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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
137/222

姐さんの詫び入れ

「三木、すまない……」

「…、あの、姐さん、俺は風紀に逮捕拘束されるようなことは何もしていないつもりなんですけど、いったい何事でしょうか……?」

朝のショートホームルームが終わった、一時間目が始まるまでのわずかな時間を見計らって、姐さんは授業準備のためにかばんの中をガサゴソとしている俺の肩を叩いた。姐さんは謎の武道を極めているらしく、経脈秘孔を突いてこちらの動きを封じてきたりするので、こうして肩に手を置かれたりしたらおしまいというか、行動を制圧された挙げ句に易々と拘束されてしまうのだ。

ちなみに、高校生になったら不良適行動は、それがどのような軽微なことであっても封印すると霧子と約束している俺は、学校の中で大規模な問題を発生させることはないわけで、風紀委員会に逮捕されたり拘束されたり尋問されたりするような状況に陥ったことはなく、姐さんの手を煩わせたことは一度もない。もちろんそれは、一度もないことが前提みたいなものなのだろうが、しかし確かに間違いなく、そんなことをされたことはないのである。

「お、俺を逮捕するなら…、弁護士、通してもらわないと困るぜ……?」

「いや、私は別にお前を逮捕しにきたわけではないのだ。それよりもむしろ、お前に謝りにきたんだ」

「あ、謝る? そ、それは、どういう……?」

「今日の朝、ショートホームルームの前の時間、お前たちがいなかったときのことで、私はお前に謝らなくてはならないのだ。今ここに来たのは、つまりそういうことであって、お前が何か問題を起こしたというわけではない。心配することはない、すぐに解放する」

「そ、そうなんだ……。でもさ、姐さん、別にこうして俺のことを拘束する必要はないよね? っていうかさ、なんか姐さんに手が置かれてる方の手がさ、ぜんぜん動かないんだけど、これは何……?」

「痛いのか?」

「いや、痛くなさすぎて、むしろ逆に不安なんだけど……。ふつうさ、こういうのってもっと痛いものだよね。なんていうか、痛いから従わざるを得ないみたいな? でもさ、なんか、まったく痛くないの。ほんとにポンって置いてるだけ。でもそれなのに、手を置かれてるだけなのに、どうしてかそこから先がぴくりとも動かないの」

「大したことをしているわけではないからな、問題はないぞ」

「問題なくても、心配だぜ?」

動かないと言って、果たしてどんな状況になっているかといえば、俺はいすに座っていて、姐さんは俺の斜め後ろのあたりに立っていて、姐さんは俺の肩にほんの軽く手を置いている。そしてたったそれだけのことだというのに、俺は手一本、いやそれどころか指一本動かすことができないでいるのだった。

姐さんの手には、力が入っている様子はない。触れるだけでしかないと言っても、おそらく表現として間違っていない。たったそれだけだというのに、俺は動けない。このまま風紀委員会の本部に連行されるとしても、俺はその事実を疑わないだろう。

「っていうかさ、別に逃げないから放してくれないか? どういう系の話かはぜんぜん分からないんだけどさ、ちゃんと聞くから。解放された瞬間に走り出したりしないから。どうせ全速力で走ったって姐さんからは逃げられないんだし」

「…、確かに、それはそうだな。短距離走なら分からないが、逃走者を捕獲するための追走ならば、私は絶対に負けないからな」

「姐さん、長距離走でもスピード落ちないんだもん。絶対体の構造がおかしいんだよ」

「私は体の構造がおかしいのではない、体力があるのだ」

「いや、あれは絶対に体力がどうこうってレベルの話じゃないね。きっと姐さんは身体の中に高エネルギー発生炉とか内蔵してるんだよ、そうに違いないよ」

「失礼なことを言うな。私はただ体力が人よりあるだけの、ただの女子だ」

「姐さんのことをただの女子っていうのは、なんていうか言葉上はまったくもってその通りなんだけど、納得しかねるよな。少なくとも、ただの女子ではないって」

「それではどのような女子だというのだ」

「…、すごい、女子じゃね?」

「具体的にどこがどうすごいのだ」

「全体的に、すごいと思うぜ?」

「まったく要領を得んな」

「俺自身も、どうやって言ったものか分からなくなってるんだけどね。それで、えっと、なんだっけ、朝に何があったかの話だったっけか?」

「あぁ、そうだ。三木のせいで話が脱線してしまったではないか。一時間目が始まるまでの時間は五分少々しかないんだぞ、有効に使わなくてはならないのだ。意味もなく話を脱線させている暇はないぞ」

「それは、確かに。それじゃ、さっそく頼むぜ。メイに聞いても、あんまよく分かんないんだよな」

そういえば、メイは今この瞬間、俺の隣の席に座ってはいない。どこに行ってしまったのかは分からないが、しかし先生たちが教室から去っていったすぐ後にそそくさと教室を出て行ってしまったのだ。アレだけ急いでいたってことは、けっこう急ぎの用事か、あるいはトイレを我慢していたかのどちらかだろう。

