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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
142/222

ぼんやり席に、座ってるだけ

体育祭の参加競技を決めるための話し合いはなかなかに白熱しており、ロングホームルームの時間の前半はすでに経過してしまい、今はもう六時間目の中ほどに差し掛かろうとしているところだった。一つ一つの種目に、それぞれ10人ずつくらいが挙手するのでじゃんけんに時間がかかっているのも一つの要因であろうが、しかしそれ以上に、それぞれの競技の参加者がそれにふさわしいかを先生が判断している時間がもったいない。普通だったらそんなことをする必要もないだろうに、先生が勝つことに真剣すぎるばっかりに、全ての得点に関わる競技についてその判断をしようというのだから、時間がいくらあっても足りないというものだ。

というかそれ以前に、競技に参加するにふさわしいかどうかの判断ってどういう意味なんだよ。それだったら何のためにじゃんけんして出場者の選定をするというんだ。そんなことするんだったら、それこそ全部の競技について先生が出場選手を決めてしまえばいいではないか。

「はい、じゃあ、学年別リレーの選手決めるッス」

とかいうことを考えながらぼんやりしていると、いつの間にかリレーの選手決めに会議の内容が移行したようだった。議長である滝本の発言に続くように書記の高見が黒板に「リレー:④」と書く。チョークの音が止まるのを待って、バババッと15人もの女子の手が挙がる。当然俺は挙げない。学年別リレーにはあらかじめ参加が決定しているから。

普通のロングホームルームでは考えられないほどの活発な会議のさなか、俺がいったい何をして過ごしているかといえば、あえて言うなら何もしていない。出場する競技があらかじめ先生たちによって決められてしまっている俺には、この会議に参加する意味も価値もなく、もはやぼんやりと時を浪費するくらいしか出来ることはないのである。

本来なら俺もこういうところで手を挙げちゃったり、じゃんけんで勝っちゃったり負けちゃったり、参加競技を勝ち取ったり勝ち取れなかったりのやりとりに参戦したりしているはずだったのだ。しかしどうにも、俺自身が状況を観測する傍観者の立場にいるからか、まったく事態の展開に気持ちを焦らせることがない。

俺はただ、事の成り行きを見守りつついっしょにリレーを走るのが誰なのかということを確認すればそれでいいのである。それ以外のことに心を割く必要はないし、それこそみんなのじゃんけんの結果に一喜一憂する必要もまったくないのだ。

っていうか、さっきまではマジでぼんやりしてたから他の人が何の競技に出るのかまったく把握していなかったりする。まぁ、仕方ない、後で姐さんに教えてもらうことにしよう。

「学年別リレーに出たい人は手を挙げてくださいッス。ほんで、希望者が出切ったら前に出てきてじゃんけんで走る人を決めちゃってほしいッス」

「学年別リレーの参加者は、本来は四人だけど三木くんが予約で入ってるから三人よ。しっかり決めてちょうだいね」

しかし、先生がまどろっこしいことをしているからなかなか参加競技が決まらないでいるとは言ったが、しかし決まらないといっても普通にやっているよりもずっと早く決まっていくわけで、話し合いが始まる前に先生の言っていた通り、きっちり時間内にすべてを決め切ってしまうことができるかもしれない。

その理由として考えられるのは、異常なまでのクラスの面々のやる気だった。普通だったらすんなり希望者が出てくるのは楽そうな種目だけであり、それ以外の面倒そうな種目にはなかなか人が集まらないものだが、どうしてかこの話し合いではそれがない。つまり、なにかの競技――たとえば1500メートル走の参加者は前に出てくださいッス、と滝本が言えば、すぐさま間髪を入れずに10人ほどの手がババッと挙がり前に集結、じゃんけんをして勝者を先生が認定、そして参加者が決定という一連の行程が、ほぼ淀みなく行なわれているのである。

そしてそれが、すべての競技に対して差別なく行なわれているのだから、参加者の枠が手早く埋まっていくに決まっているのだ。事実、今までプログラムの頭から行なわれてきた参加者決定の話し合いは、参加希望者が多すぎてじゃんけんの勝敗がもつれて時間を取られてしまうことはあったものの、参加者が集まらなくて決定が保留されるようなことはなかった。それは、黒板に書かれたそれぞれの競技の参加者枠が隙間なく埋められていることからも分かることである。

