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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十五章
179/222

朝っぱらの校庭にて

「これくらいの時間に登校すると、まだけっこう静かだな、学校も。なんつぅか、まだ始まってないんだろうな、学校自体が」

朝っぱらの校庭、朝六時半。俺は学校指定の紺地のジャージに身を包み、まだ静かな街の中を通り抜けて登校を果たした。

「あれ、もういたのか、幸村。おっす。おはよう」

ジャージ登校なんてものをしたのは小学校以来なわけで、少し変なテンションになりそうだったのだが、しかしうっかり三十分も早く登校してしまった俺よりも、おそらく変なテンションになっているやつがいた。それは今日の俺の朝練の相手である、真田幸村だった。

俺の声かけに気づいた幸村は、音楽もなしにやっていたエアラジオ体操をピタリと止めると、くるりとこちらに振り向いたのだった。

「あっ、おはようございます、三木君。今朝はいい天気でよかったですね」

学校指定のジャージよりも少しだけスポーティーな感じのジャージ――具体的にはズボンが膝丈――を身にまとった幸村は、俺が到着した今から何分前に到着していたのか、いつものように髪をヘアバンドで持ち上げ準備運動も万全といった様子だった。

それに手元に荷物もないし、もしかして登校→更衣室→着替え→準備運動という一連の流れをもうこなしているのだろうか。本当に、何分前からここにいるんだろうか、こいつは。

「おぉ、太陽もガッと出てるし、絶好の朝練日和だな。まぁ、実際はあんまり暑すぎると汗かくし、もう少し曇りくらいがちょうどよかったんだけどな」

「それは、そうですね。あんまり暑すぎると脱水症状とかになっちゃいますし、適度に涼しいくらいがちょうどいいんですよね、スポーツをするときは」

「しっかし、来るの早いな、幸村。俺も三十分前に来てるからさ、きっと先に着くなとか思ってたんだけど、もう準備万端で待ってるんだから、焦るわ」

「いえ、あの、ちょっと目が冴えてしまって、早起きしちゃったんです。それで、せっかく早起きしたんなら早く行った方がいいと思いまして」

「そうだったのか…、もしかして六時くらいにはもう来てたとか?」

「そう、ですね。それくらいにはもう来ていたかもしれません。あっ、あのですね、実はさっきまで武道場で紀子さんの朝の修練を見学してたんですよ」

「姐さんの修練? あぁ、そうか、毎朝やってるって言ってたっけ。そうか、姐さんは体育祭の朝練をしなくてもこんな時間から学校に来てるのか。こりゃ、朝練は本格的にやらせない方がいいっぽいな……」

「朝から本格的に型稽古とかしていて、すごいんですよ。わたしは、空手とかはそんなに知らない方なんですけど、でも見てるとすっごいきれいで、しばらく見惚れちゃいました」

「あぁ、そうなんだよな。姐さんの動きってなんかきれいでさ、ちょっと人を殴ろうとしたり蹴ろうとしたりするだけでも目を引くんだよ」

「確かに三木君、紀子さんに殴られそうになったり蹴られそうになったりする頻度が多いですからね。でも、そういう瞬間って相手の動きなんかに意識を割いてる場合じゃないんじゃないですか? えと、私はそういうのはよく分からないんですけど、防御に精いっぱいというか、そういう感じにはならないのですか?」

「う~ん、姐さんの殴りとか蹴りとかを受けると、俺なんかだと一発で死んじゃうから、防御っていう考えがそもそもないんだよなぁ。なんつぅか、全部避けるっていうか、避けるのが必須なんだよ。だから姐さんの攻撃動作はいつもまじまじと見てる」

「そうなんですか? すごいですね、三木君。あたしなんか、紀子さんの拳とか、速すぎて全然見えませんよ」

「姐さんの拳速は、こっちの反射速度を完全に超えてるから、あれだけ見て回避するのは絶対無理だ。一番大事なのは、やっぱり拳の振りを見ることじゃなくて、拳が動くまでの腕と肩の筋肉と、あとは体幹の動きを見ることだな」

「な、なるほど、そうなんですね。バレーも、相手の動きをよく見るんで、なんとなくわかります」

「まぁ、そもそも、姐さんの攻撃動作の予兆が分かってないとそれも分からないから、一年のころは何度か直撃喰らって保健室っていうのもあったなぁ。基本的には、原因は全部俺で、姐さんはそれを諌めるために手を出したって感じだから、自業自得なのかもしれないけどさ」

