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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
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遅刻の瀬戸際

「今日もギリギリながら、間に合いはしたな、うん」

「そう、だね。今日も、いちおう遅刻ではなかったね」

霧子がいくら急ぐといってもそこに限界はあるわけで、俺たちはけっきょくいつものようにギリギリの時間で滑り込むように校門をくぐったのだった。こうしてギリギリの時間に登校するのは、俺としては出来るだけ避けたいのだが、まぁ、霧子のことを起こしてやってる以上、それは無理なんだろうなぁ、と思わざるを得ない。

「今日は姐さんが門の当番じゃなかったから、ちょっと危なかったな。いつもみたいにお目こぼしがもらえなかったから、いつもよりもヤバかった」

「にゅ…、門で挟まれるかと思ったよ……」

「それは絵面としてかなり面白いけど、たぶんけっこう痛いだろうから止めとけな」

「別にそれがやりたいってわけじゃないもん。でも幸久くん、今日って、りこちゃんの当番の曜日じゃなかったっけ?」

「俺もそうだったと思う。思うけど、まぁ、実際はいないんだし、なにか用事でもあったんじゃないか? 門の見張りやるよりも大事な用事が、何かしらさ」

「そっか、そうだよね。りこちゃん、なにか用事だったのかなぁ?」

「姐さんはいろいろと忙しい人だからなぁ。俺にはどんな用事なのか予想もつかないぜ」

「あたしも、わかんないや。風紀委員のお仕事かなぁ? それとも、風邪でお休み、とか?」

「休みってことは、ないんじゃないか? 姐さんって休みそうな感じじゃないし、きっと風紀か何かの用事があったんだよ。まぁ、それは後で姐さんにでも聞けばいいとして、ほれ、さっさと教室行くぞ。ただでさえ遅刻スレスレなんだ、一秒でも早く教室行かねぇとマジで遅刻になるぞ」

「あっ、うん、そうだよね。急がないと」

靴箱で上履きに履き替えながらそんなことを話しつつ、俺たちは出来るだけ急いで教室へ向かう。どのような状況であっても、自分たちが遅刻ギリギリで登校してきた存在であるという事実から目を反らしてはならないのだ。俺たちに出来るのは可及的速やかに教室へと向かうために全ての行動を迅速に行なうことであり、逆に言うならば、それ以外のことをしている場合ではないのである。

「あら~、三木ちゃん、いま来たですか~?」

とかやっていると、出席簿を小脇に抱えて振り袖振り振りと職員室から出てくるゆり先生に行きあったのだった。いつも思うのだが、この人は何着の振り袖を保有しているのだろうか。あんまり同じ柄のものを着ているのは見たことがないのだが、ふむ、まぁ、俺の見る目がないだけで実のところは同じものを着ていたりするのかもしれないけど。

しかし、今日はどうしたのだろう、いつも隣にいるはずの綾先生の姿が見えない。二人は、もちろん同じクラスの担任と副担任の関係なのだから仲がいいのかもしれないが、本当にいつもいっしょにいるような気がする。それが今日は、どうしてかいっしょではないようなのだ。もしかして綾先生、風邪でもひいてお休みなのだろうか?

ということは、副担任のゆり先生が今日のところは担任代理になるのだろうか。いつも綾先生の隣でホームルームの様子とかの担任業務を見ていたりするからその手順なんかは問題ないだろうが、ゆり先生はけっこう腹黒い感じだからな…、これを機と見てクラスの乗っ取りに着手しないとも限らない。

そうなった場合、はて、俺はどちらに着くべきだろうか。そういう謀反に加担するのは、やっぱりよくないんだろうけど、でも俺って案外ゆり先生に気に入られてるから、もしも乗っ取りが成功した場合、俺のことを重用してくれるかもしれない。ということはきちんと謀反の段階で着いておく方がいいかもしれない。

でも、もしそうするとすれば、俺は間違いなく現政権側に着く姐さんと対立することになるだろう。姐さんと真正面から対立するのは賢くない。姐さんには、とりあえず志穂を当てておこう。そして二人が武力的に拮抗している間に外堀を埋めてしまえばいい。そうして志穂と姐さんの二人を反乱側に引き入れてしまえば、あとは武力を背景に水面下の交渉を続けていけば乗っ取りの成功は時間の問題だ。

