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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十二章
158/222

しょうが焼きをもぐもぐと

「いただきます」

「どうぞみなさん、召し上がってくださいませ。お口に合えば幸いです」

晴子さんたちが女三人でいったい何の話をしているのかということは、けっきょく俺にはよく分からないままだったわけなのだが、まぁ、しかしそれは置いておいて、食事の支度が済んだのだから晩飯なのである。晴子さんたちが何の話で盛り上がっていたのかということには少し興味があるが、でもだからといってそれをどうやって聞きだすかと言えば、そんな術はないのだからすっぱり諦めるのが妥協なところだろう。

まぁ、きっとあれだ。なんか、今日学校であった楽しかったこととか、そういう家族の会話の定番ネタみたいなもので盛り上がっていたに違いない。そうだと思ってないと、それが何なのか気になって仕方ないからな、ここは黙ってそうなんだ、と納得しておくことにしよう。

「それにしても、かりんさん、いつもつくってくれる他のもそうだけど、豚のしょうが焼きとかの庶民的な料理も得意なんだね。実家の方ではもっと高級な食材とか使って高級じみたものとかつくってる感じなんだろうに、意外だよ」

「そんな、そのようなことはないのです、幸久様。私は花嫁修業として、主にお料理のお勉強をさせていただいたのですから、その先生も高級料亭などからお呼びしたわけではなくて、家庭的なお料理の一般的な調理法を教えてくださる先生にお願いいたしました。もちろん幸久様がおっしゃられたようなことを教えてくださる先生をお呼びしてお料理を習ったこともなくはありませんが、私にはそれよりこういったお料理をお勉強する方がいいと思ったのです」

「え~? むしろそれよりもさ、そういう高級料理とかのほうがやってみたいと思わない? 家で普通につくれるようものなんて、けっきょくは誰でもつくれるようなものなんだから、それよりももっと、なんかこう、すっげぇのつくれるようになりたいっつぅか、普通の人に出来ないこと出来るようになりたくない?」

「私の料理は、ただ幸久様に召し上がってもらうためだけのものです。幸久様が毎日召し上がっても飽きてしまわないようにいろいろな種類のお料理を勉強しましたし、幸久様が健康的に生活を送るためにお食事の面からお手伝いするにはどういったお料理をつくるのがいいのかということもお勉強しました。そうして分かったのは、けっきょく、高価な食材を使うことよりも、普通の人には出来ない特殊な技法を使うことよりも、誠意をもって料理をすることが大切なのだということなんです。大切な人のことを想ってお料理をすることが、なによりも大切なのです。そこには食材も技法も関係ありません。ただ大切な人の幸せを願ってお料理をして、にっこり笑って食べていただければ最高に幸せではありませんか。だから私は、幸久様に馴染みのあるお料理をたくさんお勉強したかったんです」

「へぇ…、そうだったんだ……。かりんさんは、昔からいろいろ考えてて偉いんだなぁ……」

「いえ、そのようなことはありません。私はただ、幸久様のために自分ができることは何なのかということを思っていただけに過ぎません」

「俺は、それが考えてるってことだと思うけどね。まぁ、かりんさんが違うっていうなら違うんだろうね」

「はい、私など、どうということはありません。幸久様の素敵さに比べたら、まるで取るに足らない女です」

「俺の素敵さなんてほぼないに等しいんだから、そんなのと比べても何の基準にもなりゃしないよ、かりんさん。比べるんならもっと意味のあるものと比較した方がいいと思うよ、俺は」

「うふふ、幸久様はやはり謙虚でいらっしゃいますね。自分の素晴らしさをひけらかさない慎ましやかなところも、幸久様の素敵なところです」

「慎ましやかにひけらかしてないんじゃなくて、悲しいけどひけらかすほどすごいところがないだよ、かりんさん。過大評価しても、俺が微妙な気分になるだけでなにもいいことなんてないよ」

「私は過大評価などしていません。これまで長い間幸久様のことを観てきて、これまで一ヶ月の間幸久様のことを見てきて、やはりそうだと思ったからそう言っているだけなのです。ありのまま、事実を捉えればそういう結論が必然として出てくるんです。ねぇ、広太さんもそう思われますよね?」

