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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十七章
196/222

アクセサリーショップの前にて

「なんか雰囲気あるな、この店。これがほんとに霧子おすすめのアクセサリーショップなのか? ほんとのほんとに?」

俺からの不意の無茶振りといって過言ではない依頼を受けてしかしそれを快諾してくれた霧子の後について最寄りの繁華街をてくてくと進んでいた俺であったが、ぴたりと立ち止まった霧子のその動きに少なからぬリアクションを取らざるを得なかったのは、致し方ないことだったと理解していただければ幸いだ。

なにも、俺だって自分で「全部任せる」的なお願いをしておきながら霧子の選択にダメ出しをするような無粋は行なおう、しなくてはならないと思っていたわけではない。いやむしろ、俺としては霧子にすべてを委ねると決断したからには全権委任も吝かではなく、そうすることこそ正しいとすら思っていたのである。そのことだけは、確かな俺の思いとしてあったのだと分かっていただきたい。

それだけは、本当に偽らざる俺の本意なのである。嘘も偽りも、そこには差し挟まれる余地はないと俺自身断言することが出来るのだ。

「が、外観はちょっと怪しいけど、でも中はいい感じのお店なんだよ。ほんとなんだよ?」

しかしそれであっても、いかに俺が霧子のことが大好きでその心へ疑う余地なく全面的な忠実さを持っているとしても、俺にだって一片くらいは霧子の選択を不安に思ってしまう心はあるのである。いや、当然、その霧子への選択への不信感というものは、他の誰に対するそれよりも限りなくゼロに等しいものであって、譬えて言うならば、ふと道端に落ちている目に見ることすら困難なほどに細かい砂粒に転んでしまうのではないかと不安に思ってしまうような、出来心とか杞憂、あるいは思い過ごしか勘違いといったものであるというべきだろう。

…、いや、でも、これは、ちょっと…、アレだな。そんな目に見ることすらできない砂粒にすっ転んでしまうかもしれないと、本気で心配になってしまうレベルの、アレである。

「外見、そんなに怪しいかなぁ? なんとなく外国っぽくて、かわいいと思うんだけど……」

「外国っぽくてかわいいっていうか、外界っぽくて不可思議の方が合ってるだろ、おい。どこの外国にこんなみょうちきりんな建物があるっていうんだよ。なんでどことなくキノコ的な概観なんだよ。ちょびヒゲつなぎのチビおっさんのゲームで見たことあるわ」

「カサの部分がちょうど屋根になってて、かわいいよねぇ。あたしもおっきくなったらこういう家に住んでみたいなぁ」

「こんな胞子トバしてそうな家に住んでたら、身体中からキノコが生えてきてもおかしくないぞ、霧子。っていうか、この家、周りの家との調和性なさ過ぎてすごいんだけど、周辺住人から苦情とか来ないのか?」

「ん~、別にこないんじゃないかなぁ、かわいいんだし。あたしだったらうらやましいとは思うけど、そこまで不満に感じることはないよ」

「かわいいと全部許される感じ、すげぇ価値観だよな。俺は自分の住んでいるエリアの周囲100メートルにこんな奇妙な家があったらあまりにストレスフルな住環境に早変わりすると思うんだが」

「にゅぅ…、そんなにイヤなの……? かわいいと思うんだけどなぁ…、赤い屋根の木のお家なんて、シルヴァニアファミリーみたいなのに……」

「これは赤い屋根の木のお家じゃなくて、赤いかさのきのこのお家だろ、似て非なるものだ。ったく、こんなところが本当にアクセサリーショップなんだろうな。売ってるのが ちから の ゆびわ とか ちえ の リング とかだったら、さすがの俺もキレるぞ」

「お店としては、ちゃんとしてるから、心配ないよ。インディアンジュエリーとかのシルバー系が充実してて、幸久君の好きな感じだと思うし、男の人も女の人つけられると思うし、ちょうどいいんじゃないのかな?」

「こんな外観でインディアンジュエリーなんか売ってるのか。それならもう少しそれっぽい外観で店をつくればいいのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろうなぁ……」

「それは、あたしにも分からないけど…、でもちゃんとしたアクセサリー売ってるし、お店としては幸久君も気に入るんじゃないかと思うけど」

「まぁ、実際に入って見てみないと、どんな店なのかは分からないしな、おっけぇ、霧子の言うことを信じて入ってみようじゃねぇの。そうだよな、外観がどんなであっても、それが店内の商品に外的影響を与えるなんてことないよな」

