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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十四章
172/222

調理室で待っていたもの

「うぉおお…、めっちゃ料理してるな、なんか」

「あぁ、思っていたよりもずっと盛んなようだな、家政部の活動というものは」

家政部本日の活動場所として教えられた教室である調理室は、間違いなくこの瞬間だけは戦場と化していた。いつもは家庭科専攻の生徒たちが慎ましやかに使用するだけのこの教室が、考えられないほどの熱気を発していたのである。

緩やかに落ちていく夕陽に照らされた教室は、その背景自体は俺たちがさっきまでいた普通の教室とそう変わるものではないが、しかしその中には中華系の炒め物に特有の激しい蒸気の噴出と、それ以上に強火よりも強い火力が吐き出されるゆり先生謹製の魔改造ガスコンロの醸し出す高熱が渦巻いている。

「あっ、み~つ~き~ちゃ~ん!!」

と、大忙しに動き回る部員たちの勢いに気圧されてしまい、なかなか調理室の扉のところから一歩を踏み出せずにいた俺たちを目ざとく発見したゆり先生が、教室の奥の方からぶんかぶんかと振り袖の大きな袖の部分を押さえつつも大きく手を振った。

その先生の大きな声と動きに、他の部員たちも何事かがあったらしいと感づいたようで、先生の視線を辿って入口のところにいる俺たちへと視線を集中させる。その際、当然目線が俺の方に向いている以上超強火にかけられている中華鍋へ向けられた視線は切られざるを得ないのだが、しかしその鍋の動きが止まることはなく一定の動きが止まることなく続けられている。

手元など見なくてもできるということが言いたいのかもしれないが、しかしわざわざそんなことをしていないでコンロの火を止めなさいよ、と突っ込みたい。いや、まぁ、確かに炒め物をつくっているところで火を止めるなんて、そんなバカなとしかいいようのないことなのかもしれないけど。なんといっても中華の炒め物というのは、強い火力で一気呵成につくりあげるべきものなのだから。

「いらっしゃいませ~、三木ちゃ~ん!」

そして先生は調理台の間、というか部員たちの間を縫うように、その隙間を器用にすり抜けてこちらに向かってくる。というか、先生が通るために部員たちが微妙に身体を机に寄せたりしているわけで、こうして狭いところで活動するのに慣れて適応した結果のコンビネーションなのだろうか。

「風間ちゃんも、いらっしゃいませ~、ですよ~。三木ちゃんの付き添いですか~?」

「はい、そうですね。三木が一人で行くのは心細いというものですから。ですが、せっかくですので私も見学させていただきます」

「そうですか~そうですか~、それはよろしいですね~。それでは、この席に座ってください~」

「それでは、失礼します」

「先生、急いで来ました!」

「はい~、三木ちゃんは、ほんと~、にいい子いい子です~。よしよし~、先生は首を長~くして待ってたですよ~」

「とりあえず、楽しそうだったら入部します!」

「先生といっしょにお料理するのが、三木ちゃんにとって楽しくないなんてことありませんよ~。というよりも~、先生は三木ちゃんとお料理するのは楽しいですから~、三木ちゃんが入部してくれると先生がとっても楽しいです~」

「っていうか、俺はここで座って見てた方がいいですか? なんか、弓倉は味見がどうとか言ってたような気がしたんですけど」

「あ~、そうですねぇ~…、それでは、三木ちゃんには後でみんなのお料理を一口ずつ食べてもらって、一言ずつアドバイスをしてもらいましょうかね~」

「はい、分かりました。でも俺、アドバイスとかあんまりできないですよ。美味しいか美味しくないかくらいしかいえないと思うし、それも俺の好みに合ってるか合ってないかくらいの基準でしかないですし」

「いいのですよ~、自分とは違う味覚を持っている人に食べてもらうということは、それだけで見識を広げることにつながるのですから~」

「はぁ…、そういうものなんですか?」

「そういうものなのです~。ですからこうして、わざわざみんなで集まって部活動なんてしているのですから。あっ、それとも、三木ちゃんも何かつくるですか? 調理台とコンロはいくつか空いてるですし、材料もありますし~?」

