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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十七章
199/222

ロリコン疑惑と打ち明け話

「お待たせいたしました、お申し付けの品でございます、ご主人様」

俺がちょうど頭の中で姐さんとの丁丁発止の想像舌戦を繰り広げ、ふと思いついたのか霧子がケイタイでメールチェックをし始めたころ、カラカラと軽やかな音を立てながらカートを押してキッチンから出てきた晴子さんが俺たちのテーブルの横につけるようにその車体を滑り込ませた。一分のズレもなく横付けされたカートの車体には、大人しい花柄のコジーをかけられたかわいらしいティーポットと、そのわきに二つのカップがソーサーに伏せられて置かれ、そして二つのケーキがきれいにデコレートされたプレートの上に優雅にたたずんでいる。

「本日のおすすめ茶葉はダージリンセカンドフラッシュをストレートでお持ちいたしました。爽やかな飲み口と独特のマスカットフレーバーをお楽しみくださいませ。ケーキは甘さを控えたドライフルーツのレーズンのパウンドケーキをお持ちいたしました。ドライフルーツにすることで果物本来の甘さを特に強くお楽しみいただくことが出来ます」

カチャリ、カチャリとほんの小さな音だけをさせて、カートの上のお皿たちが自分たちの目の前に並べられていく様は外食特有の光景だよなぁということと、それから俺の想像の中の姐さんはかなり補正がかかっていて実際の姐さんの弁論能力よりも相当強いんだからなかなか論破することが出来なくても仕方ないのかなぁということ。俺はそんなどうでもいいことを考えながら自分のかばんの中にある晴子さんへのプレゼントをどのようにして渡したものかと、さらに並行して考えを巡らせていた。

今日は、まぁ、そもそも来るつもりはなかったわけなのだが、それが本来のところの目的なのだから、如何にしてそのミッションをクリアするかということに考えの主眼を置かなくてはならないのだ。それになぜか俺と晴子さんのことは店中のメイドさんたちの知るところとなっているらしいし、渡すものも渡せずに帰ったとなればご主人様としての威厳にも関わるだろう。来てしまったからには今日、きっちりと渡すべきものを渡して帰らないといけないのである。それをすることが出来なければ、結果的に晴子さんの顔に泥を塗ることにもなりかねないわけであって、それは弟子として適切な行動であるということはどうしたって出来ないだろう。

「三木様には、私がつくりましたガトーショコラをお持ちいたしました。以前にお出しさせていただいたときにお口に合っていらしたようにお見受けしましたので」

「ありがとうございます、ハルさん」

「ご主人様、本日はおまかせセットはよろしいのですか? 先日はたいへんお喜びいただけのではないかと、私は浅慮いたしておりますが?」

「いや、えっと、こないだみたいなのは、霧子にはちょっと刺激が強すぎるので、また今度来たときにお願いします。下手すると泣いちゃうかもしれないので、すいません」

「はい、承りました。それでは私は控えておりますので、ご用がありましたベルでお呼びくださいませ。どうぞごゆっくりなさってください」

「…、ゅ、幸久君…、先日のおまかせセットって、なんのこと……? あたしが泣いちゃうようなことって、ぜんぜんわかんないんだけど……」

「霧子が泣いちゃいそうなことなんて、挙げていったらいくらでもあるだろうが」

「最近は、そんなに泣いてないもん…、ちょっとは強くなったんだもん……」

「まぁ、小学生くらいのころに比べたらずいぶんとマシになってるとは思うけどな。小学生くらいの頃は、それこそ箸が転げただけでも泣くくらいの感じだったし」

「…、…、箸が転げたら、笑うんだよ、幸久君」

「いや、知ってるよ、そんなこと。ものの例えだ、ものの例え。とにかく何でもかんでも、まったくそんな泣く要素もないようなことでも泣いてたっていうのを慣用句風に言ってみただけだ。っていうか、ツッコミなら間が悪いぞ、霧子。ツッコミなのか、そもそも」

