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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十二章
157/222

家族三人で

俺の決死の説明によって晴子さんには話の一番初めの前提条件を納得してもらったわけなのだが、しかしだからといって晴子さんを完全に説得することができたわけではなく、俺の戦いはまだまだ始まったばかりなのだ。

だがその前に、せっかくかりんさんがつくってくれた料理を、つくりたての温かいうちにいただくのがいいだろう。ここから晴子さんの説得に取り掛かってしまうとまた膨大な時間を要するわけであり、せっかくの料理が冷めてしまうことになりかねない。せっかく心をこめてつくった料理も、一度冷めてしまってはそのおいしさのいくらかが失われてしまい、少なからぬ悲しみがこみ上げるというものだ。

「あの、幸久様、お食事をそちらに運んでしまってもよろしいでしょうか……?」

「あっ、はい、俺も今行きます。広太も運ぶの手伝え」

「はい、了解いたしました」

まぁ、晴子さんを完全に説得することは、俺の弁論レベルを鑑みるに不可能なのだが、とりあえずの納得くらいは得られるようにがんばりたいところだ。逆に、それすら得られないとなると、俺の今後の平穏な生活が保障されないという事態も発生しかねない。俺は以前と同様の日常を享受したいだけなのであって、別にかりんさんがやってきたからといってそれに一石を投じて波紋を生じさせたいとかは思っていないのだ。

いや、確かに、俺の人生における新要素であるかりんさんの登場によって多かれ少なかれ俺の生活に波紋が生じていて、そしてその結果として俺は今こうして晴子さんと言論を交わし合わなくてはならないという事実が生じたと考えると、もうすでに大きな一石が投じられていると見るのが妥当なのかもしれないが、しかしだからといって自分からそれに追加で石を放り投げたいなどとは思っていないのだ。

そういう風に生活に刺激を求めるのは、昨今の若者にありがちな非日常への希求というものなのかもしれないが、そんなものを追い求めることはあまりに不毛が過ぎるというものだ。人生というのはまずからして、よくよく目を凝らして見てみれば波乱万丈なものなのであり、それを退屈と決めつけてよく分かりもしない刺激を求めるというのは、本末転倒も甚だしい。俺たち人間は、まず初めに己の生きている人生というものをよく見据え、その楽しさを存分に享受するべきなのだ。それだけのことでも、きっと人間は己の分というものを感じ入り、その身の程にあった幸せと楽しさを追い求めることになるに違いないのだ。

行き過ぎた波乱への嗜好は、むしろ何気ない日常におけるちょっとした喜びやちょっとした楽しさを否定し、自分の意思を画一的な『驚くような出来ごと』という、むしろ使い古されたされた一つの感性の枠に押し込めるものだ。人間が真に求めるべきなのは今自分が有している人生がどれだけ素敵なものであるかをしっかりと認識することであり、そしてそれからそうしたささやかな幸せを享受して生きることのできる喜びを感じ入ることなのである。

そう、つまり、生きてるだけで、ラッキーなのである。

「ねぇ、霧子、聞いていい?」

「にゅ? どうしたの、おねえちゃん」

「うん、あのさ、今日の料理って、けっきょく幸久がつくったわけじゃないのよね? あの、二見かりん? って女がつくったわけなのよね?」

「にゅん、そうだよ。最初は幸久君がつくるつもりだったみたいなんだけど、でもなんだかよく分からないうちにりんちゃんがつくることになったんだって。どういういきさつなのかはあたしもよく分かんないけど」

「どうしてよく分かんないのよ、同じ部屋の中にいて、どういう状況になってるのかまで把握してるんなら、それってつまり話くらいは聞いてたってことじゃない」

「だってあたし、そのときテレビ見てたんだもん。りんちゃんがお料理することになったっていうのも幸久君に聞いて知ったことだし、お話なんて聞いてなかったもん」

「ほんとに、あんたはテレビ好きよね。まぁ、別にテレビ好きだからって何かダメなことがあるわけじゃないから問題はないと思うんだけど。それにしても、霧子、テレビを見ながらでもちゃんと周りにアンテナ張り巡らせてないとダメじゃない。テレビがいくら好きでも、それにばっかり集中してたら今みたいに周りに置いて行かれちゃうわよ」

