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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十五章
182/222

少し練習してみたけれど

「とりあえずさっきからこうして、延々と30分くらい歩いてみてるわけなんだけどさ、これってほんとに意味あると思うか?」

二人三脚の練習をしてやるぜ、ということだったのだが、はたして何をすれば練習になるのかということを二人揃って知らないという状況に陥っている俺たちは、しかしだからといって何もしないというわけにはいかないわけであり、とにかく二人の歩幅を合わせる練習でもするかというところに発想が落ち着いて、ようやく今に至る。

「ぃ、意味がないということは、ないと思います。二人三脚というのは、やっぱりお互いの息が合っていないと話にならないわけですし、息を合わせるためにもお互いの歩幅を知るというのはとても重要なことのように思われてなりません。いえ、おそらくとても重要なことなのです」

まぁ、そもそも二人して分かっていないのだから、その練習のようなものに意味があるのかどうかも分からないわけであって、とにかく今は思いついたそれをやってみるしか道はないのである。そうしないと、俺たちはこれからきっと無為に時間を過ごすことになるだろうし、こんなことでもきっとやらないよりはマシという感じに違いあるまい。

「しかし歩いてて気付いたんだけど、二人三脚って思ったよりも難しいのかもしれないな」

「そうですか? 今は歩いてるだけだから何とも言えないんですが、そこまで難しいものでもないように思いますけれど」

「あぁ、実際、そこまで難しくはないな。なんつぅかさ、俺の認識の中で二人三脚って、体育祭の中の最低辺っていうか、練習なしのぶっつけ本番でもなんとかなるようなものっつぅか、わざわざ練習するようなもんでもないと思ってたんだわ。でも意外と、やってみるとそこまで極端に簡単でもない。きっとこれは、借り物競走よりは難しい、間違いない」

「あぁ、つまり、そこまで難しいというわけではないけれど、そんなに簡単ではないということですね」

「まとめるとそんな感じだ。歩幅の広さもテンポの取り方も違う二人が脚を縛って、全速力にほど近い速度で走るんだ、練習せずに狙って一位が取れるような代物では、少なくともないわな、こりゃ」

「そうですね、そう言われると、確かにそう思います。どうですかね? 朝練だけだと練習量が足りなかったりしますか?」

「どうだろうなぁ…、でも、このままのんびりやってたら、絶対勝てるっていう自信が着くところまでは間に合わない気がするのは確かだ。もしかしたらスピード度外視で、歩幅を合わせて息を合わせてってするので精いっぱいにならないとも限らない」

「でも、体育祭まではあと二週間くらいありますし、きっと当日までには走れるようになりますよ、きっと。三木君、運動神経がいいですし。それとも、練習時間を増やしておきますか?」

「う~ん…、幸村は、放課後はまだしばらく部活があるんだろ?」

「はい、体育祭直前まできっちり部活はあります。わたしは実行委員会にも入っていないですし、前日準備にも少ししか入りません。だから、日曜日以外は毎日部活です」

「なんだ、バレー部って土曜日にも練習してるのか? なんか大変だな、部活って」

「女子バレー部は他の運動部よりも練習熱心なところがありますからね、部の特色というものでしょうか。まぁ、一番大きい理由は大会が近いからですけどね」

「あぁ、そうなのか? インターハイの県予選って、もうそんなに近いのか?」

「えぇと、県予選の前に地区の予選ですね。うちの地区は参加校がけっこう多いから、県の中では一番の激戦区なんですよ」

「なんだ、県予選に行く前から激戦区なのか。よく分からないけど大変じゃん、バレー部」

「だからこそたくさん練習するんです。バレー部としては体育祭よりもインターハイ予選の方が大切で、体育祭があるからって練習を休むわけにはいかないんです」

「あ~、なるほどな、それなら放課後に体育祭の練習なんてしてる場合じゃないわな。となると、無理に練習の時間は増やさない方がいいんじゃないか? ほら、朝練もこんなに早い時間からやってるわけだしさ、無理して怪我でもしたらバカらしいじゃん」

「そんな、気にしないでいいんですって、平気です。それにこれくらいの練習なら疲れたうちに入りませんし、むしろ元気になっちゃうくらいですから。だからもっと練習の時間を増やしてくれても、全然大丈夫ですよ」

