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Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
16/222

じゃんけんをしようよ!(1)

「っと、そろそろ行くわ」

弓倉たちのつくった料理たちのご相伴にあずかりながら少しおしゃべりしていたわけなのだが、しかしよく考えたら俺は自分の班のシートに戻っている途中だったということを、不意に思い出した。

弓倉たちの料理が刻一刻と冷めていくのと同様に、俺たちの班の料理たちも冷めていくのだ。いつまでも他所の班で道草を食っているわけにはいかないのである。いや、食っているのは弁当なのだが。

「ごちそうさんな、みんな美味かったよ」

「おろ~? 三木くん、戻ってまうんか?」

「あぁ、食うだけ食って逃げるみたいになっちまって」

「別に気にしなくていいわ。こちらから食べてくれないか、と言い出したのだから」

「そうか、そう言ってくれると助かるわ」

実際、一口食べさせてもらうどころではなく、それなりに食ってしまったからこそこんな気分になっているわけなのだが、それもこれも美味かったからと理解してもらえると助かる。別に俺だって、意味もなく他の班の料理を食い散らしているわけではないのだ。

「じゃあ、また片付けのとき、になるのかな?」

「そうなるのか? 別にこのあとうちの方まで来てくれてもぜんぜんいいけど?」

「わたしは、ここで静かにお花見をさせてもらうわ。あんまり騒ぐのは、好きじゃないの」

「うちもそうさせてもらうわぁ、キレイにつくらんとて気ぃ張ったから疲れててん。静かにして、回復せんとあかんわ」

「そうか、それなら僕もここでゆっくりすることにするよ。またあとでね」

「あぁ、あとでな。遠藤も、あとで」

「ぅ…、うん、また…、あとで、ね?」

そして俺は自分の班のシートに戻ることにした。調理の制限時間もそろそろ終わるころ、ということもあり、ほとんどすべての班がシートに座っている。そしてそれ以外のシートには、いつの間に集まったのだろうか、たくさんの学校関係者が座っていた。

花見は特に開始の音頭が取られたわけではないが、三々五々勝手に始められているようだった。学校行事的に校長とかの仕切りが入るかとも思ったが、そんなことはないようだった。仲のいい人たちが集まり次第始めるなんて、まるで本当にただのイベントのようだった。

「まぁ、何でもいいんだけどさ」

とりあえず俺は、敷かれたシートの間を縫うように自分のシートに向かって歩いていく。職員たちはさっそく飲み始めているようで、にぎやかな気配がそこかしこに充満している。

教師の威厳とかそういうものについて、どう考えているのか、少し聞いてみたい気分だ。少なくとも、生徒側としては、それにどう関わり合っていけばいいのか、ということは計り知れない感じだった。

「ただいま」

気軽な感じに声をかけて、俺は手に提げた大きな箱をシートの上に下ろした。靴を脱いで、他のみんなの靴に並べるように、シートの端に揃えて置く。志穂の靴が吹っ飛んでいたので、それも拾って並べておいてやる。

よいしょっと、姐さんの横に腰かけて、飲み物を紙コップに注いでもらい、くっと一息に飲み干した。さっき食べたエビチリの味が、すっと流れたような感じだった。

ものすごく美味しかったから、ちょっとだけもったいないことをした気分だった。

「っはぁ……、で」

一息おいてから、俺は現実に目を向けることにした。

「志穂、なに、やってんだ?」

「ほぇ? あっ、ゆっきぃ、おかえり」

「にゅ、幸久君、遅かったね」

『おかえり』

どうして霧子が上着を脱ごうとしているのだろうか。確かに今日はそんなに寒くないし、暑くなったから脱ぐというのは分からないでもない。しかし、霧子はそんなに暑がりではなく、むしろ寒がりだ。俺が上着を脱いでいない状況で、霧子が脱いだという判断は、今までの経験則からしてあまり適格ではない。

とにかく落ち着いて考えよう。これはきっと重要な案件のように思う。冷静に判断して、的確に対処しなければ、おそらくマズいことになってしまう、俺の本能がそう告げている。

「とりあえず、何をしているのか俺に教えてくれ。話はそれからだ」

今、見て分かるレベルの状況を認識するならば、志穂がよろこんでる横で霧子が上着を脱いでいる。いや、あるいは脱がせられているのだろうか。

この状況だけで何が起こっているのかを正確に把握、理解することができるやつがいたとしたら、それはきっと超能力者か何かに違いない。ゆえに俺には把握はできるが、理解にまでは及ばないのである。

