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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十二章
161/222

風呂からあがった晴子さん

どうしてかいつもよりも早くに風呂から出てきた晴子さんだったのだが、しかし『俺と話の続きをするために早めに出てきたに違いない』という俺たちのしていた予想は微妙に外れていたようで、晴子さんは風呂から出てくるや否やソファーに座ってテレビをつけ、いつもどおりに夜の時間を過ごし始めてしまっていた。そして俺はといえば、そんな風にテレビを見始めてしまった晴子さんに声をかけることもできず、ただどうすることも出来ない体でリビングの椅子に静かに腰をおろして時が過ぎゆくのを感じ入っていた。

ちなみにさっきまでソファーで寝ていた雪美さんはどうしたかといえば、ちょっとした食休みのつもりで横になっていたのが本気睡眠に移行しつつあったようで、晴子さんがリビングに戻ってきた時点でベッドルームに強制連行させられていた。というか、俺が晴子さんに言われて強制連行したわけなのだが。まぁ、一時間もすれば起きてくるだろう。あるいは、このまま朝まで目を覚まさないかもしれない。

「どっちにしても、自由だよな……」

だがしかし、自由な雪美さんをうらやんでばかりもいられない俺は、なんとか展開のきっかけをつくるためにテレビがCMに入るのを待っていた。今晴子さんが見ているバラエティはどちらかと言えばCMが少ない番組で、それに加えて晴子さんがCMが始まるたびに水を飲みに行ったりトイレに行ってしまったりと何かしらをし始めてしまうので、なかなかその機会を得られずにいたのだが、しかしさすがにもいうすることがないというか、これ以上肩すかしを食わされることもなさそうな気配を感じる。きっともうすぐ訪れるCMが展開の契機になるだろうことは、もはや明らかだった。

しかし、実際のところ、今観ている番組は晴子さん的にどうでもいい番組であって、いつもだったら別に観ないようなものなのだ。どうして晴子さんは今日に限ってそんな番組を観ているんだろうか。まぁ、晴子さんにとって俺の優先順位はそんなに高くないわけで、単に気まぐれで観ているだけなのかもしれないのだが。それとも、晴子さんは俺と話をするのを避けているんだろうか。確かにそれは晴子さんにとっては単に面倒なことだろうし、晴子さんの思考パターン的にやりたくないと思って然るべきことなのかもしれないが。

というか、こちらは話をするためにここに来ているわけで、いくら晴子さんがめんどくさいと思ったとしてもそれをしないままおめおめと帰ってしまうわけにはいかないのである。いや、確かにさっきので十分話をすることができたのでは、と問われればイエスと応答するにいささかの躊躇もないのだが、しかし晴子さんが『あとで続きを』と言っていたからには話はするのであって、これ以上はしないまま終わりという選択肢はないのである。

「はぁ…、つまんな……」

「…、晴子さん、あの、聞きたいんですけど、いいですか?」

ただの暇つぶしで観ているにしてもあんまりな晴子さんの心の底からの嘆息は、ようやく始まったCMに被るように発せられた。晴子さんはそのままほぼ無意識にリモコンに手を伸ばしチャンネルを変えようとするが、しかしそれをさせるわけにはいかない俺は急いでその手が届かないところまでリモコンを移動させる。そしてそれから、俺は晴子さんに声をかけていくことにする。

「なによ、幸久、リモコン返しなさい。あたしは別の番組を観るのよ」

大きなクジラのぬいぐるみ枕を抱きしめながら、晴子さんはくるりと身体をこちらに向け不満そうな顔でそう言った。いや、どちらかといえば不満というよりも、むしろ不機嫌顔かもしれない。

「晴子さん、いつもは今の時間はなにも観るものないですよね? それに他の局に回しても晴子さんがいつも観てるのはどこでもやってません。つまらないテレビ番組を惰性で観ることほどくらだないことはないっていつも言ってますし、別にテレビ、消しちゃってもいいですよね?」

しかし、ここでいかに不機嫌そうな顔をされたからといって、俺は一歩引いてしまうわけにはいかない。そう、仮に一歩引いたとしても、ここにおいては何も解決しないのだ。それなら少し怖くても前に出よう。そうした方がきっと多少はマシに違いないから。

