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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
140/222

昼休み、ロスタイム突入

「姐さん、ただいま」

先生たちの呼び出しに応じて昼休みを家庭科準備室で過ごした俺だったが、先生たちの窮状を聞いてしまえばけっきょくデート券の件を断っている場合ではなく、当初の目的に関してはとん挫したと断ずるに相違ない。

「おぉ、戻ったか、三木。で、どうだった? きちんとお断りしてきたか?」

しかしまぁ、といった具合に期待して待っている姐さんがいるのは分かっていたことで、こうして断ることをしなかった身としては微妙に顔を合わせづらかったりする。だが顔を合わせづらいといってもどうせ教室に戻れば会ってしまうし、教室に行かないなんて選択肢はないのだからこうして対面するしか道はないのである。

だが、これはどう切りだしたものだろうか。全てを正直に打ち明けるのが適策だろうことは明らかなのだが、先生たちのことまで含めて言ってしまっていいのだろうか。先生たちがしたことは、姐さん的な言葉遣いをするとして、端的に言ってしまえば「己の都合によって俺に重い荷を押しつける」ことであり、しかも悪いことに「教師と学生という立場の差を利用して」いる。

これは、あんまり正直にまっすぐ行きすぎると、先生の行動が姐さんの逆鱗に触れることになりかねない。今のところ姐さんは、先生たちの横暴を防ぐことのできなかった自分への悔恨と被害者たる俺への申し訳なさという感情が最も強いようだが、しかしそれを聞いたとすれば、おそらく全ての感情が先生たちへの義憤として噴出する。これは間違いない。先生たちは、もうすでに今の時点でもかなりピンチなのだ。これ以上、それこそ仲間であるはずの姐さんからの攻撃で、ピンチの強度を増させる必要などないのである。

「あ~、えっと……」

ここは先生たちに姐さんからの攻撃が行かないようにうまく矛先を反らしつつ、それでいて姐さんの気持ちを発散させてあげることが重要である。姐さんは非常に強い正義への思いを持っているので、それを心の中でくすぶらせてしまってはいけないのだ。不完全燃焼でくすぶったそれは、けっきょくのところ心の内側に堆積し、いつかくる大爆発に備えて蓄積されていくのだ。そしてそれを向けられるのは、おそらく俺。つまり、俺、大ダメージなのである。

これは俺自身の身のためにも、姐さんの精神的な均衡のためにもとても大事なことなのだ。ここはきっちり小さく発散させて、いずれくる大爆発を未然に防いでいくことが寛容なのである。

「昼休みいっぱい使って、私の言った通りしっかりと交渉をしてきたのだろう? 先生方は、多少強引なところもあるがあれで話の分かる方々だ。これだけ熱心に三木が話し合えば必ずや真意は伝わると思っていたぞ、うん」

…、しかしなんとも、これは話を切り出しづらい状況である。そうか、姐さんはそんなに俺のデート券がイヤだったのか。これほどまでに「断ってきたな?」と詰められている現状から、推測するまでもなく姐さんは俺の「断ってきました」という言葉を要求している。あるいは、それ以外の言葉を求めていない。

「それがですね、姐さん……」

だが、言いづらいからと言って言わずに済ますことは出来ないし、ここから脱出することもできはしない。五時間目が始まるまでもう数分もないわけであり、さっさと話を済ませてしまうのがいい。というか、早くしないとロングホームルームをやりに先生二人がやってきてしまうのだ。

「非常に申し上げにくいのですが、抗議はしませんでした」

「なに? 抗議をしなかったのか? なぜだ? 私はしっかりと抗議して来いと言ったではないか」

「えぇと……」

姐さんは、この様子を見る限り、先生たちの窮状を知らない。あるいは、仮に知っているとしても、そんなことよりも先生たちのやり方が目についてしまって思考の方向転換が効かなくなっている。つまりすべてを正直に打ち明けてもダメ、「先生たちはピンチなのかもしれないけど、でもこんなやり方間違ってる」で結論付けられるに決まっている。いや、「大人なのだからそれくらい、自分たちの力だけで解決すべきだろうに……!」とさらなる怒りを呼んでしまう可能性すらあるだろう。

だからここは、仕方ない、やっぱりいつも通り俺がすべてを引き受けよう。なんということはない、もはやテンプレート気味になりつつある自己犠牲を、俺は選択するしかないようだった。俺だって、他のよりよい選択肢が思い浮かぶなら、当然それを選択したい。でもそれが思い浮かばないのだからしょうがない。俺の思考は晴子さんのハードな調教によってそういう風に働くよう組み立て直されているのだから、何よりも先に、もちろん「自分を犠牲にしなくていい選択肢」なんて都合のいいものが現れるよりも先に、最優先的にそれが浮かび上がってきてしまうのだから仕方ない。

まぁ、いつものことだし、それにそれが女性を守るためなのだから悔いはない。これも全部晴子さん仕込みの思考回路なのだから、すべては晴子さんの掌の上なのかもしれないけどね!