「それじゃあ、今はもう勘であれを避けてるってことですか?」

「そう、なるか? 俺としては、勘じゃなくて予測なんだけどな。なんつぅか、こう来たらこう来るって分かるっていうか、姐さんの動きは型に忠実で、完全に理論的なんだよな。だからめちゃくちゃなことしないっていうか、その瞬間に最適な戦闘行動を取れるっていうの? 相手に最速で攻撃を当てられて、なおかつ相手に最大のダメージを与えられる行動を選択してくるんだよ、無意識で」

「それは、すごいですね。なんだか機械みたいです」

「姐さんは、機械より戦闘機械っぽいぜ。なんたって、そんな突き詰めた理論性の上に達人級の身のこなしなんだからな。たぶん言っちゃうと、すげぇ格ゲーうまいやつの使うキャラがリアルに出てきたみたいなもんだろ。あれは、チートだ」

「それでも、三木君は攻撃を避けられるんですか?」

「俺は、場数だけは踏んでるからな、喧嘩とかで。あと、見て考える力も人よりあると思う。だから姐さんがどこまでも理論的に動いてくれる分には俺も負けないはずだ。まぁ、こっちも攻撃を当てられないから勝てもしないんだけどさ」

「な、なるほど、いろいろあるんですね」

「あと、理論的に動いてくれるから姐さんの攻撃はなんとか避けられるっていうのとは完全に逆なんだけど、志穂の攻撃は避けられない」

「そうなんですか? 紀子さんの攻撃が避けられるなら、志穂さんの攻撃も避けられる気がするんですが……。二人とも強いですけど、志穂さんが紀子さんよりもずば抜けて強いって感じでもないと思いますけど……」

「志穂は試合をするなら、たぶん姐さんよりも弱いと思う。ルールにのっとって理論的に戦う以上、あいつが姐さんに勝てる道理がない。でも勝負なら分からん、ルール無用のなんでもありストリートファイトなら、もしかしたらあいつ、姐さんに勝つかもしれない」

「それは、どういう意味ですか?」

「志穂の戦い方は、基本的に既存のルールに則ってない。前に道場に通ってるって言ってたから、たぶん何らか習ってるんだろうけど、でも俺の知ってるような武道ではない。だから俺の中で解析できる理論的な戦闘に当てはまらなくて予測が上手く出来ない。いや、もちろん、予測できない相手っていうのはストリートの喧嘩ではよくいるからそれだけならヤバくもないんだけど、志穂は身体能力がずば抜けてるから、ストリートの不良とは比べ物にならない。だから反射神経だけじゃ対処しきれなくて当たる。具体的にいうと、殴る蹴るされる」

「志穂さんは、三木君を殴る蹴るするんですか?」

「あいつにしてみれば、じゃれついてきてるだけなんだろうけど、大型犬種くらいの大きさにそれ以上のエンジン積んでるからな、あっちはふざけててもこっちは本気だ。俺な、あいつにはいつか、じゃれつかれて首の骨をブチ折られて殺されるような気がしてるんだ……」

「それは…、あの、いまいち否定しきれないですね……」

「だろ? だから少しでもダメージを減らせるように手を回さないといけないんだ、いろいろと」

「三木君も、いろいろ大変なんですね……」

「分かってくれるか、幸村。そこらへんのところが、他のやつには今一つ分かってもらえないんだよな、困ったことに。…、いや、そんなことはどうでもよくてだな、練習しよう、二人三脚。わざわざおしゃべりするためにこんな時間に集まったわけじゃないんだからな」

「あっ、そ、そう、ですね。せっかくですし、練習しましょう。わたし、お母さんから脚を結ぶための布を借りてきたんです」

「おぉ、それは助かる。そうか、二人三脚って脚を結ぶんだよな、すっかり忘れてたぜ」

「それとも、結ぶ前に何かしたほうがいいでしょうか? 荷物を教室に置いてくる、とか」

「荷物は別にその辺に置いておけばいいとして…、やっぱ、ストレッチ、か? 俺はまだ来てからまったく動いてないからな、少しくらいはやっとかないと脚が吊るかもしれないし。幸村は、さっきラジオ体操してたからいいか?」

