買い物そっちのけ
「霧子、これとかどうだ。女の子的に、けっこうかわいい系で、いいんじゃないか?」
「にゅぅ…、ちょっと男の子っぽい感じがするなぁ」
「む、そうか。それじゃあ、これとかどうだ、なんかいい感じだと思わないか?」
「それじゃ、ちょっと幼い感じがしない?」
「シルバーアクセは、百歩譲っても幼い感じはしない」
「それは、見る人の感性によると思うなぁ」
けっきょくなんだかんだといって、店に入ってしまえば瑣末な会話を延々と続けることなどできるはずがなく、俺たちはそこまでの会話の流れを完全にぶった切った状態で購入すべきアクセサリーについての品定めをしているところだった。つまるところ、霧子ちゃんが少しばかり賢くなったとしても、いまだもってすべては俺の掌の上なのであって、もう少しはおにいちゃんとして霧子ちゃんをコントロール可能な範疇にいるらしいということは確認されたのである。
ふむ、つまるところ霧子は姐さんにいろいろ仕込まれつつあるものの、それを未だもって自分のものにすることは出来ていないということなのである。知識として有するものを技術として体得していないというか、云わば口の達者になったお子様の域を脱していないというのが適切だろう。なに、まだ俺の方が一枚も二枚も上手なのであって、まだまだ俺の方が圧倒的におにいちゃんなのである、まいったか霧子!
「よし、分かった、それじゃあ霧子が選んでくれ。それを俺が品評することにする。その方が霧子もやりやすいだろ」
「でも、それだと幸久君の意見があんまり入らなくなっちゃうけど、いいの? 幸久君がいいと思ったのをまず選ばないとダメだと思うんだけど……」
「いや、俺の意見が入ってるかどうかは、むしろあんまり大きな要素じゃないんだよ。結果的にいいものを選ぶっていうのが至上命題としてあるんだから、その過程にどこまで俺の意見が介在するかっていうのはそこまで重要じゃないと思うんだ」
「そうなのかな……? もちろん結果的に、最終的にいいものを選んだほうがいいっていうのは分かるんだけど、でもそれってなんだか違う気がするんだけど……」
「違うって、何が?」
「にゅ…、あのね、言っても怒らない?」
「俺が霧子に怒ったことなんて、これまであったか?」
「うん、あった」
「だよな、あったあった。まぁ、理不尽で不可解な怒りを発露するつもりはないから、言ってみなさい。とりあえず言ってみないことにはどうしようもないだろ」
「それは、そうかも」
「だから、ほら、言ってみなさい」
「うん、わかったよ。あのね、結果っていうのはとっても大事だと思うの、それはあたしもそう思うの。でもね、えと、選ぶ途中っていうか、過程? っていうのも、やっぱりおんなじくらい大事だと思うの」
「過程も大事、か……。なるほどな、続きを言ってみなさいな」
「つ、続き……?」
「もちろん、論旨を述べよ、だ。意見だけ言って、『何とかだと思いま~す』って、そりゃ小学生レベルだろ」
「で、でもあたしの言いたいことはそれだけだったから、それ以上言うことなんてないよ……?」
「言いたいこととか言うことがないなら、それをつくってでっち上げればいいだろう、何言ってるんだ。いつでも自分の望んだとおりの話をすることが出来るとは限らないんだぞ。どんな状況からでも、たとえばまったく興味がないことについて聞かれたとしても、それについて何らかでっち上げていろいろこねくり回して、最終的にめぐりめぐって自分の言いたかったことを言えばいいんだ。いいか、スタート地点がどこであっても、自分の望んだとおりにゴールするために過程をねじ曲げるのが大切なんだよ。それか、言いたいことが本当にないんだったら、それっぽいことを適当に言って話をまとめた感じにしちまえばいいんだ。こちらの話がまとまった感じになったとすれば、話をしている相手が勝手に向こうから話をつないでまた話をすることが出来るようにトスを上げてくれる」
「そ、それって、なんだか違くない……?」
