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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十二章
150/222

玄関で立ち話

「幸久く~ん、開けたから入っていいわよ~」

「ありがとうございます、雪美さん。それじゃあお邪魔します」

「は~い、いらっしゃ~い。晴子ちゃんはまだ帰ってきてないけど、ゆっくりしてね~」

二度目のチャイムから十数秒、今度こそ門扉から数メートルのところにあるドアから解錠音が響き、家主である雪美さんから歓迎の意を表された俺たちはようやく待ちぼうけの状態から解放されたのだった。しかし、こうも簡単に雪美さんがカギを開いたとなっては気になってしまうのは霧子ちゃんのことである。いったい霧子ちゃん、どうしてあんなにカギを開けるというワンアクションをこなすことができなかったというのだろうか、疑問である。

「雪美様、お邪魔いたします」

「広太くんも、いらっしゃ~い。さいきんあんまり来てくれないから、おかあさんさみしいなぁ~」

「なかなか顔を出すことができず、申し訳ございません、雪美様。これからはもう少し頻繁に来させていただきたいと思いますので、ご容赦をお願いいたします」

「おかあさんもねぇ、今日みたいにお仕事してるとき以外の日は、けっこうひまなのよ~。だからね、お話しする相手がほしかったりするの~」

「それではそのようなときは、ぜひこちらに来させていただきます。雪美様、お話相手を御所望の際は、いつでも構いませんのでお電話をくださいませ。すぐにでも飛んで参ります」

「ほんと~? 広太くんはやさしいね~、よしよし」

「おいこら広太、未亡人に色目を使うな」

「そのようなことはございません、幸久様、大いなる誤解です。ただ私は、雪美様に退屈な思いをさせたくないという一念でそう言っただけですので」

「気をつけてください、雪美さん。こいつは年上の女の人が好きなんです」

「え~、そうなの~? 広太くんも変わってるわね~、やっぱり同じくらいの年の子の方がいいわよね~。幸久くんもそうでしょ?」

「まぁ、おおむねそうですね」

「幸久君は、ちっちゃい女の子が好きなんだよね……。中学生とか、小学生とかの女の子が、好きなんだよね……。あたし知ってるよ、そういう人のことをね、ロリコンって言うんだって。おねえちゃんが言ってたよ……」

「うゎ!? 霧子!? なんでそんな隅っこでうずくまりながら不穏なことを口走ってるの!? 俺は別にちっちゃい女の子が好きなんじゃないよ!? ただ純粋な母性でもってして、ちっちゃい女の子ってかわいいなって思ってるだけだよ!? …、いや、そうじゃなくて、なんでそんなとこでうずくまってるのっ!?」

門扉をくぐってドアを通って、玄関で靴を脱ぎながら談笑する俺たちの会話の流れに幽鬼のような気配を発しながら不穏当な言葉を投げ込んで割り込んだのは、一度目のチャイムを受けてドアのカギを開きに来て、しかしなかなか開けてくれないで、もはや俺の中では「いったいどこに行ってしまったんだろう……」みたいな感じになっていた霧子だった。まさか、ドアのカギを開きに来たというのにこんなところでうずくまっているなんて思っていなかった俺は、軽く動揺して会話の順番を間違えてしまったではないか。こういうときはまず霧子がここにいたんだなぁ、びっくりしたなぁ、というのを前に出して、それからその発言を否定していくのがよいのだ。何はともあれでその言葉を否定してしまっては、あまりに必死すぎる感じが出ているというか、むしろ逆にそうだと言ってしまっているようなものではないか。いかん、いかんよ。俺はロリコンなんかじゃないっていうのに、まるで認めてしまったようなものではないか。ここからなんとか取り返していかないと、俺がロリコンだということが公然の事実みたいな感じになってしまうに違いない。気をつけろ、集中するんだ、俺。ここからのちょっとしたやりとりは、あくまでちょっとしたものでしかないけど、でもとても重要なものになってくるぞ……!