いや、別にそれをメイに直で聞いたりはしないぞ? そんなことするわけないじゃん。どうして女の子に「トイレ行ってたのか?」なんてデリカシーのないことを聞けるっていうんだ。紳士たるもの、そういうことにはあえて触れずすっ呆けた感じを演出しつつ帰ってくるメイを出迎えればいいだけなのだ。むしろ逆に、それ以外に俺に出来ることなんてないのかもしれないが。

「持田では、少し説明するのに難があるかもしれないからな。なにしろ持田は携帯電話だからな」

「そういうことらしくてさ、きっとあとで姐さんが来るだろうしそっちに聞いてくれって言われたんだ」

「それが賢明だろうな。まぁ、私の至らなさが原因のようなことだ。私が責任を持ってお前に説明するのが筋というものだろう」

「えっ、なになに? 姐さんのせいで俺がヤバいの?」

「なぜ少し楽しそうに言う」

「楽しいっていうか、姐さんが俺に迷惑かけるなんて珍しいことだし、ちょっとうれしくて」

「迷惑をかけられて、うれしいのか? それは少し、悪趣味が過ぎるというか、己の性癖には素直すぎるのではないかと思うぞ……?」

「いや、性癖とか、そういうのじゃないって。…、いや、俺はおそらくMなんだろうけどさ。そうじゃなくてさ、見てれば分かると思うんだけど、俺って人の面倒に首を突っ込みたいというか、むしろ面倒かけられたいというか、世話焼きだと思うんだよ。ほら、霧子の面倒とか長年見てるし、あえて志穂と友達だったり、いろいろ面倒な感じにさらされていたいっていう感じなんだって。そこらへんは、分かってくれるだろ?」

「分からなくはない。お前は、そういう性質だ」

「すぐに分かってくれてうれしいよ、姐さん。こうやって察しがいい人が話し相手だと、いろいろ楽でいいよなぁ」

「私は特に察しがいいということはないぞ」

「いや、姐さんは察しいいよ。霧子だったらなかなかそうはいかないって」

「そうなのか? 天方だって、そう鈍いわけではあるまい。むしろ、三木との付き合いは長いのだから察しもよくなるのではないか?」

「ん~、まぁ、霧子は霧子だからな。あんまり出来ないことを要求しすぎるのも酷ってもんだと思うぜ?」

「そのようなことはないと思うのだがな……」

「いやいや、そういうもんだって。それでさ、姐さんって基本的に自分で何でも出来ちゃうからさ、俺になかなか迷惑かけてくれないじゃん。だから俺はさ、こう、姐さんが俺に迷惑かけてくれるか、姐さんの行動のせいで俺がピンチになるのを待ってたんだよ」

「それは、別に待つものではないと思うのだが、まぁ、お前がそういうからには、お前にとってはそうなのだろうな」

「そうそう、そうなんだよ。俺さ、俺に対して多かれ少なかれ迷惑かけてくれるようになって、初めてその人は俺の深い友だちになったとか思うんだよな。やっぱ、親友じゃないと迷惑かけづらいと思うんだよ、俺は」

「私は、基本的に他人に迷惑をかけるのが嫌いだ。なんというか、申し訳なくなってしまう」

「申し訳なくなんてないんだって。もっと積極的に俺に迷惑かけてくれって、姐さん」

「私は、他人に迷惑をかけるのは、不本意だ」

「まぁ、姐さんがそう言うんなら、俺としては無理強い的なことはできないんだけどさ。でも今回は、姐さん自身も認めるほどに明らかに、俺に迷惑かかってるんだろ? それはそれでうれしいわ」

「…、あまり、迷惑をかけられてうれしいと連呼するんじゃない。それよりも話をしよう。時間は有限だと、ついさきほど言ったばかりではないか」

「ん? あぁ、あんま脱線ばっかってわけにもいかないか」

「そういうことだ。それではまず、今朝なにをしていたかという話なのだが、体育祭についての話を先生がしていた」

「なるほど、ってことは、出場種目とかの話か」

「いや、そうではない」

「違うのか……。じゃあ、どういう感じの話?」

「…、先生は、体育祭でうちのクラスが最下位を取るのが嫌なのだそうだ」

「最下位がイヤ? そんなの俺だってイヤだぜ。っていうか、みんなだってイヤだろ」

「しかし私たちは家庭科専攻クラスだ、男子の数が少なすぎるではないか。最下位というのも、ある意味では仕方のないことだとは思わないか?」

「まぁ、そう言われちゃうと仕方ないかもしれないけど、でもなにもしないうちから仕方ないねって諦めるのもなぁ……」

「先生は…、絶対にあきらめないのだそうだ。だからこそ、体育祭で活躍した者には景品を出すらしい。頑張ったら対価として景品をプレゼントするからがんばれ、ということらしいのだ」

