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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十四章
174/222

部活見学からの帰り道

「それで三木、けっきょくはっきりした答えはしなかったようだが、家政部には入部するつもりなのか?」

一大決心して家政部の部活動見学をさせてもらって、しかしけっきょく入部の決断をするには至らなかった俺は、どことなく微妙な気持ちで玄関に向かって歩いていた。隣を歩くのは、わざわざ貴重なオフを俺の部活見学の付き添いという不毛極まりない用事に割いてくれた、姐さんで、

「兄貴に入部していただいたら、自分はとてつもなくうれしいッス。それに八坂先生も、常々兄貴には入部してもらいたいっておっしゃってるッスよ」

後ろにつき従うように、俺の荷物と姐さんの荷物をすべて持ってなお元気いっぱいについてくるのは、元舎弟から現舎弟へとクラスチェンジを果たした悠平だった。

「入部するつもりは、なくはない。っていうか、むしろ楽しそうだと思ったし、入れるもんなら入りたいと思った。でも即決即断することでもないと思うし、とりあえず一晩考えてみてから先生にはどうするつもりか伝えるよ」

荷物がなくていつもより少し身軽な俺は、そのどこか懐かしい感覚をしみじみと味わいながら、少しだけ考えを巡らせていた。それは、俺が部活動の見学に行ったということを、どうやってうちの面々に伝えるかということである。

おそらく、俺が部活動に入ろうとしていると広太が聞けば、一切の異論を唱えることはあるまい。それは広太の性格を考えれば明らかなことであり、そもそも広太が俺の考えに対して反抗すること自体がほぼないのだから、わざわざここでそれを見せるということはないだろう、ということ。というか、広太は俺に部活なりなんなり、俺の学校生活を豊かなものにすると思われることを、何でもいいからさせたいのだ。前にそんなことを言っていたような気もするし、おそらくそのことは間違いない。

広太は俺に、俺のしたいことを何でもさせたいと思っているところがあり、そのためならば自分にどんな面倒が降りかかろうと構わないと思っているのだ。そんなこと俺が承服しないのは分かり切っているというのに、どうしてもそのスタンスを捨てようとしない。

だから今回も、間違いなく反対しないで推奨してくる。いや、俺が決断するよりも早くゆり先生に電話して入部すると言ってしまうことだってありうるだろう。基本的には俺の言うことに忠実な広太だが、時折そうやって、広太が俺のためになると思うことは独断でやってしまったりすることがある。それは広太がいうには執事として当然の行動らしく、庄司のおじさんも執事というものはそういった風に振る舞うものなのだという。

執事というのは、おじさんがいうにはただの従者ではないらしい。執事はかつては良家の出の人間にしかなることが許されなかった立派な職であり、ただ主の言うことに従うだけではなく、時には主を諌めたり教育係のようなことまでする、本当の意味で主のためになることをするための存在、らしい。

確かにそう言われてみれば、広太の行動にはそういうところがなくはない。俺があんまり常識はずれで無茶なことを言ったりしないから広太がそう振る舞うことはそう多いことではないが、俺が間違った行動をしようとしたときは止めるし、そもそもからして俺が無茶な決断をしないといけないようなことが起こらないよう、俺に気づかれないように根回ししているようなのだ。

いや、もしかしたら広太のことだ、俺が直接言うまでもなくこのことはすでに把握しているかもしれない。ということは、だ。俺が家に帰ったら広太はいつものように玄関口で待ちかまえていて、開口一番に部活動の件は既に連絡を済ませておきました、とか言いかねないわけだ。あいつがどうやって様々な情報を得ているかは、実際のところよく分からない。俺はご近所の奥様方のうわさネットワークを介して得ているに違いないと確信しているが、しかしそうでない可能性も決して捨てきれない。だからこそ、広太が俺の部活見学のことをすでに知っていても不思議ではないのだ。

「まぁ、俺としては前向きに考えるつもりはあるわけだし、家族に相談するくらいしかしないわけだけどさ」

「むっ、ご家族に反対されるかもしれないのか。それは、そうかもしれないな。家族として共同生活しているのだ、これまでの生活を変えるということは和を乱すことにもつながりかねないからな、そういうことにならないとも限らない」

「兄貴、ご家族というと、広太さんッスか?」

「広太も、もちろんそうだ。最近は、また少し違うけど、まぁ、それはいい」

「三木、お前が共に暮らしているのは庄司くんだけだろう。また少し違うというのは、いったいどういう意味だ。私が納得することができるように、簡潔かつ明快に説明してくれ」

