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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
145/222

六時間目は、はじまっている

姐さんからの軽い折檻(姐さん基準に準拠)を受けた俺は、ぐったりと机にうつぶせに突っ伏していた。とりあえず、眠気とか疲労感とか、そういうもののせいでそうなっているわけではない、ということを先に断っておきたいと思う。

『幸久くん、元気ない』

「うん…、ちょっと姐さんにお仕置きされたからな……。っていうかメイはそこにいたでしょ……」

『いた』

「うん、いたんなら状況分かってるでしょ……。っていうか、こうなるように仕向けたのメイじゃん……」

『仕向けたなんて人聞きが悪い』

「そんな人聞きの悪いことをやったのよ、あなたってば……」

『もっと、かわいい言葉で表現して』

「…、萌え萌え策士持田メイのデストラップが、華麗に発動したにゃん……」

『かわいい……? ん~…、もっと耳触り良く』

「…、……、地雷のマインとひっかけまして、メイン」

『ダジャレ……? それは、耳触りいいの?』

「…、俺の中の『耳触りがいい』っていう概念が、ゲシュタルト崩壊した……。ついでに『ゲシュタルト崩壊』っていう概念も崩壊してる……。もうなにも分からん……」

『むぅ…、とにかく、幸久くん、これに懲りたらちゃんとしないと、ダメだよ』

「何をどうしたらいいのか、俺には見当もつかないよ…、メイ……。とりあえず、何もしなきゃいいのか……?」

『女の子の気持ちに、ちゃんと気付いてあげなきゃダメってこと。にぶい男の子は、嫌われちゃうんだよ』

「メイにも、嫌われちゃうわけ?」

『そういうことになる、仕方ない』

「…、せっかく友だちになったのに、それはイヤだな……。まぁ、出来るだけ気をつけるように善処します……」

『それでいい』

「お許しいただき、ありがとうごぜぇます、お代官様ぁ……」

姐さんからの折檻は、実のところ本気で怒っているそれではなく、怒りの度合いで考えるとレベル3といったところだろうが、しかし姐さんの身体能力のレベルを考えるとレベル3であっても俺にしてみれば大ダメージなのである。

それではそもそも具体的にレベル3がどれくらいの怒りであり、そこから発生する攻撃がどの程度の強度を持ったものなのかというところに視点を移してみよう。だいたいレベル1の怒りっていうのが「買い物をしてるときに小銭が一円足りなくてお札を出す羽目になったときのいら立ち」くらいとすると、レベル3っていうのはその三倍くらいの怒りなんだから、姐さんの感じに合わせるとおおむね「道路の向こうでゴミがポイ捨てされるのを現行犯で目撃して、しかもそれを誰も拾わないとき」くらいだと定義することができるだろう。いや、これ、大したことない些細なことに思うかもしれないけど、姐さんにしてみたらけっこうな怒りなんだよ。まぁ、そういう細かいことは置いておいてだな…、とりあえずそれくらいの怒りがそこにはあったんだ、ということにしよう。

少なくとも、ゴミのポイ捨てもその見逃しも、ここはシンガポールではないんだから、刑事罰の対象になるようなことはなく、迷惑防止条例違反に当たることも、まぁ、その捨てたものが歩きタバコの末の吸い殻だったりしない限り、ないだろう。しかし刑事罰としてなんらかの罰が下されないとしても、姐さんにとってみればその行動はそれなり以上に罪であり、心にはすごいストレスが発生することになるのだ。もちろんそのポイ捨てをしたやつが俺だったり、あるいは知り合いの誰かだったりしたらすぐさまダッシュで確保拘束してからポイ捨てしたものを拾わせるために連行して、それからどこかで腰を据えてじっくりとお説教タイムが始まることになるだろうが。

しかしまぁ、それくらいのことならば別に即手が出ることはない。姐さんは別に暴力礼賛主義者ではないわけで、なんでもかんでも暴力で解決しようなんて志穂みたいなことは考えないのである。というかむしろ、姐さんが手を出すのは話し合いではどうしようもないと判断したときか、状況が切迫しすぎて話し合いをしている場合ではないと判断したときか、あるいはついうっかり手が出てしまったときの三つしかないのだ。つまり、姐さんが自分から積極的に手を出していくことは滅多にないということもできるかもしれないのである。