「いやぁ、今日は見学だけさせてもらいます。もうみんな仕上げ工程に近いみたいですし、今さらつくり始めて邪魔するのもなんですし」

「そうですか~、それならば、実際にお料理するのは入部してからということにいたしましょうね~。あっ、三木ちゃんは入部するとして~、風間ちゃんはどうするのですか? 風紀委員会で忙しいとは思いますが、家政部は特に毎回の参加を義務付けてはおりませんので~、空いている時間だけ来るというのでもかまわないのですが~?」

「あれ、俺の入部は確定なんですか?」

「? 入部、しないのですか~?」

「…、とりあえず、見学で」

「そうでしたか~、見学というのはポーズで、実は心の中では決断しているものかと思っていました~」

「いちおう、まだ決断はしてないです」

「わかりました、それでは、いいお返事をいただけるように期待しています」

「前向きには、考えてますよ、今のところは。あと、先生、姐さんは、風紀の息抜き程度の参加を希望しています。たまに料理の経験をしに来るくらいが希望みたいですよ」

「おぉ~、そうでしたか~。我が家政部は、その程度の参加をご希望の方を大歓迎しているのですよ~。というよりも~、毎回熱心に参加している部員の方が少ないですね~。部長、副部長の二人と、弓倉ちゃんと~、あと一年生の何人かくらいですよ、毎回毎回来ているのは。あとは入れ替わり立ち替わりですね~、今日は多い方ですよ~」

「へぇ、そういう感じなんですか。意外とゆるい感じなんですねぇ」

「やりたいと思う人にそれ相応の場と機会を差し上げるのが、先生のやり方ですから~。無理に強制するのは、あまり好ましくないですよ~」

「そうですよね~、やっぱりやる気の強さに合わせてあげるのって大事ですよね。分かります」

「お~、わかるですか、三木ちゃん。いい子いい子ですね~。思想を理解し共有し合うことができるのは~、とても素敵なことだって、先生は思うですよ~」

「あっ、弓倉、いた」

「む~、三木ちゃんってば~、先生のお話を聞かないなんて、いけない子ですぅ~」

「あぁ…、すいません、弓倉見つけちゃって」

「仕方ないですね~、三木ちゃんは。集中力があるかと思ったらないんですから~。ダメですよ~、話をするときはその相手に集中しなくてはならないのです~。そうするのはお話しをする相手への敬意でもありますし、おしゃべりのマナーでもありますよ~。三木ちゃんも~、自分がしゃべっている途中で相手にそっぽを向かれたらいい気はしないですね~? 自分がされて嫌なことは、相手にしてはならないのです~。それが先生相手となれば、なおさらなのですよ~。そんなことされたら~、先生は悲しくてよよよっとなっちゃうですから~。…、あっ、先生、一つ忘れてたことがあったです~。ごめんなさいね~、三木ちゃん。先生、自分もちゃんとしていないのに~、三木ちゃんに偉そうなことを言ってしまいました~」

「いや、それは全然いいんですけど…、 忘れてたことっていうのは、なんですか? それは、職員会議とかの大事なことだったりします?」

「いえいえ~、先生、職員会議を忘れてすっぽかすようなことは月に一度もありません~」

「月に一度もないってことは半年に一回くらいはあるんですか?」

「いえ~、二ヶ月に一回くらいですね~」

「そこそこ多いですね、先生」

「いいのです~、それくらいお茶目な方が、先生らしいと思いませんか~」

「教師としてそれでいいのかわからないですが、まぁ、ゆり先生らしいからしくないかで言ったら、間違いなくらしいんですけど」

「それならば、少しくらいは仕方がないのですよ~」

「先生がそれで何の問題もなく教師生活を送れてるなら、いいと思います」

「問題はありませんですよ~。先生は~、校長先生と学園長先生と理事長先生のお気に入りですから~」

「その三人に気に入られてるなら、たいがいのことは許されますよね、きっと」

「家庭科専攻が取り潰されないのは~、先生が気に入られている証拠と言うことが出来ますですよ~」

「あっ、やっぱりそういう裏事情があるんですね」

「学園の経営的には~、あまりよろしくないですからね~、家庭科専攻は~」

「…、八坂先生、それで、忘れていたことというのは、何なのでしょうか。私には関係のないことかもしれませんが、すいません、言いかけて止められてしまうと気になってしまう性分でして」