「はい、もちろんでございます。幸久様は、かりん様が仰られたように、素晴らしいお方でございます。才覚に恵まれ、三木を治めるに足る器量をお持ちだと、私は考えています」

「勝手にそんなこと考えるなよ。っていうか、三木を治めるって、うちの一族はもう俺一人以外誰もいないんだから、治めるも何もないだろ。自分で自分のことを治めるなんて、ただの自己管理じゃん」

「…、それはそうでございますが、ですが幸久様がそのために必要な様々な能力を備えているということが言いたいのです。幸久様ならば、組織の大小に関係なく、それを治め支配することが出来ましょう」

「いや、出来ねぇよ、そんなこと。俺はこれまで学級委員も生徒会もやったことないんだぜ? 組織の支配なんて出来るわけねぇって」

「やれば出来る、いえ、出来てしまうのです。幸久様は生まれながらにして、そういった才覚を秘めていらっしゃるのです」

「あ~、もうなんでもかんでも褒めればいいと思ってんだろ、お前。雪美さん、助けてください」

「んぐんぐ…、っんく。りんちゃんは、お料理じょうずなのね~、とってもおいしいわぁ」

「ありがとうございます、雪美様。まだしょうが焼きも残っていますから、お口に合いましたらもっと食べてくださいね」

「うん、ありがとう、りんちゃん。おかあさん、あとでおかわりしてくるわね、晴子ちゃん」

「母さん、残ってるからって別に今日中に食べきらなくてもいいのよ。さっきだって山盛りにして食べてたんだから、おかわりなんてしたら絶対に食べすぎだわ。おかわりしないで、明日の朝の楽しみに取っておいて」

「むぅ~、そんなこといって晴子ちゃんが食べちゃうつもりなんでしょ。そんなずるっこダメなんだからね~」

「なんであたしがそんなことしないといけないのよ。母さんじゃないんだからそんなことするわけないじゃない。っていうか、あたしはもう一食分には十分な量を取ったから、おかわりとか全然いらないんだけど」

「そうなの? それじゃあ残っちゃうし、おかあさんがおかわりしてもいいわよね?」

「食べすぎだからおかわりしちゃダメっていったでしょ? 母さん、人の話聞きなさいよね。おかわりしたら明日の朝ご飯なしだからね」

「も~、そうやって晴子ちゃんはいつもおかあさんにいじわるするんだから!」

「はいはい、意地悪しますよ。でもそういうこと言うからには、もし母さんが食べすぎてお腹壊しても看病してあげないし、食べすぎて体重増えたって言ってもダイエット付き合ってあげないから」

「? おかあさん、食べすぎでおなか痛くなったこないし、体重も十年くらい変わってないけど?」

「…、おかわりしたら、朝ご飯抜きだから」

「う~、う~、晴子ちゃんのいじわる~……。幸久くん、晴子ちゃんがいじわるするの~、たすけて~」

「…、あれ? 助けを求めたのは俺のはずなのに……? いや、まぁ、それはいいとして、晴子さん、別にいいじゃないですか、少しくらい食べたって。雪美さんが食べたいって言ってるんですから、もう少しおかわりするくらい許してあげれば」

「は? そういう無責任なこというんなら、これから母さんの面倒は全部あんたが見なさいよ。母さんは子どもと同じなんだから、好き勝手放題にされたら面倒なのよ。あたしがいろいろ考えて世話してるのが気に入らないっていうなら、明日から母さんはそっちの家の子にしてちょうだい」

「え~、おかあさん、明日から幸久くんのおうちに暮らすの?」

「そうなんじゃない? 幸久はあたしのやり方が気に入らないみたいだから。っていうか、弟子のくせに師匠に口答えとか調子に乗ってる以外のなにものでもないわよね。懲罰の対象なんじゃないの?」

「い、いや、俺は別に晴子さんのやり方に反抗したいとか、そういうあれじゃなくてですね、まぁまぁ、雪美さんもお腹空いてるみたいですねってことが言いたかっただけで、はい、違うんですよ、晴子さん。それに、雪美さんはやっぱりこの家の大黒柱なんですからこの家にいないといけない気がするんですよ。うん、やっぱりそうですよ、雪美さんはこの家にいないとダメですって、ね?」

