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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十二章
160/222

わき道にそれながらも

「で、だな、晴子さんは今風呂に入っているわけなんだが……」

全速力で晴子さんに申しつけられた風呂掃除の任をやり遂げすぐさま給湯ボタンを押した俺は、当然のごとく一番風呂を晴子さんに譲って、それからリビングの椅子に座って頭を悩ませていた。

「俺はどうしたらいい?」

そう、別に忘れていたわけではないし目を反らしていたつもりもないのだが、俺には一つここでやらなくてはならないことがある。なんというかそれは、つまるところ…、晴子さんとの対話だ。

「俺としては、さっきのでもうあらかた説明したつもりだし、ぶっちゃけ話をしないといけないことはもう残ってないと思ってる。でも晴子さんは『また後で続きを聴く』とかなんとか言ってらっしゃった。それってことはつまりまだ晴子さんとしては聞かなきゃいけないことが残ってるってことに違いあるまい。俺がないと思ってても晴子さんがあると思ってるんならあるんだ。なにがそれなのかはよく分からないけど、でもあるっていったらあるんだ。さぁ、俺はいったい晴子さんに何を聞かれるのか、みんなでいっしょに考えてくれ。というか、俺はなにを晴子さんに言ったらいいのか教えてくれ」

「お任せください、幸久様。私も精いっぱい知恵を絞らせていただきます」

「にゅ、あたしもがんばるよ、幸久君。よくわかんないけど」

「はい、私もです。私についてのことですので、きっと私が一番よく分かると思いますから」

議長席たるお誕生席に腰を下ろした俺と共に机を囲んでいるのは広太、霧子、そしてかりんさんの三人。ちなみに雪美さんは食事が終わってからというものソファーに横になってすやすやと安らかな寝息を立てている。きっとおいしいものをいっぱい食べて眠くなってしまったのだろう。

食べたくなったから食べて眠くなったから寝て、ほんとに子どもみたいな人だが、まぁ、それが雪美さんのあるがままなんだから俺が言えることはなに一つとしてないのだが。というか、むしろそういうところがかわいいと思うわけで、ありだと思います。

「っていうかさ、ほんとにこれから聞かれる細かいことってなんなんだろうな。前提条件は納得してくれたって言ってたけど、でもぶっちゃければ俺だってその前提条件くらいしか分かってないんだしさ、何聞かれたってまともに答えられる気がしないんだが」

「先ほど幸久様は過去と未来の話をなさいました。どういう経緯でかりん様が幸久様のお宅にお住まいになられたのかという過去と、これから幸久様がどういった選択をなさいどういった展開へと進まれるかという未来です。それならばこそ、次に晴子様がお聞きになりたいと思われるのは、今現在のことなのではないでしょうか。それが具体的に何を指すのかということは私にはわかりかねますが、ですがなんらか現在のことが聞かれるのではないかと考えます」

「なるほどな…、現在のことか。っていうか、現在のことってなんだろうな。あんまりピンとこないんだけど」

「にゅぅ…、幸久君たちがりんちゃんとどうやって暮らしてるかってことじゃないのかなぁ。おねえちゃんってけっこう心配性なところあるから、変なことになってないか気になるんじゃない?」

「? 変なことって何だ、霧子」

「へ、変なことは…、変なことだよ……」

「…、あっ、エッチなこと考えてるだろ! 霧子!」

「にゅ!? そ、そんなこと考えたこともないよ!?」

「えっ? あぁ、違うのか、悪い。まぁ、そうか…、そうだよな、霧子がそんなこと考えるわけないもんな。そう、そうだな、俺の思い違いか」

「ゆ、幸久君、えっちなのは、ダメだよ」

「分かってる分かってる。それはよくよく分かってる。っていうか、じゃあ変なことって何だよ。えっちなことじゃない変なことって、俺にはいまいち思いつかないんだけど」

「にゅぅ…、幸久君、えっちだもん……」

「いやいや、落ち着け霧子。それだけで俺がえっちだと断ずるには根拠があまりにも少なすぎるとは思わ」

「幸久様、晴子様のお風呂がいかに長いとはいえ、いつもおおむね三十分ほどで出ていらっしゃることをお忘れにならないでくださいませ。時間がないとは申しませんが、しかし時間は限られています」

