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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十六章
192/222

やることやって、帰るのです

「あっ、かりんさん? 俺俺、幸久」

晴子さんとの約束を果たすため久しぶりにそのバイト先であるところのメイド喫茶にやってきてから、実のところすでに一時間半ほどが経過していた。俺の感覚としては実家でくつろいでいる状態とほぼ変わらないので、時間がどれくらい経ったかいまいちピンとこないところから何気なく時計を見てびっくりしてしまい、急いで我が家に電話をかけているところなのである。

『幸久様、どうなさったのですか? いつもよりお帰りが遅いように思えるのですが、何か学校で問題でもあったのでしょうか……?』

「問題なんてないよ、ちょっと寄り道してたらこんな時間になっちゃったってだけで、心配することなんて何もないからね」

『そうですか、それならばよかったです。あの、幸久様、今日のご夕飯はお家で召し上がられますか?』

「晩飯? あぁ、食べる食べる、もうじきに帰るからさ、食べるよ。そうだな…、あと一時間もしないで帰るからね」

『分かりました、それでは用意してお待ちしています。…、それで、あの、幸久様、寄り道とおっしゃられましたけれど、今どちらにいらっしゃるのですか?』

「晴子さんのバイト先の喫茶店。今朝晴子さんに遊びに来いって言われたからさ、学校終わってすぐに来たんだ。いやぁ、おしゃべりしたり宿題したりしてたんだけどさ、時間があっという間に過ぎちゃって困るね」