「あらあら~、それは失礼しました~。先生も、悪気はないのですよ~」

「いえ、私も、遮るようにしてしまい、申し訳ありません」

「いいのですよ~、風間ちゃんはそういう性格ですものね~。わかりました、先生も忘れていたことをお話しちゃうことにしますよ~」

「お願いします、八坂先生」

「はい~、先生が忘れちゃっていたことっていうのは~、三木ちゃんが家政部に見学に来てくれたら伝えなくてはならなかったことなのですよ~」

「俺が来たら伝えること? 部の活動日とかですか?」

「いえいえ~、そうではなくてですね~、三木ちゃんに会いたいっていう人がおりまして~」

「俺に会いたい? …、女子ですか?」

「うふふ~、三木ちゃんってば、やっぱり男の子なんですから~。周りにあれだけ女の子がいるのに、まだ女の子がいいんですか~?」

「いや、あの、ただ家政部だから女子かなって思っただけで、別に女子がいいっていうわけではないんです。というか男子の方がいいです。最近ちょっと男子と絡んでないんで、男子も悪くないです」

「男子の方がいいのです~?」

「男友だちとか、もともと少なかったんですけどここ最近本当にいなくなってて、ヤバいと思ってたとこなんです。なんか、避けられてる感じなんですよね、俺が家庭科専攻に行ってから」

「それはきっと~、三木ちゃんの周りにたくさんかわいい女の子がいますから~、ねたまれているのではないかと~。モテモテですからね~、三木ちゃんは~」

「俺がモテモテだったら、彼女のいるやつは宇宙モテモテですよ」

「はてさて~、どうですかね~。と、いうのは置いておいてですねぇ、さっそく呼びましょうか~。せ~と~ちゃ~ん」

「あっ、は~い、先生、今いきま~す」

「ちゃんとコンロの火を落としてからくるですよ~」

「は~い」

「? 瀬戸? どっかで聞いた名前だな……」

「瀬戸ちゃんは~、三木ちゃんの知り合いさんらしいですよ~? 中学の頃にお世話になったって言ってたですから~」

「中学の頃の知り合いの…、瀬戸……?」

誰だ、それ。知らんぞ、瀬戸なんて。

っていうか、中学の頃の知り合いってことは十中八九よくない友だちだ。具体的には舎弟だ。あるいは俺にボコられたことを根に持っている被害者の会の一員だ。

「舎弟は苗字で把握してなかったし、被害者の会のメンバーは名前さえ知らないでやってたからな、名前言われても分からねぇって」

「あ~、瀬戸ちゃん、来たですね~。はい、三木ちゃんですよ~」

そして先生に呼ばれて俺の前に立ったその男、いや、少年は、かなり小柄で間違いなく後輩だと確信するに難くなかった。というか、こいつの顔、見覚えがある。どうやら被害者の会の方ではなく、舎弟の方だったらしい。

…、いや、だったらしい、じゃねぇ。ちゃんと覚えてるよ。ただ、苗字が瀬戸だっていうのは知らなかったけどさ。

「悠平!! お前、悠平だろ!!」

「兄貴!! お久しぶりです!!」

しかし、まぁ、冷静になれ。こいつは後輩で、つまりは一年生だ。思い出せ、俺。ちょっと前に霧子のケイタイに男からのメールが入っていたけど、それって一年生の瀬戸ってやつからじゃなかったか……?

「…、一年生で、瀬戸? 瀬戸…、お? うぉおおおお!! てめぇ!! 霧子に手ぇ出してんじゃねぇぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「兄貴ぃいいいい!! ありがとうございますぅうううううううううう!!」

とりあえず、こいつがその瀬戸と同一人物かどうかはわからないが、感涙を散らして走り寄ってくるかつての舎弟に向かって、俺は自分の座っていた椅子を蹴って跳んで全力のローリングソバットを繰り出した。俺の奇襲攻撃をまともに受けた悠平は、その小柄な体躯にふさわしい軽いウェイトのせいもあって、クルクルと数度竹トンボのように回転すると、俺たちのちょうど入ってきたドアのところに吹き飛んでいったのだった。

「っは!? 悠平、だいじょぶか!!」

「兄貴は…、お変わりないようで!!」

しかし派手な音をたてて扉に衝突したにも関わらず、悠平はタイムラグなしでガバッと起き上がると、再びキラキラした瞳を俺に向けるのだった。

そうだった、こいつは、信じがたいほどに頑丈なのだ。

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