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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十四章
176/222

天下の往来で

「先生、どうなさいましたか。息抜きにと外に出られて、どのようないきさつでそのような絶叫を」

そして都さんの悲痛な叫びを聞きつけて、ババッと広太がその場に現れたのだった。しかしそれは二階にある俺たちの部屋ではなく、一階にある都さんの部屋からだったのだが。

「おや、幸久様、おかえりなさいませ。本日もお勤めお疲れ様でした。帰りはもう少し遅くなるものと思っていましたが、少し早めに帰られたのですね」

「あぁ、ただいま、広太。っていうか、俺はなにも連絡してないのに、どうしてお前は俺が今日遅く帰ることを知っている。やっぱりなんというか、こう、エスパーなのか?」

「いえ、霧子様から教えていただきました。幸久様は紀子様に一日を通してお説教を受けており、また紀子様が風紀委員会の活動日ではないことを考えれば最終下校時刻までは帰ることは出来ないだろうということでした。ですので、幸久様のお戻りはもう少し遅いものではないかと考えていました」

「ふぅん…、まぁ、そう聞いてたんならもう少し帰りが遅いと思ってもおかしくないだろうな。で、お前はそこでなにしてたんだ? 都さんの部屋に、何か用事か?」

「はい、本日は先生のお部屋のお掃除をさせていただきました。プロット作業が佳境ということで、次の作業への集中力を増すことが出来るよう手助けになればと思いまして、幸久様がいらっしゃらない時間を勝手に使わせていただきました」

「そうか、別に俺がいない時間はお前がやりたいようにやりたいことをしてくれていいんだけどさ。っていうか、俺がいないときに俺のことなんて考えてなくていいんだけど。とりあえず、やりたいことをしろ、お前は」

「はい、幸久様がおっしゃられるようにしたく存じます。先生、掃除が終わりましたので、私はこれで失礼いたします。今後の作業でも、何か私にお手伝いすることがありましたら、気兼ねなくなんなりとお申し付けください」

「ぁ…、庄司くん、ありがとうね……。今のところはぜんぜん平気だから、しばらくは迷惑かけないと思うわ……。今日はお掃除、ありがとう……」

「幸久様、先生は、いったいどうなさったのでしょうか。おおかたなんらか弥生様の発言によって心の傷が掘り返され、小さからぬショックを受けられたのではないかと思われますが」

「いやだね、ひろ。そんな言い方したらあたしがいつも都ちんのことイジめてるみたいじゃないか。そんなことないのだよ、まったく」

「いや、今回は少なくとも、都さんは弥生さんによってこうなったわけじゃないですか。どうしてそんなしょうもない言い逃れをしようとするんですか。というか、弥生さんは都さんになにを言ったんです」

「ゆき、この距離でおねえさんが言ったことが聞こえなかったって、難聴かい?」

「いや、難聴とかじゃなくて、何言ってるかよく分からなかったっていうか、理解できなかったっていうかでして。なんか、専門用語的なワードが飛び交っていたんで、もう俺には理解できないだろうなぁって、途中で聞く気を失ったんで」

「まぁ、ゆきってそういうとこあるよね、知ってたけど。う~ん、ゆきには関係ないこと、ってわけじゃないんだけど、あんまり気にしないでいいことだよ」

「そうですか、それならあんまり気にしないでいることにします。まぁ、そんなに興味ないんで」

「そうそう、気にしない気にしない。あんまり気にすると都ちんがとっても傷ついちゃうぞ☆」

「三木くん、あたしのメンタルはとっても繊細だから、気をつけてね」

「分かってますよ、そんなこと。…、あれ、そういえばさ、もしかしてまだ部屋に霧子いるのか?」

「はい、確か、まだいらっしゃるかと。一時間ほど前、私が先生のお部屋の掃除にやってくる前に、ちょうどこちらにいらして、おそらくかりん様といっしょに過ごしていらっしゃいます」

「そうか、まぁ、二人とも女の子なんだしおしゃべりは一時間やそこらじゃ終わらないだろうな。となると…、都さん、都さんのファンが俺の部屋にいますけど、会います?」

「無理」

「即答じゃないですか、早すぎですよ。少しくらいは悩む素振りとか見せてくださいよ」

「だって無理よ、無理って分かってるもの、前も言ったでしょう。というか、三木くんは前に話した内容が頭の中に何割かしか蓄積しないように出来ているの? なんだか、話す内容が毎回行ったり来たりしている気がするんだけど」

「失礼ですね、そんなことないですよ」

「まぁ、ロリコンの三木くんにとって、年増のあたしたちとの話に興味がないのは分かるわ。でもね、それでもやっぱりあたしたちにもほんの少しでも興味を向けてくれればいいなぁと思うのよ」