「ツッコミだもん。一応ツッコミ入れといた方がいいと思ってやってみただけだもん」

「あのな、そういうのは俺の仕事だから、霧子はあんまりツッコミいれた方がいいかどうかとかは気にしないでいいんだぞ。今だって、別に自分でセルフツッコミ入れる気満々だったし」

「むぅ、それじゃ幸久君がみじめな気持ちになるかと思ってがんばったのに。幸久君はおしゃべりのピッチが速いからツッコミ入れるか入れないか考えて、それからなんていうか考えて、それでツッコミ入れたのに」

「台本がない限りツッコミは脊髄反射だぞ、霧子。だからツッコミをする方に配された人間は語彙を増やしてとっさに放り投げる言葉のバリエーションを増やしておかないといけないんだ。国語が苦手な霧子にはちょっと難しい役割だが、やれるのか?」

「にゅぅ…、やれない……」

「それならそれでいいんだ、無理することじゃないからな、実際」

「うん、そうする。幸久君みたいに上手にできないと、なんだかむなしくなるだけだし」

というか、自分で言っておいてなんだが、実際のところ俺はツッコミキャラなんだろうか。もちろん、変なことをしている人に対してツッコミを入れることは他の人よりも多いような気もするが、別にだからといって俺がツッコミキャラだということにはつながらないような気もする。というか、そもそもツッコミキャラってなんだよ、別に日常生活の中で漫才しているわけでもあるまいし、ボケとツッコミに的確に別れなくてもいいじゃないかと思うのだが。そんなルールが、あるわけではないのだから。

「っていうかさ、俺ってツッコミキャラか?」

「? そうじゃないの? 自分でもそう言ってたし」

「いや、俺もさっきまではそうかなって思ってたんだけどさ、でも別に俺たちは芸人じゃないじゃん。だからそんなキャラがどうとか考える必要ないんじゃねぇの? ほら、それって結局『あなたは○○キャラですよ』ってレッテル貼るのと同じだろ。そういうのに囚われてどうやって自分が行動するかを選ぶのって、なんか愚かしくないか?」

「にゅ、おろかしいかどうかは分からないけど、そういうものじゃないの?」

「そういうものって、どういうことだ?」

「だからね、キャラっていうのは、ある種のコミュニケーションツールなんじゃないかなぁ、って」

「コミュニケーションツール? それはつまり、会話の潤滑油みたいな感じか?」

「ん~、そうかも。えとね、普段するようなおしゃべりってそこまで奇抜なものじゃないと思わない?」

「まぁ、そうだな。話題はその時々で違うとしても話の流れっていうか、話してることは案外同じようなことだったりするよな」

「そうそう、それでね、そういう同じような話をするときって、けっきょく誰かがどういう役割をするか決まってる方がスムーズだよね」

「それはそうだな。完全に初対面同士で話をすると、そういうところが手さぐりになるからぎこちない会話になるよな、実際」

「だからね、キャラが着くっていうのは、そのグループでのおしゃべりに馴れるってことなんじゃないかな? もちろん自分に合わないキャラっていうのは、幸久君の言った通り変なことかもしれないけど、みんなが自然と自分に合ったキャラに割り振られていった結果のキャラ付けなら、そんなにおかしくはないんじゃない?」