「ぉ、おぉ、すまん……。そうだよな、ここは俺がえっちかどうかなんてどうでもいいんだよな。今話し合うべきなのはそこじゃない。悪いな霧子、今はそう言うことで納得してくれ」

「にゅ、あたしも、ごめんなさい」

「なんだよ、別に謝るようなことじゃねぇって。それにいつも言ってるだろ。男なんてえっちなのばっかりだから、不用意に近づいちゃいけねぇって、な?」

「…、幸久君、男の子も、えっちな人ばっかりじゃないみたいだよ?」

「? 霧子、ちょっと待て、何に気づいた」

「にゅ、だから、幸久君は、昔から自分も含めて男の子はえっちなのばっかりだから気をつけろって言うけど、そんなことないかもって」

「…、それはつまり、ようするに、だ……」

「男の子と仲良くするときは、幸久君が言ってたみたいに気をつけないといけないこともあるかもだけど、でもこわいわけじゃないんだなぁって」

「そ、そうなんだよ、男は怖いばっかりじゃないんだよ。俺みたいに優しいのもいるだろ?」

「にゅん、高校では昔みたいに意地悪する人もいないし、みんなけっこう優しいかも。」

「おぉ、そうか…、霧子ようやく分かってくれたのか。いや、分かってはいたのか? ようやっと納得してくれたんだな」

「にゅん、やっぱり、なんでもやってみないとわからないんだね」

「ん? 霧子ちゃん、あなた、いったいなにをやってみたのかしら?」

「お、お友だち、だよ」

「…、男の?」

「にゅ、にゅん」

「俺以外の?」

「にゅん」

「…、……、…、ぁ? あぁ~!! あれだろ!! あの、なんていったか……、あいつ!! 俺はまだ会ってないけど、その…、あれ!! 前に霧子にメールしてた、あれ!!」

「…、せ」

「はい、瀬戸君!! 思い出した!! 瀬戸君!! 一年生で、なんか霧子に付きまとってるとかいう、あれ!! あれが何かしたのか!? 霧子に何かしたのか!!」

「な、なにも……?」

「その三点リーダは、なに!!」

「なんでも、ないもん……。っていうか、瀬戸君は、別にあたしに付きまとってるわけじゃないもん」

「…、それは失言だった、悪い。でもその瀬戸君が霧子とお友だち? なのは分かった、つもりだ。…、分かってる、分かってるよ、俺は別に霧子の交友関係を全部洗いざらい把握してるわけじゃないんだからな。っていうか、前は瀬戸君のことお友だちではないって言ってたと思うんだけど、どういう心変わり?」

「えと、もうお友だちかなって」

「うん、分かった、そうか、そういう風に思ったんなら仕方ない。それでは、霧子ちゃんには『お友だち』の瀬戸君を、『おにいちゃん』の俺に紹介してもらおうかな。いつでもいいよ、瀬戸君が死ぬ覚悟を持って俺の前に顔を出せる瞬間が来たら、いつでもかかっておいでなさい。返り討ちにしてやる」

「にゅぅ…、あっ、でも、そういえば、瀬戸君、幸久君に会いたいって言ってたかも?」

「あっ? 俺に会いたい? どうして? 霧子の友だちなんだろ?」

「分かんないけど…、でもなんかそんなこと言ってたかも?」

「…、まぁ、いいや。俺に会いたいって言うんなら会わせてやることにしようぜ。奇遇にも、俺も瀬戸君とは一度じっくりとお話しする必要があるだろうからね」

「幸久君…、暴力は絶対ダメだよ……?」

「霧子、暴力なんて振るわないさ。霧子のお友だちに対して、どうして暴力なんて振るうことができるだろうね。そう、暴力なんていらないんだよ、『お約束』には。ただ、霧子に近づかないでいてもらうだけなんだから、ちょっとお話しするだけで十分だよね」