「俺はロリコンじゃありません」

「はいはい、きっとそうね」

「そういうこというと、俺の部屋から霧子を連れて都さんの部屋に乗りこみますよ。逃げ場をなくしますよ、全力で」

「そういうことされると、都さんのメンタルは一瞬でダメになっちゃうのよ、三木くん。お仕事に差し支えるから、絶対にしないでね」

「確かにそうですね。それじゃあしないことにしますよ。めぐりめぐって俺に面倒が戻ってくるのは目に見えてますし」

「そうそう、君は賢い子よ、三木くん。自分の幸福が最大になるように行動選択してくれるって信じてたわ。それじゃあ、あたしは部屋に戻って作業の続きをしないといけないから、帰るわね。庄司くん、お掃除してくれてありがとうね」

「いえ、お礼には及びません。私は、執事ですので」

「あっ、そうだ、三木くん、本にサインしてくるから、ちょっと待ってて、そこでね」

「別にいいですけど、そのサインした本は霧子に渡すんですよね。それだったら自分で渡したらいいじゃないですか、しちめんどくさいですね」

「これはあたしにとってとっても大切なプロセスなのよ、三木くん、分かるでしょう。ファンの人は大事にしたい、でも自分のモチベーションも大切。だから間を取ってサイン本を三木くんに託すしかないの」

「まぁ、都さんがそうするしかないっていうんだったら、別に俺はいいんですけど、そういうの社会的生物としてどうなんですかね」

「もともと、社会性なんてないわ、あたしには」

「なんで自慢気……。いや、分かりました。それじゃあ待ってますから、すぐにお願いしますよ」

「出来るだけ急ぐようにするわ。サインだけなら一分もかからな…、ねぇ、こういうのって、やっぱりイラストとかも添えるべき?」

「先生、イラストはリクエストをいただいた際に描くべきものであり、ここは描くべきではありません。特定の一個人に向けて描くものですから、ニーズが把握出来ない限りは冒険すべきではないかと存じます」

「そ、そうよね! サインだけさっとしてくるわ!」

「それが、よろしいかと」

「さっさとしてくださいね、都さん」

「おねえさんは、もう帰っていいかい?」

「別にいいですよ、というわけで、そろそろ俺の背中から降りてください」

「ん~、ゆき、もう少しおんぶ」

「別にいいですけど、そろそろべったりなのはやめてください、背中が暑いです」

「それは、おねえさんはどうすれば?」

「一番いいのはもう背中に乗るのを止めることですね。それ以外となると、えぇと、少し体を浮かせて風が通るようにするとかです。なんとかしてください」

「よくわかんないから、今のままでいい~」

「はいはい…、もうなんでもいいですよ……」

「それでは幸久様、お荷物をお部屋において参りますので、お渡しください。あと、弥生様のお荷物も、いっしょに運んでしまいますね」

「あぁ、悪いな、広太、任せた」

「よろよろ~、ひろ、がんばって~」

「承ります。それでは、私はお先に失礼いたします」

「あっ、広太、もしまだ霧子が部屋にいたら、そろそろ帰してやってくれ。そろそろ晴子さんが帰ってきてる頃だからな」

「はい、承知いたしました。それでは、そのようにいたします」

「あっ、三木のおにいちゃん、二階のおねえちゃん、ただいまで~す」

「およ、みくちゃん、おかえり~。ランドセルじゃないし、お外で遊んできたのかい?」

「はい、お友だちのお家に、ちょっと遊びにいってきましたです」

「そっかそっか、でもお友だちの家に遊びに行ったにしては帰りが早いねぇ。夜はこれからだっていうのに」

「弥生さん、なに言ってるんですか。小学生なんですから、これくらいの時間に帰ってくるのが当然じゃないですか。これ以上遅くなったら歌子さんが心配しますよ。未来ちゃん、おかえり。お友だちのお家に遊びに行って、楽しかった?」

「はい、とっても楽しかったです。その子は未来の持ってないゲームをいっぱい持ってて、すごいなぁって思いました」

「ゲームかぁ…、俺もあんまりゲームは持ってないから貸してあげられないんだよなぁ……。でも未来ちゃん、ゲームを持ってるかどうかが人の価値でも家の価値でもないからね。ゲームなんかなくても、未来ちゃんも歌子さんもいい家族なんだし、いいんじゃないかな?」

「はい、未来にはおにいちゃんたちとおねえちゃんたちがいるですから、ゲームがなくてもさみしくないです。でもゲームも、けっこうおもしろかったです」

「そっか、おもしろかったか、ゲーム。弥生さん、ゲーム持ってないんですか、未来ちゃんに貸してあげてください」

「おねえさんの持ってるゲームは、小学生には少し過激だから無理、かな」

「なんですか、未成年には見せられない類のゲームですか?」

「過激な描写があって見せられないCELO-Z表示の大人向けゲームだよ~。ビルの屋上から高速道路を走る要人護衛車を狙撃して、ハゲデブおっさんの脳漿ぶちまけるゲームなんて、小学生には見せられないよね」

