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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十七章
201/222

不機嫌な女の子

「…、幸久君、プレゼント渡すんじゃないの」

「ん? あぁ、まぁ、そうだな」

俺は、唇を軽く尖らせ頬を少し膨らませすっかり機嫌を損ねてしまった霧子ちゃんをどうしたものか考えながら紅茶とケーキをゆっくり楽しんでいたわけなのだが、しかしその霧子の方からふと俺に声をかけてきたので、少しだけ驚いた。もはやこの場での穏便な解決は不可能と決めこんで半分放置していた身としては、少なからぬ戸惑いと、もしかして機嫌が直ったのかというあわい期待を抱かずにはいられない。

「おねえちゃんのバイト先の知り合いの、幸久君とは縁も所縁もない女の人に、良い顔するためにプレゼントするんでしょ。早くしないとその人、帰っちゃうかもしれないよ。まぁ、あたしはその人のことを全然知らないし顔も知らないから帰っちゃったとしても全然分からないんだけど。どれくらいきれいな人かも、それくらいかわいい人かも、どれくらい幸久君好みなのかも、全然知らないけど」

「霧子ちゃん、そろそろ機嫌直そうよ」

もちろん、霧子の機嫌がこのわずかな間に、俺からほぼなんのフォローも入れていないというのに、直るということはありえないことなのであって、そのわずかな希望感は俺の期待の範疇から逸脱することはなかったのだが。いくら霧子が俺に極現値にほぼ等しいくらいまでなついているとしても、機嫌が自動修復することなんてありえないのであって、そういうところは霧子も一人の女の子なんだなぁと感慨深く思いに耽りたくなるところだ。

反面、男は簡単な構造をした生き物だなぁと思わざるを得ない。男というものは、基本的に俺に対して機嫌を悪くするということがない。つまり、男っていうのは対人関係において女の子よりも単純だと俺は思うのだ。

そもそものところ、俺にとっていちばん身近な男子は広太だ。あいつは俺に対して不平不満を漏らすことが一切なく、いつだって俺を敬い俺に従い、それに疑問を持つことがない。いってしまうならば、あいつは俺のことを神様か何かと勘違いしているのかもしれない。

それに中学の頃の舎弟たちも、基本的に俺を絶対君主か何かと勘違いしている節があった。それならばこそ、俺の言うことに逆らうやつもいなければ、それを遂行することに疑問を抱くやつもいない。ややもすれば、俺が白いと言ったらカラスも白く見えかねないような奴らだ、俺に対して反発感情を抱くようなこともない。

「おにいちゃんはな、霧子ちゃんが大好きなの。そうやってあからさまに機嫌悪くされるとだんだん胃痛がしてくるんだ。勘弁してください」

逆に俺に敵愾心を抱くような男は、完全に俺の敵になってくれるから分かりやすい。そういう俺の敵は、俺にとっても敵なのだ。仲良しこよしな敵なんてありえないんだから、とっても分かりやすく友好/敵対関係を描くことが出来る。仲良しだけど一時的に機嫌が悪いとか、いつもは仲が悪いのに今だけは仲良しとか、そういうわけのわからない関係になることが、根本的にありえないのだ。

嗚呼、男っていいなぁ。俺もけっきょくのところ、バカらしいくらいに男の子だ。まぁ、男の友だち、少ないんだけどな。

「幸久君はどMの変態だから、冷たくされるくらいの方がいいんでしょ。おねえちゃんに罵倒されてるときとか、りこちゃんに見下されてるときとかが、実は興奮するんでしょ、さいてー」

「なんだよ、霧子、そういうほんとのことは、こういうパブリックスペースで言っちゃいけないんだぞ」

「にゅ、知らないもん」

まったく、なにが気に入らないっていうんだ。俺が女の子に優しいのだって俺がどちらかといえばMだっていうことだって、今に始まったことじゃないだろうに、今さらなんでそんな掘り返すみたいに言うんだ。そんなの、「あなた、どうして呼吸してるの?」って聞くみたいなもんじゃないか。返答不能だろ、もう。

「それで、幸久君、今日プレゼント渡すのって、さっきのメイドの人?」

「メイドの人はこのお店の中にいっぱいいるから、それじゃ誰のことか特定出来ない」

「さっきの、幸久君が特になかよさそうにしてた、メイドさん。ハルって、名札に書いてあった人」

「はい、えぇ、そのメイドさんです」

「っていうか、なんで幸久君はその人にプレゼントするの? 確かに幸久君の好きそうな、おねえちゃんに似た感じの人だけど、でもあの人はおねえちゃんじゃないんだよ? そんなことしたりして、おねえちゃんに怒られるんじゃないの?」

