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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十二章
153/222

おかあさんのお言葉

「なんか二人して楽しそうですね。俺がキッチンに閉じこもってる数分の間に何かあったんですか?」

「あら、幸久くん、おかえりなさ~い。今、広太くんがお買いものにいったわよ~」

「えぇ、ちょっと冷蔵庫見たら材料が少なかったんで、いろいろ買い足しに行かせました。広太が戻ってきたら晩飯つくっちゃいますんで、もう少し待っててくださいね、雪美さん。晴子さんが戻ってくる頃には出来あがると思いますから、まだ少しかかっちゃいますけど」

「そんなの気にしないでもだいじょぶよぉ。おかあさんね、晩ごはんができるまで待つのなんて、なんでもないんだから。いつも晴子ちゃんがご飯つくってくれるまでちゃんと待つんだからね~」

「…、それは、すごいですね! さすがは雪美さんです! なかなか出来るもんじゃないですよ、それは!」

「そうでしょぉ~、ふふん、おかあさんはすごいんだからねぇ~」

「いやぁ、雪美さんはさすが、本当にすごいなぁ。母は強いですね、やっぱり。晴子さんのおかあさんだけのことはあるなぁ、うんうん」

そんなわけで、キッチンで食材の足りなさにショックを受けたりいろいろしたりした俺は、しかし無事にその確認も終わって広太を買い物に送りだすこともできたわけであって、ひとまずひと段落と言ったところだろうか。とりあえず、俺は広太が買い物から帰ってくるまでは休憩時間なのであって、晩の支度にとりかかるのはそれからでも決して遅くはない。実際のところ、今日のメニューはそんなに時間がかかるものというわけでもなく、つくり始めてしまえば一時間強で仕上がってしまうという代物なのである。

いや、別に短い時間でできるからといって手抜きをしているというわけでは決してなく、俺なりの全力を尽くしたとしてもその料理はそれだけの時間でできてしまうと言うだけなのだ。だからそのあたりのことは、出来ることならば誤解しないでいただきたいところだが。

「雪美さんは、おかあさんの中のおかあさんですよ」

そしてもう一つ、これも決して誤解しないでほしいのだが、俺は別に雪美さんのことをバカにしているわけではない。雪美さんのことは身近な一人の大人として、また俺のことを小さいときからよく世話してくれた恩人としてかなり尊敬しているし、敬愛しているといっても間違っているとは思わない。だからこそ雪美さんがどのようなことをしたり言ったからといってバカにすることなんてありえないのだ。確かに雪美さんは無邪気すぎるところがなくはないし、そういうことをしようとする不埒な輩もいるかもしれないけれど、しかし俺はそんなやつらとは違うのである。

雪美さんは、もちろんいくらか欠点はあるが、それでもその欠点を補ってあまりあるほどにいいところがたくさんある。そのちょっとした欠陥が、俺たちが思っている以上に俺たちの雪美さんへの理解を阻むのだが、しかしそれを乗り越えることさえできれば雪美さんのいいところなんていくらでも簡単に見つけることができるに違いあるまい。

まぁ、そのいいところっていうのはいっぱいありすぎてそうそう言いつくすことは出来ないわけで、ここでは特に何かを挙げることはしないけど、でも雪美さんは雪美さんで、確かに一般的な意味でのそれとは少し違うかもしれないけど、立派なおかあさんだということは疑いようのない事実なのである。

「それで、霧子はどうですか? かりんさんと仲良くできそうですか?」

「うん、心配しなくてもだいじょぶよ、幸久くん。霧子ちゃんはいい子だから、誰とでも仲良くなれるもの。それに、幸久くんの連れてきた子もいい子みたいだし、すぐに仲良しになるわよ」

「そうだと、いいんですけどねぇ…、まぁ、かりんさんは霧子に対するジョーカー握ってるし、少なくとも仲良くはなれるだろうけど……」

「霧子ちゃんはお友だちつくるの得意だから、おかあさん心配してないわぁ」

「そう、ですね…、霧子は、いい子ですからね。…、そういえば雪美さん、今朝仕事がどうとか言ってましたけど、今日は忙しかったんですか?」

「そうね~、おかあさんはおうちでお仕事する人だから、あんまり大忙し~って感じじゃないわよ~」

「へぇ、家で出来る仕事っていうと、内職とかですか? でも、内職で家族三人養うのはムリですよね? 雪美さん、けっこう器用ですけど飽きっぽいですし、単純作業とかムリそうじゃないですか」