でもあえてその怒りレベルで手を出していくとなると、本当に軽く罰を与えるくらいにとどまることだろう。実際今回もそこまで厳しい罰を与えられたわけではなく、普通の人がやれば「いたた~」となるくらいで済んだであろうことしかされてはいなかったりする。しかしそこがそれで済まないのが姐さんが姐さんである所以であり、姐さんの身体能力が普通の枠の中に収まりきらないということを明確に白日のもとに晒す状況証拠だったりするのだ。まぁ、姐さん的には根本のところに『自分は普通』という認識が潜んでいるから、そんな感覚に基づいた状況証拠だけではその事実を承認してはくれないのだけれども。

話が逸れそうになってるな、少し戻そう。今回、具体的に俺への折檻として姐さんが何をしたかといえば、チョップだった。チョップ、平手の側面で打突する、あれだ。本来、俺は普通の女子にチョップされたくらいで音を上げるようなやわな男ではないが、姐さんのそれは普通の女子のチョップとは一線を画するものだった。

なんというか、俺の思う女子のチョップっていうのは、けっきょくのところ霧子のへろへろチョップなわけであって、やった霧子の方がむしろより大きなダメージを受けるような代物である。具体的にどんなものかというと、すごいへっぴり腰で、力の込め具合がすごい探り探りで、腕の筋力が足りないばっかりに振り下ろす手に振り回されちゃうような、そんなアレなのである。正直くらったからといって何の問題もないというか、むしろやられたこっちがやった霧子を心配してしまうというか、どっちが被害者でどっちが加害者か分からなくなる感じなのだ。

しかし姐さんのチョップはそんなアレでは、まったくもってなかったのである。まず違うのは腰の入り方だった。姐さんは空手だかなんだかの格闘技をやっているのでその応用みたいな感じなんだと思うけど、チョップのキレがすごくいい。空手家が何枚も重ねた瓦をチョップで割るみたいな、例えるならばあんな感じのチョップなのだ。少なくとも、それをまともに真正面から頭にブチかまされて、すぐさま起き上がったり反撃したりすることができる心理状態を保つことは出来ないほどの威力が、どうやらそこにはあるようだった。

実際のところ、それが姐さんにとってどれだけの全力を込めて放ったものなのかは分からないのだが、とりあえず俺の受けたダメージとしてはかなりのものだった。昔のプロレスで「脳天唐竹割り」なんていう言葉があったように思うけど、本当に頭が割られたかと思った。これだけのチョップを放つことのできる姐さんが、普通の女の子であるというのは、少し難しいのではないかと思う。

まぁ、マックス最大限の怒りがどれくらいかっていうのはけっきょく人それぞれだろうし、姐さんがどれだけの力と怒りを込めてチョップしたのかも分からないし、こんなの俺の思った勝手な言い草でしかないのかもしれないけど。でもとりあえず、俺が凄い痛い目にあったということがお分かりいただけただろうか。…、分かってくれたよね?

「それでさ、俺はなんとか椅子に座ることが出来たわけだけど、少なくとも六時間目を元気に過ごすことはできないわけだよ」

『そんな感じに見える』

「だろ? 俺もさ、自分ってけっこう頑丈に出来てると思ってるわけよ。でもそんな俺をもってしてもこの大ダメージだよ。これってさ、俺が雑魚いんじゃなくて姐さんが強すぎってことで認識間違ってないよな?」

『幸久くんが真っ二つになったかと思った』

「やっぱり? そうか、ただ俺の体感でそうなっただけかと思ったけど、そういうわけじゃなかったのか……。っていうか、第三者として見てるだけの人間にまでそう思わせるだけの威力ってなんなんだよ。怖いよ」

『のりちゃん、さすがに強い』

「まぁ、これくらい強くないと風紀委員でもやっていけないのかもしれないけどな。なんか最近は小隊長もやってるみたいだし、やっぱこう、威厳を保つ的なことが必要なんだろうぜ」

『そうなのかも。のりちゃんも大変』

「あ~、それには全面的に同意だわ。まぁ、そんな大変な姐さんのチョップを喰らって俺もそれなり以上に大変なんだけどな」

『ところで、そんな大変な幸久くんにお手紙です』

「お手紙? どこの郵政公社から届いたの?」

『持田メイ支局に投かんされたお手紙だよ。後ろの弓倉さんと脇本さんから』

「あぁ、前々回志穂の攻撃を受けた俺が机を吹き飛ばしてしまうことになった弓倉と脇本ね。目の前で机をふっ飛ばされて唖然としていた弓倉と、全てが片付いた後にも戻ってきて話だけ聞いて唖然としてた脇本ね。手紙ねぇ、手紙…、そうか、お手紙か」