「ふむ、なるほどな、論理的で説得力のある言説だったな、霧子。キャラ付けも自然発生的な役割分担と思えばそこまでおかしなことじゃなかったんだな」

「というか、そこまで気にすることじゃないと思うけど、自分のキャラのことなんて。もちろん、いじわるされてイヤなキャラとかにされてるんなら話は別だと思うけど」

「霧子はかわいいキャラなんだし、別にそれ自体に問題はないだろ?」

「にゅ? あたし、かわいいキャラなの?」

「? 何言ってるんだ、かわいいキャラ以外にどんなキャラが霧子に当てはめられてるっていうんだ」

「えと、だって、かわいいキャラはメイちゃんとかしぃちゃんとかでしょ? あたしは、自分のキャラはあんまり分からないんだけど、でもかわいいキャラじゃないと思うよ?」

「メイは不思議ちゃん枠で、志穂は小動物枠だろ。だから純粋なかわいい枠は霧子が受け持つ以外ないじゃないか、なにいってるんだ、霧子」

「幸久君こそなにいってるの、あたしはかわいくないのに」

「おいおい、また身長の話を持ち出してそんな結論を持ちだそうって魂胆か、霧子。あのな、分かってないみたいだからもう一度だけ言っておくがな、別に身長が高いとか低いとか、そういうところはもうかわいいかわいくないっていう価値判断に直接接合されないんだよ。背が高くてもかわいいものはかわいいし、背が低くてもかわいくないものはかわいくない。背が高いからかわいくないっていうのは、そろそろ捨てなさい」

「でもあたし、やっぱり背がおっきのはかわいくないと思うな。じっさい幸久君も、背はちっちゃい方が好みみたいだし」

「…、なぁ、こんなことを聞いたりしてバカだと思われないか不安でならないんだけど…、それはつまり、俺にとって霧子は好みのタイプの女の子じゃないってことが言いたいのかい?」

「あたしが幸久君のタイプじゃないかは分からないけど…、でも幸久君、最近はメイちゃんとかしぃちゃんとかだけじゃなくて、佐原さんとか西原さんとか涼ちゃんとか、背のちっちゃいかわいい女の子とばっかり仲良しだよ? 自分ではそう思わない?」

「いや、まぁ、そういわれたら、確かに最近そうかもしれないけど、でもだからって俺が背の小さい女の子としか仲良くしてないなんてことはないだろ? 俺は霧子とも姐さんとも当然仲良くしてるし、他にも弓倉とか幸村とか榎木とか東堂とか、背がちっちゃくない人とも仲良くしてるじゃないか、霧子だって知ってるだろう」

「でも幸久君、ちっちゃい子と話してるときの方がもっと楽しそうだよ?」

「そ、そんなことないだろ! ステマはやめろ! 俺はロリコンなんかじゃないぞ!!」

「あたしも、そう思いたいんだけどね……」

「もう手の施しようがないみたいな言い方するのは止めてくれ、霧子。えっ、ちょっと、いやいや、どのへん? どのへんがヤバいの、霧子的に」

「…、幸久君のアパート、小学生のちっちゃい女の子、住んでるよね?」

「ん? あぁ、未来ちゃんか。そういえば霧子、こないだ未来ちゃんとは会ってるんだったな。それがどうかしたか?」

「…、幸久君、だいじょうぶ?」

「…、ぉ、おいおい、勘弁してくれよ。その『だいじょうぶ?』は、つまるところ俺が犯罪に手を染めていないかを心配しての『だいじょうぶ?』じゃないのか? そんな心配はやめてくれ、俺はまっとうにまっとうな人生を歩んでいるし、それを大きく踏み外すこともしていない。その心配、むしろ俺からしたら、それこそ『だいじょうぶ?』だ。そんな心配するなんて、霧子、心配性にもほどがある」

「…………」

「もちろん、俺だって中学生のころはやんちゃなこともあったかもしれないし、それで霧子が気をもんだことだって一度や二度じゃないかもしれない。おばさんやおじさんに迷惑をかけたことだって両手を使っても数え切れないさ。でもそれであっても、俺がそういうことをする人間じゃないと分かってくれているだろう、霧子。というか、そもそも俺はロリコンじゃないから未来ちゃんに性的な情動をもよおすことはないし、至極単純かつ自然発生的な母性でもってしてかわいいと思っているだけだ。いや、もう、おじいちゃんが孫を見るときのかわいがり方に近いかもしれないな、むしろ」