「おねえちゃんが言ってたの、幸久君はロリコンだって。でもよく考えたら幸久君って、しぃちゃんとかメイちゃんとかと仲良しだよね」

「まぁ、落ち着け、霧子。冷静になって話し合おう。晴子さんの言ったことがすべてってわけじゃないんだぞ。人の意見に乗っかるばかりじゃなくて自分自身の意見を持つのが大事だって、昔言っただろ。さぁ、いっしょに真実を探求しようじゃないか」

「そういえば幸久君って、学校に行くときとかによく小学生の女の子の通学風景を眺めてるよね。信号で止まったりしたときとかに」

「…、いやいや、そんなことしてないって、気のせいだよ気のせい。別に小学生の女の子がかわいい服着てるとかかわいい髪の結い方してるとか、そんなこと全然考えてないって。そういうときはさ、小学生の女の子の方を見てるように見えるかもしれないけど、何かしらの考え事をしてるんだよ。小学生の女の子は視界に入ってないんだよ」

「でも幸久君、たまにアパートの前でランドセル背負った女の子とおしゃべりしてるよ、すごく楽しそうに。あんなに幸せそうな幸久君、そんなに見たことないよ」

「いや、その子はだな、アパートの一階に住んでる女の子でね、ご近所づきあいの一環として仲良くさせてもらってるだけなんだよ。別にその子が小学五年生だから仲良くしてるわけじゃないのだよ。ただ隣人の一人が小学五年生の女の子だったってだけでね、分かるだろ、霧子」

「うちの近所にも小学生の子が住んでるけど、あたしそんなにおしゃべりしたことないかも。別にご近所さん全員と仲良くしないといけないわけじゃないし、そんなの幸久君がちっちゃい女の子を好きじゃないってことの証拠にならないもん」

「あのな、霧子、俺が住んでるのはあんな小さなアパートなんだよ。住んでる人全員を合わせても六人しかいないんだよ。そんなところに住んでるのに、その小さなコミュニティの中でコミュニケーション不順があるとか、俺はイヤなんだよ。だからさ、そこに住んでる六人くらいは仲良くしたいって思うんだよ。分かってくれるだろ、なぁ」

「でも、幸久君はロリコンだと思う」

「なんで断定!?」

「だって、あたしがおっきくなってからは、そんなにかわいがってくれないから。昔は、もっとかわいがってくれたもん、身長がちっちゃかったから」

「俺は別に、霧子のことかわいがってないなんてことはないぞ。俺はいつだって、霧子が一番かわいいぞ。身長が変わったくらいで俺の霧子へのかわいがりがブレたりはしない」

「でも、今はしぃちゃんとかメイちゃんのこともかわいがってるもん。あたしなんて、もうどうでもよくなっちゃったんだもん」

「…、それは、昔はほんとに霧子だけをかわいがってたから、確かに今に比べたらより長い時間のかわいがりをしてたかもしれないけど、でも今だって霧子のことは、感覚的には昔と変わらないかわいがりをしてる。なんていうか、濃度が高くなってるんだよ。時間自体は確かに減ってるかもしれないけど、でもその分かわいがりの濃度が上がってる。だから昔と変わらないぞ」

「幸久君は、そうやっていつもあたしのことを煙に巻くんだよ。幸久君は頭がよくて口げんかが強くて、よく分からない不思議なことを言ったり難しそうなことを言ってあたしがうにゅってなってる間に、丸めこもうとしてるんだもん。それが幸久君のやり口だって、おねえちゃんが言ってた」

「そ、そんなことないぞ! 晴子さんはどうしてそんな悪意ある言い方をするんだ! 俺は霧子のことを丸めこんだことなんてないっていうのに! ただ少し、そのなんというか、かわいがっただけなのに!! 広太もなんとか言ってくれ!!」

「私は、発言を控えさせていただきます。ただ一つ、言えるがあるとすれば、幸久様は小さな女性が好きなのではありません、小さな女性も好きなのです」

「そ、そういうことだ! 霧子!!」

「じゃあ幸久君は、女の子なら誰でもいいってことなんだね」

「い、いや、そういうわけではないんだけどね!」

「ねぇ、霧子ちゃん、そんなことより、おかあさん幸久くんに聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「聞きたいこと? な、なんですか、雪美さん、なんでも聞いてください。なんでも、たちどころに応えます」

「うん、あのね、幸久くん、その娘、だぁれ?」

「え? …、えっと…、あぁ! はい! そう!」

言っておくが、忘れていたわけではない。

「俺がロリコンかどうかなんて、どうでもいいよ! いや、ロリコンじゃないけど! っていうか、今日はそんな話をしに来たんじゃないよ!」

とりあえず、今日この場で為すべき目的の一つを、果たしてしまおうと思う。

「彼女はえっと、二見、かりんさんです」

そう、俺は己のロリコン疑惑を払しょくするためここにいるわけではないのだ。俺がここにいるのは、一に晴子さんからの晩飯製作依頼を果たすためであり、二にかりんさんを天方家の住人たちに紹介するためなのである。もう俺自身のことなんて後回しに決まっているではないか。