「違くはない、会話という行為を独善的かつ利己的に捉えたときの一側面であることに間違いはないからな。一般的に見て不自然でおかしなことであっても、それが必ずしも間違ったものであるということはできないから気をつけるんだぞ、霧子。一寸の虫にも五分の魂的なことだと覚えておきなさい」
「つまり、あたしはどうすればいいの……?」
「とにかく間髪入れずに何かしら話せばいいんじゃないか?」
「なんでも、いいの?」
「なんでもよくはないだろ。話してたことに関係する何かだよ、当然。急に昨日の晩飯の話しでもしようっていうのか、お前は」
「昨日の晩ごはん…、は、えと、おねえちゃんもおかあさんもちょっとお出かけしちゃってたから、あたし一人でコンビニでお弁当買ってきて食べたよ」
「近くに俺が住んでるのに、どうしてお前はコンビニ弁当なんて食べてんだよ。おねえちゃんもおかあさんもいなくて晩ごはん食べれないよ~、って頼れよ」
「で、でも、いつもそうやって幸久君にばっかり頼ってたら、ダメかなぁって思って……」
「仮に、俺に頼るのがダメって思ったならどうして自分で料理をして食事を用意しなかったの。最近は少しずつ霧子の料理もマシになってきて、『料理みたいな何か危険なもの』から『料理みたいなもの』くらいになってるんだから、自分でつくってみようとしなさいよ」
「りょ、『料理みたいなもの』って、そんなことないもん! おかあさんだってあたしの料理、おいしいっていってくれるもん!」
「…、えっ!? 雪美さんに料理食わせたのか、霧子!? おまっ、なにやってんだよ! 雪美さんが壊れちゃうじゃねぇか!!」
「こ…、壊れては、ないもん……。二日後くらいに頭痛そうにしてたけど、壊れてはないもん……」
「二日後に頭痛か、それくらいなら、まぁ、平気だろうな。ったく、気をつけろよ霧子、危ないだろ。雪美さんは俺じゃないんだからな。試しに食べさせてみるんなら、俺にしなさい」
「で、でも! 前は食べた瞬間に気絶したり、口に入れただけで悶絶してたりしたし、ずいぶん良くなったと思わないかな?」
「それは俺の免疫力が高まったというだけで、霧子の料理スキルが高まったからってわけじゃないと思うんだが、どうだろう? ぜひとも、俺は霧子ちゃんの意見を聞きたいんだが」
「おかあさんは、昔からあたしのつくった料理を食べてもそんなにすごいことにならなかったから、ちゃんとした比較対象にならないと思うなぁ」
「そうだな、雪美さんは比較対象にならない、だって雪美さんは俺と同等かそれ以上に胃腸が頑丈だから。雪美さんが食べて二日後に頭痛を催したって言っても、実際霧子の料理の影響がどこまで出ているかって話になりかねないし、実際その頭痛が霧子の料理のせいだったのかってことすら、ここに至っては曖昧極まりない」
「そ、それなら……!」
「でも、それであっても、俺自身の経験と判断によって、霧子の料理が危険であるという事実は、それを確たる事実として擁護するに一切の異存はないんだがな」
「にゅぅ…、そんなぁ……」
「…、いや、っていうか、晩ごはんの話は、比較的どうでもいいんだよな、今は。っていうか霧子、なんで昨日の晩ごはんの話を急にし出したんだ、話がどっか行っちまったじゃねぇの」
「ふぇ? だ、ダメだったの……?」
「少なくとも、今は晩ごはんの話はしないでこれまでの話に沿った関係のある話をしてくれよ、って言ったところだったんだから、そうしてくれないと。まぁ、俺が昨日の晩ごはんの話にうっかり乗っかっちゃったのもいけないかもしれないけど、とにかく今は晩ごはんの話をするタイミングではない、それだけは確かだ」
「それは、えと、そうだと思う。けど…、コンビニのお弁当も最近はちゃんとおいしいし、栄養のバランスもいいってテレビで言ってたし、サラダとかもいっしょにいろいろ売ってたし、お弁当だけポンって買ってきて食べたってわけじゃないんだよ? えとね、お弁当は三食そぼろ丼弁当でね、ちっちゃいシーザーサラダと里芋の煮っ転がしをいっしょに買ってね、お家にあったインスタントみそ汁をつくって食べたの。だからね……?」
「へぇ、コンビニっていうのはそんなのまで売ってるのか、すげぇな。俺はコンビニでお弁当なんて買ったことが未だかつてないから、いろいろたいしたことないと思ってたけど、そういうわけでもないんだ」
