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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十四章
167/222

イチャイチャって、なんだろう?

「おはよう、姐さん」

「あぁ、三木、おはよう。今日はいつもよりも余裕を持って登校することが出来たのだな」

「そういえば、確かに、そうかもしれない。今日は霧子の目覚めが良かったからな、時間のロスがほとんどなかったんだ」

「そうか、それはよかった。今後もこれぐらいの時間に登校することが出来るように心がけるのだぞ」

「まぁ、霧子次第だな。霧子が起きないことには俺も出発できないから、そういうことは霧子に言ってくれ、姐さん」

昨日の夜はいろいろ大変だったが、しかしそれでも朝は欠かさずやってくるのであって、時間というものがこちらの都合など意に介してくれるはずもないのである。ともかく、俺は朝の訪れとともに目を覚まし、今日も霧子を叩き起こして学校へとやってきたのだ。

昨日は宿題をしたあと、少しの間かりんさんとおしゃべりなどしていたから寝る時間が少し遅くなってしまって、多少の眠気を未だ抱えたままなのだが、しかしだからといって霧子を起こすタスクが消えてなくなるわけでもなく、眠い目をこすりこすり天方家の扉を叩いて俺よりもさらにもっとずっと眠そうにしている霧子を引き連れて学校へとやってきた。途中何度か霧子の意識がトびかけて危ないところもあったが、まぁ、時間的にはかなり余裕を持って到着することができたのは重畳というものだろう。

だからこそ、こうして姐さんと穏便におしゃべりすることができているわけであって、遅刻ギリギリじゃない時間にがんばって登校するのも悪くないかもしれないとか思っていたりする。いや、だって、遅刻したりすると姐さんは厳しいからさ、こうして平和におしゃべりすることもなかなか出来ないんだ。姐さんは、あれだ、自分には特別に厳しいけど、身内にもそれなり以上に厳しいから。

「天方のせいにするんじゃないぞ、三木。何事も個人個人の心がけ次第なんだからな、お前ができることもすべきことも、なんらかあるはずだぞ」

「そう言われちゃうと、はいとしか言えない」

「それならば、はいと言っておけ。意識をするだけでも違うものだからな」

「でもまぁ、俺以上に霧子が意識しないとダメなんだぞ? 分かってるか、霧子?」

「にゅん…、ねむぃ……」

「…、だろうな、うん。お前はいつだってそんな感じだよ。分かった、俺がなんとか頑張るから、霧子はいつもどおりに出来ることだけやってくれ」

「にゅん…、ねむぃよ……」

「はいはい、もうホームルーム始まるまで寝てていいから。机はこっちだぞ、霧子」

「にぅ……」

「天方は、いつも眠いのだな。眠る時間はむしろ早いと聞いているが、どうしてそうまで眠いのだろうか」

「さぁ、それは俺には分からないな……。でも霧子が眠そうなのなんて、それこそ昔からだしさ、なんかこれが通常状態って感じなんじゃね?」

「そうか、三木にも分からないのか。一番付き合いの長い三木に分からないのであれば、それが私に分かる道理はあるまい」

「まぁ、あれだよ、きっと霧子は成長期なんだよ。寝る子は育つっていう、あれだろ」

「天方はまだ成長するのか…、背が高いというのは一つの大きな身体的特徴で、少なからず便利なところもあるだろうが、しかしあれ以上というのは少し女子としては辛いものがあるのではないか? ただでさえ天方は自分の身長の高さにコンプレックスを持っているというのに、かわいそうではないか」

「いや、別に俺も何か確信があって言ったとかじゃないから、そんなこと言われても困るんだけど……。ま、まぁ、霧子の背がこれ以上デカくなったとしても、俺が見捨てたりしないから、心配ないって」

「三木くん、紀子ちゃん、おはようございます」

自分の席に座り一時間目の授業である古文のノートを開いている片手間で俺に意識を向ける姐さんと、その傍らに立って専らおしゃべりに興ずる俺にそうして声をかけてきたのはちょうど今しがた登校してきたらしい、通路を一本挟んで姐さんの隣の席に座る佐原湊サハラ ミナトだった。

彼女の身長はメイよりも少し大きいくらいで、背の順に並べば前から五番目か六番目になる小さい娘だ。クラスの中でもかなり人懐こい方で、交友関係はかなり広いらしく俺もよく話をしてもらっている。