「単純作業って、どんなの?」

「えっと、たとえば…、造花を黙々とつくったり、ダイレクトメールの宛名を黙々と貼ったり、ガチャガチャの景品の決められた部分に黙々と色を塗ったりっていうのを何千何万とやるんです」

「え~、それってあんまりおもしろそうじゃないわねぇ。おかあさん、それはムリ~」

「ですよね、だと思いました。それじゃあ雪美さんは、何してお金稼いでるんですか?」

「えっとぉ、おかあさんはねぇ、ぎゃんぶらー、なの」

「ギャンブラー? えっ、雪美さん、ギャンブルしてるんですか? プロのパチンカーとかスロッターとか、そういうあれですか?」

「うぅん、おかあさん、パチンコもスロットもやらないわ~。それにそういうのじゃ、おうちじゃ出来ないでしょ~?」

「あぁ、それは確かに……。それじゃあ、なにをやってるんですか? 家で出来るギャンブルで、しかも家族三人養っていけるものって、俺には全然見当もつかないんですけど……」

「じゃぁねぇ、ヒントあげるね。おかあさんのお仕事は、パソコンを使います!」

「えっ、雪美さん、パソコン使えるんですか?」

「使えるわよぉ、パソコン。おかあさん、パソコンは剣道の次に得意なの」

「えっ!? 雪美さん、剣道できるんですか!? パソコン出来るっていうのよりも、そっちの方が普通にびっくりなんですけど!?」

「昔ね、陽介さんにちょっと教えてもらったのよぉ。でもあんまりうまくできなくてねぇ……」

「あれ? 今の流れって、『意外に思われるかもしれないけど私、剣道とかできちゃうんですよ! それからパソコンとかも得意ですよ!』みたいな流れじゃなかったんですか? っていうか、それじゃパソコンもそんなに得意ってわけじゃないんですか?」

「うん、ちょっと使えるだけ。でもね、インターネットとキーボードとクリックとダブルクリックは出来るのよ。おかあさんのお仕事は、それだけあればできることだからね」

「ますます分からなくなってきましたね…、困りました……。ヒント、もう一つお願いします」

「えっとぉ…、それじゃあねぇ、おかあさんのお仕事はぁ、陽介さんが教えてくれました!」

「えぇ……? それは、陽介さんが趣味でやってたことを雪美さんが仕事の域まで極めちゃった的なことですか? それとも、陽介さんのお仕事を雪美さんが引き継いだ的な意味ですか?」

「ん~、陽介さんはねぇ、昔からそれをやっててね、おかあさんが教えてっていったら教えてくれたのよぉ。今でもおかあさんは、陽介さんみたいにはうまくできないの」

「ってことは、おじさんもそれを仕事にしてたんですか? あんまりおじさんが家にいるイメージってないんですけど、俺の勘違いですかね?」

「陽介さんは市役所で働いてたのよ。それでね、定時で帰ってきて、それからごはんをつくってくれたの。おかあさんは、この家で陽介さんがお仕事に出かけるのをお見送りして、帰ってきたらお出迎えして、それからいっしょにごはんを食べて、夜はいっしょに寝るの。それが君の仕事だって、陽介さんは言ってくれたのよ~」

「おじさん、雪美さんにべた惚れですね。というか、さすがに料理以外の家事は雪美さんがしてたんですよね? そうじゃないとおじさんの身が持ちませんよ」

「もちろんよぉ、おかあさんはね、おせんたくものを取りこむのと、おふろ掃除がお仕事だったの。いろいろ家事をやって、おかあさんの鏡でしょ~?」

「…、そうですね、うん、はい、そうだと思います。おじさん、身体が丈夫だったんですね、よかったです」

「陽介さんはね、いっつもおいしいごはんつくってくれてね、おかあさんのこともすっごく大事にしてくれて、おかあさんやっぱり大好きだったのよぉ。幸久くんもねぇ、きっと将来だれかと結婚することになると思うけど、やっぱり一番大好きな人と結婚した方がいいとおもうわぁ。だって、もし本当に好きじゃない人と結婚したりして、離婚なんてすることになっちゃったら自分も相手も悲しいじゃない」

「それは、やっぱりそうですよね」

「それとね、相手のことをよく知ってから結婚するのがいいと思うの。だからね、今のところは幸久くんはかりんちゃんと結婚するのは保留でいいんじゃないかなぁって、おかあさんは思うなぁ。だって、幸久くんはかりんちゃんのこと全然知らないんでしょ~?」