「そ、そうだよ、入ってみないと分からないでしょ?」

「もちろん、店主の頭がイかれてて、外観と同じようなセンスで商品が並んでるってことも普通に考えられるけどな。当然外的影響よりも内的影響の方が力が強いに決まってるからな」

「にゅぅ…、そんなことないのにぃ……」

「霧子がそうまで言うなら、とりあえず入ってみるんだけどな。まぁ、そこまでおかしな店ってことも、そうはないだろうからさ」

「も、もちろんそうなんだから! 幸久君はすっごい心配性なんだよ!」

「それを否定しようとは、さすがに思わないわ。俺は基本的に懐疑主義者だからな」

「昔はもっと素直だったのにって、おねえちゃんも言ってたよ、幸久君」

「晴子さんに対してはこの上ないほど素直だよ、俺は。晴子さんは俺に対してハードル高すぎるんだよな、俺への諸々の要求が。今日だって、別に晴子さんがあんまりハードルあげなかったらこのお買いものだって楽しいだけの時間になるはずだったのに」

「? 幸久君、今日お買いものするのって、おねえちゃんのためなの?」

「ん? …、ん?」

「? だって今、おねえちゃんがお買いもののハードルあげたって言ってたから、何かこのお買いものにおねえちゃんが関係してるのかなって思って。それとも、あたしのかんちがい、かな?」

「いやぁ…、別に勘違いってわけじゃないんだけどな…、なんつぅか、俺がプレゼントする人と知り合いっていうか、近しい人っていうか、そういう感じでさ。だから晴子さんがな、知り合いにしょぼいものをプレゼントされると腹が立つとかなんとか、ハードルガンあげした感じなんだな、これが。うん、そういう言い方なら違和感ないだろ? …、ない、よな?」

「うん、それなら、おねえちゃんに関係ありそうな感じかも。ということは、幸久君、今日のプレゼントはおねえちゃんにあげるものってわけじゃないの?」

「そうだ、別に晴子さんにあげるためのものっていうわけではない。決してそういうわけではないんだな、これが。そこらへんのところ、絶対に取りちがえちゃダメなんだからな、霧子」

「幸久君が、おねえちゃんに何かをプレゼントするために幸久君がお買いものっていう方が、あたし的にはそこまで心配じゃないかなぁって思うんだけど……」

「なんだ霧子、俺が晴子さんにプレゼントするのは心配じゃないってことは、俺が晴子さん以外の人にプレゼントするのは不安なのか? いったい何が不安なんだ、よく分からない娘だね」

「ゅ、幸久君は、女の子にいい顔するのが得意だから、すぐにいろんな女の子と関係を持とうとするでしょ。だから、昔から仲のいいおねえちゃんにプレゼントするだけだったら、心配することもないと思って。他の女の子にプレゼントするんだったら、また幸久君がどこの娘かも分からない女の子を引っかけようとしてるってことでしょ? あたしは幸久君のこと信じてるけど、でも最近はそういうことが多い気がするから、ちょっと心配…、かも……」

「関係を持とうとするっていうのは、ちょっといただけない言い方だなぁ、霧子。俺は別に何人もの女の子をだまくらかしている結婚詐欺師じゃないんだぞ?」

「だって幸久君、どんな女の子にも、だいたい無差別でやさしいから……」

「霧子、そういう言い方は、そもそもからして俺を的確に指し示しはしないんだから、止めなさい。俺はな、別に見境なく女の子を引っかけようとしている女誑しではなくてだな、どんな女の子にもやさしくしないといけないなぁって思ってるだけのフェミニストなんだ。分かるか、女の子っていうのはだな、いろいろな点で男に後れを取らざるを得ない存在なんだ。もちろん最近は女性の社会進出も進んでいるって言われるけど、でもそれでも男の方が、体格とか体力とかの基礎的な身体のつくりでは強くなりやすく出来ているんだ。だからこそ、社会的な構造が変化しつつあるといっても、それによって女性がある程度以上守られるべき存在であるという事実に変わりはないんだよ。男が女を守る、男が女を大事にするっていうのは、今も昔も変わることなく存在している不文律だ。女性が強くなったとか言われるし、事実そうだとも思うけど、でもそれであってもその決まりが崩れることはないと思う。なんといっても男が働いて女が家を守るっていう旧時代的と言われるスタイルが、それであっても主流なことがその証拠だろ。女性の社会進出とか、そういうのはあくまでもレアケースなんだよ。声の大きな活動家の意見がフォーカスされて、全面的にそういう兆候が見られるって恣意的な論調が叫ばれてるだけじゃないのか? だから俺が女の子にやさしくするのは別に時代に逆行するような行為ではなくてだな、むしろ歴史的に証明されている正しい行ないなのだ」