「抗議は、しなくていいかなぁ、と思いまして。いや、もちろん、姐さんの言ってくれたことを聞かなかったわけじゃなくてね? まぁ、結果的には聞いてないんだけど。そういうのも、アリなんじゃないかと、思ってね?」

「それはつまり、デート券が発行されるのを承諾したということか? 私があれだけ言ったというのに、それをすべて無視して承諾したということか?」

「…、そういうことに、なるね、うん」

「そ、そうか…、そうだったのか……」

「? 姐さん、なんでちょっとうれしそうなの?」

「はっ!? う、うれしそうなわけがないだろう!」

「えっ、でも、なんか口元にやけてるし」

「馬鹿を言うな、私はお前のデート券が発行されるのには反対だぞ。当然反対だ。しかし、お前がそれをいいということにしたのならば…、いや、反対ではあるのだ」

「そっか、まぁ、姐さんがそういうならそうなんだろうけどさ。でもさ、姐さんが反対するのは、それって俺が理不尽な上からの圧力によってデートを強要されるってことが気に食わないからなんだよね?」

「そ、そうだな。その通りだ。お前が誰かとデートをするのが気に食わない、というわけではない」

「うん、そうだよな。姐さんはそういう人だよ。だからさ、なんていうか、姐さんが救ってくれよ、俺を」

「? どういうことだ?」

「だからさ、俺はデート券のせいで一位になった人とデートしないといけないわけじゃん。で、それを姐さんはあんまりよく思ってないわけだ。ってことはさ、姐さんが一位になってデート券をゲットして、使わないで捨てちゃえばいいんだよ。ってことだから姐さん、がんばって一位になって俺を危機的状況から救ってくれ! っていうのをしたかったから俺は断らなかったのだ」

「…、なるほどな。なるほど、分かった。そういうことか。そうだ、他の人間が手に入れるのがいけないのならば、私が手に入れてしまえばよかったのだ。私がそれを手に入れてしまえば、ふふ、そうか、ふふふ……」

「姐さん?」

「いや、なんでもないぞ、あぁ、なんでもないんだ」

「? 姐さん、なにかいいことでもあった?」

「いや、何でもない。何でもないぞ。ときに三木、私は体育祭でがんばることにした。風紀の仕事もあるが、しかしそれはそれ、これはこれだ。出来るだけ競技に出るし、出来るだけ得点を稼ぐぞ」

「おぉ、さすがは姐さん」

「もちろん、お前のデート券がほしいのではない、ただクラスが最下位になるのがイヤなだけだからな」

「分かってるって! 頼んだぜ、姐さん!」

「あぁ、任せておけ、私がお前を守ってやる。何の心配もいらないからな、三木」

「俺を守ってくれ、姐さん! 俺、意外とか弱いから守ってくれないと死ぬぜ! 頼んだぜ!」

「私が守るからには心配いらないぞ、どこの馬の骨ともしれぬ輩とデートにやったりはしないからな!」

「どこの馬の骨って、クラスメイトだけどな!」

何だかわからないけど、姐さんが復活した。どっちに向かってどんなふうに復活したのかはよく分からないけど、でもとりあえず元気になってくれたからよかった。っていうか、はっ倒されるのくらいは覚悟してたけど、なんか無傷だし。何だかよく分からないけど、いろいろ上手く行ったみたいだな!

