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Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
14/222

先生とおしゃべり

「八坂先生、三班です」

先生たちの座っているシートのところまでつくった料理を持っていくと、そこでは絶賛酒盛り中だった。

「あら~、三班さんは二着ですね~」

にこにこしながらクルリと振り向いた八坂先生だが、水ではない透明な液体が満ちたグラスを両手で包むように持って、時折それを傾けて少しずつ喉に流している。木原先生はその後ろで、校長と教頭のグラスに一升瓶からトクトクと酒を注いでいた。

「時間まではもう少しありますけど~、まだみなさん調理室にいましたか~?」

しかしまだ始まったばかりのようで、四人の真ん中に置かれた重箱にはほとんど手がつけられていないように見えた。

こちらを向いている八坂先生は、ほとんど酔っている様子は見らない。またそれは、後ろの先生たちも同じことである。

「他の班もすぐに来ると思います。私たちが調理室を出るころには、皆盛り付けをしていましたから」

「そうですか~、報告ありがとうございます~、風間ちゃん」

「いえ、当然のことです」

いかに年齢的に問題がないからといって、学校で酒を飲んでいるということが風紀委員として認めがたいのか、先生たちに向けている姐さんの笑顔は微妙にひきつっていた。

本質的に真面目な姐さんは、風紀委員ということもあって教師ウケがいいので、こうやって先生と話をするのが比較的上手だ。風紀委員であるという事実は、それだけで教師たちにとってかなり信頼に値するのだろう。

まぁ、あれだけ大変な風紀委員の仕事をこなしているのだ、そりゃ先生たちから信頼もされるだろうな、と。

「三班さんは三木ちゃんがいるから一番に来ると思ってたんですが~、惜しかったですね~」

「いや~、がんばったんですけどね~」

「でも、スピード勝負というわけではないので~、気にすることはないですよ~」

「いや~、霧子が足引っ張りまして」

「にゅ、そんなことないもん!」

「天方ちゃんは~、お料理苦手ちゃんです~?」

「ちょ、ちょっとだけです……」

「これから上手くなればいいのですよ~。そのために家庭科のお勉強するのですから~」

「にゅ…、はい……」

「とりあえずお疲れさまでした~、あっちのほうが二着のシートですよ~」

「はい」

つまり着順は花見の席順だったわけだ。俺たちは二着だから結構いいところに違いない。

「あっ、三木ちゃんはちょっと待つですよ~」

「えっ? あっ、はい」

「よし、あっちだそうだ、私は飲み物取ってきてやろう。みんな、何が飲みたいか言ってくれ」

「あれ、待ってくれないの? すぐ終わる用事だ思うよ?」

「オレンジジュース!」

「お茶っぽいのがいいな」

『あんまり甘すぎないのがいいな』

三人はてんでばらばらの注文をしている。俺の話は素通りしている。

「えっ? ちょ、ちょっと?」

「分かった。それでは先に行っていてくれ」

「じゃあ待ってるね」

「は~い」

『お料理は幸久君が持ってきてくれる?』

「あぁ、そうだろうな」

「あ、姐さん、俺、炭酸! 炭酸のあったら、取っといて! 炭酸ほしい!」

「あぁ、あったら取っておこう」

「はい、三木ちゃんは~、ここに座るですよ~」

「あっ、はい」

「それではな、三木」

「先に行ってるね、幸久君」

「ばいばい、ゆっきぃ」

『あとで』

わけも分からず八坂先生の隣に座らせられた俺は、ただ手を振りながら去っていく仲間たちを見送ることしかできない。なんというか、置いてけぼりにされるというのは、意外と精神的にダメージがでかいようだった。なんか楽しそうにおしゃべりしながら背中を向けて離れて行く仲間のを見送るのは、正直キツい。

俺はあまり人に置いてけぼりにされることはなかった。というか、置いてけぼりにされるのは霧子の専売特許だったはずで、立場が逆だろう、と。そうか、これが霧子の気持ちということなのか。

「三木ちゃん、どうしてここに残されたか分かりますか~?」

「わ、分からないです……」

何だろう…、こうやって先生に残らされるっていう経験自体が生涯通じて少ないから、これから何が起こるのかまったくわからない。もしかして怒られるのだろうか。

しかし怒られるといっても何を? 俺はなにも怒られるようなことはしていないつもりだ。しかし実は何らか俺の行動が先生の目についていて、俺は怒られるようなことではないと思っていても、先生にしてみれば怒るべきことだったとかいうこともありえないわけじゃない。