「ご主人様、紅茶のおかわりはよろしいですか?」

「あっ、すいません、晴子さん。アッサムをストレートでお願いします」

「かしこまりました、ご主人様」

『…、あの、幸久様』

「…、いや、別に如何わしいお店に来てるわけじゃないからね、かりんさん。そこのところは勘違いしちゃいけないよ、そこは重要なところだ」

『ですが今、ご主人様といった言葉が聞こえてきたのですが、私の聞き違い、でしょうか?』

「それは、聞き違いでは、ないんだけどね。いや、でもね、これはなんというか、変なお店じゃないんだよ、かりんさん。誰でも入れる、健全なお店でね」

「ご主人様、先ほどからどなたとお電話をなさっていらっしゃるのですか。…、まさか、母さんにここのことバラそうとしてるんじゃないでしょうね?」

「か、かりんさんですよ、電話の相手」

『ゆ、幸久様……?』

「誰にであっても、バラすんじゃないって言わなかったかしら? 電話よこしなさい、切るから」

「あっ、ちょっと!」

「それでは、失礼あそばせ」

『幸久様!?』

「ほら、返すわ」

「ぁ~…、何て切り方するんですか、晴子さん……。家帰ってから、かりんさんになんていえばいいんだ……」

「そんなこと知ったこっちゃないわよ。っていうか、どう考えてもあんたが悪いでしょ、急に電話なんかし出すんだから。それより、紅茶持ってきてやったわよ、飲みなさい」

「あっ、ありがとうございます。それよりも俺、そろそろ帰ろうと思うんですけど、お会計持ってきてもらっておいてもいいですか?」

「はっ? なによ、あんた帰るの? 閉店まではまだ何時間もあるんだけど?」

「いや、そんな、閉店まではいませんよ。っていうか、もう六時回ってますし、帰らないと」

「六時だから帰らないとって、あんた小学生?」

「高校生でも、意味もなくあんまり遅い時間まで街をうろつくこともないじゃないですか。もう不良は止めるって、霧子と約束したんです」

「ふぅん、まぁ、別にいいんだけど。それじゃ帰る前にやることやっていきなさい」

「やること? トイレですか?」

「トイレも、したいならしていけばいいじゃない」

「なるほど、トイレじゃないってことですね。あっ、あ~、朝に言ってたことですね。…、それ、俺も来たときに聞こうとしたんですよ」

「そうよ、分かってるなら手間かけさせるんじゃないの」

「す、すいません…、それで、あの、俺はこれからいったい何をするので?」

「専属契約よ。まぁ、別にあんたが何か書類を書くとかじゃないから、大変なことは何もないんだけどね」

「それじゃあ俺は何をすればいいんですか?」

「あんたは座ってればいいのよ、やるのはこっち」

「というか、専属契約ってなんですか?」

「永久指名制みたいなもんよ。それをしてると、あんたが店に来たときはいつでもあたしが世話としてつくことになるの」

「それって、客側が申請すればそうなるんですか? なんというか、店側からのサービスみたいなものですよね、言っちゃえば」

「契約だって言ってるでしょ。相互認証に決まってるじゃない」

「ということは、客側がどれだけ申請しても、店側が突っぱねることも出来るってことですか?」

「そもそも店と客との契約じゃなくて、ご主人様とメイドの間での契約よ。店はそれをフォローするだけ」

「ということは、客個人と従業員個人がやりとりするってことですか? でもそうすると、従業員は客よりも立場的に弱いんだから、嫌でも断れないでしょ?」

「だからそもそも、イヤだと思うご主人様には、専属契約の話はしないのよ。ご主人様たちもそういう事情が分かってる人がほとんどだから、メイドから話を出されるまでは聞くこともしない。まぁ、暗黙のルールっていうか、紳士協定みたいなものじゃないかしら」

「あぁ、つまり、客側からの申請じゃなくて従業員側からの申請ってことですね」

「だから、あまりマナーが良くないご主人様に専属契約の話が持ちかけられることは絶対にありえないのよ。だからうちのご主人様たちはみんなとってもお行儀がいいのよ。そもそもメイド目当てで来てるご主人様は多くないんだけどね」

「確かに、普通の喫茶店に来るような客層もけっこういるみたいですしね」

「まぁ、あたしのレシピでつくったケーキがそんじょそこらのパティスリーのよりもよっぽどおいしいから、それは当然のことなんだけど。でもたまにいるのよね、あんたみたいにメイド目当てで来るご主人様が」

「俺はメイド目当てじゃなくて晴子さん目当てです」

「ふんっ、まぁ、どうでもいいけど。それより、あたしを専属契約にしてあげるんだから、喜びなさいよね」

「それはもう、このうえなく喜んでます。あっ、そういえば、晴子さんって俺以外に専属契約をしている客はいるんですか?」

「何よ、そんなにあたしのことを一人占めにしたいのかしら? それとも自分以外に専属契約している客に嫉妬でもするつもり?」

「それはもう、どちらもそうですね」

「心配しなくても、あたしはそう安くないわ。今のところ専属契約になってるのは、あんたのお友だちのメイちゃんだけよ」

「そうですか、まぁ、メイは晴子さん好みのお人形さんみたいな感じの娘ですからね、そこはまったく疑問も嫉妬もありません、よかったです。それで専属契約というのは、どうやってするんですか? 申込書とかがあるわけではないんですよね?」

「ご主人様がメイドになにか贈るのよ。基本的には装飾品ね」

「装飾品というと、アクセサリーですよね。ちなみにメイは何を?」

「メイちゃんはリボンね。ほらここ、胸のところのリボンが他の人と違うのになってるでしょ」

「あっ、それ、そういえばメイがいつも髪を結ってるリボンと同じやつじゃないですか。へぇ、なるほど、そういうのをプレゼントするっていうことですね」

「そうやってご主人様からいただいたプレゼントを常に身につけて、ご主人様がお戻りになられたら常にお世話にあたる。それが専属契約っていうことなのよ。それでご主人様は、いったい何をプレゼントしてくださるのでしょうか? キッチンに入るときはつけないから、特に勤務中につけられないアクセサリーはありませんので」

「すいません、今はそういうのは用意できないんで、今度持ってくるんでもいいですか?」

「まぁ、メイちゃんは髪を結ってたリボンをその場で解いてプレゼントしてくれたけど、ご主人様は男性なのですからそういうのはないわよね。別に次でも構いませんわ、ご主人様。メイド長にはあたしからご主人様と専属契約をしたと伝えておきますので」