「あぁ、佐原か、おはよう。今日も予鈴前にきちんと登校してきて偉いな」

「おっす、佐原、毎日予鈴前登校なんて偉すぎるな」

「いや、そんな、ふつうだよ、ふつう」

「三木聞いたな、予鈴前に登校するのは普通のことなのだ。ということはつまり、それをきちんとすることが出来ていないお前はどうなのだろうな。論理的に見て、分かるな?」

「姐さん、いったい何が言いたいんだい。まぁ、だいたい分かってるつもりだけど」

「いやなに、何が言いたいというわけではない。あぁ、私は何かをお前に言おうというつもりはないのだぞ。分かるだろう、私からお前に言うべきことは、今以上にはなにもないのだ」

「うん、分かる、分かりはするよ、姐さん。俺もね、人並み以上には察しがいい方だと思ってるからな。姐さんの言わんとすることは分かってる。分かってるけど、でもここはあえて分からないと言っておこう。さっぱり分からん」

「そうか、分からんか。分からんならば致し方あるまい、私もこのようなことをするのは心が痛むのだが、少々修正が必要かもしれないな……。出来ることならば自ら己を省み、よくないところを発見してくれるとよかったのだが、残念だ」

「おしゃべりするのとかイチャイチャするのとかは歓迎だけど、修正するのはちょっと勘弁してください。むしろ、姐さん、俺とイチャイチャしよう。きっとその方が俺を修正するよりも楽しい、俺が」

「…、イチャイチャするというのは、具体的にどういうことだ、三木。私にはそれが具体的に何を指すのか分からないのだが、お前を修正することと両立することができることか? もしそうならばしてやっても構わないが、私の持っている知識のそれがお前の言わんとするものと一致しているとして、おそらく両立は不可能なのではないか?」

おや? 姐さんが、こんなしょうもない話題に食いついてきたぞ?

「あれ、姐さんはイチャイチャを知らないのかい? なんと…、一般常識だと思っていたのに……」

どうしてか急に俺を修正したくなってしまったらしい姐さんの意識を別のベクトルに反らすためだけに振った話だというのに、乗られても困るではないか。しかし、もしかしたらこの話題、広げたら姐さんからの修正を回避できるんじゃないか? いや、まぁ、たぶんムリだと思うけど。

「いや、理論と概念は知っている。しかしそれがどのようなものを具体的に指すのかということは分からない」

「…、俺が、霧子としばしばしてることじゃないか? 俺も専門家じゃないから具体的にどれとは言えないけど」

「そうだったのか。いや、それでは、三木もそれについて知らなかったということなのか? なんということだ、それでは私たちはそれについて、これ以上間近まで迫ることは出来ないということではないか」

「あぁ、残念ながらそういうことになる。俺と姐さんの二人だけじゃイチャイチャが具体的にどういうものなのかを知ることは出来ないんだ……。悲しい…、哀しい話だ……」

「そうだな、しかし仕方あるまい、それならばただ為すべきように修正することにしよう。なに、本来の目的に立ち返るだけだ」

「それはイヤって言ってるじゃない!」

「ふ、二人とも、ケンカしちゃダメだよ……」

「ケンカ? あぁ、別にこんなのケンカじゃねぇって。これは、なんていうか、コミュニケーションだって。よくあることだよ」

「そ、そうなの……? 」

「俺と姐さんはマブダチだぜ、ケンカなんてするわけないじゃん! っていうか、真正面からケンカしたら俺が叩き潰されて終わりだし。そんなことより、佐原、イチャイチャするってどういうことなんだ。教えてくれ」

「ぃ、イチャイチャする……?」

「そうだ、俺はただ勢いと思いつきで言っちゃったわけなんだけど、でも実のところ、俺自身もそれについてよく知らないってことが分かってしまった。そう、俺も姐さんといっしょで理論と概念しか理解してなかったんだ。というわけで佐原、もしイチャイチャについて具体的に知っていることがあったら教えてくれないか?」

「ぁ、あたしも、ごめんね、今までイチャイチャするような相手がいたことがないから、よく分からないの……。あっ、でも、ドラマとかでの話でいいんだったら、少しは分かるかも」

「おぉ、本当か、佐原。それでは、佐原の持っている知識を私たちにも分けてくれ。そうすれば、本当に三木への修正とイチャイチャが両立できないのかが確かめられるからな。そして、もしも万一、それら二つが両立することができるものなのだとしたら、三木の願望をかなえてやることにしよう。ただし、破廉恥なものはダメだからな? あくまでも私たちが友人として在り続けることが出来るものだけだからな」