「ゆ、幸久君、お話しするだけって言っても怖いんだもん……。きっと瀬戸君も怖がっちゃうよ」

「なんだ、ちょっとくらいおしゃべりするだけでビビるなんて、瀬戸君はそんなになよっちぃのか? そんなやつには霧子とお友だちする資格はないぞ」

「どんな人でも、あのときの幸久君は怖いと思うけど……。でも、瀬戸君はどっちかというとかわいい系だと思うよ」

「かわいい系の男子なんていないんだよ、霧子。いるとしてもかわいいと思い込んでる系男子だけだ」

「そんなことないよ、幸久君。瀬戸君はあたしよりもずっとちっちゃいし、女の子みたいにかわいいんだから」

「女の子みたいにかわいい? はっ、何言ってるんだか、さすがの俺でもそれは信じられないな。いくら霧子の言ってることだとしても、それは信じてやれない」

「にゅ、ほんとなのに……」

「霧子よ、男の子には男の子の身体バランスというものがあってだね、それはどういじくったとしても女の子のそれにはなりえないんだよ。だから、女の子のようにかわいい男の子なんて幻想生物なんだ。ありえないんだ」

「そんなことないよ、幸久君だって瀬戸君のこと見たらそう思うはずだもん。きっとびっくりするもん」

「どうだろうねぇ……。まぁ、実際に見てみれば分かることでしかないけどな。いいさ、霧子がそうまで言うんなら、せいぜい見るのを楽しみにしとくことにするさ」

「…、幸久様、晴子様が出ていらっしゃるまで、そう時間があるわけではございません。何の話し合いも出来ていないと言って差し支えのない状況で、こうして時を徒に浪費していくのはいかがなものかと思われました、恐れながら口を挟ませていただきました」

「ほんとだよな、うん、脱線してる場合じゃないんだって。これってけっこう大事な話し合いだからさ、しっかりしとかないと俺の身が若干ピンチなわけよ。でも俺、基本的に脱線しがちだから、どっか行っちゃいそうだったら今みたいに突っ込んでね、かりんさん」

「は、はい! が、がんばります!」

「ん~…、ゆきひさくん…、おかあさんのこと、よんだ~……?」

「だいじょぶですよ、雪美さん。呼んでないですから、ゆっくり寝てて平気ですからね」

「は~い…、そうする~……」

「よし、じゃあ話を戻そう。晴子さんが俺に聞いてきそうな、かりんさんに関する現在のことってなんだと思う」

「私が思うに、かりん様がどのように暮らしているか、つまりどのようなタイムスケジュールで日々を過ごしているかということを聞かれるのではないでしょうか。どの程度の家事を受け持っているのかということは、我が家におけるかりん様の存在の浸透度を知る上で欠かすことのできない一つのファクターのように思えます」

「なるほどな…、可能性はある」

「幸久様、そういうことでしたら、私がどのような待遇を受けているかということも知るべき重要な情報なのではないでしょうか? それを知ることは、つまり直接的に幸久様が私のことをどう思ってくださるかということにつながることですし、幸久様のお気持ちを量る上で不可欠なものです」

「そっか、それも聞かれるかも……。う~ん…、ちょっと考えただけでもけっこうあるな、聞かれそうなことって。やっぱりこういうことはやっておいて正解だな、少しは対策しとかないと話し合いにすらならないからな」

「備えあれば憂いなしと言いますし、何事も事前の仕度があってこそでございます」

「うん、よし、よさそうなのがじゃんじゃん出てきてるし、この分なら晴子さんになに聞かれてもへっちゃっらだな。もう、どんな質問でも余裕で応えられるに決まってるじゃん」

「幸久様、今出たものはあくまでも可能性というだけであって、晴子様が何を聞いていらっしゃるかは分からないままです。まだ余裕を見せられるには少し早いのではないでしょうか」

「そんなことないって、平気平気。きっと晴子さんもよく分からないことは聞いてこないと思うし、心配しないでいいんだよ。広太は心配性だな、まったく」

「幸久様がそうおっしゃられるならば、私には差し挟む言葉の持ち合わせはございません。なんとかその補助を行なうことができるよう、全力であたらせていただきます」

「おう、存分にそうしてくれ。まぁ、特にやることはないだろうけどな」

『霧子~、お風呂、次入っちゃって~』

「にゅ、は~い、入るよ~」

「あれ、もう出てきたんだ。晴子さん、今日は早いなこのあとやるテレビでもあったっけ?」

「幸久様とお話をなさるためにお出になられたのではないでしょうか」

「あ~…、かもな」

とりあえず、俺としては準備完了で風呂から出た晴子さんを迎えることができたわけなのだが、しかし広太の言いたいことだって分からないでもない。大丈夫、分かってるって。

俺だって絶対大丈夫なんてこと思ってないって、ほぼ大丈夫だと思ってるんだよ。

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