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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十五章
186/222

霧子が朝飯を食べさせられている横で

「突然シャワー貸してほしいとか言ってすいませんでした、晴子さん」

あまりの時間のなさに霧子をリビングへと強制連行した後、俺は雪美さんにその食事の世話を任せ――やっぱり晴子さんはイヤそうに俺のお願いを突っぱねてきた。まぁ、きっと俺がリビングからいなくなった後は晴子さんが世話をしていたに違いないのだが――、シャワーを浴びることが許された。ただ汗を流すことを目的としていたそのシャワーはそう時間がかかることはなかったが、しかしなかなか俺の気持ちをリフレッシュさせてくれ、今の気分はかなり良好だった。

「別にどうでもいいわよ、そんなこと。それよりもあんた、さっさと学校行きなさい。そろそろ遅刻になるころじゃない」

「幸久くん、お風呂きもちよかった~? おかあさんはあんまりしないけど、朝にシャワーするのもたまにはいいものよね~」

二人がかりで霧子に朝食を食べさせていた晴子さんと雪美さんは、シャワーからあがってきた俺を見て少しだけその手を止める。しかし手を止めていては霧子の食事という難事業を完遂することは出来ないわけであり、すぐにその作業を再開させた。

そして俺は、まだ軽く湿っている髪の毛をタオルでぬぐいながら霧子の真正面の席に腰かけるのだった。こうすることによって俺は霧子の朝食作業に手を出すことは出来なくなってしまったわけだが、まぁ、仕方あるまい。そもそも霧子の両隣りはもはや晴子さんと雪美さんによって埋められてしまっているわけであり、俺がそこに横入りする余地は残されていなかったのだから。

「はい、ありがとうございました、雪美さん、晴子さん。体育祭の朝練で汗かいてて気持ち悪かったんです。学校に行く前にシャワー借りられて、ほんとに助かりました」

とかいいながら、キッチンから持ってきた空色のマグカップ(天方家に備え付けられている俺専用のカップ。物心つくかつかないかのころに雪美さんからもらった誕生日プレゼントだとか聞いたことがある)にドドッと牛乳をいっぱいまで注ぎこむと、一息でそのほとんどを飲み干してしまう。シャワーを少し浴びただけとはいえ、その温さ、もとい適度な冷たさがほてった身体にちょうどよい。

「まったく、本当よ。朝からシャワー貸してくれとか、まったく意味分からないじゃない。別に学校のシャワー室でも勝手に使っちゃえばいいじゃない。金も払わないくせに、余計な手間かけさせるんじゃないわよね」

「も~、晴子ちゃん、そういうこと言わないの~。おかあさんは幸久くんのこと本当にうちの子だと思ってるだから、晴子ちゃんと霧子ちゃんと同じなんだからね~!」

「母さんがそう思ってたって、幸久がうちの家族じゃないっていうのは確かな事実としてあるでしょ。妙なこと言って事実関係ねじ曲げたりしようとしないでよね」

「晴子ちゃんは幸久くんのこと大好きなのに、家族だと思ってないの? おかあさん、そういうこと晴子ちゃんが言ってるの、さみしいなぁ~。家族はみんなで家族なんだから、みんながみんなを家族だって思ってないとかなしいとおかあさんは思うの」

「別に幸久のことは好きってわけじゃないわよ。というか、幸久があたしのこと好きなだけよ。あたしは別に、幸久のことなんて何とも思ってないわ。幸久はあたしの弟子で、それ以上でもそれ以下でもない。好きも嫌いもないのよ、あたしにとっては」

「そんなこと言わないでくださいよ、俺は晴子さんのこと大好きなんですから。そんな明け透けに好きも嫌いもないって言われたら、とっくに分かってたことですけど、ちょっと心が揺らぐじゃないですか」

「はっ? あんたはMの変態なんだから、こうされた方がうれしいんでしょ? なにか文句あるの?」

「いえ、文句は、ないですけど…、確かにちょっとだけ、このまま晴子さんが俺に興味を失って構ってくれなくなったりしたらどうしようってワクワクしたりしなくもないですけど、でも、そうならないでほしいっていう気持ちの方が、当然強いですよ」

「相変わらず、あんた気持ち悪いこと考えてるわね。そんなこと他の人間の前で言ったら、社会的信用が一挙に失われるわよ。まぁ、あたしは、別にあんたのこと好きでも嫌いでもないから、あんたがあたしの役に立つ弟子でいる以上は見捨てたりしないでいてあげるわよ。よかったわねあたしが、あんたがどんな種類の人間でも許容してあげる心の広い師匠でいようとする、やさしい心根の人間で」