あぁ、まずい、混乱してる。混乱してるぞ、俺……。

「実は~、特に意味はないのですよ~」

「えっ、意味ないんですか!?」

「あ~、いえ~、意味はあります~。深刻な意味はない、ということです~」

「えっ? 何か怒られるとかじゃ、ないんですか?」

「なんで三木ちゃんを怒るですか~?」

先生は、心底分からないという顔で、くいっ、と小首を傾げる。普通だったら、先生が生徒を呼びとめるというのは何らか意味がある。しかもそれは何か用事を言いつけるとかでもない限り、それなりに重い事情があるはずだろう。たとえば問題行動を注意するとか、何か理由があって怒るとかだ。

「いや、だって、えっ? じゃあ、何のために?」

「三木ちゃんは~、こんなにいい子なんですよ~。先生は怒ることなんてないですよ~。三木ちゃんがここに座ったのは~、先生の相手をするためです~」

「相手、ですか?」

相手をするってどういうことだろう。俺は年齢的にも体質的にも酒は飲めないから、酌をすることはできるかもしれないが、酌み交わすことはできない。

出来ることと言ったら、ただおしゃべりをするとか、いっしょに重箱をつつくとか、そんなことしかない。それだったら、年齢が近くて立場も近い木原先生が隣にいるじゃないか。八坂先生は木原先生と仲もいいみたいだし、俺ではどう考えても役不足だろう。

「木原先生が、そこにいますけど……?」

「先輩は~、ダメです~。あぁやって偉い先生に媚を売ることしか考えられない出世の鬼になってしまったので~、先生ではどうすることもできないのですよ~」

「あぁ、つまり、木原先生がしている接待が終わるまで相手をしろ、ってことですね?」

「別に先輩が戻ってきてからも~、相手してくれてもいいのですよ~?」

「いえ、それは…、まぁ、そのときになってから……」

「そうですね~、それがいいでしょう~」

一瞬、俺が「木原先生が戻ってきたらみんなのところに戻ります」、と言おうとしたところ、先生の目元がギラリ、と光り、俺はそれ以上何も言えなくなった。

あれは獣の目、狩りをする野獣の目だ。下手なことを言ったら狩られる。ここはおとなしく先生の言うとおりにしておいた方がいいのかもしれない。まぁ、別に先生は美人だし、いっしょにいて役得だと思うことはあっても、辛いと思うことなどはないのだが。

「先生は、木原先生みたいにしないでもいいんですか? 出世とか、あるんじゃないんですか?」

「先生は~、出世なんてどうでもいいのです~」

「そうなんですか? 確かに野心家っていう感じには見えないですけど……」

先生は野心家というよりも、むしろ若くして隠居しているようといった方がしっくりくる。いつも和服でゆったりのんびりした性格だし、風に舞う羽毛のように、ただあるようにある生き方が合っている感じはする。

「出世はどうでもよくて~、ただ楽しくお料理して~、ただ楽しくみんなといっしょにお勉強していられれば~、何でもいいです~」

「でも、やっぱりお金とか必要なんじゃないですか? 楽しく過ごしていてもお金はかかりますし、あって困るものでもありませんし」

「いえいえ~。そういえば~、先生はですね~、実は大学生のころに株っていうのをやってたんですよ~」

「株? あぁ、株価とかの、あれですか?」

なんでここで株の話? 何かつながる話なのだろうか。お金は大事だよ、って話じゃないのか?

「そうです~。もともとは先輩がやってたんですが~、こらえ性がないのであまりうまくいかないんですね~。それでですね~、先生は付き合いでついでにちょっとだけやってただけなんですよ~」

「へぇ、そうなんですか。そういうのはちょっとだけやってる分には楽しそうですよね」

「そうですね~、ちょっとしたゲームみたいなものですから~、楽しいは楽しかったですよ~。でも、三木ちゃんはやっちゃメ、ですよ~?」

「ダメなんですか?」

「そうです~、三木ちゃんはのめり込むタイプみたいですし~、やっちゃメ、です~」

「心しておきます」

「いい子いい子ですよ~、よしよし~」

頭を撫でられてしまった。先生の小さな手が髪の上を行ったり来たりするために鼻先を振り袖の大きな袖がかすめ、いいにおいがふわりと漂う。何かお香を焚きしめたりしているのかもしれない。

「それでですね~、株のお話しなんですが~」

「あっ、はい。それでどうなったんですか?」

「ゲームみたいなものなんですが~、お金がかかっているんですね~。確か、デイトレーディングとか言うんですよね~」

「はい、企業とか銀行とかと関係なくそういうことをするアマチュアみたいの人たちがやってると、そうやって言うんだった気がします」

「先生は~、そういう細かいことはよくわからないのですが~、まぁ、そういうことをやっていたんです~。それでですね~、先生はそういうのでお金が儲かるなんて全然信じられなくてですね~、本当に先輩の付き合いでやってたんですよ~」

