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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十三章
165/222

お互いを知り合うって、どういうこと?

「とりあえず、晩飯出来ましたよ、二人とも」

「あっ、ゆき、ご飯できたのかい?」

「はい、そういうことなんで、さっさとテーブルの支度…、は、広太がしたか。あとはご飯ですけど、弥生さん、自分の部屋からご飯玉持ってくるって言ってましたけど、持ってきました?」

「あ~、まだ。取ってくるよ」

「都さんは、なにしてるんですか? マンガなんて読んでないで、ご飯食べる準備をしてくださいよ」

「…、あっ、パースが狂って…、あぁ…、トーンがずれて……」

「ったく…、ご飯食べ終わるまでマンガは没収ですよ。読むなとはいいませんから、飯を食うときくらいは読むのをやめてください」

「あぁっ!? やめて、三木くん!! あたしはマンガ家としてしなくちゃいけないことがあってね!!」

「他の人のマンガを読んでお勉強ですか? そんなの後でやってくださいよ、今は飯にしちゃってください。時間も、これ以上遅くなったら夜の作業に差し支えますよ。…、おっ、これ、霧子がよく買ってるマンガ家だ。人気マンガ家らしいですけど、都さんもそういうのを読んで勉強とかするんですね。でも、思うんですけど、人の作品って読んで勉強になるんですか? こういうものをつくるようなことって、結局は自分が思いつくかどうかなんだから他人の作品読んでも何かを思いつくってわけじゃないと思うんですよねぇ。いや、でも、俺はものづくりとか基本的にしないんで、俺が見当違いなこと言ってるって可能性も大いにありますけど」

「幸久様、このマンガは先生の最新作です」

「えっ、これ、都さんのマンガだったんですか!? ちょっと、それならそうと先に言ってくださいよ! もぅ…、知った風なこと言っちゃったじゃないですか……」

「三木くん…、今、なんて言った……?」

「? 知った風なこと言っちゃって恥ずかしいって」

「もう少し前」

「えっと、他人のマンガなんて読んで勉強になるのか、って」

「それは、あたしはなると思ってるけど、でももう少しだけ前」

「…、『このマンガ家、霧子がよく買ってる』?」

「そう! そこ! このマンガの作家の作品を! よく買ってる子がいるの!?」

「そ、そうですね…、確か、好きって言ってました。このマンガ自体を持ってるかどうかは分からないですけど、これ以外に何冊か持ってるみたいですし。面白いって貸してきたこともありましたよ」

「なんていい子なのかしら…、買って読んでくれるだけじゃなくて、布教までしてくれるなんて……。ね、ねぇ、三木くん…、その子って、女の子よね? きりこ、って言ったし、女の子の名前よね? 女の子が、読んでくれてるってことよね……?」

「そうですよ、女の子です。あの、あっちの方に天方っていう表札の下がった一軒家があるの知ってます? そこの家の、かわいこちゃんです、俺の幼なじみ」

「あ、その家は知ってるわ。このあたりにある珍しい名字の家はだいたい覚えてるから」

「あれ? 都さん、引きこもりですよね? アパートから出られない呪いがかけられてるのに、出歩いたりできるんですか?」

「そんな呪いかけられてないし、そもそもあたしは別に引きこもりじゃないのよ、三木くん。ただなかなか家から出る機会が見つからないだけで、家から出るのが怖いとかじゃないの。だから夜中とか、作業が詰まったときはこのあたりをうろうろ徘徊してるわ」

「徘徊って…、せめて散歩とか、ぼかして言ってくださいよ……」

「まぁ、そこはいいのよ、問題じゃないわ。ここで言いたいのは、あたしはそんな心因的に引きこもってるわけじゃないってことと、それから三木くんが言ってる女の子の住んでる家は知ってるってことよ」

「な、なるほど…、そういうことでしたか……」

「そ、それで、あのね、三木くん…、その…、そのマンガ家のことが好きな女の子なんだけど、そのマンガ家のこと、なんて言ってた……?」

「なんで『そのマンガ家』っていうんですか、このマンガの作者は都さんなんでしょ、ちゃんと自分のことをどう言ってたかって言ってくださいよ」

「そんなこと言えないわよ! そもそもあたしは読者さんと直接コミュニケーション取れないんだから!!」

「えっ、それって理由として認められるんですか? なんか、全然つながってない気がするんですけど」

「つ、つながってるわよ! 読者さんから送られてきているらしいファンレターすら読めないあたしが、読者さんの生の声なんて真正面から受け止めきれるわけないじゃない! だからせめて、その矛先が自分に向いていないんだって錯覚させるくらいしてもいいじゃない! メンタルは弱いのよ、あたしは!!」