「え~、だれだれ~? 幸久くんの彼女?」

「いえ、あの、違います」

「…、幸久君、なんでその人がここにいるの? というかその人、この前行った旅館の仲居さんの三枝さんでしょ? も、もしかして、幸久君その人のこと気に入ってたみたいだったけど、連れてきちゃったの……?」

「ち、違う違う! とりあえず、ちゃんと全部話すから、こんなところで立ち話じゃなくてリビングに行こう。広太、お茶いれろ」

「はい、かしこまりました」

「ふたみ、かりん、ちゃん、っていうのね~。はじめまして~、おかあさんは、天方、雪美っていいます。よろしくね~」

「は、はい、えぇと、お初にお目にかかります、二見かりんと申します」

「ほれ、霧子、いつまでもそんなところでうずくまってないで、ちゃんと全部説明するからさ、リビング行こうぜ」

「にゅ…、幸久君、ウソつかない?」

「俺が霧子にウソ吐いたことなんてあるか?」

「…、あるもん」

「…、まぁ、あるけどな」

「でも、幸久君、よくウソつくけど、ほんとのこと言うって言ったときは、ウソだったことないよね。だから、にゅ…、ちゃんとほんとのこと言ってくれるよね」

「当然じゃん、こんな正直者つかまえて、なに言ってるんだか」

「…、幸久君、おんぶしてほしいかも」

「おんぶ? なんだよ、急に。いや、別にいいけどさ」

「…、あたし、にゅ、幸久君が、急に女の人連れて来たから、すっごいびっくりしたんだよ」

「まぁ、そういうこともあるって、生きてれば」

「幸久君、この前、あたしがもしも幸久君のとこに男の子つれてきたらびっくりするって言ったよね」

「ん? あぁ…、言ったな」

「あのね、あたしも、びっくりしたよ。幸久君って、いつも誰か女の子といっしょにいるから、そんなことあってもびっくりしないと思ってたけど、すっごくびっくりして、ちょっと泣きそうだったよ」

「そっか、…、ごめんな、霧子、びっくりさせてさ」

「にゅ…、ねぇ、あたし、変じゃないよね?」

「? 変って、なにが? びっくりすることくらい誰にでもあるだろ」

「…、じゃあ、いいや。変じゃないなら、いい」

「なんだよ、それ。急にそんなこと言いだして、それこそ変だっつぅの。っしょ…、うし、じゃあ、リビング行くか」

「にゅん、ちゃんと幸久君の説明、聞くもん」

「しかし、霧子、お前は相も変わらず軽いな。ちゃんと飯食ってるのか?」

「た、食べてるけど、あんまり食べると太っちゃうから、ほどほどに食べてるよ、うん」

「そうか? まぁ、食ってるっていうならいいんだけどさ。あっ、リビング行く前に着替えてくるか? まだ制服のままじゃん、お前」

「にゅ、えと、着替えるのは、お話聞いた後にするよ。今は、幸久君のお話聞く方が大事だと思うし」

「そっか…、じゃあ話はさっさと終わらせるとするか。あまり分からない話されても、霧子が眠くなっちゃうだろうからな」

「にゅぅ、そんなことないもん」

「っていうかさ、お前なんであんなとこでうずくまってたの?」

「…、えとね、にゅ、ドアののぞき穴から外見たら、幸久君がきれいな女の人といっしょにいて、なんか胸がにゅってなったから」

「? …、そうか、そんなことがあったのか。にゅっとなったのか、そうか、にゅっとなぁ。大変だったな、霧子」

「にゅん…、大変、だったかも……」

しかし、そうか、ドアののぞき穴か。俺は霧子がドアから出てきたときにびっくりさせないようにかりんさんを門柱の影に隠そうとしてたけど、でもそうか、それ以前のところだったわけだ。それはちょっと、俺の気づかいが足りなかったというか、不注意だったな。

まぁ、でも、泣きそうだったって言ってるわりには泣いてないし、昔に比べたら格段にこらえ性がついて我慢強くなったよな、霧子は。…、俺が女の人をつれてきたら霧子は絶対に泣くと思ってたけど、そんなことなかったんだなぁ……。

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