「…、いや、言葉の綾だよ、姐さん。日々身の回りの状況は変化していくものだってことを、ちょっとほのめかしてみただけから、あんま心配しないでくれ」

「まったく納得いかないが、まぁいいだろう。いつかはっきりさせてもらうことにして、ここではこれ以上聞かないことにする」

「あっ、今日は許してくれるの?」

「あぁ、今日のところは、な。今日はもう説教をしすぎたからな、あまり説教ばかりすると思われるのはうれしくない。説教臭いと思われるのは、女子としてあまり好ましくないように思う」

「姐さんは、俺にばっちり説教してくれる数少ない女子だから、俺にとってそれはマイナスポイントにならないぜ?」

「私はお前の友人である以前に一人の女子なのだぞ。三木がそれを私の欠点と取らないとしても、私自身がそう思うのだ。私も出来る限り、風紀の仕事中以外は他人に説教などしないように気をつけているつもりだぞ」

「へぇ、そうだったんだ…、でも俺、けっこう姐さんに説教されてるよね? もちろんイヤなわけじゃないけどね、姐さんにお説教されるのは。っていうか、むしろご褒美だから、お礼言いたいくらいなんだぜ?」

「…、以前から思っていたのだが…、今朝も今も言っていたが、なぜ三木は私に説教をされて喜ぶのだ。普通説教というのはされたいものではないのだから、喜ぶというのは筋違いなのではないか?」

「姐さんから説教されるのは、そんなにイヤな気がしないからじゃね? たぶん」

「そうなのか? どうしてイヤな気がしないのだ、説教をされて。それはやはり、三木が変態だからなのか? 女子に虐げられて喜ぶ性癖を持っているのか?」

「異性に虐げられて喜ぶっていうのは、若干否定できないから困ったところなんだけど、まぁ、それもあると思う」

「そういった性癖は、生まれつきのものなのか? 物ごころついたときには、もう異性に虐げられることが喜びとなっていたのか?」

「いや、そういうわけじゃないって。っていうか、俺は異性に虐げられるのがうれしいっていうか、もっと受け口は広いんだよ。なんというか、迷惑をかけられるのがうれしいというか、面倒をかけられるのがうれしいというか…、つまり、あれだ、きっと普通の男が避けるような女の子が大好きなんだよ」

「確かに、そう言われてみればそういったところがあるかもしれないな。私はどちらかというと普通の男には避けられがちだ」

「姐さんなんてまだいい方だって。霧子の面倒さは、言っちゃなんだけど、常軌を逸してる。それに志穂だって一般的に見たらそうとうヤバいし、メイなんて社会に今一つ適合し切れてない感すらあるからな。でも俺は、霧子も志穂もメイも、かなり好きだ。もちろん、姐さんのことだって好きだけどね」

「そ、そうか…、では、生まれつきではないということは、何かそういう嗜好をするようになったきっかけはあるのか?」

「きっかけは、間違いなく師匠だな。師匠は俺の知るなかで一番めちゃくちゃな人で、一番面倒な人で、一番迷惑な人で、だけど一番大好きな人だ。あぁ、そうだな、俺は師匠が一番好きなんだと思う。っていうか、神だと思ってるから、もう好きとか嫌いとかの次元じゃ考えられない。たぶん、信仰してるんだと思う」

「そこまでのものか、お前の師匠をしていらっしゃる方は。いや、それだからこそ師匠と呼ばれるにふさわしいのかもしれないな。いや、師匠であるからには弟子である三木にとって尊敬に値する人でなくてはならないのだから、当然かもしれないが」

「姐さんにとっても、師匠ってそんな感じだろ?」

「あぁ、私もとても尊敬しているぞ。師弟とは、そういうものだからな」

さて、それならかりんさんはどうだろうか。かりんさんが、仮に俺が部活動を始めようと知ったとして、どういう反応を返すかといえば、…、たぶん、広太とそう変わらない反応が返ってくるだろう。基本的にかりんさんのスタンスも広太と同じで、俺が学生生活を充実させ、それを満喫することを望んでいる感じがする。

だからこそかりんさんは俺から料理の順番を、それはあくまでもかりんさんとしては善意百パーセントなのだろうが、奪い取ったりしているわけなのだから。というか、そうじゃなかったら俺が困る。そうじゃないとしたら、かりんさんは俺の楽しみを不当に奪っているってことであり、俺はそれに対し厳重な抗議をもってして相対しなければなるまい。まぁ、かりんさんがそんな程度の低い意地悪を俺にしてくることもあるまいし、その心配自体が意味のないものであることは明らかだが。

