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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十四章
168/222

三木くんの、よくないところ

『幸久くん、元気ないけど平気?』

「…、平気……」

朝のホームルームがつつがなく進行していく中、俺は自分の机に力なく突っ伏したままぼんやりと視線を虚空に漂わせていた。

朝一で眠かったからかうっかりと口を滑らせてしまった俺は、朝っぱらから姐さんに濃密なお説教を受け水一滴出ないほどにギリギリと絞られたのだった。長年にわたる晴子さんからの罰ゲーム人生を送る俺に、物理的な罰の伴わないお説教だけでここまでダメージを与えられるのはきっと姐さんだけだろう。

まぁ、そもそものところは俺が悪いのだろうから文句の言いようもないのだが、しかしだからといってあんなに怒らなくてもいいじゃないか。お説教を受ける側の俺はただすべてを甘んじて受けるしかないんだか、もう少し手心を入れてくれたって罰は当たらないはずなのに、あそこまで徹底して責め立てなくてもいいはずなんだ!

しかし、姐さんは基本的に怒っていても理性的なので、手は出さないと決めたら手は出さないから本当に純然たるお説教のみだったはずなのに、どうしてこんなに心が摩耗しているのだろう。晴子さんのお説教は要所要所で手が出るから、お説教による精神的な圧迫と相乗効果でダメージが倍加していくのはなんとなく分かるのだが、しかし姐さんはそれがない。純粋にお説教のダメージだけで俺の心を砕いているのだから恐ろしい。

今までもなんとなくそうなんじゃないかと思っていたが、しかしやはり姐さんは晴子さんと同じくらい怒らせてはいけない存在なのではないだろうか。…、いや、今さら、『なのではないだろうか』とか言っているから俺は学習しないんだ。姐さんは、間違いなく『怒らせてはいけない人ランキング』の上位にランキングされるべき人なのであって、そこのところをきっちりと押さえていないといけないのだ。ちなみにそのランキング、一位は晴子さんで二位は庄司のおばさんだから、姐さんは三位くらいにランクインだ。

『またのりちゃん怒らせたの?』

「いや、俺は別に姐さんを怒らせたかったわけじゃないんだ。うん、俺はいつだって姐さんと仲良くしたいと思っているわけだし、そうじゃないときなんて一時たりとも存在しないといってもいい。でも世界の理がそれを許さないんだ。俺はこんなこと望まないのに、世界が悪いんだよ」

『幸久くん、世界のせいにしてもしょうがないよ。それに、のりちゃんはちゃんと理由がないと怒らないんだから、きっと悪いのは幸久くん』

「それは、分かってる。でもさ、悪いのが俺なんだろうことはよく分かってるんだけど、いったいどこがマズかったのか…、いや、悪かっただろうところも分かってる。分からないのは、その悪かっただろうところがどうして、如何にして悪かったのかってことが分からないんだ」

『どういうこと?』

「…、つまり、俺は押しちゃいけないスイッチを押したんだろうってことは 分かるんだ。でもそのスイッチがどんな配線をしていて、どこにつながっていて、いったいどこの爆弾を作動させたのかが分からない。確かに何か爆発して、その結果として姐さんは俺に対して怒ったわけなんだろうし、それは間違いないんだけど、でも俺はこれから何をどう気をつけたらいいのかが分からないんだよ」

『幸久くんは、自分が何が悪かったかは分かってるけど、それがどうしてのりちゃんを怒らせたか分からないってこと?』

「まさにそのとおりだ。俺はこれからのためにそれをはっきりさせておかないといけないんだけど、一人じゃそれが出来る気がしない。メイもいっしょに考えてくれるとすっげぇお助かりなんだけど?」

『ちょっとだけならお手伝いしてもいい。でも、自分で考えなきゃいけないのがほんと』

「それは、もちろん、分かってる。メインで考えるのは俺だ。メイは、とりあえず、補助で。アイデアとか発想の糸口とかを出してくれると助かる。っていうか、俺が状況を思い返すために話を聞いてくれ、それだけでもいい」

『分かった。お話聞いてあげる』

「ありがとう、メイ。あのな、実はさっき、久しぶりに予鈴の前に学校に来れたから姐さんとおしゃべりしてたんだ。ほんと他愛のない、なんてことのないおしゃべりだったんだけどな」