「そんなことないもん、あたしだってちゃんと人の話聞いてるよ。っていうか、人の話聞いてないのはおねえちゃんの方だよ、絶対」

「あたしは話を聞いてないんじゃなくて話を聞かないのよ。もっというなら、人の話を聞く気がないのよ。そこは全然違うんだから、間違えちゃダメよ」

「にゅ…、それは自分で言っちゃいけないことだと思うよ。分かってるんなら直さないとダメだと思う……」

「霧子、癖っていうのはね、なんでもかんでも直せばいいってものじゃないのよ。我慢して直さないでいればいつかその癖もチャームポイントになるときが来るんだから、耐えないといけないのよ。もちろん癖なんて直しちゃうのは簡単だけど、でもそこをあえて我慢してチャームポイントになるまで待つ。そうすれば周りからはそういう人なんだと思われて、むしろ一つのキャラになるって寸法よ」

「にゅぅ、そういうこと言っちゃいけないんだもん……。人のお話はちゃんと聞かないといけないって、小学校のときに先生が言ってたよ?」

「小学校のときのことなんて覚えてないわよ。クラスの支配者として悠々自適に生活をしてた記憶しかないわ」

「おねえちゃん、クラスの支配者だったの?」

「そうよ、すごいでしょ。みんなあたしの言いなりだったんだから、いい生活だったわ、あれはあれで。まぁ、今でも幸久はあたしの言いなりだから、いい生活ってことに変わりはないのかもしれないけど。でもやっぱり、幸久はまだ高校生だから大学にいるとき言うこと聞かせられないのは億劫よね。あたしがやる必要のないことまであたしがやらないといけなくて、面倒でたまらないわよ」

「でも、幸久君だって学校あるんだから、そんなムリなこと言っちゃダメだよ。それに、おねえちゃんはすごいんだから、自分で何でもできるよ」

「当然じゃない、あたしに出来ないことなんて滅多にないわよ。でもね、霧子、出来るからってやりたいわけじゃないの。面倒なことはできるだけやりたくはないし、やらないで済むならそれに越したことはないのよ。というか、せっかく幸久を弟子として抱えてるんだから、面倒なことは全部弟子にやらせてしかるべきなのよ。あ~、幸久がもっと天才だったらとび級でも何でもさせてあたしと同じ学年に置いておくのにぃ……」

「ぉ、おねえちゃんは、そんな理由で幸久君のことを弟子にしてるの……? あたし、師匠と弟子ってそういう関係じゃないと思うし、それにそういうのはあんまりよくないと思うんだけど……」

「え? 別に最初の最初からこんなこと考えてたわけじゃないわよ。だって幸久があたしの弟子になったのってあたしが中一のときだから、もう七年とか八年とか前のことじゃない。ってことは幸久はそのとき小三ってことだし、そんなガキがあたしの代わりにあたしの何を肩代わりできるっていうのよ。そんなこと考えもしなかったわよ」

「そうなの……? えと、じゃあ、おねえちゃんはどうして幸久君のことを弟子にしたの? おねえちゃんが幸久君のことを便利な道具みたいに思ってたんじゃなかったら、どうして?」

「どうしてって、そりゃ…、面白そうだからに決まってるじゃない。自分の言うことを絶対に聞く小学生なんて、なんか面白いと思ったからよ」

「晴子ちゃん晴子ちゃん、霧子ちゃんとなんのおはなししてるの~? おかあさんも仲間にい~れ~て?」

「別に大した話なんてしてないわよ、母さん。もう晩ごはんができるから、もう少しだけいい子で待っててちょうだい」

「は~い、おかあさん、ちゃんと待てるわよ、晴子ちゃん。こう見えてもおかあさん、いつも晴子ちゃんと霧子ちゃんが帰ってくるのを待ってるんだから、待つのは得意なんだからね」

「うん、そうね、さすがは母さんよ」

「そうでしょ~、ふふ~ん。それで霧子ちゃん、晴子ちゃんと何のおはなししてたの? 楽しいおはなし?」

「にゅ、楽しいかどうかは、ちょっと分からないかも」

「あら、そうなの? それじゃあ、そのおはなしが楽しいかどうかわ、おかあさんが考えてあげる! だから霧子ちゃん、そのおはなしをおかあさんに聞かせてね!」

「ぅ、うん、えと、おねえちゃんがどうして幸久君のことを弟子にしたのかな、ってことを話してて、おねえちゃんは幸久君を弟子にしたらおもしろそうだったからっていってるの。でもあたしは、おねえちゃんがほんとにそう思ってたのかなぁって思って、よく分からないの」