「…………」

「…、もし、だ。もし俺が、霧子の心配するようなロリコン変態野郎だったとしてだ。もちろんそんなことはないんだが、ここは仮定の話をしよう。俺が未来ちゃんをとてもかわいいと思っていて、まぁ、実際とてもかわいいんだけど、さらに性的に魅力を感じているとしよう。未来ちゃんも小学五年生だ、女の子として大人の階段に一歩踏み込むか踏み込まないかくらいの、それこそ微妙な頃だからな、それを魅力と見る人間だっているには違いないだろうさ。背もちょうどひょいっと抱きかかえられるくらいだし、変態的には極めて狙いどころのいい感じに見えるに違いない」

「…………」

「それに加えて、未来ちゃんは俺のことをいたく気に入っているらしい。それこそ小学生の頃の霧子ほどとは言わないが、それに準ずる程度にはそうだと言っていい。俺の言うことなら、そう疑うこともなくいろいろやってしまうかもしれないと、俺は思っている。個人的見解を述べるならば、それはかなり危ういと思う」

「…………、幸久君」

「でもそれであっても! 俺はそういうセクシャルなことは、決してしてはならないと心に堅く誓っている! 分かるだろう、霧子! 紳士たるものならぬものはならぬのだ! いくらかわいいといって、いくら自分になついているといって、それをお持ち帰りしてはならないのだ! 昔の人は言いました! イエスロリータ! ノータッチ! と」

「……、幸久君、そうじゃなくて」

「へ? そうじゃないの?」

「そうじゃなくって、ね? 幸久君がよく分からない間に、幸久君がその女の子に悪戯してもとがめられないような状況になってない? ってこと、なんだけど」

「それは、どういう?」

「た、たとえて言うのも難しいから上手く出来ないんだけど、とにかく幸久君、そういう風になりやすいように思うから、また変なことに巻きこまれてないかなって、心配で……」

「いや、変なことに、巻きこまれてはいないと、思うんだけど……。そもそも、どういうことに巻きこまれると、俺が未来ちゃんに性的悪戯をしてもノーカウントになる…、んだよ……?」

霧子の言っていることに、実のところ心当たりはあった。思い当たってはいけないことなのだが、そういえばそういう、それこそまさに霧子の言っていたような不可思議な状態に、俺は置かれていたことを思い出した。

「やっぱり何か、変なことになってるの?」

「あの、霧子さん、このことについては他言無用でお願いしたいんですが、よろしくって?」

「うん、だいじょぶだよ、誰にも言わないでないしょにするから、心配しないで」

「特に姐さんにはないしょだからね? 俺の命が危ういから」

「にゅ…、そんな大変なことになってるの?」

「あぁ、俺も思いもしなかったんだけど、意外とやばい感じになってたりするんだ、これが」

「だ、だいじょぶ、聞くよ」

「俺の状況にビビるなよ、霧子」

俺と歌子さんと未来ちゃんの間の関係は、今のところかなり緊迫したものになっているが、まぁ、それは人に話したところでどうにかなるものではない。でもそれを俺の中だけで抱え込んでいてはいろいろとツライものがあるわけであって、無駄であっても話を聴いてくれる人がほしいと思っていたのだ。

きっと霧子がそれに適格だということは分かり切っていたことだが、でもここまでひりつくような危機的状況になっているとなるとさすがに霧子が相手であっても話しづらいというものだ。話したことで俺の社会的な立ち位置が揺らぎかねないもんな、あのレベルの重さになってくると。

いや、でも、聞かれたんだもんな、話しづらくても話すしかないよな。ほんと、霧子も成長したものだと思う。昔は、こんな風に俺の悩みを引き受けてくれるようになるなんて思いもしなかったから。小さい頃の霧子を思い出すに、今のこの頼もしさはなかなかつながってこないぜ。育てのおにいちゃんとして、これは鼻が高いというものだ。

「ほんとにな、思った以上にやばいんだよ」

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