「本当にありがとうございます、晴子さん。晴子さんが俺のことを好きでも嫌いでもなくても、俺は晴子さんのことが大好きです」

「…、あんた、あたしのこと好きっていうの、しばらく止めなさい」

「えっ、なんでですか? 俺が晴子さんのことを好きなのは事実なんですから、出来るだけ頻繁に晴子さんにその事実を伝えないといけないと思ってるんですけど。あっ、それとも好きって言われるの、飽きました?」

「別に飽きたとか飽きてないとか、そういう話をしてるんじゃないわよ。なんていうか、最近ちょっとアレなのよ、アレ。だからそういうことなの、分かった?」

「そんな説明じゃ何一つ分かりませんけど、分かりました。これからはもう少し別パターンで晴子さんに俺の気持ちを伝える方法を考えることにします。…、あの、晴子さん、アレって、もしかして、アレのことですか?」

「察しが悪くないじゃない、幸久。そうやって、何事に対しても聡い弟子でいないとダメね、やっぱり」

「そうですか…、そうでしたか……。また、晴子さんに言い寄ってくる男が出てきたんですね! 分かりました、また三年前みたいに俺が闇撃ちかけて始末しときますんで! その野郎の顔と住所を教えてください!!」

「あぁ、それも悪くないかもしれないわね。あのときも、最終的にあんたに闇撃ちさせたら、…、けっきょく最悪な噂が立ってあたしの高校三年目は中盤以降から男の気配ゼロだったわ」

「へぇ、晴子さんの悪い噂を流すなんて、おかしな奴がいるもんですね。晴子さんに欠点なんてないのに、どんな見当違いな悪口を言ってたんだか、逆に気になってきますよね、ははっ」

「一つ、天方晴子は中学のころから、今の様子からはそう思えないけれどバリバリのヤンキーで、今でもその頃の舎弟が無数に存在している。一つ、天方晴子の舎弟は常に十人態勢でその近辺を護衛しており、決してその姿を見せることはないが、その身に危険が及びそうになると現れて主に暴力によってその危険を取り除く。一つ、特に天方晴子に近づこうとする男に対して舎弟たちは容赦がなく、不用意に声をかけただけでも闇から闇に始末されるらしい。以上三点より、天方晴子は危険人物であり、その周りにはそれ以上に危険な舎弟が無数に存在しているので、命が惜しいならば男は決して天方晴子の半径二メートル以内に接近してはならない」

「ははっ、何言ってるんだか。晴子さんが中学時代に不良だったなんて、そんなわけあるはずないじゃないですか。やっぱり噂なんて当てにならないものですよねぇ、どこをどうしたら晴子さんが不良なんて結論に行きつくんだか、さっぱり分かりませんよ」

「もしかして分かってないのかしら? あたしの周りにいる危ない舎弟って、あんたのことなんだけど。あんたがやり過ぎたから、噂にそこまで尾ひれが付いて、大変なことになったんじゃない。ほんと、あんたのせいでいい迷惑だったわよ。確かに言い寄られてウザいと思ってたけど、然るべき加減っていうのがあるでしょ。あたしはウザいから黙らせろとは言ったけど、あたしの社会的地位を危なくさせるほどのことは求めてないわ。察しなさいよ、それくらい」

「えっ、そんな、やり過ぎなんてことありませんよ、あれっぽっち。だって晴子さん、いつもの感じで闇撃ちしておけって言ってたじゃないですか。だからいつも通りの感じに相手を暗がりで襲って、いい感じに痛めつけて、晴子さんに二度と近づくなって忠告しただけなんですから。あれくらいのことでやり過ぎなんて言われたら、困りますよ。いや、まぁ、もちろん今はもう霧子と約束したんでそういうことは出来ないんですけど。…あぁ! そうか! 俺はもうそういうこと出来ないんだ! すいません、晴子さん! 俺は、晴子さんのために闇撃ちをすることもできないダメな弟子ですっ……!!」

「別にそもそもやらなくてもよかったのよ、闇撃ちなんて。あんたにはあんたに出来ることがまだあるんだから、それをするべき時まであたしの指示を待ってればいいの。っていうか、やっぱりあんたはやりすぎなのよ。新月の暗いところでちょっと脅かしてやれって言っただけで、どうして前歯がきれいに全損してるのよ。通り魔事件ってことで警察が動いてたの、知ってるでしょ?」