『幸久くんとの他愛のないおしゃべりでのりちゃんが怒っちゃうのはよくあることだと思うけど』

「うん、俺もそう思う」

『ということは、幸久くんがそのおしゃべりの中でのりちゃんにヤなこと言った』

「姐さんが気を悪くするようなイヤなことを言ったつもりはないんだけどな……。ほら、一応一年以上友だちやってるわけだし、なんとなく最大級の地雷は分かってるっていうか、そこは回避できてると思うんだよね」

『それじゃあ、のりちゃん、怒ってないんじゃない?』

「いや、それはどうだろう…、確かに姐さんは説教っぽいところがあるけど、でも意味もなく説教してくるってことはないんだよな。やっぱり俺にどこか悪いところがあって、姐さんがそれに対して怒っていて、だからお説教なんだよ。だから怒ってないってことはないと思う」

『そう? のりちゃん、怒ってるとき以外でお説教すること、あると思うけど。でも理由なく怒ることがないっていうのは、あたしも同じこと思う』

「え~、マジ? 姐さんがお説教するのって、俺としてはいつでも教育のためだと思ってるんだけど、違うの?」

『そういうときが大半だと思うけど、でもそうじゃないときもあると思う』

「そう、なのかな……? 俺にはちょっと、詳しいところは分からないわ」

『わからないの?』

「あぁ、俺も姐さんのことは少しずつ分かってきてるとは思うんだけど、でもやっぱり男と女だからさ、完全に分かり合うっていうのは難しいと思うんだよね。だから今はまだ、全部を理解するっていうのは出来てないと思う」

『…、分かってないっていうのと、分かろうとしないっていうのは、どこが違うと思う?』

「ん? そりゃ、本人のやる気だろ」

『うん、そうだね』

「とにかく、俺は姐さんのことをわかろうとしてるつもりなんだけど、なかなか思うようにはいかないってことだ。男と女っていうのは、それだけ分かり合うのが難しいってことだな、うん」

『幸久くんがそう思うんなら、きっとそうなんだろうね。幸久くんの中ではね』

「…、メイさん、どうしたんですか、とげとげしいですよ?」

『そんなことない、ただ、のりちゃんかわいそうって思っただけ』

「…、あぁ、朝っぱらから俺に説教させられてな。別に姐さんだって好き好んで説教してるわけじゃないんだろうし、俺もいろいろ気をつけないといけないよな」

『そうじゃないと思うけど。別に、朝からお説教しなくちゃいけなかったことがかわいそうって言いたいわけじゃないと思うけど』

「メイさん、目力怖いんですけど……」

『のりちゃんも、振り回されてかわいそう。それもこれも、幸久くんがいけないのに』

「え~…、そんな諸悪の根源みたいな言い方しなくても……。そこまで言われるなんて、俺こそかわいそうじゃね?」

『そんなことない。幸久くんは、ひどい』

「そんなに言わなくても……。さすがにへこむ……」

『とにかく、今回のりちゃんがなんでお説教したのか分かってあげないとダメ。のりちゃんがかわいそう』

「…、俺はかわいそうじゃない?」

『かわいそう。ほんとにかわいそう』

「だよね!」

『哀れを誘う、あんまり女の子のことが分かってないから』

「あっ、そっち……」

『自分のどこがいけないのか、よく考えないと』

「考えたいのはやまやまなんだけど、でもなかなか自分じゃ自分の悪いところは分からないんだよな」

『どこがいけないかの検討くらいつかないの?』

「実は見当は、一応ついてる」

『あれ、ついてるの?』

「あぁ、そうなんだ。あのな、さっき姐さんとおしゃべりしてるときに、ちょっと怒られそうな気配になったから姐さんの意識を反らすために姐さんとイチャイチャしたいって言ったんだ。もちろん、それはイヤらしいことをしたいとかそういうことが言いたかったわけじゃなくて、こう、もう少し目に見えてキャッキャウフフしたかったっていうか、霧子と俺の関係みたいになりたいと思ったからなんだよ」

『そんなこと言ったの、幸久くん』

「あぁ、そしたらな、姐さんが思った以上に食いついてきたんだけど、俺はイチャイチャについて詳しく説明できなかったから、近くにいた佐原にそれについての解説をお願いしたんだ。そしたら佐原はイチャイチャっていうのは恋人同士が仲良くするような感じだよ的なことを言ってだな、で姐さんはそれを聞いて一瞬フリーズしてからお説教タイムだ。きっと俺がイチャイチャしたいだのなんだの言ったのがいけなかったんだと思うんだよ。でもそれがどう悪かったのかは分からない」