「はいはいは~い! リレーでたい~!」

「私も出るぞ! リレーの時間は風紀のシフトが空く貴重な時間なのだ!」

ぶんぶんっ!(メイが手を挙げて振っている音)

「…、なんか、みんな楽しそうだなぁ……」

しかし、そんな教室中を渦巻く熱気から一歩引いた位置からつぶやくのは、俺。話し合いが始まる前からすでに出場競技がいっぱい決まっている俺は、周りで激しく行なわれている体育祭出場枠の争奪戦から爪弾きにされてしまっているのと同じであり、もはやさっきまでの「何もしないをする」状態から「机に突っ伏して睡眠する」状態の予備姿勢に入ってしまっていた。ぶっちゃけると、居眠りでもしようとしていた。

いや、だって、ほんとにすることないんだもん。がんばって起きてたって出来ることはなにもなく、周りの熱狂的な空気から隔離された自分を冷静に捉え直してしまい虚しい気分になってくるのだ。俺だって、もし競技が決まっていなければみんなといっしょになって盛り上がったかもしれない。でも、その機会と権利はすでに先生たちによって取り上げられてしまっている。

それだったらもう現実逃避で眠りの世界に落ちていくくらいしか有効な行動選択手段がないではないか。幸い綾先生は俺が寝ようとしていることに対して咎めはしないようだし、というかそんなことに意識を割いている余裕はなさそうだし、問題ない。そしてゆり先生はといえば、今日もいつものように教室の窓際最高列のさらに後ろの、この教室の中で一番ぽかぽかな陽だまりを陣取って俺よりも先にすぅすぅと穏やかな寝息を立てて眠っている。俺を叱るとか、そういうこと以前の状態にいるのだから、まさかそこから俺が眠りに着いた瞬間に目を覚まして注意をしてくるなんて奇跡は起こらないだろう。

「あぁ、俺もあそこにいきたいなぁ……。あったかいんだろうなぁ、あそこ……」

窓の外から燦々と降り注ぐ太陽の光は、まるでスポットライトのようにゆり先生を照らし、そして柔らかく包み込んでいる。頭の上には、つややかな黒髪に跳ね返された陽光がぼんやりと集められて、まるで天使の輪がふわふわと浮かんでいるように見える。すやすやと寝息を立てる無垢な振り袖の天使が、そこに座っているようだった。

「…、やべぇ、先生、かわいいかも……」

まったく意識せずに、俺はそんなことをぽつりとつぶやいていた。自分の口からそんな言葉が出るとは、正直思っていなかった。自分はあまり年上の女性のことをそんな風に思うことはなかったからというのもあるが、先生に対してそんなことを思うなんて無礼だなぁという意識もあったと思う。しかしゆり先生を見ていたら、そういうことは全部置いておいて、かわいいなと思ってしまったのだ。

俺にとって年上の女性を象徴しているのは、つまり晴子さんである。どのような場合においても、晴子さんに対してかわいいなんて思うべきではないという意識が俺の心の中であったと思う。もし思ってしまったとしても、それを口に出したりするべきではないと思う。しかしゆり先生を見てかわいいと思い、かわいいと言ってしまった。ふむ、それってつまり、俺も大人になって晴子さんの威光に畏れ平伏すだけではなくなったということなのだろうか?

「まぁ、よく分からん……。ふゎ…、なんか寝ようって思うと急に眠くなってくるよな……」

『幸久くん、眠いの?』

「あぁ、メイ…、なんかやることないから眠くてさ……。ゆり先生のこと見てたらめっちゃ眠りたくなってきた……」

『幸久くん、ゆりちゃんの方ばっか見て、えっち』

「えっちじゃないよ、俺は…、メイ、勘違いしちゃいけないよ……」

『どうだか』

「なんか手厳しいな、メイ。機嫌悪い?」

『リレー取ったから、機嫌悪くはない』

「そっか、そりゃよかった。っていうか、それならむしろ機嫌よくしておくれ」

『リレーは取れたけど、それ以外があんまりだから』

「そうだったのか、それなら俺といくつか変わってくれてもいいんだぜ?」

『幸久くんの出るのはあたしにはキツすぎるから、ムリかも。代わってくれたらたくさん点が取れるかもしれないからうれしいけど、その競技じゃそもそも点が取れない』

「…、まぁ、そうだろうな。メイにはキツい競技だよ、こいつらは……。こいつらは俺が引き受けるから、みんなは平和に体育祭をやっつけてくれ……。死ぬのは、俺一人だけでいい……」