「増やすったって、授業が始まる前に朝練して、授業が終わった後に部活するとして、あとどこに練習を入れる時間があるんだよ。まさか、休み時間とか言わないよな?」

「そうです。ほら、普通の休み時間は短くて練習をするには短いですけど、昼休みだったら時間があると思いませんか? お昼ご飯を急いで食べれば、20分くらいは取れますよ、きっと」

「いや、まぁ、別にそれでも俺はいいんだけど、それじゃあ幸村がせっかくの休み時間に休めないんじゃないか?」

「わたしは平気ですから、気にしないでください。というよりも、むしろ練習したいと思っていますし、せっかくの空き時間は練習に使ってもらった方がいいです」

「幸村は、やるとなったらとことんまでって感じだなぁ。よし、そこまで言うんなら、昼休みも練習しよう。あっ、そうだ、昼休みならきっと姐さんも暇だろうし、そのときにどうやって練習したらいいのか聞いてみよう。うん、きっとそれがいい」

「…、そうですね、はい。ぜひ、そうしましょう……。そ、そういえば部活といえば、三木君、昨日は家政部の見学に行ったって言ってましたよね? 家政部、入るんですか? 三木君はお料理上手ですし、よく似合っていると思いますけど」

「あぁ、それがな、家政部の見学に行ったは行ったんだけどな、けっきょく入らないことにしたんだ」

「あれ、家政部はつまらなかったんですか? 昨日帰り際に会ったときは、興味がありそうな顔をしていたように思うんですけれど」

「家政部は面白かった。幸村と顔を合わせた時点では、入ってもいいなぁと、かなり本気で考えてたんだよ。でもちょっと、家族に反対されてな。けっきょくは入部しないことにした」

「ご家族に、反対を? 帰りが遅くなるのはよくないと、心配でもされてしまったんですか?」

「いや、女の子じゃないんだから、そんな心配はされないって。ちょっと、事情があってな。部活に入るのは無理な感じになっちゃったってわけだ」

「そんな、いくらお家の方だからって、せっかくの三木君の意志を妨げるべきじゃないですよ。三木君がやりたいって思ったことならば、お家の方はそれをしっかり受け止めて支えてあげるくらいじゃないとダメじゃないですか」

「ん~、まぁ、普通に考えればそうかもなぁ。でもそれは、最終的には俺が決めたことだから、俺としては文句も恨みごともないんだけどさ」

「それは、三木君が自分で決めたんじゃなくて、自分で決めたように思わさせられているだけです。きっとそうするように仕向けられていたんですよ」

「いやいや、仕向けるとかじゃないって。まぁ、確かに反対されたっていうのはあるんだけど、でもやっぱりやらないことにしようって最終的に決めたのは俺だ。だから別に、やらないことを強いられたとかでもないし、そうするように仕向けられたとかでもない」

「三木君は、それでいいんですか?」

「いいに決まってるだろ。それによく考えたらさ、別に俺は入部して毎日活動したいっていうわけじゃなくて、たまに遊びに行きたいくらいでしかなかったんだよ。っていうかさ、部活なんて始めたら、霧子を一人で家に帰すことになるじゃん。それは危ないっていうか、霧子のことだから学校から家までの短い間に何が起こるか分かったもんじゃねぇ。ということで、俺にとっては部活動に参加することよりも霧子の世話の方が大事ってことなんだわ。分かるか、幸村、この兄心を」

「…、分かってしまうのが、非常に遺憾ですね。悲しいですが、三木君は本当にうちの兄たちに似ているようで、少し驚きました」

「? そんなにか? まぁ、それにしても、俺と同じような心持ちをしているようなお兄さんたちなら、幸村もさぞ安心だろうな、いろいろと」

「まぁ、安心であることに、違いはないですけれどね。霧子さん…、三木君と血がつながっていなくて、本当によかったですね……」

「まぁ、霧子のかわいさを十分に理解しているっぽい幸村だ、そこらへんのところは簡単に理解してくれると思ってたぜ。いやぁ、説明が早くて助かるわ、マジで。これが姐さんとかだとさ、なかなか納得してくれなくて困っちゃうんだよ。あぁ、家政部のことはまた後で姐さんに説明しないといけないんだけどな。どうやって説明したらいいんだろうなぁ…、幸村は、どうしたらいいと思う? 姉さんは、どうやって説明したらすんなり理解して納得してくれるのかなぁ……」