『のりちゃん、フリーズしてたの?』

「そうなんだよ、ほんの何秒かでしかないんだけどさ。まぁ、おおかた俺がバカなことを言ったんだってことを佐原の解説を聞いて再確認したってところだろうけどな」

『あたしは、違うと思うなぁ……』

「えっ? 違うの? それ以外に姐さんがフリーズしそうな理由って何かある?」

『幸久くんは相手のことを決めてかかるところがあるから、分からないかも。それとも、相手のことを分かろうとしてないの?』

「それは、どういうこと……?」

『…、女の子は、幸久くんが思ってるよりも複雑ってこと、だと思う。のりちゃんも女の子だから、そう』

「…、なるほどな。姐さんも、いろいろ複雑ってことだな。それで、姐さんはどんなふうに複雑なんだ?」

『のりちゃんは、すっごい真面目。よくないことは絶対しないし、相手にもさせたくないと思ってる。だから風紀委員に入って活動してるし、その中でも特に熱心。これが、普通に外側から見えるのりちゃんで、幸久くんが決めてかかってるのりちゃん』

「確かに姐さんは今メイが言ったとおりな感じだ。もう、まさに姐さんって感じだ」

『でもそんなのりちゃんだけど、でもやっぱりみんなと同じ女の子だからいろんなことに興味あると思う。男の子のことだって気になるだろうし、すっごい真面目な性格の反動でえっちなこととかにも、実は興味あると思う。でもそれを表に出したくはないから、頭の中でぐるぐる考えちゃう。だからのりちゃんは、基本むっつり』

「…、まさか、姐さんはそんなことないって。うん、やっぱり姐さんは、そういうのはないって。だって姐さんだもん。姐さんだから、そういうのじゃないんだ」

『そういうところが決めてかかってるっていうのに…、幸久くんは人の話聞かないんだから』

「え~、俺、けっこう人の話は聞いてるつもりだぜ?」

『もう、幸久くんはいつもそうやって、まず真っ先に自分をかばうんだから。そういうところが柔軟性がないっていってるのに』

「いや、俺としては、俺の思う素直なところを述べているつもりなのであって、別に自己保身のためにそう言ってるわけじゃないんだけど……」

『少しは素直になって、他人の話を聞いてみる方がいい。幸久くんはいいところいっぱいあると思うけど、でも女の子のことについてにぶいのと、自分の考えに凝り固まって他人の話を聞かないのはよくないところだよ』

「そんなにかなぁ……? 別にそんなことないと思うけどなぁ……」

『あたしは、そんなことあると思う』

「…、そう、だな。メイにそういうこと言われるのも何回目かだし、ちょっと気をつけてみるか」

『それがいいと思う。ちょっと気をつけるだけで、いろいろ見方変わるだろうから』

「見方?」

『周りの人の、今まで見えてなかったところが見えるかもしれない。見えなかった気持ちに気付くかもしれない』

「見えなかった気持ちって?」

「…、みんなけっこう、幸久くんのこと、好きってこと……」

「…、メイが、なんかしゃべっ…、たぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 一言以上しゃべってるの、初めて聞いた!!」

「な、なにっ!? 三木くん、どうしたの!?」

「三木ちゃん、しぃ~、ですよ~」

「あっ…、はい、す、すいません……。メイが、急にぼそっとしゃべったので、びっくりして……」

「びっくりしたにしても、今はホームルームの途中なんだから、騒いだらダメよ」

「三木ちゃん、どんな理由があったかは分かりませんが~、先輩のお話を遮ってはいけませんよ~? それはあとで先生が、二人っきりで聞いてあげるですから~、今は静かにしましょうね~」

「いや、あの、二人っきりで聞いてもらわなくても、平気です、はい」

「そうですか~? それでは、それはまたのきかいにしましょうね~」

「またの機会にもしなくていいわよ、そんなこと。それより連絡の続きをするから、ちゃんと聞いてね。もちろん、三木くんも聞くのよ?」

「は、はい、もちろんです」

うぅ…、しまった。メイが急に二音節以上しゃべるものだから、びっくりして大声をあげてしまった。気をつけないといけないな、こんなホームルーム中にデカい声出すなんて、ただの迷惑以外の何ものでもないぞ。

しかも、あんまりびっくりしたもんだからせっかくメイがしゃべった言葉が耳に入って来なかったじゃないか。いったいメイはなにを言ったのか、あぁ、気になる……。

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