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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十二章
159/222

余暇の過ごし方

「ごちそうさまでした、かりんさん」

「はい、お粗末さまでした。今日の料理はお口に合いましたでしょうか、幸久様」

「今日も相変わらずおいしかったよ、かりんさん。やっぱり和食っぽい味付けをするのはかりんさんの方が俺よりもずっと上手いよ」

「そのようなことはありません。幸久様のなさる味付けにもいいところがたくさんあるように思います」

「そういってくれるとうれしいよ、かりんさん」

とりあえず晩飯の時間は特に問題なく過ぎ去り、今は食べ終わったばかりなので食休みというか、ちょっとした休憩時間みたいな感じになっていた。もちろんこの後には晩飯の片付けとか晴子さんへの説明の第二回戦とか、いろいろやらなくちゃいけないことはあるのだが、しかしそれだからといって食後すぐに活動したいかと言えば断じて否である。

それだからこそ少し休憩なのである。もちろん、それは俺が休憩したいというのもあるのだが、それ以上に晴子さんが休憩したいというのがあるのだ。

これは今まで何度となく言ってきたことだが、晴子さんは基本的に面倒くさがりなので、面倒なことは可能な限りしたくない人なのである。いや、もちろん面倒くさがりではあるけれども有能な晴子さんは、いくら面倒でもやらなくちゃいけないこととかはばっちりこなしているのだが。

しかしそれほど優先度の高くない面倒なことは、極力しないようにするのが晴子さんなのであって、そういうことをするように強要したりするととても機嫌が悪くなったりするのである。これから、おそらく晴子さんの機嫌を悪くさせるに違いない話をする俺としては、話を始める以前の段階ですでに晴子さんの機嫌が悪いというのは、可能ならば避けたいところなのである。

「幸久、あんた夕飯つくらなかったんだから、せめて食器洗いと片付けくらいはしなさいよ。それが、師匠との約束を反故にしたあんたに出来る唯一の罪滅ぼしよ」

「もちろんです、分かってますよ」

「さっきの話の続きは、またあとで聞いてあげるから、今は黙ってやることやってなさい。あっ、あと風呂も洗ってお湯張っときなさい」

「了解です、やっときます」

そもそも、晴子さんに何かをさせようというスタンス自体が弟子としてはよろしくない思考回路なのであって、むしろ晴子さんのために全力でいろいろやらせてもらって、その後で晴子さんの気が向いたら俺のしてほしいと思ってることをしてくれるかも、くらいの塩梅でちょうどいいのだ。だからそういう用事みたいなことは、俺の口からではなくて晴子さんの口からするかしないか言ってもらうのがベストなのである。

もちろん、いくら俺と晴子さんが師弟で以心伝心だと言ってもすべての思いを共有することは出来ないのだから、俺から言いださなくてはいけないこともあるかもしれない。でも晴子さんがすでに了解していることについてはくどくどと俺が繰り言するべきではない。もしも晴子さんが分かってくれていないように見えるとしても、それは分かっているけど面倒くさいと思っているだけで、分かってないわけではないので注意が必要だ。

「幸久様、食器は私がやっておきますので、お風呂の方をお願いいたします」

「おぉ、任せろ、風呂掃除は俺の得意分野だ」

「幸久様、お風呂は私がやりますので、ゆっくり休んでらしてください」

「かりんさんは、料理つくってくれたんだから休憩だよ。それに着物の裾が濡れちゃうかもしれないんだし、風呂掃除なんて俺がやっとくよ」

「で、ですが、幸久様も広太さんも動いてらっしゃるのに、私だけ何もしないというわけには……」

「…、霧子、かりんさんにおもしろいドラマのことでも教えてあげてくれ。俺は女子の見るようなドラマをほとんど見ないから、かりんさんにいい暇つぶしを教えてあげることができないんだ」