『女の子から手紙とか、モテモテみたいな気がする』

「それは気のせいだ。きっと机を吹き飛ばされて荷物をまき散らされしまったことによってできた心の傷に対する賠償金の請求に違いない」

『それはどういうネガティブシンキング?』

「いやいや、冷静に現実を捉えた理性的な判断だ。そういうことがあったら、きっとそういうのがくるはずなんだ」

『それだったら、あたしも幸久くんに賠償要求のお手紙を書かないと』

「あれ? 俺はメイに何をしたのかしら?」

『何もしないから、よくない』

「何もしてないのに賠償請求? なにそれどういう意味?」

『そういうのに気付いてないのが、にぶいんだと思う』

「あれ~? 何が何やら?」

『とりあえず、はい』

「あぁ、ありがとう、メイ」

メイがそう言って俺に手渡した手紙――ノートから切り取ったであろう小さな紙をなにやらこまごまと折り込んで、軽乗用車的な形をとっている――には、それぞれ確かに『三木くんへ』と書かれていて、それが俺にあてられたものであることは間違いないらしい。しかし女子というのは、どうしてこう細かいテクを持っているのだろう。別に手紙なんて四つ折りくらいにすれば十分だろうに、そんなに中に書かれていることを読まれたくないのだろうか。

そしてここまできれいに折られていると、なんとなく開くのがはばかられるというか、開くために形を崩してしまうのがもったいないような気分になってしまう。少なくとも、俺は折り目だけを見て完成形を復元できるほどの折り紙テクは持っていないわけで、開いてしまえばこれはただの紙に逆戻りしてしまう。

「…、まぁ、開くんだけどな」

なんとか紙の端を見つけ出し、きれいに折り込まれた乗用車を開いていくとそれはけっこう簡単に一枚の紙に戻り、そしてその中に書かれた手紙の文面へと俺は目を落とす。それは弓倉が書いたもののようで、几帳面そうな文字で三行だけ黒いボールペンの文字が書きつけられていた。

『机の件

心配無用

弓倉』

簡潔な文章は、ただそれだけを告げていた。こういう細かいところに性格って出るんだな。

「…、了解、すまなかった、と」

とりあえず俺も、ノートの切れ端にそう書きつけると、メッセージに返信することにした。

「メイ、弓倉に渡してくれ」

『わかった』

「んで、もう一個が脇本か」

先ほどと同じように、もう一通の手紙も開いてしまう。まったく同じ折られ方をしていることから、もしかしたら弓倉か脇本のどちらかが両方を折ったのではないだろうか。弓倉はこういう細かいこととか得意そうだし、きっと弓倉が脇本の分も折ってやったに違いない。まぁ、そんなのどっちでもいいんだけど。

『よく分からないけど

どんまい!

ゆいか』

「…、机ふっ飛ばして、すまんかった、と。メイ、これは脇本に頼む」

『がってんしょうち』

「ふぅ…、これにて返信終了なり。しかし、郵便屋さんも大変だな、メイ」

『そうでもない。たまになら楽しい』

「そうか、まぁ、たまにならな。仕事としてやるのと遊びでやるのとの間には、大きな隔たりがあるからな」

『クラスの中で飛び交うお手紙を司る配達員になるのは、けっこう大変だと思う。仕事には出来そうもない。それにうちのクラスは女の子が多いからお手紙の数も多いと思う』

「あぁ~、確かにそうかも。さすがに授業中にメールするわけにもいかなしな、手紙を回すしかないもんな」

『とりあえず、今のところあたしの廊下側後ろ支局に回ってきたお手紙はこれで全部』

「えっ、教室の中に支局がいくつもあるの?」

『廊下側と窓側、前と後ろで四分割。廊下側前は幸久くんの前のすみちゃん、窓側前はひろちゃん、窓側後ろはみなちゃんがやってる』

「…、みんなけっこう暇なのな」

『暇ってことは、平和ってこと』

「そういうことなら、いいことなのかもなぁ……」

とりあえずまた一つ、俺の知らないことを知ることができたようだった。そうか、教室中で飛び交うお手紙が秩序をもって回されていたのには、こんな隠れた努力があったからなんだなぁ。

まぁ、そうやってがんばらなくていいところをがんばれるのは学生時代の特権だと思うし、いいんじゃないかと思うけどな。

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