「まぁ、ゲームみたいなものですし、博打で金もうけしていこうとするようなものなんじゃないですか?」

「いえ~、純粋に博打というわけでもないんですね~。確率しか関与しないサイコロの出目にお金をかけているわけではないので~」

「そうなんですか?」

「株というのは会社があるからあるんです~。会社は人がやっていますよね~? ですから、単純に株価の上がり下がりは確率で理解されるわけではないんですよ~」

「ふむふむ……」

「なんといいますか~、これからその会社がどうなっていくかということを見越すといいますか~、頑張ってくれそうか、そうではないかを察知するんですよ~」

「あぁ、なるほど」

「まぁ、それを思うのは最近になってからですよ~。当時はそんなこと考えていなかったので~、単純に運任せでやっていました~」

「それは、純粋に博打ですね」

「そうですね~、ルーレットの数字にかけるようなものですね~」

「ということは、先生は何度か買ったり売ったりしたってことですよね?」

「してないです~、先生は一回買って、それを売っただけなんですよ~」

「へぇ、本当に付き合い、っていう感じだったんですね」

「そうなんです~。で、ですねぇ~、先生は~、お遊びにあんまり高いお金は使いたくなかったんですが~、みんな十万円ずつ買うという取り決めだったらしくて~、先生も諦めてそれだけ買ったんです~」

「十万ですか…、学生にしては、高いですね」

「先輩はお遊びに本気を出す性質でして~、中途半端も嫌いですし~、先生もそれに付き合ったんですね~」

「同じものを、買ったんですか?」

「い~え~、先輩は先輩の上がりそうだと思ったところを買いましたし~、先生は先生のいいなぁ、と思ったところの株を買ったですよ~」

「どういうところの株を?」

「小さな売れていない、上場したての食器輸入会社です~。ホームページを見て素敵な食器をたくさん輸入してくださっているということが分かったので~、頑張ってください、という気持ちで、ど~んと十万円分、買ってあげたですよ~」

「はぁ…、豪気ですねぇ……」

それは、ある意味では金をどぶに捨てるような行為かもしれない。まったく売れていないということは、その会社が注目される可能性はとても低く、同時に株価が上昇する可能性もとても低いということだ。

そういうお金の使い方ができるということは、もしかして先生はいいところの生まれだったりするのだろうか。それともただ、金銭感覚が俺とは違うだけなのかもしれない。

「それでですね~、そのあと三年くらいその株のことは忘れていました~。その会社のことは気にしていたんですけど~、株価には興味がなかったので~」

なんだろう、なんとなくだけど、すごく痛快な話に発展していくような気がする。この話、もしかして最初の話とつながっているのか?

「も、もしかして…、三年後に確かめてみたら株価がすごい上がってたとか…、そういうお話ですか?」

「? いえ~? そんなことはないですけど?」

「あれ? えっ、そういう話のつながりがあるんじゃないんですか?」

「つながりは~、ないですね~。ただの世間話、というか先生の昔のお話しですから~」

「え~…、ただの昔話なんですか……?」

「はい~、その会社は倒産はしていませんが~、いまも大して流行っていませんね~。株価も~、別に成長はしてない、というかむしろ下がってます~。ですが、輸入している食器はいつ見ても素敵なものばかりで~、たまに株主優待で安く買ってます~」

「あっ、そうなんですか。食器っていいですよね。実用性の中に美があって」

「分かってるですね~、三木ちゃん~。だから好きです~、かわいいですね~」

よしよし~、と再び先生の手が俺の頭に乗せられる。なんだろう、ごまかされてる……? っていうか、好きとか言われても戸惑うんだが。

「で、あの、お金はいいっていうお話は?」

「あぁ~、お金ですか~? 先生は慎ましやかに暮らしているので~、今もらっているお給料だけで十分ということです~。それに、確かにあって困るものではないですが~、必要以上にあっても、必要ないですから~」

「そういう考え方も、ありますね」

「そうですよ~、先生は今のままゆっくり生きていければいいですから~。それで、あと五年くらいで結婚すればばっちりです~」

「そういう当てがあるんですか?」

「うふふ~、どうですかね~?」

むぅ、どうにも意味深長である。

そのとき、料理が終わったのだろう、調理室からクラスの面々が大挙して押し寄せるのが眼の端に映った。これから先生はそれぞれの班の重箱のチェックに忙しくなるだろうし、ここにいては邪魔になってしまうかもしれない。

これは、そろそろ退散するときが来たのかもしれない。

「あらら~、みんな来ちゃいましたね~。これでおしゃべりもおしまいですかね~」

「そうですね。俺もそろそろ戻ります。邪魔になったら悪いですし」

「そうですか~? それでは~、あとでまた見回りに行きますね~」

「失礼します、先生」

おしゃべりしながらもチェックを済ませてくれたのだろう、俺の手元にはすでに料理を詰めた箱が戻っていた。それじゃあ、これをもって班のシートに向かうとするか。

確か、あっちだったな。うん、あっちだ、あそこにいるのが見えるからな、間違いない。

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