「にゅ、幸久君、おかえり」

「おぉ、霧子か! 万事解決した!」

「? なにが?」

「あっ、霧子はなにも聞いてないのか。姐さん、霧子に説明しておいてくれ」

「あぁ、任せておけ。よし、それでは天方、説明するから席に座るんだ」

「にゅ、にゅん……?」

「それじゃあ俺は席に戻るぜ!」

「それではまた後でな、三木」

「にゅぅ、幸久君、またあとでね」

「霧子、姐さんの話をちゃんと聞くんだぞ」

「にゅん、わかった」

「ゆっきぃゆっきぃ、おひるいなかったけど、どこいってたの~?」

「ん? どうした志穂、俺がいない間になにかあったのか?」

「なんにもないよ~。えっとねぇ、ごはんたべて、みんなでおしゃべりしただけ~」

「そうか、それはよかった。そういえばお前、体育祭で俺のデート券が一位の景品になるんだけど、そのこと知ってるか?」

「しってる~、あたしがゆっきぃとデートするんだよ」

「すげぇな、その自信。どこから沸いてくるかっていえばその身体能力なんだろうけど、でもお前、今回ばっかりはさすがに厳しいんじゃないか? そりゃな、平らな状態で勝負したらお前が一番点数稼ぐのは分かり切ってるけど、今回はビハインド戦だからな、ちょっと、いや、かなりきついだろ」

「びはいんど? なにそれ~?」

「だから、ハンデだよ、ハンデ。お前、点数半分なんだろ? みんなの二倍点数取らないといけないんだぜ? さすがのお前でもきついんじゃないか?」

「…、にばいってことは、どれくらいいっぱいてんとればいいの?」

「どれくらいかは分からないな、二倍だけに。まぁ、とにかくいっぱいだろうな。たぶん、いっぱい取ってもお前は一位になれないだろうけどさ」

「え~? にばいだから~?」

「俺としては、お前が一位になるとお前とデート行かなくちゃいけなくなるから御免なんだけどな」

「ゆっきぃはあたしとデートはヤなの?」

「イヤっていうか、疲れる」

「なんで?」

「そこでなんでって聞けるのは、つまりお前が自分自信をどういう存在か認識してないってことなんだろうな。頼むからもう少し自覚的であってくれよ」

「うゅ?」

「…、まぁ、別にいいよ。お前がもしも、俺の予想を裏切って一位になったりしたらデートしてやるよ。それこそ朝から晩まで一日中付き合ってやる。どうせ無理だろうけどな」

「そんなことないもん、あたしがデートだもん」

「とりあえず、この後のロングホームルームでまずがんばれよ。出場する種目を勝ち取らなくちゃ点数を稼ぐもくそもないからな」

「だいじょぶだよ、ゆっきぃ。あたし、じゃんけん強いから!」

「それは、本当に根拠のない自信だな。っていうか、むしろお前はじゃんけん弱いだろ。じゃんけん強いぶってるんじゃないよ、まったく。負けてしまえ、ぼろ負けしてほとんど競技に出れなくなってしまえ」

「む~、ゆっきぃいじわる! そんなこというならみんなかつもん! ぜんぶあたしがひとりではしるもん!」

「確かにお前なら全部一人で走って、しかも全部勝ちそうだけどな。でもそんなことできるわけねぇだろ。言っとくけどプログラムの関係で連続で競技には出れないからな。入場と退場は同時にするんだから、二か所に同時に存在することは、さすがのお前でも出来ないだろうからな」

「できるもん!」

「質量のある残像!? できないよ、そんなこと!!」

「はい! 三木くん騒がない! 席に座る!」

しかし俺が志穂との対話にエキサイトし始めそうになったところで、ちょうど扉をガラッと開いて綾先生とゆり先生が揃って姿を現した。どうやら、チャイムまでは少し間があるのだが、もう教室に来てしまったようだった。先生たち、勝つ気満々なのはけっこうなのだが、チャイムすら無視するのは止めていただきたいところだ。いや、確かにあと二分もしないでチャイムは鳴るんだけどさ。

「先生、チャイムまで少し間がありますが、もう始めるのですか?」

「はい、始めます! 風間さん、号令!」

「起立! 礼! 着席!」

「それじゃ、少し早いけどロングホームルームを始めましょう。今日の議題は、体育祭の出場競技をどうするかです。ゆり、例のアレをみんなに配ってちょうだい」

「合点承知~」

前から廻ってきた紙を後ろに回そうとして、俺はその紙の肩の部分に「女の子用」と書いてあることに気がついた。女の子用ってことは俺は取らないのか、と素直に紙を取らず、右から左に受け流す形で後ろに回してしまうのだった。

「はい、それでは三木ちゃんはこれですよ~」

「あっ、ありがとうございます。これは、プログラム……? 男子用、プログラム……?」

いったいこれから何をするというのだろうか。いや、なにをするかといえば、そりゃ体育祭の出場競技決めなのだろうが。

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