『さっきちょっとだけ見えたけど、幸久くんが出る種目多すぎ。時間的には可能だし物理的にも可能かもしれないけど、幸久くんの身体と体力がもたない』

「でもやるしかないんだよ、メイ。これはそもそもの人数が少ないうちのクラスの宿命なんだ。それに、みんなが均等にキツいよりも、俺が全部を一手に引き受けて死ぬ方がいい。大丈夫、本当に死ぬわけじゃないし、けがだってしないように全力で気をつけるからさ、心配すんなって」

『でもやっぱり心配』

「ん~、じゃあ、メイは心配しててくれよ。それで俺がヤバそうだったら止めてくれ。そしたら少しだけ休憩することにするから。俺、けっこうやり始めたらヤバくてもやり続けちゃうからさ、どうしても止めてくれる人が必要なんだ」

『ストッパー?』

「いや、むしろブレーキだな」

中学までは、広太がいつでもいっしょにいたからブレーキ役は広太の役割だったのだが、あいつは高校に行かなかったからな、今までは必要なかったブレーキを自分でかけないといけないのだ。しかし、なかなか今までやっていなかったことを簡単にできるかといえば、決してそんなことはないのだ。

でもまぁ、広太がいない学校生活っていうのも一年以上が経過しているわけで、いつまでもそんなことを言っていてはいけないのだ。今は、なんとか無茶をして倒れる瞬間みたいなのが分かるようになってきたところだ。もう少しすれば、その倒れる瞬間が訪れる前に休憩をはさむことができるようになるだろう。

「俺はエンジン特化型だからさ、外部パーツでブレーキが必要なんだよ」

『幸久くんは、大変だね』

「まぁな、なかなか不器用だろ?」

『あたしが、がんばってブレーキになる』

「おぉ、そうしてくれ、頼りにしてるぜ、メイ?」

『がんばる』

「ほんじゃまぁ、今はとりあえず寝るわ。もういろいろ終わりそうになってるっぽいけど、だからってやることあるわけじゃないし。終わったら起こしてくれ」

『きっと寝付く前に終わる』

「…、だろな」

「やったぁ! かった~!!」

「にゅぅ…、負けちゃったよぉ……」

総計15人が参加した学年別リレーの参加枠争奪戦は、とりあえずやった15人全員参加のじゃんけんを、メイが奇跡の一人勝ちで一抜けした後は混戦となったらしく、今の今まで長々とかかっていたようだった。そして最後の一枠を勝ちとったのは教卓によじ昇ってぴょんぴょこ跳ねている志穂。そうか、志穂が勝ったか、でもあいつ、走るのは早いんだけどリレーは致命的にへたくそなんだよな。ほんとに大丈夫なのか?

まぁ、どうしても無理だったらメンバーチェンジも可能だろうし、とりあえず試しで使ってみてもいいだろう。去年の体育祭から一年経ってるんだ、少しくらいはマシになってるかもしれないじゃないか。信じよう、志穂の成長ってやつを。

っていうか霧子、なんでお前はリレーなんかに出ようとしてるんだ。お前、別に脚速くないだろ、無理すんなっつぅの。霧子は霧子に出来ることをやってればいいんだよ。ポンポンもって席で応援するとか、障害物競争で網に絡まってみるとか、…、あと…、えと…、いろいろあるだろ!

「それじゃあ次は、スウェーデンリレーを決めるッス。これも学年別リレーと同じで四人ッスから、出たい人は挙手してくださいッス」

「スウェーデンも三木くんが予約入ってるから三人よ。ほとんど立て続けになっちゃうから、学年別リレーに出ることになった人は出来るだけ止めておいた方がいいと思うわ」

「リレーでるでる!! でたいでたい~!!」

「学年別リレーはダメだったのだ、こちらには出させてもらうぞ!」

「あれ、メイはいいのか?」

『脚が壊れる』

「そうか、それはやめといた方がいいな」

『あんまりムリしないことにしてる』

「それが賢明だ。女の子はムリしすぎて身体壊すようなことはしないほうがいいぞ」

『今回はそうする』

しかし、あれだけヤだヤだ言ってたのに、滝本ノリノリだな。やたら楽しそうにやってるじゃねぇか。

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