理解が及ばない事実に直面したとき、それは対話によってのみ解消されなくてはならない。話し合うことは、お互いの思いと考えを交換し合い、交流させ合うことをその意図としている。そうすることで、理解の及ばない事実が言語化され、それに対するお互いのスタンスを確認することを容易にするのだ。

「なにって、やきゅ~けんだよ?」

「はっ? やきゅ~けんって、野球拳のことか? や~きゅう~ぅ、す~るなら、の野球拳か?」

「たぶんそうだよ、うん」

「なんで野球拳なんてやってるんだよ……。まったく意味が分からないんだが……」

「こうやってお花見とかするときは、そうやってもりあげるんだって、どこかできいたよ」

「どこかってどこだ、その情報ソースを俺が完膚なきまでにぶっ潰す」

「え~…、テレビ?」

「よし、皆藤家のテレビの寿命は今日までだ。覚悟しろよ」

「このあいだあたらしいのに変えたばっかりだから、ダメ~」

なに…、我が家のテレビはいまだボロのままだというのに、新しいものに買い替えただと……。許せないな。

「…、よし、分かった、テレビを破壊するのは止めておく。止めておくとして、だ」

しかし問題はそこではないのだ。別に志穂が変なテレビを見て変な知識を仕入れていても、言ってしまえばそんなものどうでもいい。いや、よくはないけど、今はそこまでの問題ではない。

その知識がいいものか悪いものかということを判断できないこいつには、その分別を与えてやることが重要なのである。ダメなものはダメと教えてやることが必要なのであり、それがしつけ、もとい教育なのだ。

「志穂、屋外で野球拳はよせ。それはよくないことだ、分かるか?」

「え~、ダメなの? あぶないことしてないんだし、いいでしょ?」

「危ないことしてるだろ、野球拳の行きつくところはストリップショーだぞ。お前、こんなところで霧子を裸にして何が楽しいんだ」

「え? そうなの?」

「え? 知らないで野球拳しようとか言ってたのか? お前にとって野球拳ってどういう遊びなんだよ」

「じゃんけんのつよいやつ」

「よし、野球拳がいかに危険なものか、その身に刻み込んでやろう。霧子と勝負するのはやめろ、俺と勝負だ」

「え~、きりりんには一回勝ったのに~!」

「じゃあ俺が霧子の分も脱ぐから、それでいいだろ。一枚だから、上着な」

「よ~し、しょうぶ!」

「お前は、えと、あと上着とシャツと下着が上下とスカートとタイと、くつ下左右だから八枚な。俺は上着一枚脱いだから、シャツとネクタイとスラックスと靴下左右だから、五枚だ。よし、八連勝してやるよ!」

実際は八連勝なんてしなくても、俺は次負けたらシャツを脱いで上半身裸になるし、そうすれば姐さんが強制的に止めるだろう。もし俺が勝ち続けたとしても、さすがに五回負けて下着を晒すことになればギブアップするだろう。

「ま、待て、三木! お前は男だろう! そういう遊びは同性同士でするなら遊びかもしれないが、異性同士でするのはよくないぞ!」

「姐さん、止めてくれるな。俺はこいつに善悪というものを教えてやらないといけないんだ!」

「よ~し、まっけないぞ~!」

「はい! や~きゅぅ~、す~るなら! こういう感じにしなしゃんせっ! アウト! セーフ! よよいの……」

姐さんの制止を振り切って、俺たちのデュエルは始まった。志穂は野球拳の意味を理解していなかっただけで、それ自体についてはしっかり理解していたようで、掛け声に合わせてちゃんと踊っている。こういうところでも運動神経のよさが影響するのか、踊りのキレが半端じゃなくいい。

なんていうのか、一つ一つの挙動がやけにキレているというか、しゅぱっ! しゅぱっ! って感じだ。いや、今はそんなことはどうでもいい。今はただ、目の前の勝負に全てを賭けるしかない。

負ければ即終了、勝てばもう一戦となるだろうし、正直負けた方が楽かもしれない。しかし負ければ姐さんからの鉄拳制裁は避けがたいだろうし、できれば勝って終わらせていきたいところだ。

「よいっ!!」

左手を右手に被せ、振りかぶり、そして振り下ろした。

「っしゃぁっ!!」

グーとパー。

志穂がグー、俺がパー。

勝った! まずは一勝!