「うん、まぁ、姐さんは破廉恥に対するハードルがめっちゃ低いからきっと破廉恥なことになるだろうけど、とりあえず了解だぜ! さぁ、佐原、知っている限りのイチャイチャについて教えてくれ!」

「ぅ…、うん! えぇっとね、イチャイチャっていうのは、基本的には恋人同士の男子と女子がするんだと思うの。でも、ときにはそうじゃない人たちがすることもあるみたいだけど、でもそれもとっても仲良しの二人っていうのが多いと思うよ。つまり、イチャイチャは男女が二人の仲を確かめるためにするんじゃないかな?」

「なるほどな、俺の知ってるイチャイチャとそう大差はないみたいだ。よし、それじゃあ佐原、その詳しいところまで教えてくれちゃってくれ、頼む」

「ぅ、うん、がんばるね。えっと、やっぱりイチャイチャするっていったらまずはスキンシップだと思うの。たとえば手をつなぐとか、恋人同士ならキスをしたりとかね」

「…………」

「…、ダメだ、佐原、キスの一言に僕らの姐さんは沈黙してしまったようだ。どうやらイチャイチャはお気に召さなかったらしい、残念だ……」

「えっ、ダメだったの? 二人は恋人同士じゃないんだから、別にキスすることなんてないのに。…、三木くんは、紀子ちゃんとはカレカノじゃないんだよね?」

「そう見えるか? 俺と姐さんが」

「うぅん、見た感じあんまりそういうのっぽくはないと思う。どちらかというと、やっぱりお友だちって感じだよ」

「だろ? だから、何がどう転んだってキスをするなんてことはないんだよな。でも、どうやら姐さんはキスっていう言葉自体がもはや気に入らないらしい」

「そうなんだ…、それは、残念、なのかな?」

「分からん。でもたぶん残念なんだと思う。でだ、どうして姐さんは顔を真っ赤にしているんだろう?」

「えと、それは、分かんない……」

「分からないときは、人に聞く! 姐さん、顔が真っ赤だぜ?」

「…………」

「ダメだ、固まってる。どうしちゃったんだ、姐さん」

「…、はっ!? 三木、このような公共の場所で、私に何をするつもりだ!!」

「おぉ、おかえり、姐さん」

「ぃ、いかんぞ、私は、そういったことはよしとしない。そのようなことは、本来は秘め事ではないか。このような往来ですることではない、破廉恥だ」

「? なんの話? イチャイチャの話?」

「私は騙されないぞ! お前はそうして言葉を弄し、私を弄ぼうとしているんだ!」

「し、してないよ! 人聞き悪いよ!」

「ぉ、お前はいつもそうだ! 疑うことを知らぬ純真な女子を、言葉巧みに騙し、思うままにしているではないか! だが私に限っては、そうはいかんぞ! 何でもお前の思い通りには、ならないのだぞ!」

「ちょちょ、ちょっと待って!? 急に何の話!?」

「し、しらばっくれるな! このようなところで、て…、手篭めにしようなどと…、信じられん、この破廉恥漢め……」

「えっ? なんて? 急にトーン落とさないで、聞こえなかった」

「ぅ、うるさい! お前は私をこれ以上辱めるつもりか! 弄ぶだけでは飽き足らぬというか……!」

「うわ、やべ、状況が俺の知らないところに飛んでった! 佐原、助けて!」

「ご、ごめんね、三木くん……。あたしは、よく分からないから助けられないよ……」

「だよな! 当事者が分からないのに、第三者が分かるはずないよな! うん、自分でなんとかする!」

「そこに正座するんだ、三木! お前には修正の前に説教が必要なようだからな!!」

「はい……」

「そもそも、お前はいつもだな……!!」

とりあえず、俺は姐さんに言われたとおり床に正座するのだった。というか、もうあの状態になってしまったら姐さんから逃げることは出来ないわけで、お説教だろうが修正だろうが甘んじて受けるしかないのだ。そもそもの身体能力と運動性能が段違いの姐さんが相手では振り切って逃げるなどという選択肢が、浮かびすらしない。

そして一度始まってしまった姐さんのお説教は長く、朝のホームルームが始まるまでの約十分を使いきってなお終わらず、先生たちが教室に入ってきた時点で一時中断となったのだった。まぁ、一時的に解放されたとはいえ、まだ姐さんの気が済んでいないだろうから今日の休み時間は全てお説教に奪われることは覚悟しておいた方がいいだろう。

いったい何が悪かったのかと言えば、きっと悪ふざけをしたのがいけなかったのだろう。

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