「おかあさんは、明日からもうちにいるの?」

「そうですよ、この家が雪美さんの家じゃないですか。うちには、また遊びに来てくださいね。っていうか、雪美さんも晴子さんもうちに来たことないですよね。今度遊びに来てくださいね」

「逃げたわね、幸久。あんたは相変わらずビビりね、根本的なところで」

「ま、まぁ…、なんでもかんでも真正面からぶつかることもないですよ、クレバーに生きていかないと……」

「そういうところがしょぼいって言ってるのよ、あたしは。そんなしょぼいあんたを、どうして広太がそこまで褒め千切るのか、まったくもって不思議極まりないわ」

「あっ、戻った……。じゃなくて、そうなんですよ、晴子さん。こいつ、俺のこと褒めればいいと思ってるんですよ、絶対に。俺はなんてことない普通の人間でしかないんだってことを、晴子さんからもきっちり説明してやってください」

「広太、こいつはクズよ。人間のクズ。あたしの弟子であること以外には何のとりえもない、きったない池の水に浮かんでるクラミドモナスみたいな男よ。尊敬する必要もなければ従う必要もないの。褒めるなんてもってのほかよ。むしろもっと見下して、罵って、踏みつけなさい」

「そ…、そうだと認めるのには、激しく葛藤があるが、その通りだぞ、広太。俺はダメだ。お前も褒めるのはやめろ。そんなことをしてもいいことは何にもない」

「幸久様がクラミドモナスだというならば、私はその中の葉緑素になりましょう。幸久様がどのようなものであったとしても、私はその生活の手助けをすることができればそれでいいのです」

「ダメだわ、幸久、あんたがクラミドモナスのような単細胞生物だという事実を打ち明けても、広太は負けなかったわ。もう諦めなさい、あるいは単細胞生物にふさわしく、光合成でもして一生を過ごしていきなさい」

「光合成は身体の構造上ムリなんで、諦めることにします。でも今少し諦めるだけで、根本的に諦めたわけじゃないからそこらへんのところ勘違いするんじゃないぞ」

「はい、そうして、何事にも前向きに取り組むことのできるところは、幸久様の素晴らしいところの一つです」

「幸久様、ごはんのおかわりはよろしいですか?」

「あっ、お願いします。じゃなくて、自分で行くからかりんさんは座ってていいよ」

「霧子ちゃん、ほっぺにご飯粒がついてます。取ってあげますから動かないでくださいね」

「にゅ? ついてる?」

「…、はい、取れました」

「ありがとうございます、りんちゃん」

「どういたしまして。おいしいですか? 霧子ちゃん」

「えと、にゅん、すっごくおいしい。幸久君とおねえちゃんと同じくらい」

「そうでしたか、それはよかったです。幸久様のお料理はそのとてもお優しい心根が伝わってくる、温かな味がしますから、それと同じと言っていただけるなんて光栄です」

「幸久、二見かりんさんがあんたのことを褒めてるわよ。この人にもあんたのクズっぷりを喧伝しておいていいのよね。懇切丁寧に時間をかけて伝えておくわよ」

「クズっぷりじゃなくて普通っぷりを伝えてくださいよ、晴子さん。悪意しか感じませんよ」

「失礼なこと言ってるんじゃないわよ。師匠の気づかいを悪意とか、調子乗るのもいい加減にしなさいよ」

「いや、別にそういう意味で言ってるんじゃないですよ。ただ、あんまりひどいことを広言するのはやめてくださいってだけで、出来ることならばもう少し言葉を選んでほしいなぁって思うだけです」

「まぁ、考えとくわ、考えるだけだけど」

「もうそれでいいです」

残り少なくなってしまった自分の大皿の中のしょうが焼きを名残惜しそうに食べている雪美さんと、いつもはもう少ししゃべるというのにどうしてか黙々と食事をしている霧子を見ながら、俺も自分に取り分けられた食事をのんびりと進めていくのだった。かりんさんのつくったしょうが焼きは、晴子さんの教えてくれたものとは違って少し辛めの味付けがされていて、そういうのは初めてだったけど意外といいなぁとか思っていた。

料理の味付けというのは家によって違うんだということを、久しぶりに明確に感じたような気がする。

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