「俺の勝ちだっ! ざまぁみろ、志穂!!」

「にゃ~! 負けた~!!」

本当に悔しがっているようで、志穂は今すぐにでもゴロゴロと転がり始めそうな程だ。志穂はそれだけ本気ということだ。

それならば俺も本気で応じるまで! 敗者に対して容赦することは、それすなわち本気への礼を失すること。本気で応えると決めた以上、手心を加えることは許されないのである。

「ほら脱げ脱げ! 負けたやつは一枚脱ぐ、それがルールだからな!」

「分かってるもん! 次は負けないんだから!」

まぁ、脱ぐといっても、どうせ一枚目は上着かタイだ。別にその一敗が致命傷となることはないだろうが、しかし一敗は一敗。一歩押し込んだと言っていいだろう。

「んしょっ…、と」

上着かタイ、すなわち上半身に向かうと思われた志穂の手だったのだが、しかし俺の思惑をやすやすと裏切られた。その小さな手は、予想外に下半身へと伸びる。

そうか、くつ下から脱ぐのか。まぁ、それでも構わないだろう。安牌を一枚切る、ということに変わりはないのだから。

しかしその手は、くつ下へと到達する前に停止する。つぃ、っとスカートをたくし上げる。その動きを俺が理解するまで、ほんの少しの間を必要とした。

「か、皆藤!?」

姐さんが、素っ頓狂な声を挙げたが、その声の意味も俺はなかなか理解できなかった。目の前で志穂がそもそも何をしているのか、それが分からなかったのである。

スカートの中から、すっ、と白とピンクの縦縞のかわいらしい柔らかそうな布が下りてきた。それはどうも、三角形的なフォルムをしているらしい。そしてそれは、どうやら右足と左足の両方に引っかかっているらしく、志穂は右、左と順にそこから足を抜いた。

それから八つ当たりだろうか、ぽいすっ、とそれを俺の方に投げつけた。

投げつけられた俺は、それを、不意打ちだったので少しお手玉するようになってしまうが、反射的に受け止めてしまう。

「…………」

手の中には、志穂が俺に投げつけてきた布が、ちょん、と収まっている。その布は、ほんのついさっきまで志穂が身に着けていたこともあって、どことなくほんのりと温かい。あと、思った通り、それは柔らかかった。

しかしそれ以外のことは、何一つとして理解することができなかった。

すっかり思考が停止している。

「…、えっ、なに?」

俺たちの周りも、完全に凍りついていた。

メイの手から、携帯がぽろりと落ちた。

「あっ…、そうか」

俺は、手の中のモノを、とりあえずポケットに入れた。受け取ったものは、ポケットにしまう。それは大切なものを失くしてしまわないため、必要な行為だった。

しかしその行為は、この場においては間違いだったらしく、そしてそのことに俺が気付いたのは、姐さんの拳によって地面を舐めてからだった。

「かはっ!?」

姐さんは、無言のままで俺の脇腹、的確に肝臓を、腰を落とした模範通りの正拳突きで打ち抜いた。肝臓だけが彼方にぶっ飛んでいくような、そんな思いもしないような感覚を味わうことになろうとは、とんと考えていなかった。

そして、俺は膝を突く。膝を突いてしばらくむせ込んでから、ようやく思考が追いついた。

「お前! ごほっ、かはっ! なに脱いでるのっ!!」

「ほぇ? 負けたから?」

志穂は、心底分からんという顔。いや、こいつなに言っちゃってるんだか、という顔かもしれない。

「最初はもっと無難なところから脱ぐの! 上着とか!」

「じぶんをおいつめなさい、ってししょ~が……」

「絶対に追い詰め方間違ってるよ!?」

俺のポケットの中に収まっているもの、それはなんだろうか、といえば。

「一枚目からそこ脱いじゃダメなの!」

志穂の選択は、ショーツだった。

野球拳で負けて、一枚目に脱いだのは、ショーツだったのだ。

「もっと恥じらって! 野球拳って、そういう羞恥心との闘いなの!」

自分の追い込み方としては、ダイエットするから山籠りするぜ、というくらいの飛躍ぶりだった。このとき俺は、志穂がバカなんだ、と再確認したように思う。

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