸久君。広太君にも気をつけてって言われてるんだから、気をつけないとダメだよ?」

「え〜、ゆっきぃってばこうたんにメ! されてるの〜? もぅ、ゆっきぃこどもだね、きりりん?」

「そうだね、しぃちゃん。とっても恥ずかしいね」

「やめろよ、ここは三人で仲良く登校している図なんだから、そのうちの一人を無慈悲にもハブって二人で結託するんじゃありません。さみしいじゃねぇの」

学校に向かう途中、珍しく志穂が合流したので、今日は仲良く三人パーティで学校に向かっているわけだ。いつもなら霧子と二人での登校シーンなのだが、なるほど一人増えるだけでなかなかにぎやかになるではないか。これからもこんな感じでちょくちょく合流してくれれば、毎朝のちょっとマンネリな時間にも一石を投じることが出来そうだ。

「そういえば、志穂の家って山の向こうとか言ってなかったか? 俺の気のせい?」

「ほぇ? そうだよ?」

「志穂、山の向こうからここまで来る途中、学校の前を通らなかったかい?」

「うん、とおったよ?」

「…、まぁ、お前がいいならいいんだけどな?」

「? どういうこと?」

「気にしなくていいんだよ、志穂。俺はな、ここまでわざわざ志穂が来てくれたことが、もうとってもうれしいんだ。そもそも俺たちは学校に向かっているっていうのにどうして学校の前を通過しちゃってるのかとか、体育祭当日の朝っぱらなのにどんだけ歩いてんだとか、そういうことはみんなどうでもいいんだ。そう、どうでもいいんだ。俺はただ、こうして志穂がここにいてくれるのがうれしい。それでいいじゃないか、なぁ?」

「うん、そうだね!」

「よしよし、ほんとにかわいいやつだな、おまえは。いい子いい子」

「にゃぁん、なでなでくすぐったぃ〜」

「ところで志穂、志穂の家から俺たちを待ってた場所までどれくらい時間がかかった?」

「ほぇ? えとぉ…、15ふん?」

「山向こうから15分でこっちまで来れるわけないだろ? ほんとバカだなぁ、志穂は」

「ゆっきぃなら、10ふんだよね?」

「俺だったら、徒歩で一時間半だよ?」

「とほ? とほってなぁに〜?」

「霧子ちゃん、教えてあげなさい」

「ふぇ!? と、徒歩っていうのは、あの、えと、歩きってこと?」

「説明に自信なさ過ぎだろ。ほんとに国語が苦手なんだから、この娘ってば」

「ゆっきぃゆっきぃ、あるきってことは、じてんしゃとおんなじくらいのはやさだよね! えっへん、あたししってるんだからね!」

「…、つかぬ事をお伺いしますが、志穂さん、走りはどれくらいの速さなのかな?」

「ほぇ? はしりは、えっとねぇ、くるま?」

「そうか、車くらいのスピードで走ってるのか、お前は。事故るなよ」

「は〜い、きをつける〜」

「ちなみに人間は、世界最高峰の走りを見せたとしても車ほどは早く走れないんだからな? な、霧子?」

「そうだよ、しぃちゃん、そんなスピードで走ったら、危ないよ?」

「ほぇ〜、そうなんだぁ……。それじゃあ、きをつけないとね!」

「まぁ、今日は体育祭だ、思う存分全力で走って来なさい。そしてうちのクラスを優勝させるんだ」

「がんばる! がんばって、いちばんのけ〜ひんをもらうんだよ!」

「なんだ、志穂、一位の景品がほしいのか?」

「そうだよ! それでね、それでね! ゆっきぃのつくってくれたごはんをいちにちずっとたべるの!」

「え、それは俺に一日中ずっと飯をつくり続けろっていうことだよな、もしかしなくても」

「だってゆっきぃ、なんでもしてくれるんでしょ? なんでもいいんだよってゆりりんがいってたもん」

「それはデートじゃないだろ、労役だろ。俺だって料理は好きだけどな、そればっかりを一日中やり続けるっていうのは楽しくないと思わないか?」

「あたし、ゆっきぃのごはんたべるのすきだよ? ずっとたべててもいいよ?」

「…、おい、ちょっとした論理の隙を突いてくるのはやめろよ、うっかり論破されちゃうだろ」

「でも、きっとしぃちゃんがいっぱい活躍するから、幸久君とのデート券をもらえるのはしぃちゃんだよ。にゅぅ、うらやましいけど、でももらうのがしぃちゃんでよかったかなぁ……」

「どうした霧子、もにょもにょなんか言って」

「うぅん、なんでもないよ。あたしの取れる点数は、どうがんばったって景品がもらえるほどはないんだから、景品のこととかは考えないでみんなの応援をがんばるね」

「うむ、霧子ががんばって応援してくれるんなら、俺も精一杯がんばらないとな。志穂にデート券を取られると俺が過労死することになりそうだし、一位は俺が取る!」

「え、でも幸久君が一番になったら、デート券は幸久君のになるんだっけ?」

「あ、そうか、俺が一位になったらデート券は二位に繰り下げって言ってたっけか……。いや、っていうか、そもそも志穂は点数半分で計算するんじゃなかったか?」

「にゅ、そういえば、そんなことをりこちゃんから聞いたかも? あたしはマイナス10点からスタートだったっけ……。そっか、あたし、パフォーマンスしか出ないし点数もマイナスからスタートって、あんまりパフォーマンスを評価してくれなかったら点をプラスに戻すことも出来ないんだ……」

「最終収支がマイナスだと切ないぞ、霧子。がんばってせめてプラスに戻すんだぞ!」

「が、がんばる!」

「あ! ゆっきぃ、もう人がいっぱいいる〜!」

「どっちにしろ、あまりがんばりすぎるなよ、志穂」

「わ〜い!」

「無視して走って行きよった……、人の話を聞きなさいよ……」

こうして俺たちは、この体育祭当日の朝、会場であるところの学校へとたどり着いたのである。遠目に見える校門には今日も元気に風紀委員たちが立っていて、どうも姐さんらしい影も見えるような気がする。時間を見るとまだ予鈴チャイムの10分前だが、イベントの日は風紀委員会も忙しいのだ、わざわざ手間をかけることもあるまい。

間違ってもここから遅刻なんてしないだろうが、それでも急げるところは少しでも急ぐべきではないか。

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