「にゅ? うん、いいけど。えと、りんちゃんは、どういうのが好きなの?」

「かりんさんは、そもそもテレビ初心者だから、一番簡単なところからいってあげてくれ」

「? りんちゃん、あんまりテレビ観ないの?」

「て、テレビは、与えられていなかったので、観たことはほとんどありません。ビデオは、三木の家から送られてくるものを観るために与えられていましたが」

「ということだ。んじゃ、霧子、頼んだぞ。全力でかりんさんをテレビっ子にしてあげてくれ」

「にゅ、りんちゃん、テレビ観ないんだぁ……。テレビ観てないなら、どうやって暇な時間を過ごしてるの?」

「えぇと、お部屋のお掃除をしたり、お洗濯ものを畳んだり、アイロンをかけたり、たまに床の拭き掃除をしたり……」

「りんちゃん、それは家事っていうんだよ。家事をしている間は暇な時間じゃないと思うの」

「そうなのですか? それでは、えぇと…、…、暇な時間は、ありません」

「にゅぅ…、そうなんだ……。りんちゃんは一日中働き通しの辛い環境で生きてるんだね……。幸久君、りんちゃんがかわいそうだよぉ……」

「いや、別にそんなことないと思うんだけどなぁ……。家事は広太と二人でやってるはずだし、一日中動き詰めの余暇ゼロになるようなことはないと思うんだけど…、それとももしかして広太が家事をしないでかりんさんに全部押しつけてるってことは…、さすがにないと思うし……」

そもそも、広太が一人で家事をやっていたときでも、弥生さんのところに遊びに行ったり(家事の手伝い)歌子さんのところに遊びに行ったり(内職の手伝い)都さんのところに遊びに行ってたり(原稿作業の手伝い)してけっこう余暇の時間はあったみたいだし、それを二人で分割してやってるんだからより一層の余暇が発生してしかるべきなのだ。

「かりんさん、別に暇な時間があるっていうのはサボってるってわけじゃないんだから、俺は怒ったりしないよ? っていうか、もっと積極的に暇な時間をつくって、いろいろ遊びに行ったりしてくれた方が、俺としてはうれしいんだけど」

かりんさんは、もっと社会勉強をした方がいいんじゃないかなぁ、と俺は思っていて、…、いや、社会勉強なんて言うと偉そうかもしれないか…、もっと、年相応に生きるってことを楽しんでほしいんだ。う~ん…、視野を狭く持たないでほしいというか、自分なりのいろいろな楽しみを持ってほしいというか…、つまり、家事=仕事=趣味みたいな感じも悪いとは言わないけど、でもそれ以外にもなにか、楽しみに出来ることがあったらうれしくないかな、ってことだ。

ほら、俺だって、学校に毎日行くっていう仕事があるけど、それ以外に料理も好きだし、霧子も好きだし、…、それ以外にはあんまりないけど、でも仕事以外にも好きなことがある。だからかりんさんにも、そうしていろいろ持っていてほしいと思うんだ。

「っていうか、かりんさん、さっき微妙に言い淀んだでしょ。何かあるんだよね、暇な時間にやってること。それが何か教えてよ」

「…、空いてしまった時間には、弥生さんや歌子さんのお宅にお邪魔して、おしゃべりをさせてもらっています……」

「そっかぁ、それでいいんだよ、かりんさん。弥生さんとか歌子さんとか、せっかくご近所さんなんだからいろいろおしゃべりしたりさ、もっと仲良くなったらちょっとそこまでお出かけとかさ、そういうのでいいんだよ。他には? 他にはなにかない?」

「ど、読書を、少々……」

「読書! いいね、読書。俺はあんまり読まないけど、でも読書はいいものだよ。小説とか読んでるの?」

「は、はい…、弥生さんにお借りして、何冊か……」

「それじゃあ、今度俺のも貸してあげるね、だいたいマンガだけど」

「ぁ、ありがとう、ございます」

「俺は面白いと思ったのしか買わないから、きっと面白いよ。まぁ、かりんさんの趣味に合わないかもしれないから、一概にそうとは言えないけど」

「いえ、きっと幸久様のお好きなものですから、私も楽しめると思います。私は、幸久様のお好きなものでしたらたいていのものは好きですので」

「そうだったんだ、それじゃあ俺の好きなものを勧めやすくていいね。調味料とかも、勧めていい?」

「ちょ、調味料ですか?」

「そうそう、俺が集めてるやつ。いやぁ、いろいろあるんだけどね、ちゃんと初心者向けのやつから行くから、勧めていっていいかな?」

「そういえば、キッチンに『開けるな』と張り紙のしてある引き出しがありますが、もしかしてその中に入っているのですか? けっこう大きな引き出しのように思いますけど……」