「ふんふん…、なるほどね~。おかあさんは、晴子ちゃんに聞いたことないから、晴子ちゃんの言ってることがほんとかどうかは分からないなぁ。でもねぇ、晴子ちゃんもただおもしろそうってだけで幸久君を弟子にしたんじゃないと思うなぁ。だって晴子ちゃん、ずっと前から弟がほしいって言ってたもの。だからね、晴子ちゃんが幸久君を弟子にしたのは、弟にしたかったからなのよぉ。だって『弟子』の中には『弟』が入ってるもん」

「ちょっと、やめてよ母さん、そう言うこというの。霧子が誤解するかもしれないじゃない。ほしかったのは、弟なんかじゃなくて玩具よ。ちょうど思い通りになる玩具がほしかっただけなんだから」

「でも晴子ちゃん、陽介さんが弟と妹どっちがいいかって聞いたとき、弟がいいって言ってたわよ? おかあさん、覚えてるもの。それに幼稚園くらいのときにね、陽介さんにちょっとお料理教えてもらってね、そしたら晴子ちゃんったらよっぽど楽しかったのねぇ、いつか弟が出来たら教えてあげたいって言ってたの。だからきっと、お料理を教えてほしいって幸久くんが言ってくれたときは、すっごいうれしかったと思うの。そうよね、晴子ちゃん?」

「そんなこと言われても、あたしは覚えてないわ、そんなこと。母さんの記憶違いじゃないって保証もないし、勝手に言いふらしたりしないでよね」

「そう? ん~…、おかあさんは言ったと思うんだけどなぁ……。でも、晴子ちゃんが言わないでっていうなら、ないしょにしておくわね」

「そうしてちょうだい。それより、もうあたしのことはいいのよ」

「もういいの? 晴子ちゃん?」

「別に構わないわよ。というか、そんなに言うなら母さんはどうなのよ。母さんは幸久のことどう思ってるのよ。人のを分析する前に自分の思ってることを言ってみなさいよ」

「? おかあさんはぁ、幸久くんのことだいすきよ~。幸久くんは霧子ちゃんのおにいちゃんだと思ってるもん。だから~、幸久くんはおかあさんの子どもみたいなものなのよ」

「まぁ、母さんはそうよね。そうとでも思ってないと、あのころの幸久の可愛がりっぷりはありえないでしょ。他人の家の子だっていうのに、霧子のお友だちとして以上の扱いだったもの」

「だって幸久くん、かわいかったじゃないの~。だからね、おかあさん、幸久くんのこと初めて見たとき絶対うちの子にしたいって思ったのよ~。あっ、昔はかわいかったっていうだけじゃなくても、今もとってもかわいいと思うけどねぇ」

「幸久が可愛い? たとえばどこらへんがよ」

「幸久くんのかわいいところなんて、すっごいいっぱいあるじゃないの~。なんにでも一生けんめいなところもかわいいし、思ったら一直線なところもかわいいし。あっ、それにちょっと、幸久くんって陽介さんに似てるのよ。ただの偶然なんだけど、でも目元の感じとかがちょっと面影あるのよ~」

「まさか母さん、幸久が父さんにちょっと似てるからって再婚したいとか言いたいわけじゃないわよね。あたしは幸久のことを父親だと思うなんて、絶対に嫌だからね。もしも母さんがそんなことしようなんて考えてるなら、あたしは家を出るわ」

「幸久くんと結婚なんて考えてないわよ~、晴子ちゃんったらおもしろいこというんだから~。幸久くんはとってもかわいいけど、でもおかあさんには陽介さんっていう心に決めた人がいるから、そんなこと出来ないわ~」

「しないでいいって言ってるのよ。まぁ、しないっていうならいいんだけど……」

「? 三人とも何の話してるんですか? だいぶ盛り上がってるみたいですけど」

「別に何でもないわよ。そんなことよりさっさと食事の仕度をしなさいよ」

「あっ、はい、もちろんです」

俺は晩飯の準備に従事していたから、もちろん三人が何の話をしているのかは分からないが、まぁ、女性が楽しそうにおしゃべりをしている様というのはとてもいいものだと思うので、とりあえずは問題ないと思う。まぁ、きっと俺にはそんなに関係のないことだろうし、あえて聞き出そうとする必要もないだろうけど

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