「そ、そうなんだよ!」
「それでも、晩ごはんの話がまったくさっきまでの話と関係しないっていうのは間違いないんだけどな。っていうか俺、急に晩ごはんの話しし始めたりするなよって言ったはずなんだけど。霧子は、狙ったようにすぐさま昨日の晩ごはんの話ししはじめたんだけど。別に俺は、絶対やるなよ的なフリでそれを言ったんじゃなくて、やっちゃダメだぞっていう気持ちを込めて言ったはずなんだけど、霧子にはそれが伝わらなかったってこと?」
「…、えと、ね? 幸久君が昨日の晩ごはんって言ったから、久しぶりにコンビニのお弁当を食べてけっこうおいしかったんだよって教えてあげたいなぁって思って、幸久君の話を聞いてなかったわけじゃ、ないんだよ? ただちょっと、その話しをしたいなぁって思っただけ、なんだよ?」
「つまり、俺の話しなんて聞いてなかったってことじゃないですか、霧子ちゃん」
「にゅぅ…、そうかも……」
「でもまぁ、いいか、別に。でも霧子、晴子さんも雪美さんもお出かけしていないんだったら、どうしてうちに来なかったんだい。来てくれれば食事の仕度くらい喜んでやってやったのに」
「それは、たまにはコンビニでお弁当っていうのもいいかなぁって思って、なんとなく? ほら、たまに食べたくなるんだよ、ポテトチップスみたいに」
「あ~、ポテチか、ポテチはたまに食いたくなるな。分かる分かる、霧子の言いたいこと分かるわ。っていうか、晴子さんと雪美さん、霧子をおいて出掛けてたって、どんな用事があったんだ?」
「んと、おねえちゃんは大学の用事で、おかあさんはお仕事の用事だったんだって。実際にどんな用事だったのかは聞かなかったけど、二人とも十時くらいには帰って来たよ。あっ、おねえちゃんもおかあさんも、お酒飲んで帰って来たかも」
「雪美さん、お酒飲んでたのか? …、あぁ、雪美さん、お酒飲んでもいい年齢だよな、当然。だって晴子さんがお酒飲んでいいんだから、そりゃそうだよな」
「おねえちゃんは分かりやすいんだけど、おかあさんはすっごいお酒強いみたいで、ほんとに飲んでるか分からないの」
「へぇ、雪美さん、お酒強いのか。っていうか、晴子さんはお酒弱いのか。えっ、分かりやすいって、どういう感じになるんだ?」
「…、にゃんにゃん、言う?」
「…、にゃんにゃん、言うん?」
「…、にゃんにゃん、言ってる」
「よし、今度お酒もってくわ。飲ませて酔わせて、にゃんにゃん言わせてみせるわ」
「ゃ、やめたげてよぉ…、おねえちゃん、二日酔いもすごいんだから」
「ってことは、なんだ、今日は晴子さん二日酔いでぼろぼろなのか?」
「にゅん、これ以上むりさせないであげてよぉ」
「分かった、それじゃあお酒を飲んでもらうのはまた今度にする。それと霧子、そういえばなんだが、そろそろ買うもの決めよう。俺たち、買いものしてるんだぜ」
「あっ、うん、そうだね。これとかどうかなぁ」
「おっ、それいいな。その調子で良さそうなのをバンバン見つけちゃってくれ」
「にゅ、がんばるよ!」
うん、買い物しよう、買い物。わざわざこんなところで話してないで、早く買い物済ませて喫茶店でも行けばいいじゃねぇのさ。
…、いや、これは晴子さんへの大事なプレゼントなんだから、早く済ませようなんて考え方じゃダメだ。もっと集中して全力で取り組まないと、晴子さんに申し訳が立たないぞ。一番似合うのをきちんと見つけないといけないぞ!
「幸久君、あとで喫茶店行ってゆっくりする?」
「あぁ、いいな。買うの決まったら行くか」
「うん、おねえちゃんのバイトしてるお店ね」
「…、いや、やっぱり」
「行くって、言ったよね?」
「言った、けどね?」
はっ、まったく、ほんのちょっと気を抜いたらこのざまだよ。くそぉ、晴子さんがお酒に弱くて酔ったらダメになっちゃうなんて素敵情報を知らされたから、気が抜けちまったんだなぁ……。まぁ、いいか、きっとなんとかして誤魔化せるだろうし、どうやってかは分からないけど、どうにかなるだろ。口八丁手八丁でどうにかなる、と思う、たぶん。