「…、その辺は、あんまり気にしないでいいよ」

「それじゃあ、幸久君はあの人とおねえちゃんだったらどっちの方が好きなの?」

「どちらも好き」

「それじゃあ、おねえちゃんとあたしだったら?」

「どちらも好き」

「あたしとりこちゃんだったら?」

「なんで姐さん? まぁ、どちらも好き」

「それじゃあしぃちゃんとメイちゃんだったら?」

「え、あ、え? 志穂と、メイ? お、同じくらい好き」

「りんちゃんとおねえちゃん」

「同じくらい?」

「幸久君の色情狂!!」

「えぇっ!?」

「三木様、紅茶のおかわりはいかがでしょう?」

「あ、えと、すいません、お願いします」

「お連れ様が、ずいぶんとヒートアップしていらっしゃいますが、よろしいのでしょうか?」

「だ、大丈夫です、すぐに収拾つけますから」

「…、どうせ無理なんだから黙ってなさい。あんたが上手いこと話の収集つけたことなんてこれまで一回もないじゃない」

「いや、でも…、晴子さん」

「プレゼント、あとでもらってあげるから、黙ってなさい。あんまり騒がれると、こっちとしても迷惑なのよ」

それを言われてしまうと、こちらとしてもツラいところだ。いくらご主人様、お嬢様と持ちあげられようと、俺たちはただの客に過ぎない。店側に迷惑をかけることは、当然俺たちが客という立場にある以上、あってはならないことなのだ。

それに結果的に霧子の機嫌を損ね、霧子をうるさくさせてしまっているのは俺なのであって、たとえいうほどうるさくないとはいえ、遠まわしにであっても晴子さんに迷惑をかけることはあってはならぬことである。

「お嬢様、ケーキはいかがでしょうか?」

「はい! 幸久君のおごりで!」

「はい、喜んで」

「はむっ! おいしいです、とっても!」

「それはよろしゅうございました。それでお嬢様、何やら声を荒げていらっしゃるようでしたが、どうなされたのでしょうか?」

「幸久君がひどいんです! 昔はとってもやさしかったのに! 今はもう変態なんです! ど変態なんです!」

「あらあら、それは困りましたね…、ご主人さま、ど変態でいらっしゃるのですか?」

「…、ど変態かもしれません」

「女の子と見てはどんな娘でも見境なしに! のべつ幕なしに! すいません、氷のいっぱい入ったお水をください!」

「そうおっしゃると思いまして、用意してございます」

「ありがとうございます! がりっ! がりっ!」

説明しよう、霧子ちゃんはいらいらすると氷をガリガリとかじるのだ。だからガリガリくんとかが意外と大好物なのだ。そして、こんな設定は後付け以外の何物でもないのだ。

「今日だって、プレゼントをあげるんだって! お店に連れて行ってあげたのはあたしなのに! ハルさんにプレゼントするんだって! おねえちゃんじゃないんだって! わざわざメイドさんなんだって!」

「お嬢様、それでは、お嬢様もメイドになりますか?」

「なんでメイドさ…、にゅ?」

「ですから、お嬢様もメイドになりますか? 制服はございますので、よろしければ」

「さ、サイズがありません……」

「当館はあらゆるサイズを取り揃えておりますので、どのようなお嬢様でもメイドになっていただくことが可能です。身長、胸囲、胴囲、腰囲、どのようなサイズの方でも着ていただけるようになっております」

「で、でも、この身長で、胸が……」

「お嬢様はモデル体型でいらっしゃいますので、特別なサイズというわけではありません。当館には、もっと特殊なサイズのメイド服もご用意させていただいておりますので、ご心配なく」

「にゅ…、えと、ゅ、幸久くぅん……」

「着てらっしゃい、霧子ちゃん。実際かわいいと思いますので」

「そ、それじゃあ…、着てみよう、かなぁ……?」

「うん、いってらっしゃい」

そうして霧子ちゃんは、晴子さんに連れられ店の奥の暖簾をくぐって、メイドになるために去っていった。残された俺は一人、少し冷めつつある紅茶をすすりながら霧子の食べ残していったケーキにぱくついている。

「うん、うまいな、これ」

霧子もこのケーキは俺のおごりって言ってたわけだし、仮に一口二口食べたとしてもなにを言われることもあるまいて。

「しかし、そうか、こんな解決策もあったわけだ」

いや、勝手に食べたのだから何も言われないということはないだろうが、まぁ、そこまでガミガミと何かを言われるということもないだろう。そもそも霧子が俺にガミガミ言うということなんて、ついさっきは珍しくそんなことがあったわけだが、基本的にはありえないのだ。