「あぁ、そうそう。そっか、かりんさん、あの引き出し開けてないのか。いろいろ調味料入ってるからさ、使いたいのあったらほどほどに使っていいよ」

「えっ、でも、幸久様が集めていらっしゃるものならば、やはり使わない方がいいのではないでしょうか……?」

「いいよいいよ、使われてこその調味料だし。使われないで死蔵されるなんて、むしろその方が調味料がかわいそうだ。あっ、でも、かりんさんはそんなことしないと思うけど、無駄に使っちゃダメだよ。それはそれでもったいないし、かわいそうだから」

「それでしたら、はい、ぜひ使わせていただきます」

「まぁ、どこで使えばいいのか分からないのとかもけっこう多いけど、行けそうなのあったら使っちゃってね。あと、かりんさんも新しい調味料見つけてきたら買ってきちゃっていいからね。調味料収集はハマるよ、きっと。だって、見たことない調味料を変な路地裏の店とかで見つけたときのテンションの上がり方ったらないもん」

「それが、幸久様のお好きなことだとおっしゃるならば…、本当に面白いのかもしれませんね。私もいろいろ探してみます」

「あっ、でもかりんさん、あんまり危なそうなところには行っちゃダメだよ? 危なそうなところには危なそうなやつがいて、危なそうなやつがいるところには危なそうなことがあるからね。危なそうに感じたら、すぐに俺か広太か、あとは警察に連絡してよね。すぐに飛んでいくからさ、学校なんて早退してもいいんだから」

「分かりました、危ないところにはいかないように特に気をつけます。幸久様に学校を早退させてしまうわけにはいきませんから」

「っていうか、かりんさんケイタイ持ってないか。よし、今度ケイタイ買いに行こう。そうしないと、いざってときに連絡取れなくて困るからね」

「そんな、携帯電話なんて、私には使いこなせません。あのように小さくてたくさんボタンのついている機械は私には難しいです」

「いや、かりんさん、電話は普通にかけられるでしょ? ケイタイなんて、それのちょっとした応用でしかないよ。別にメールとかネットとか出来なくても構わないんだし、ただ電話として通話することができればいいだけなんだから」

「りんちゃん、ケイタイ買うの? にゅ、そしたら、あたしにもメアドと番号教えてね。メールの仕方、あたしが教えてあげるからね」

「き、霧子ちゃんまで……。私は機械には疎いんですから、難しい機械はムリなんです」

「ダメだよ、かりんさん。出来ないことを出来ないって言っちゃったら、そこでおしまいだ。出来ないことには、むしろ積極的に挑戦していかないと」

「それはそうですが…、でも、私が挑戦をするために無駄な金を使わせてしまうのは、忍びないです」

「そんなこと気にしないでいいんだって、かりんさん。ケイタイだって最新機種とか買わなかったそんなにお金かからないんだし、ちょっと電話したりメールするくらいなら利用料もそんなかからないし、ちょっとかりんさんにお小遣い渡してるつもりになればなんてことないんだよ。っていうか、そもそもうちはかりんさんと広太のの節約のおかげでおじさんからもらってる金はそこそこ以上に貯金してあるんだし、少しくらい気にすることないんだって」

「それは、いちおう存じ上げてはいますが……」

「まぁ、今すぐに決めることじゃないし、今どうこう言うつもりはないよ。でも、遅かれ早かれケイタイは持ってもらいたいな。別に監視するつもりはないんだけど、でもやっぱり連絡取れないっていうのは怖いからさ」

「…、はい、考えておきます」

「うん、そうしてくれるかな?」

「ちょっと幸久、いつまでそこでくっちゃべってるのよ! あたしはお風呂に入りたいんだから、さっさとお風呂の支度しなさいよね!」

「あっ、はい! すいません、今すぐに! じゃあ、かりんさん、ちゃんと休憩しててよね!」

話し始めると長いというか、やるべきことを忘れて話の方に没頭してしまうところがある俺だが、今回もうっかり晴子さんに一言いれられるまでおしゃべりしてしまった。やるべきことの優先順位を考えろっていうのは、俺としてはよくよく分かっているつもりのことなのだが、しかしどうして、それを実行するのはやはり難しいということなんだろうか。

うぅむ…、これでは志穂に堂々と注意することができないではないか。自分で出来てないやつにされる注意ほど、聞こうという気を起こさせないものはないからな。

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