「わたしは、ですね、ありのままをすべて話すのがいいと思いますよ。えぇ、そうするのが、きっと一番いいと思います。変に廻り道をしようとすると話が変な方向にこじれて大変なことになるに決まっています。それに紀子さんに対して嘘を吐いたら大変なことになるのは目に見えているじゃないですか。ということは、やっぱり在るがまますべてを正直に話すのがいいでしょう。ですから素直に、部活動よりも霧子さんの方が大切だと言ってしまうのがいいと思います、えぇ、そうするのが一番いいに決まっています」

「なるほどな、やっぱりそうか。よし、幸村がそう言うならそうさせてもらうぜ」

「…、えぇ、そうして、少しは紀子さんにシスコン病を治してもらって、真人間に戻る努力をするのがいいと思いますよ……」

「え? なんて?」

「いえ、なにも?」

「そうか、なにか言ったような気がしたけど、気のせいか。あっ、そうだ、幸村、もう七時半くらいになってるからちょっと脚を解いてもらっていいか?」

「朝練は、もうやめにしますか?」

「いや、そうじゃなくて、ちょっと霧子のことでな」

「霧子さんが、どうかしたんですか?」

「あぁ、これはあまり喧伝してることじゃないんだけど、俺は毎朝霧子のことを起こしてやってるんだ。それで、今日も俺が起こしてやらないと霧子が起きなくて、間違いなく遅刻する」

「? 霧子さんにもご家族の方がいらっしゃいますよね? でしたら、三木君が行かなくても今日ぐらいはなんとかなるんじゃないですか?」

「霧子の家族は、みんな霧子を起こすことを諦めているからあまり期待できないんだな、これが。だから俺が起こしに行くのが一番いいんだ。まぁ、誠心誠意頼めばやってくれるかもしれないし、一応聞いてはみるんだけどな。とりあえず、電話するからケータイのところまで行かせてくれ、頼む」

「そういうことでしたか、分かりました、それじゃあすぐに解きますね。えっと…、こうして…、はい、解けましたよ、三木君」

「おぉ、さんきゅ、幸村。それじゃ、ちょっと電話かけてくるから、幸村も少しは休憩してろよ」

「はい、せっかくですからそうさせてもらいます。私はこっちの方に座っているので、電話が終わったら声をかけてくださいね」

「おっけ、了解。さてと、ケータイは、っと……」

そして幸村との脚連結状態から解き放たれた俺は、さっきまでよりもずっと自由な動きをこの手の中に取り戻したわけであり、自分の荷物が置かれているところまで小走りで駆けていく。制服を入れたトートバックをどけ、かばんの脇のポケットに手を突っ込んで携帯電話を探り当てると、完全に暗記している天方家固定電話の番号をコールする。

二度のコール音を置いて、がちゃりと受話器が上げられると、スピーカーから聞こえてきたのは晴子さんのいつもの声だった。

『はい、天方』

「晴子さん、幸久です」

『あ? 幸久、何よ電話なんてかけてきて』

「すいません、微妙な時間に電話しちゃって」

『別にいいわよ、もう全部仕度は終わってるし、さっき朝食も終わったところだから』

「あ、それはよかったです」

『それより幸久、あんた、いつになったら霧子を起こしに来るのよ。そろそろ起こさないと、準備が間に合わなくなっても知らないわよ』

「そのことなんですけどね、晴子さん。実は一つお願いし」

『あんたン家から歩いてすぐなんだから、ちんたらしてないでさっさと来なさい。言っとくけど、あたしは霧子を起こすなんてご免よ、面倒くさいから』

「たいんですけど…、やっぱりいいです」

『お願い? 師匠に何かお願いしたんなら、何か予め袖の下を渡しておかないとダメね。あたしに何かさせたいんなら、まずは誠意を見せてから』

「ですよね、すいませんでした、すぐに行きます」

『さっさとしなさいよ、遅刻したくないんならね』

と言って、晴子さんはがちゃんと受話器を置いた。その後に聞こえてくるのは、ただただ機械的なツーツーという音だけで、そこから再び晴子さんの声が聞こえてくることはなかった。

…、俺、ジャージでよかった! 走って霧子を起こしに行くぞ!!

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