「まぁ、そうですね、かりんさんのことは全然知らないです」

「だったらまだムリに決めることないわよぉ。もし本当に結婚するにしても、幸久くんはもっとかりんちゃんのことを知った方がいいし、かりんちゃんももっと幸久くんのことを知った方がいいはずだもの」

「やっぱり、結婚っていうのはそういうものですかね」

「ん~、おかあさんは、やっぱりそう思うの。結婚って一生のものだし、簡単にするべきものじゃないと思うもん」

「さすが経験者の言うことは、どことなく説得力が違いますね」

「もちろんよ~、おかあさんは陽介さんといっしょに暮していたときがいっちばん幸せだったんだからね~。大好きな人と、ずっといっしょにいられるのが、やっぱり一番幸せなことでしょ?」

「俺は…、今まで彼女とかいたことないんで、あんまりピンとこないんですけど、でもそうなんですよね」

「ピンとこないの~? それじゃあ幸久くんは、霧子ちゃんといっしょにいられたら幸せじゃないの~? 晴子ちゃんといっしょも、幸せじゃないの?」

「…、あっ、幸せですね。俺、霧子のことも晴子さんのことも大好きですから、きっとすげぇ幸せです」

「そういえば、今まであんまり聞いたことなかったけど、幸久くんって霧子ちゃんと晴子ちゃんのどっちの方が好きなの?」

「どっちと言われると、それはちょっと難しいですね……。霧子は妹として誰よりも大好きだし、晴子さんは師匠として誰よりも大好きだし……。ちょっと、二人は俺の中でジャンルが違うんで、うまく比較することは出来ないですよ。あえていうなら、二人とも一位ですね。掲載されてるランキング表が違いますけど」

「もぅ、幸久くんってば、ほんとに女の子にダラしないわねぇ。で、で、おかあさんは何ランキングの何位なの? 教えて教えて~」

「ゆ、雪美さんは、おかあさんランキングの一位ですよ。俺にとっては、雪美さんが理想のおかあさんです」

「え~、そうなの~? おかあさんは、愛人ランキングとかには載ってないの~? でもそっかぁ、おかあさんももう歳だからねぇ、幸久くんのストライクゾーンの外になっちゃうわよねぇ……」

「そ、そうですね…、やっぱり、恋愛の対象って感じではないですね。おかあさんですから」

「霧子ちゃんと晴子ちゃんも、恋愛の対象じゃないでしょ?」

「まぁ、そうですねぇ。霧子は妹だし、晴子さんは神だし、あんまり恋愛って感じじゃないですよねぇ」

「でも、いっしょにいたいんでしょ?」

「まぁ、そうですねぇ……」

「幸久くんはね、きっと将来ハーレムでもつくることになっちゃうわよぉ。そうやって、いろんな女の子と仲良くなって、みぃんなといっしょに暮らしてるの~。うふふ、それって、なんだか楽しそうかもぉ。ほんとにそうなったら、おかあさんも仲間にいれてね?」

「いや、そんなことしませんよ。っていうか、俺はそんな、女の子と深い仲になったこともないんですし、そういうことに付き合ってくれる相手がいません」

「う~ん、どうかしらねぇ……。幸久くん、昔から女の子に人気あるみたいだし、今でもいろんな娘が幸久くんのこと好きなんじゃないの?」

「女子に人気があったのは広太の方ですよ、俺なんて別に大したことないです」

「あら、そうなの? でもまぁ、幸久くんがうちに来てくれれば、おかあさんと晴子ちゃんと霧子ちゃんで幸久くんのハーレムができるわねぇ。だから心配しなくてもいいんだからねぇ?」

「いや、別に俺の人生設計の中にハーレムをつくる予定はありませんし、それが出来ないからって何の問題もないですからね?」

「そうなんだ~、ざんね~ん」

そして雪美さんは、本当に残念そうにふぅ…、と一つ短くため息を吐いたのだった。そうだ、俺は別にハーレムとかつくりたいわけじゃないし、っていうかそもそもそんなのがつくれるはずもないし、つくってどうするの的なものすらある。ムリムリ、そんなことができる甲斐性は、少なくとも俺には備わっていないのだから。

俺はなんというか、もっと穏便に人生を送っていければいいのだ。だから普通の人がするのと同じような一般的な人生が送れればそれでいいのだ。それで十分なのである。

…、あっ、けっきょく雪美さんの仕事について聞きそびれたし。…、まぁ、またの機会に教えてもらえばいいか、そんな火急で知らないといけないってことでもないわけだし。

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