「テレビ消して、どうしようっていうのよ。そんなことしたらあたしが退屈するじゃない」

「退屈は、するかもしれないですね。でも晴子さん、さっき、後で話の続きをするって言っていましたよね。俺としては、その話の続きをするのがいいんじゃないかなぁって思うんですけど」

「話は、しなくていいわよ、しなくていいことにしたわ。面倒だし、聞く必要あることなんて別にないでしょ」

「あれ、そうなんですか? 俺はてっきり、晴子さんの方に聞きたいことがあるからああやって言ったんだとばっかり思ってました。晴子さんは、別にもう聞きたいことはないってことですか?」

「聞きたいことは…、なくはないけど」

「なくはないなら聞いてくださいよ。晴子さんらしくないですよ、歯切れ悪くって」

「…、うるさいわね、あたしらしくないなんて、あんたが言えることじゃないでしょ。あんたはあたしの何を知ってるのよ。『あたしらしさ』なんて、あんたに規定されるほど安くないわよ」

「…、そうですね。晴子さんらしくないかどうかは分からないです」

「話は、しないでいいのよ。あたしがそれでいいって言ってるんだから、それでいいの。あんたはあたしの言うことに従ってればそれでいいのよ、分かってるでしょ、いつものようにしなさいよ」

「でも晴子さん、何か聞きたいこととか言いたいこととかあるんですよね」

「…、そりゃ、なくはないわよ」

「それなら聞いてください、言ってください。俺は今日、そのためにここに来たんです。晴子さんと話をするためにここに来たんです。お願いですから話をさせてください」

「どうしても、話をしたいっていうの」

「もちろんです、晴子さんとお話したいです」

「…、じゃあ、あんたがそこまでどうしてもって言うなら、仕方ないわね。特別に、少しだけ話をしてあげることにするわよ。伏して感謝しなさいよね」

「もちろんです、晴子さん。付き合ってくれて本当にありがとうございます」

「で、話をするって、何の話をすればいいのよ」

「なんの話って、それはもちろんアレですよ、かりんさんのことです。かりんさんのことで何か分からないこととか、知りたいこととかがあったら遠慮なく聞いてください。わからないところはかりんさんに聞きながらですけど、分かりやすく応える所存です」

「…、幸久、あんた、さっきからかりんさんかりんさんってうるさいのよ。なんなのよ、ちょっと美人の女が家に来たくらいで浮かれちゃって、みっともないったらないわ。っていうかその女は何歳なのか教えなさいよ。あたしにしてみれば、別に喧嘩の相手が年上とか年下とか全然関係ないけど、でもやっぱりそういう基本的なところは抑えとかないとダメでしょ。あんたもそう思うでしょ、幸久」

「まさしくその通りだと考えています、晴子さん。まさに、仰る通りです。かりんさんは、えっと、二十歳です」

「二十歳? あたしの一個下じゃない。あたし、今年で21だし」

「あぁ、そういえばそうですね……。そっか、かりんさんって晴子さんよりも年下だったんだ……」

「ちょっと、二見かりんさん、そういうことだからあたしのことはちゃんとさん付けで呼びなさいよね。あたし、基本的に一個下には厳しいわよ」

「あれ、そうだったんですか?」

「当然でしょ、一個下には厳しくするのがルールなのよ。世の摂理とも言うわ」

「は~、なるほど…、勉強になります」

「そうよ、晴子さんのことをどんどん尊敬しなさい。それじゃあ、仕方ないから話を始めましょうか。二見かりんさんは、あんたのところにいるっていうけど、それってあんたと同じアパートに住んでるってことよね。あたし、あのアパートってどんな人が住んでるのかよく知らないんだけど、でもけっこう人住んでるっぽい感じするし、部屋の空きとかあるの?」

「部屋の空きは、たしか一つありましたね。二階の奥の部屋が開かずの間的に空室になってます。っていうか、その部屋は十年くらい前からずっと空室のままらしいですし、大家のおっちゃんも埋める気ないみたいです。でも、理由ありっぽいですけど、それを聞いたことはないですね」

「ふぅん、まぁ、別にどうでもいいわね。で、その人はどこに住んでるのよ。近くにある他のアパートか何か?」

「いえ、うちです」

「うちって、あんたの住んでる部屋ってこと」

「はい、俺と広太の住んでる部屋です。あのですね、うちのアパートは各部屋2LDKでして、けっこう広いんですよ。それで、今まで客間として空けてたところにかりんさんに入ってもらったんです」