「メイドに対して嫉妬しているんだから、実際メイドにする、か。なるほど、その発想はなかった。さすがは晴子さん、ビビるわ」

「三木様? お連れのお嬢様はどちらに?」

「あぁ、キョウコさん、霧子だったらハルさんにつれていかれましたよ。なんでもメイドさんにしてくれるんだそうです」

「あら、そうなのですか? 確かに制服をご用意することは出来ますが、ハルちゃんってば勝手にそんなことをして……。貸し出しをするのは構いませんが、そういうことをするときは一言言ってもらわなくては」

「そういえばなんですけど、ここってキョウコさんのお店なんですか?」

「三木様、私のお店、といいますと?」

「いや、急にすいません。えっと、このお店、店長はキョウコさんですよね?」

「はい、三木様、当館のメイド長を務めさせていただいております」

「それって、キョウコさんがこの店のトップっていうことですよね。経営者っていうか、フランチャイズとかではない個人経営のお店、ですか?」

「えぇ、はい、そう、ですね。当館はフランチャイズではありませんので、個人経営ということになるでしょうね。興味があられるのでしょうか、三木様」

「あっ、いえ、別に店舗経営とかに興味があるわけじゃなくてですね、学園祭でメイド喫茶をやるときに、ここで勉強させてもらったら心強いと思っただけでして」

「学園祭で、メイド喫茶を?」

「まだ俺が個人的に考えてるだけなんですけど、そういうのも面白いじゃないですか。メイド喫茶といったら色ものみたいな風に見られてますけど、本格的で真面目なメイドがいる喫茶店を広められたらいいなって最近思ってたりするんです」

「あぁ、なるほど、それで当館でお勉強をとおっしゃられたのですね。えぇ、もちろん、そういうことでしたら出来る限りのご協力をさせていただきます、三木様。私としましても、もともとはメイドという職の素晴らしさをご主人様方、お嬢様方にお伝えするために当館を開いたようなものですから、三木様と志を同じくしているのではないかと思われます」

「それじゃあ、もしメイド喫茶が出来ることになったら……?」

「はい、もちろん、よろこんでメイドたちの教育係をお引き受けいたします。ご主人様であり同志である三木様のたってのお願いとあっては、お引き受けしないわけには参りませんわ」

「すいません、キョウコさん、急に無理を言ってしまって」

「いえ、ご主人様の希望を叶えるのが従者たるメイドの努めでございますれば、当然のことですわ、三木様。それに三木様、ご主人様は毅然とした態度で従者を仕えさせるもの、すいませんなどとおっしゃられるものではございません。ただ一言、任せた、頼むとおっしゃられればいいのです」

「あ~、そういうこと、家族にもよく言われます」

「あら、そうなのですか?」

「まぁ、家族同然みたいな人たちで、実際に血縁はないんですけどね。言っちゃえば、リアル執事とリアルメイドって感じなんですけど」

「…、三木様、失礼ですが、ご実家は隣町で?」

「? えぇ、そうですけど?」

「…、ということは、三木様は、あの三木様、だったのでしょうか?」

「…、キョウコさん、あの、あんまり細かいことは気にしないでください」

「噂程度にしか存じ上げてはおりませんでしたが、本当にいらっしゃったのですね、リアル執事とリアルメイドを従えたリアルご主人様。…、三木様、本物のメイドさんと比べてはご不便をおかけするかもしれませんが、当館を今後ともどうぞごひいきに、よろしくお願いいたします……」

「キョウコさんも、とても素敵なメイドさんですよ。大丈夫、本職にだって引けは取りませんから。というか、その噂というのはどこから?」

「風の噂でございます、三木様。メイドの秘密ですわ」

「メイドの秘密、ですか。まぁ、それなら仕方ないですね。お互いに、細かいことは言いっこなしで行きましょう」

「それでは三木様、ハルちゃんがお嬢様についていってしまったということですので、戻るまでは私がご奉仕させていただきます。なんなりとお申し付けくださいませ」

「あ~、それじゃあ、紅茶をもう一杯」

「はい、承りました。最上の品をお持ちいたします」

俺から紅茶のおかわりのオーダーを受けたキョウコさんは、なんだかとってもうれしそうな表情で店の奥へと消えていき、俺は少しだけ嫌な予感を心の奥に抱えていたりした。なんで嫌な予感がするかはよく分からないけど、なんでか嫌な予感がするんだから仕方ない。

まぁ、さしあたって問題はない気がするから、あまり気にすることなく俺は晴子さんにプレゼントを渡して帰るわけなんだけど。この予感があとあとボディブローのように効いてくることがないことを、切に祈るのみだ。

あっ、メイド服になって霧子ちゃんはとってもかわいかったです。お見せできないのが残念でなりません。

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