「ほんとに都さんは、後ろ向きに全力疾走ですよね」

「自分のメンタルが吹けば折れるような弱さだって自覚してるんだから、きちんと防衛線張っておくのは当然よ。自分のメンタルを守れないと、あたしは〆切を守れないのよ」

「もう、いっそすがすがしいくらいのネガティブですね。メンタルの弱さを克服しようっていう方向に向ければいいじゃないですか、その思いを」

「メンタルの弱さはそう簡単に治らないのよ、三木くん。それはあなたのロリコンが治らないのと同様に、ね……」

「いや、俺はロリコンなんかじゃありませんよ、やめてください、さも当然のようにそういうことを喧伝しようとするのは。かりんさんだって聞いてるじゃないですか、かりんさんの中での俺の評価を不当に貶めて何が楽しいっていうんですか」

「でも三木くん、あなた、みくちゃんを見るときの目が性的よ」

「そんなことありません、俺はただ純然たる母性でもってして、小さい女の子もかわいいと思っているだけであって、別に性的な目で見ているなんてことありません。絶対ありません」

「そんなことあるわよ。三木くんはみくちゃんを見ているとき、やけに息が荒いわ。でも成人女性を見るときはそんなでもないわ。ロリコン以外の何ものでもないわ」

「いや、そんな、息を荒くしているなんて、そんなことあるわけないじゃないですか。俺はいつでも通常運行ですよ。息を荒くするタイミングなんて、全力疾走したあとくらいしかありません。ましてや、女の子とおしゃべりしながら息を荒くするなんてありませんありえません、えぇ、ありえません」

「ゆ…、幸久様……? 幸久様は、小さな女性にしか興味がおありではない、ないのですか……?」

「ほら!! どうするんですか、都さん!! かりんさんがあらぬ誤解をしたじゃないですか!!」

「いや、でもね、聞いてほしいんだけど、あたし思うのよ。お互いを知り合うってどういうことなのかってね」

「…、いいでしょう、聞きましょう」

「三木くんはかりんちゃんのことを知りたいと思ってるし、かりんちゃんは三木くんのことを知りたいと思ってるんだから、つまりお互いに知り合っていこうとしているわけじゃない。そんなときにね、お互いの性癖をひた隠しにするっていうのは間違ってると思うの。こんなこと言うのはやよちゃんの仕事かもしれないけどね、でも隠し事をしないっていうのはどんなことについても言えるべきことだと思わない?」

「都さんの言ってることは至極真っ当で、きっと正しいことを言ってるんでしょうけど、でも釈然としませんね。理解はするけど納得はしないっていうのは、きっとこういう気持ちのことを言うんだと思います」

「だいたいね、お互いに性癖を理解し合っていないと、根本的なところで勘違いが発生するかもしれないじゃない。それはダメなのよ、絶対にダメ。だからね、お互いを知り合うっていうのは、そういう深いところまできちんと知り合ってないといけないものなのよ」

「仮にそれを知り合わなかったとして、いったいどんな勘違いが生まれるっていうんです。別に聞きたくないから言わないでいいんですけど」

「だからね、ロリコンに対しておねえさんスタンスからのアプローチは無意味だし、M男に対して優しさアピールとか気づかいアピールは効果が薄いしってことよ。三木くんはロリコンなんだから、かりんちゃんはもう少し庇護欲に訴えかけていくのがいいと思うのよ。今のままじゃ、どこまで行っても『いいおねえさん』ってところまでしかたどり着けないと思わない?」

「俺は女性を年齢で差別するようには教育されていません。そして俺はロリコンではありません」

「まぁ、どうしても認めたくないならいいのよ。でも三木くん、もし明日朝が来て、かりんちゃんが寝坊したらどうする?」

「起こしますけど」

「そうよね、もちろんそうよね。それじゃあもし、かりんちゃんが急にお料理苦手になっちゃったらどうする?」

「料理くらい俺が全部つくりますよ」

「うん、そうでしょ。それならね、もしかりんちゃんが、実はシャンプーをするのが苦手で一人でお風呂に入るのが苦手っていうことを隠してて、でも今まではそういう子どもっぽいところを知られたくなくて隠してたんだけど、それを三木くんが偶然知っちゃったとしね、どうする?」

「…、いっしょにお風呂に入って、シャンプーしてあげますね」

「つまり、そういうことなのよ」

「…、どういうことです」

「だから! お互いの性癖を知っておけば、こんなにもスムーズに話が進むってこと! 三木くんがひどいロリコンで、そこから派生して病的な世話好き属性と潜在的なおにいちゃん属性を併せ持ってるっていう風に知った上で的確にアプローチをかければ、こんなに簡単に『いっしょにお風呂でドキドキ』イベントが演出できるわけじゃない!」