「なんで、別に確実に結婚するってわけでもないのに同棲してるのよ。ちょっと、話が頭に入って来ないんだけど」

「いや、まぁ、事実だけ見たら同棲なのかもしれないですけど、でもそういうのじゃないです」

「事実以外は問題にならないわ。あんたは、自分のしていることがどういう風に観られるようなことなのか、ちゃんと認識して生きてるの?」

「…、たぶん、出来ているとは思うんですけど…、自信ないです」

「そういうときは出来てないのよ。あんたはクズだから、出来てる気になってるだけに決まってるじゃない」

「まぁ、無難にそうですよね」

「自分の分っていうのをちゃんと弁えときなさいよ。あんたはただでさえダメなんだから、せめて自分がダメだってことくらいは分かってないと話にならないわ」

「はい、気をつけます」

「まぁ、そういうことになっちゃってるっていうなら、仕方ないんじゃない。っていうか、ただ追い出せばいいっていう話でもないし、どうしようもないわね」

「そうなんですよね…、かりんさんをうちから出したって、何の解決にもなりませんから……。そんなのただかりんさんを困らせるだけっていうか、嫌がらせ以外の何物でもないですし」

「まぁ、どうしたらいいかっていうのはあんたが自分で考えるべきよね。自分の問題なんだから、自分で立ち向かうのが筋ってものよ」

「…、がんばります」

「勝手にしなさい。…、あ~、もうめんどくさくなってきたから最後の質問にするわ。あんたは、あたしとその二見かりんさんだったらどっちの方が好きなの」

「どっちが好きか…、っていうとちょっと分からないんですけど……」

「じゃあ、どっちの方が大事かっていうのでもいいわよ。二人から同時に何か頼まれたとして、優先するのはどっちかってこと」

「優先順位が高いのは、どんなときでも晴子さんです。それは間違いありません。…、あっ、でも、命の危機とか、そういうのだったら話は別ですからね? やっぱりどうしても、自分の中のルールを曲げてでも優先しないといけないことってあるじゃないですか」

「まぁ、あんたはそういう感じよね、だいたいのところで。まぁ…、そう、それならいいのよ、それなら。何の問題もないわ。あんた、ちゃんと分かってるじゃない。それでこそあたしの弟子よ、学ぶべきことはちゃんと吸収してたのね、あんたも」

「? ありがとうございます?」

「…、幸久、ちょっとあたしのこと『晴子ねえちゃん』って呼んでみなさい」

「えっ? おねえちゃんですか? それは霧子の」

「いいから、呼んでみなさいよ。いつもなら無礼にあたるけど、でも今だけ許してあげるわ」

「いや、でも、あの、恥ずかしいです、晴子さん」

「なに、あたしの言うこと」

「あ~! 呼びます! 呼びますから!! …、は、晴子…、ねえちゃん……?」

「……、幸久、あんた、別にかわいくないわ」

「え? あ…、えっ?」

「かわいくないわ、ぜんぜんかわいくない。霧子の方がずっとずっとかわいいわ」

「まぁ…、それはまぁ」

「でも、かわいくないけど、これからもあたしがかわいがってあげるわ。あんたはかわいくないけど、でもかわいい弟子だからね、しかたないわ。うん、仕方ないわよね」

「そう、なんですか?」

「なによ、不服なの?」

「いや、あの、超うれしいです」

「そうね、弟子は素直が一番よ、幸久。…、もう一回呼びなさい」

「晴子ねえちゃん?」

「…、悪くない、決して悪くはないわ……。あっ、もう話は終わりだから、さっさと家に帰りなさい」

「えっ? あっ、はい、分かりました。それじゃあ、あの、またです、晴子さん」

「今度はちゃんとあんたがつくりなさいよ、料理」

「はい、そうします」

「ほら、さっさと消えなさい。霧子にはあたしから一言伝えとくから」

そうして、俺はよく分からないままに晴子さんとのお話を終え、家路に就くことになったのだった。まぁ、いちおう晴子さんに納得してもらうことは出来たみたいだし、十分にいいといえばいいのかもしれないけれども。まぁ、とりあえず、今日のところは話をするのはこれくらいで十分だろう。

しかし、どうして急に晴子さんは俺にあんな呼び方をさせたのだろうか。あんまり急な話だったから何が何やらわからなかったぞ。

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