「まぁ、知ってはいますけど。でも証拠も目撃者も出ないよう完璧に偽装したから、捜査の手が俺とか晴子さんにまで伸びることはまったくなかったじゃないですか。やるからにはやっぱり新月の日で、街灯と街灯の間の暗くなっている路地の中から声をかけて、恰好は黒ずくめにネックウォーマーにつばの長い野球帽ですよ。街中でありながら人通りのないスイートスポットの路地を見つけるのが重要ですよね、完全犯罪をやるためには」

「仮に完全犯罪であっても、必ずしも迷宮入りするとは限らないんだから、もうやらないようにしなさいよ、傷害事件は。あたしとしてはあんたが逮捕されるとか補導されるとか、そこまで興味ないんだけど、でもあんたがあたしのそばからいなくなるといろいろ面倒じゃない、あたしが。だから、もう無茶なことはしなくていいわ。霧子との約束もあるんだろうし、鉄砲玉はもう卒業させてあげる、感謝しなさい」

「えっ、じゃあ、俺はもう晴子さんに付きまとう男を始末することは出来ないんですか? そうすると、晴子さんは付きまとってくる男に付きまとわれるままになるわけですけど?」

「まぁ、別にいいわよ、じきに一掃するから。それよりもあんた、どうなってるのよ」

「えっ? 何がですか?」

「どうしてうちの店に来ないのかって言ってるのよ。定期的に来て金を使うって言ってたのに、あれから一回も来てないってどういうことなの? ねぇ、師匠への反逆の意志ありってことでいいのよね?」

「ぃ、いやいや、そんなわけないじゃないですか! なかなか機会がなくて行けなかったっていうだけで、反逆の意志なんてまったくもってありませんよ! じゃあ今日行きます! 晴子さんは今日は出勤ですか?」

「今日は出勤よ、よかったわね」

「じゃあ指名します。晴子さんのこと指名しますから。むしろご奉仕させてください」

「それでいいのよ、それで。それじゃあ今日の夕方には必ず来なさいよ。五時から閉店までカウンターに予約席を空けておくから」

「…、予約料とか、かからないですよね?」

「別にそんなの取ってないわ。だからちゃんとそれ以外のところで金を落としていくのよ、分かったわね? きちんとできたら、あたしのことを専属契約にさせてあげてもいいわよ」

「専属契約ってなんですか?」

「あとで店に来たときに説明してあげるわよ。それより、もう学校行きなさいよね。いい加減に遅刻しても知らないわよ」

「うふふ~、幸久君と晴子ちゃん、やっぱりなかよしね~。おかあさん、晴子ちゃんが幸久くんのこと嫌いって言ったから心配だったけど、そんなことないのよね~。家族の仲が悪いなんて、おかあさんやっぱりヤダもん」

「別に嫌いなんて最初から言ってないじゃない」

「あっ、晴子ちゃん晴子ちゃん。おかあさんも晴子ちゃんのアルバイトしてるお店に行ってみたいなぁ」

「駄目、絶対駄目」

「え~、なんで~。幸久くんは行ってもいいのに、なんでおかあさんは行っちゃダメなのよ~」

「母さんは近所の人に言いふらすじゃない、あたしのバイト先。イヤよ、近所の人がバイト先に何人も来るなんて、どう考えても耐えられないわ」

「う~、それじゃあ幸久くんにおねがいするからいいもん……。ねぇねぇ、幸久くん、おかあさんもいっしょに行ってもいい?」

「いやぁ、でも晴子さんが来るなって言ってるんだから、行かない方がいいですよ、やっぱり。あっ、ほら、雪美さんはうちに来ていいですから、それでいいにしてください」

「幸久くんのおうちには、たまに行ってるわよ~。りんちゃんとおしゃべりしに行ったりするんだから」

「えっ、そうだったんですか? いや、それは、いいんですけどね。これからもかりんさんと仲良くしてあげてください、雪美さん」

「うん、そうするわね。りんちゃん、とってもいい娘だから、おかあさんも大好きなんだから」

「にゅぅ~ん…、あれぇ…、りびんぐぅ~?」

「あっ、霧子、起きたか!? よし、朝飯は寝ながら食ったから、さっさと顔洗って着替えてきてくれ。ほら、時間ないぞ、急げ急げ!」

「ふぇ!? またあたし、寝ながらごはん食べたの!?」

「そうだ、あとで晴子さんと雪美さんにお礼言っとくんだぞ。ほら早く早く!」

「わゎ、ぃ、急ぐよ!」

さて、ようやく霧子も起きたわけだし、そろそろ学校に出発することにしないとな。そろそろ本当にギリギリになるぞ。

なんとか遅刻だけはしないようにしないとな。姐さんに怒られちまうぜ。

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