「へぇ、対価で景品ねぇ…、いったい先生、何をくれるつもりなんだか」

「獲得得点の上位三名までが対象らしい」

「そうなのか、先生、かなり攻めてるな……。三人分って、思ってるよりもずいぶん多いぜ? そんなに負けたくないってことなのかな……」

「それはそうなのだろうな。話の端々から、そういった雰囲気は感じられた」

「そうか、先生、そんなにやる気なのか。これは俺もいっちょ頑張るしかないな。景品もそうだけど、負けるのがそもそもイヤだからな。で、景品って何なんだ?」

「…、その件について、私はまずお前に謝っておかなくてはならない。この通りだ、すまなかった」

「姐さん、なんで謝られてるのかさっぱり分からないんだけどさ、とりあえず顔あげてくれよ。話聞いてからでも、謝るのは遅くないだろ。とにかく、何があったのかをまず教えてくれよ」

「…、分かった、話をする。その後、私のことは三木がいいように罰してくれ。何でも、お前がいいと思うように罰をくれればいい」

「姐さん、そういうのはよくないと思うんだ。なんでも好きなようにしてくれっていうのは、男の前では言ってはならないことだと思うんだ」

「私はお前に迷惑をかけた、しかも半端なものではない。これくらい言わなければ、私の気が済まんのだ」

「…、まぁ、そういうことなら…、いや、別に何もしないからね? 罰を与えるとか言ってナニをするとか、そういうオチには持っていかないからね?」

「? 何を言っているのだ、お前は?」

「いや、気にしないで。それより、話を」

「? 分かった。先生によるとだな、二位と三位の景品は、木原先生と八坂先生のそれぞれが用意するらしい。その内容については、これから決めることにしているのだそうだ」

「へぇ、そうなんだ」

「それで、一位の景品なのだが…、非常に言いにくいのだが、…、三木、お前との、…、一日デート券なるものを、一枚発行するらしい……」

「へぇ、そうな、んだ……?」

「本当に、済まなかった!」

「…、姐さん、二つ聞いてもいい?」

「あぁ、聞いてくれ」

「一つ目は、俺はそのデート券? のことについて何も聞かされてないんだけど、ってこと。二つ目は、そのどこらへんが姐さんのせいなのかが分からないんだけど、ってこと」

「一つ目について、お前の承諾はこれから何としても取りつけると言っていた。間違いなく事後承諾ということになるだろうな」

「マジか……。なんで俺、知らないうちに景品になってるの……」

「二つ目については、私は先生がそれを実行に移すことを止めることができなかった。私はそれをしなくてはならなかったというのに、出来なかったのだ。それは私の責任ということだろう」

「…、それはどうだろう……? なんでもかんでも自分の責任にすればいいってもんでもないよ、姐さん。誰にもどうしようもないってことは、あると思うよ」

「いや、しかし…、私の責任なのだ。反対する者がいたら言ってくれと聞かれたのだから、そこできちんと反対と手を挙げておけば……!」

「? ってことは、姐さんとしてはそのことを、パッと聞いた時点では反対じゃなかったってこと?」

「…、いや、その、だな……。…、そのようなことを、婦女子に聞くものではないだろうが!」

「っかはっ!? なぜに!? でもとりあえず、すいませんでした!?」

なぜか、殴られた。果たして姐さんにとって、今の俺の発言のどこら辺が気に食わなかったのかは分からないが、まぁ、きっと何かがいけなかったのだろう。

「と、とにかく、私の力及ばずお前に迷惑をかけてしまった、済まない」

「ぜ、ぜんぜん気にしないでいいぜ……。迷惑なんかじゃないからさ……」

しかしまぁ、よく分からない状況になっているらしいのだが、一日デート券? くらいなら、別に大した問題もあるまい。どうせ一番活躍するのは志穂なのだ。志穂と一日デートというのは少なからぬ胃痛を伴うのだが、辛いというほどではない。

というか、今はそんなことよりも、姐さんの拳がめり込んだ頬の方が気になるのだが。っていうか、やっぱ姐さんのパンチとか冗談にならないな……。

「あぁ、そうだ。あとな、八坂先生が昼休みに家庭科準備室に来るように言っていたぞ。体育祭の景品のことについて話があるのだそうだ。しっかりと抗議して、デート券など止めてくださいというのだぞ」

「姐さんは、俺のデート券が発行されるのとかイヤだったりするの?」

「わ、私は…、…、そのような恥ずかしいことを聞くんじゃない!」

「えっ? 恥ずかしいの? 姐さんが恥ずかしがるってことは、つまり」

「黙れ!!」

「すいませんでしたっ!?」

姐さんのことをからかうのは、何にしてもやっぱりよくないと思う。

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