「…、できれば俺にも見せないでください」

「ゆきは鉄砲とかに興味ない系の男の子?」

「あんまりないですね、鉄砲は。料理の方が興味ありますよ」

「それじゃあベトナム戦争期のベトナムで、ベトコンになってブービートラップでアメリカ海軍兵をぶっ殺しまくるゲームは? 森の中なら最強無敵のベトコンごっこを楽しめるよ?」

「そんなことするから枯葉剤のお世話になることになっちゃうんですよ。戦争って、不毛ですよね」

「それは世の真理だよ、ゆき。それでも人は戦争を求めるんだ。人間が人間である限り、世界から戦争はなくならないんだな、これが。分かるかい、みくちゃん?」

「未来には少し難しいお話で、分からないです」

「未来ちゃん、分からなくていいんだよ、大人の話だからね」

「はい、分かりました。それで三木のおにいちゃん、未来、一つ聞いてもいいですか?」

「なにかな? 俺に分かることだったら、なんでも聞いていいよ」

「はい、えぇと、どうして二階のおねえちゃんは、三木のおにいちゃんにおんぶされてるんですか?」

「…、実はおねえさんはね、ゆきに無理やりおんぶされてて」

「大ウソ吐かないでください、弥生さん。あのね、未来ちゃん、これは弥生さんがどうしてもっていうから仕方なく付き合ってあげてるだけで、俺としては本意じゃないんだ」

「そう、なんですか?」

「まぁ、ゆきは恥ずかしがって認めないけどこれは、おねえさんとゆきの間ではおんぶプレイというか、保護者被保護者プレイというか、言ってしまえば倒錯的な性行為の一環であって」

「そんなわけねぇだろ!? なに言ってんの、あんた!?」

「お母さんが言ってました、大人も疲れちゃうときがあって、たまには子どもに戻りたくなっちゃうって。だからおねえちゃん、今は少し疲れちゃってるですか?」

「う~ん、そうかもしれないなぁ。おねえさんも、いろいろあるのですよ、いろいろ」

「弥生さんのせいで俺も疲れちゃってるんですけど、そろそろ子どもに戻ってわがままに拒絶してもいいですか?」

「受け止めてくれる度量の大きさを見せてよ、ゆき。おねえさんを甘えさせてくれるって言ったのは、ウソだったのかい、ゆき?」

「俺の度量にも許容量がありましてね、弥生さん。なんでも無制限ってわけにはいかないんですよ」

「じゃあおねえさん、いっぱいサービスするからさぁ、もう少し甘えさせて?」

「やめてください、サービスとか。サービスとか言いながら、実は俺にはそんなにメリットがなかったりするんですから、こういう場合」

「今日のサービスメニューは、こんな体勢だからね、『耳を愛撫』か『脚で局部マッサージ』のどちらかになっておりますよ、ゆき。どれがいい?」

「どちらもけっこうですね」

「ま、両方やれだなんて、鬼畜だわ、ゆき……」

「どちらもやらないでください、と言いました」

「でもやっちゃうし、ふ~☆」

「ひっ!? 耳に息を吹きかけないでください!?」

「ほら、未来ちゃんもゆきのお腹をさわさわするのですよ!」

「は、はい! わかりました、おねえちゃん!!」

「あぁ、おねえちゃん、なんてすてきな響きでしょう。妹って、なんかうれしいかも」

「未来ちゃん…、くすぐったいから、やめて……」

「キイてる! キイてるよ! みくちゃん! もっとおへそとか、乳首とか、重点的に攻めてみようか、みくちゃん!!」

「そ、そんなこと言われても、どうしたらいいか分かりません、おねえちゃん!」

「う~ん、小学生だし仕方ないか。よぉし、それじゃあおねえさんが手取り足とり教えてあげちゃおうかな! それにきっと、ゆきもみくちゃんにこうされて、満更でもない気分だよ!」

「あっ、幸久く…、幸久君、そんなところでなにしてるの!?」

「ちょうどいいところに! ちょっとそこの子! こっちきて、逆側から耳を攻めて!!」

「え…、あぅ…、そ、そんなこと…、できません……」

「出来る出来る、大丈夫! おねえさんが保証する、あなたは出来る子なんだから、心配しないで!」

「霧子…、やめ……」

「ふ…、ふ~☆」

「ぁはああ……」

もう、何が何やら分からないが、とりあえず俺はまだ天下の往来に立っているわけで、本当になにをやっているのだ、というところだ。とにかく、人目につくところでこういうことをするのは、やめていただきたい。

いや、人目につかない所でも、やめてほしいのだがな。

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