「わたしも、もう少しストレッチします。準備運動は、しすぎて困るものではありませんし」

「さすがは運動部、スタミナはかなりあるっぽいな。霧子なんて、基本的には準備運動だけで息が切れてるからさ、少しは見習えって言いたいわ」

「そういえば、そうかもしれませんね。霧子さんは、あまり運動が得意な感じはしませんし、体育のときはいつも息を切らしている感じがしますし」

「なぁ、そうなんだよ、あいつは体力がないし運動神経切れてるしで、もうどうにもダメなんだよ。まぁ、そこがかわいいんだけどな、霧子は」

「三木君は、本当に霧子さんのことが好きなんですね。やっぱり昔からの馴染みだから、ですか?」

「そうだな、やっぱり霧子は昔からの馴染みだし、ずっと兄妹みたいなもんだからさ。どうしても他のやつよりもかわいがっちまうんだよな。なんつぅか、身内の贔屓目ってやつだろうけど」

「そんなことないですよ、霧子さんは同性から見てもかわいいです。わたしもいつも、うらやましいと思ってます」

「そうなのか? それならいいんだけど」

「はい、もちろんです」

「いや、霧子ってさ、同性からは嫌われそうっていうか、男に媚売ってるとか思われるかもって思ってたからさ、そういうことがないんだったら安心したわ。ほら、あいつ、いつも俺にべったりだし、他の男からも人気あるみたいだし、誤解されたりしそうじゃん」

「…、もちろん、そう思わない人がまったくいないっていうわけではないですけど、でもわたしは今のクラスになってから今まで霧子さんを見てますけど、とてもいい人なんだってことは分かりましたよ。きっと、三木君が心配するようなありもしないことを言う人は、霧子さんのことを知らない人なんです。わたしもなれるんだったら、霧子さんみたいにかわいい女の子になりたいもんですよ」

「霧子は確かに文句なくかわいい、というか、かわいくないと文句を言うやつがいたら片っぱしから俺が殴りに行くんだが」

「あはは、三木君、うちの兄たちと同じようなことを言うんですね。おにいちゃんっていうのは、みんな妹に対してはそういうものなんですかね?」

「兄にとって妹はかわいいもんだ。というか、妹がかわいくない兄って、いるのか?」

「どうですかね…、わたしは兄という立場になったことがないので分からないのですが、少なくともうちの兄はわたしのことがそれなり以上にはかわいいみたいです」

「そうか、まぁ、ということは、兄っていうのはそういうものなのかもしれないな。っていうか、別に幸村だって、お兄さんたちにとってだけかわいいってわけじゃないと思うけど」

「? それは、いったいどういう?」

「? だから、幸村だって普通に見てかわいいだろ、ってこと」

「? 三木君が、何を言っているのか、よく分からないのですが?」

「? いや、だから、幸村だって、かわいいんじゃないのか、ってこと。身内の贔屓目とかじゃなしに、かわいいと思いけど」

「…、いや…、いや、まさか。そんなことは、ありません、わたしは基本的にジャージ女ですし、顔だって並、スタイルも並、身内以外からかわいいなんて言われることはないんです」

「いや、幸村はジャージ女じゃないだろ。俺の住んでるアパートにほんとのジャージ女がいるけど、幸村の比じゃないから、マジで。それに顔だって可愛いと思うし、スタイルだってそんなに言うほどひどくないだろ。っていうか、それなら霧子のスタイルはどうなるんだ。たっぱだけあって胸も尻もないぞ、あいつは」

「霧子さんは、モデル体型だからいいんです、すばらしいです」

「確かに、それはそうかもしれない。というわけだから、幸村もかわいいぞ。別にそんな卑下することないんじゃないか?」

「…、朝練、しましょうか、時間も押してますし」

「あぁ、それも、そうかもしれないな。よっし、そんじゃ張り切って練習するか、幸村!」

「えぇ、そうしましょう」

「あれ、なんか、顔紅くないか、幸村? もしかして風邪でもひいてたか? 気付かなくて悪かった、朝練は中止に……」

「そんなことありませんよ、三木君。全然問題ありませんので、心配いりません。さぁ、脚を結びますよ」

「そういうことなら、よろしく頼むぞ、幸村。しっかり練習するためだ、きっちり結んじまってくれ」

「はい、それじゃあ座って脚をこちらに向けてください」

ふむ、よく分からないが、具合が悪いわけじゃないなら、せっかく朝っぱらから集まったんだし朝練をしようか。ようやく、ストレッチで体があったまってきたことだしな。

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