「な、なるほど…、都様のおっしゃること、勉強になります……」

「いや、かりんさん、勉強になっちゃダメだよ。こんな人の戯言からなにも学んじゃいけないし、吸収してもいけないんだよ」

「つまり私は、明日からもっとずぼらに生きればいいということなのでしょうか……。それは、とても難しいことですね……」

「違うわ、かりんちゃん、愛されキャラはずぼらキャラではないの。確かに他人に多大な世話をかけるという意味で両者は近しいものに感じられるかもしれないけど、でもそこには決定的な断絶が存在するわ。なぜなら、ずぼらキャラはがんばらないからダメなんだけど、愛されキャラや世話されキャラっていうのは『がんばっても、ダメ』なのよ!」

「『がんばって…、ダメ……!』」

「そう、そのあたりは素人さんには難しい塩梅だと思うけど、でもそれを上手く出来るようになったとき、あなたは三木くんの中で一番の愛されキャラになることができる、はずよ! 確証はないけど!」

「どうしてそんな、確証ないのに自信満々なんですか。っていうか、かりんさんに変なことを吹き込むのはやめてください」

「…、幸久様にとって、そういった関係にあるのは、霧子様ですね」

「広太、変なこと言うなよ、都さんが食いつくだろ」

「あら、三木くんにはもう病的にお世話する相手がいるの? それじゃあかりんちゃんがいくらその方向でがんばってもその子の次にしかなれないわね。庇護欲の捌け口は、二つもいらないわよ」

「都さん、その、性欲の捌け口みたいな言い方、なんとかなりませんか」

「でも三木くんは、日ごろうっ屈した庇護欲をその心に溜めこんでいて、でもそれを続けているといつか小さな女の子に手を出してしまいそうで恐ろしいから、その子を病的に世話することで溜めこんだ庇護欲を吐き出しているんでしょう。それって、たいして変わらないと思うんだけど」

「そもそも、俺は日ごろ庇護欲を心に溜めこんでいません。っていうか、うっ屈した庇護欲って何ですか、意味分からないですよ」

「まぁ、三木くんがどうしてもそうだっていうんなら、そうなのかもしれないわね。あたしにはそれがほんとかどうかは分からないけど」

「都ちん、ゆき、冷凍ご飯玉持ってきた~」

「あら、やよちゃん、おかえりなさい。遅かったわね」

「え~、そうかな? ふつうに来たつもりだけど?」

「気にしないでいいのよ、言うほど遅かったわけじゃないから。それよりも三木くん、あなたの性癖の話なんてどうでもいいのよ」

「性癖の話を言い始めたのは都さんじゃないですか」

「そんなことないわよ、気のせいよ。それでね、その、三木くんのお友だちの、きりこちゃん…、なんだけど」

「えっ? あぁ、はい、霧子ですか」

「うん、そう。あのね、えっと、できれば今度、サインでも、しちゃおっかなって、思ってね……?」

「サインですか? あぁ、きっと喜びますよ、好きらしいですから」

「で、でもね、直接会ってサインっていうのは、正直ムリだから…、あたしの部屋に積まれてるあたしの本のうち一冊にサインして、三木くんがプレゼントしてあげてほしいの。お願い、出来ないかしら……?」

「別にいいですよ。それで都さん、さっきの話の続きですけど」

「ゆき、そんなどうでもいい話はしなくていいから、おねえさんは早くご飯が食べたいです。お腹がペコちゃんですよ」

「あぁ、もう、弥生さんは食っちゃっていいですよ。俺は都さんに話があるんで」

「ダメダメ、あたしは都ちんといっしょにご飯食べるって約束したんだから、一人で先に食べるなんて出来ないよ」

「…、どうしておおむね全てのことに対して大ざっぱな弥生さんが、そんなしょうもないことには細かいんですか……」

「細かくないよ、ゆき。大事なことだよ」

「…、分かりましたよ。それじゃあ二人ともさっさと飯食っちゃってくださいよ。都さんに話をするのは、そのあとでも一向に構いませんから」

「ほんじゃゆき、電子レンジ貸してね」

「はいはい、好きに使ってくださいよ」

「やよちゃん、あたしの分もチンしてちょうだい」

「ほいほい」

とりあえず、いろいろ釈然としないけど、でもまぁ、今は飯の時間なわけだし、引き下がることにしようと思う。しかし、とにかくかりんさんにあらぬ誤解を与えたりするのは許すことができないわけだし、ここはあとできっちり都さんと話し合っておく必要があるだろう。

今は見逃すけれど、でもだからって許すわけじゃないってことを、きちっと理解してもらわないといけないのである。

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