つまり、うちにこの話を持って帰ったら、きっと諸手を挙げて大賛成されてしまう可能性が非常に高いのだ。それならば、家に持ち帰って一晩考えてみる必要などあるのか。あるのである。一晩考えるというのは、決して家人である広太とかりんさんへの配慮ではなく、どちらかというと俺自身のためなのだ。俺自身が、一晩考えてみてどう転ぶか分からないというのが、俺にしてみれば正直なところだった。

だって考えてみろ、一晩考えてみた結果、やっぱりやめようところりと意見が変わらないという保証はどこにもないわけであって、即決してしまったあとにそうなってしまったらどうしたらいいというのだ。俺は姐さんと違って意志がそこまで強くはない。それならば、ここは一つ冷静になって、勢いで全てを決めてしまうことをせず、クールダウンした頭でもう一度考えてみる必要があるのだ。

というか、今までだってそうしてきた。重要なことは即決しない。一度持ちかえって冷静に再考、できれば自分以外の人にも相談、それからようやく決断。今までのやり方をどうしてここで変えてしまう必要がある。慣例に則って事を進めていけばいいではないか。その通りにしても、何の問題もないのだから。

今日一晩考えたからといって、家政部が消えてなくなるわけでもあるまいし、問題はどこにもあるまいて。

「あれ、三木くん、これから帰りですか?」

「ん? あぁ、真田か。部活終わったのか?」

そこで、俺が自分の考えにうんうんと自己完結して納得していたところ、ちょうど階段を降りてきた女子と鉢合わせになった。それは大きなエナメルバッグを肩からかけていて、前髪をヘアバンドで全部持ちあげていて、右目の泣きぼくろが特徴的な、真田幸村だった。どうやらもう部活が終わって帰るところらしく、その格好はバレー部のジャージ姿ではなくきっちりとした制服姿だった。

「はい、今日は少し顧問の先生の体調が悪いらしくて、早く終わっちゃったんです。三木くんは、どうしたんですか? 今日は少し帰りが遅いんですね。いつもだったらすぐに霧子さんといっしょに帰ってしまうのに」

「そうなんだ、今日は家政部の見学に行っててな。まぁ、たまには少しくらい帰りの時間が遅くなったっていいんじゃね? 真田は、いつもはもう少し帰りの時間が遅いのか?」

「はい、そうですよ。あと一時間くらいは遅いですね」

「やっぱり運動部はたいへんだな。なのにがんばってて偉いな、真田は」

「…、あの、三木くん、一つお願いしてもいいですか」

「? どうした、急に。部活帰りにジュースでも飲みたいのか?」

「あっ、いえ、そういうわけではなくて、ですね。あたし、上に三人兄がいるんです」

「へぇ、そうだったのか、知らなかった」

「それでですね、兄はむかしからあたしのことを幸村幸村と呼ぶんです。だから、男の人から名字で呼ばれるのって、少し違和感なんですよ。だからですね三木くんも、イヤじゃなかったらあたしのこと、名前で呼んでください。もちろんよかったら、なんですけど」

「あぁ、それくらいだったら、別になんでもない。それじゃこれから名前で呼ぶわ。っていうか、俺もあんま人のこと名字で呼ぶの好きじゃねぇんだわ。名前で呼ばせてくれるっていうなら、ありがたくそうさせてもらう」

「はい、お願いします。それじゃ、あたし少し急いでるんで、失礼しますね」

「あぁ、急いでるのか。それじゃあな、幸村」

「はい、それじゃあまた明日です、三木くん。それに紀子さんも、また」

「あぁ、また明日な、真田。気をつけて帰るのだぞ」

「はい、ありがとうございます。それでは」

そういうと、幸村はぺこりと頭を下げ、パッと振り返ると小走りで昇降口へと向かっていったのだった。明日の朝練の話とか少ししたい気もしたが、急いでいるんなら、まぁ、仕方ないだろう。

「いやぁ、やっぱり運動部は元気でいいねぇ」

「なんだ三木、まさか実は運動部に入りたいのか?」

「いやいや、そんなことは言ってないけどな?」

とりあえず、今日のところはもう帰ろう。久しぶりにいつもしないようなことをして、少し疲れたしな。

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