「それじゃあ、幸久君は、だれにアクセサリーをプレゼントするの?」

「晴子さん…、の知り合いの人、だよ」

「どういう知り合いの人?」

「バイト先の、知り合いの人じゃないか?」

「つまり、幸久君には縁も所縁もない人だよね?」

「まぁ、一概にそうとは言えないんだけど」

「でも幸久君、おねえちゃんのバイト先、行ったことないんじゃないの?」

「いや、行ったことは、ある」

「あるの?」

「あぁ、ある。何度か行ったことがある」

「…、あたし、おねえちゃんのバイト先、知らない。あたしもおねえちゃんがどんなところでバイトしているのか気になるから連れてってほしい。アクセサリー買ったらその、おねえちゃんのバイト先の人にプレゼントするのだよね? それなら買ったついでにプレゼントしに行っても問題ないんじゃないの?」

「いや、今日は月曜日だから、その人は仕事に出てきていない可能性がある。ダメだ、火曜日か金曜日じゃないとすれ違いになるかもしれないじゃないか」

「すれ違いには、なるかもしれないけど、ならないかもしれないよね?」

「まぁ、絶対にそうなるっていう確信があるわけでもない。でも、その人は毎週火曜日と金曜日にはシフトが入っていると言っていたんだ。だから確実を期して、ここは火曜日か金曜日に行くのが賢い選択だ」

「でも、別に月曜日に行っちゃいけない決まりがあるわけじゃないよね?」

「それは、そうだけどな?」

「それじゃあとりあえず今日行ってみて、いなかったらまた今度行ってみればいいよね」

どうしたのだろう、霧子ちゃん、今日は妙に詰めてくるじゃないか。いつもはこんなことないだろうに、どうして今日に限ってこんな攻めの姿勢を保ってしまっているのだろう。

俺は霧子に攻められるのが苦手なのであって、おにいちゃんとしては、できれば穏便に引き下がってもらえると助かるのだが。だってそうだろ、かわいい妹から詰め寄られて勝てるおにいちゃんはいないだろう? このままだと、遠からぬときに俺は晴子さんのバイト先のことを霧子に漏らしてしまって、その結果晴子さんにシバかれることになってしまうだろう。

「…、とりあえず、この店、見てみるか、霧子」

「にゅ、幸久君、逃げるの?」

「逃げるんじゃない、間を置こうと思っただけで、霧子との話を打ち切ろうとかそういう意図があるわけじゃない。だから逃げるわけじゃないぞ」

「幸久君、話題を反らして、場所を変えて、あたしとの会話の状況を変えようとしたよね? それを逃げるっていうんだよ、前にりこちゃんがそうやって教えてくれたんだもん」

「…………、姐さんがそういうのなら、そういうことなのかもね……」

最近、妹がとみに賢くなってきて、まったく困ったものである。姐さんはじめ、周囲の友人関係からくる成長なのだろうから、その周辺環境を整えた俺としても感無量の一念なのであるが、しかしだからといってそれが俺を追い詰めることになろうとは、分かっていたことであるが、少なからず辛いものがある。

なにが一番つらいといって、霧子がそんな感じに俺に攻撃を仕掛けてくるようになると、これから霧子が晴子さんのように成長していくのではないかという危惧があることである。晴子さんのことは大好きなのだが、しかしそんな晴子さんが二人いてどうかと言えば、…、まぁ、ノーコメントでいきたいと思う。

何はともあれ、とにかく姐さんには霧子にいろいろ仕込むのを止めていただこうと思う。もちろん、姐さんがそれを受け入れてくれる可能性は極めて低いわけなのであるが。

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