「次までに晴子さんに相応しいアクセサリーを見つくろっておきますから、待っててください。…、あの、指輪とかでも、いいんですよね?」

「ご主人様、いくらあたしのことが好きだからといって、婚約指輪を買ってきてくださっても困りますので、よくよくお考えになってくださいね」

「そ、そんなことするわけないじゃないですか。そんなものを贈られても晴子さんが迷惑するだけだって分かってますから、しませんよ」

「アクセサリーは見える位置にある方が専属についていると分かりやすくていいと思うわ。それに、首元にはすでにメイちゃんのリボンがついているし、出来ればネックレスとかチョーカーとかは止めた方がいいんじゃないかしら。となるとやっぱり指輪か、ピアスか、ブレスレットか、そのあたりがよろしいのではありませんか?」

「そうですね…、来週までに考えておきます」

「そうするのがよろしいかと存じます、ご主人様」

「もうしわけありません、失礼いたします、三木様」

「あっ、はい、なんでしょうか?」

「お楽しみのところ申し訳ないのですが、少しだけハルちゃんをお借りしてもよろしいでしょうか」

「はい、それは、どうぞ」

「ありがとうございます、三木様。それでは、少々失礼いたします」

「どうなさったのですか、メイド長?」

「ハルちゃん、悪いのだけどキッチンを見てもらってもいいかしら。なんだかオーブンの調子が悪いみたいで、変な音がするのよ。ほら、ハルちゃん、この間もこういうとき直してくれていたでしょう? だから今日もお願いできないかしら?」

「えぇ、承りました、メイド長。それでは私はキッチンの様子を見て参りますので、ご主人様のお世話をお願いいたします」

「えぇ、任せて。…、三木様、本日はせっかくハルちゃんのことをご指名いただきましたのに、お借りしてしまい申し訳ございません。その代わりとなることができるかは分かりませんが、ハルちゃんが戻るまでの間は私が三木様のご相手をさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

「いえ、そんな、今日はもう帰ろうと思っていたところですから、気にしないでください」

「あら、本日はもうお出になられるのですか?」

「はい、今日はもう十分ゆっくりさせてもらいましたし、満足したので」

「左様でございますか、それはよろしゅうございました。そういえば、三木様、先ほどハルちゃんと専属契約についてお話をなさっていらっしゃったようにお見受けしたのですが?」

「えぇ、ハルさんから、教えてもらいました。それで、俺と専属契約になってあげてもいいと」

「あら、それはそれは。ハルちゃんはご主人様からの人気がとても高いのですが、今ままでメイお嬢様以外のご主人様とは一人も専属契約をせずにいたので、メイド長として少しだけ心配していたのです」

「メイド長としては、専属契約を持たずにいるメイドは心配なんですか?」

「そう、ですね、少しだけ。当館の専属契約というシステムは他にはないとても特殊なもので、ご主人様方だけでなくメイドたちからもとても好評をいただいております。多く契約を持っている娘は二十人以上のご主人様と契約をしていますし、やりがいの一つとしてそれを捉えている娘もいると思っています。ですが、ハルちゃんは勤め始めて三年目と古株になってきておりますのに、去年の夏頃にメイお嬢様と契約して以来さっぱり専属を増やそうとせず、他のメイドたちもハルちゃんを不思議な先輩として見るようになっているのです。もちろん専属の数だけがステータスではありませんから、優秀なハルちゃんが軽んじられるということはないのですが、それでも和に入れずにいるように思えてならないのです」

「…、晴子さんは、昔からそういうタイプですよ」

「あら、三木様、もしかしてハルちゃんと個人的にお知り合いなのですか?」

「あっ…、えぇと、昔馴染みというか、幼なじみです」

「あぁ、そうでしたか、めずらしくハルちゃんが専属契約を結ぼうと思ったのは、そういうことだったのですね。これは、本当に、ハルちゃんをお借りしてしまって申し訳ございませんでした」

「いえ、いいんですよ、俺の相手だけが仕事ではないわけですし。それじゃ、俺はこれで帰りますんで、よろしく言っておいてください」

「はい、それはもう、伝えさせていただきます。それでは三木様、玄関までお荷物をお持ちいたします。メグちゃん、三木様がお出かけになられますので、仕度を」

「はい、メイド長♪ ただいま♪」

というわけで、俺の晴子さんのバイト先探訪は終わりを告げたのである。とりあえず、晴子さんにプレゼントするためのアクセサリーを探しに行かないといけないな。今度、霧子にかわいいアクセサリーショップでも教えてもらうとするか。

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