そう考えれば、神聖ゆりちゃん帝国の樹立はそう難しい話ではない。しかしそれをする意味がどこにあるかといえば、どこにもない。そしておそらく、ゆり先生にその意思がない。まぁ、ただの思考ゲームでしかない、ってわけだ。時間を無駄にしたな、マジで。

「あっ、ゆり先生。おはようございます。今日も素敵な振り袖ですね」

「うふふ~、今日の振り袖は~、かわいい系ですからね~。三木ちゃんは~、こういうのの方が、お好みですか~?」

「いえ、お好みというか、単にいいなぁ、と思っただけでして」

「そうでしたか~、いいと思ってくださったなら~、いいのですが~」

「あっ、はい。そういえば、今日は綾先生はいないんですね。お休みですか?」

「いえ~、今日は先輩は、先に教室に行っているのですよ~。ちょっと野暮用、らしいです~」

「野暮用?」

「はい~、先生も、それが何かは知っていますが~、でもここではないしょです~。教室に行けば、分かることですからね~」

「は、はぁ、なるほど」

「あの、ゆりちゃん、おはようございます」

「あら~、天方ちゃん、おはようございます~。今日も三木ちゃんとごいっしょに登校ですか~? なかよしこよしで、羨ましい限りです~」

「にゅ、そんなこと、ないです……」

「うふふ~、恥ずかしがっちゃって、天方ちゃんはおま~せさん、ですね~」

「にゅぅ……」

霧子は先生におでこをつ~んとされて黙ってしまった。どこらへんがどうおま~せさんなのかは俺には分からないが、きっとゆり先生がそう言うのだからそうなのだろう。俺には分からないなにかが、おそらくおま~せさんだったに違いないのだ。

「先生も高校生だったら、三木ちゃんと並んで登校したいですね~。高校生ではないので、そういうことも出来ませんがね~」

「また先生、そんなこといって、冗談ばっかり」

「先生は、本気ですよ~?」

「…、どこらへんが、どんなふうに本気なのでしょうか、先生」

「どこらへんを、どんなふうに本気なのでしょうかね~? うふふ~、ないしょです~」

「そ、そうですか……」

「それよりも~、先生よりも先に教室に入らないと、遅刻にしちゃいますからね~」

「それは、ちょっと勘弁ですね」

「三木ちゃんだけじゃありませんからね~、天方ちゃんも急がないと、遅刻にしちゃいますからね~」

「にゅ、それは、ヤです……」

「ヤなら二人とも、いそげいそげ、ですよ~」

「は~い」

実際のところ、まだ予鈴が鳴って間もないわけで、先生よりも後に教室に入ったからといって遅刻になるわけではあるまいが、しかし先生がこう言うのだ、言われたとおりに急ぐのがいいだろう。俺と霧子はパタパタとスリッパを鳴らして後ろから歩いてくる先生よりも少しだけ早く教室へ向かう階段を上っていくのだった。おそらく今の速度を維持していれば、先生が急に本気で走りだしたりしない限り、追い抜かれるようなことはないだろう。

まぁ、先生も別に俺たちに意地悪したくてそんなことを言ったわけではないわけで、意地になって俺たちを追い抜こうとはしない、と思う。あくまでもいつもどおりに、着物の裾は揃えたままで静かに静かに、それこそスリッパをかすかにパタパタ言わせている以外には音もなく歩いている。

「しっかし、いつも姐さんに言われることだけど、やっぱギリギリでくるのはよくないんだよなぁ」

「にゅ? 幸久君、急にどうしたの?」

「いや、やっぱさ、毎日ギリギリっていうのはスマートじゃないだろ、って話。いつもある程度は余裕を持って行動したもんだよな」

「それは、うん、そうだよね」

「でもそのためには霧子の世話の速度を早くしないといけないんだ。今日は、比較的手間取らなかったとはいえ、けっきょくこの時間なわけじゃん。いや、今日は洗い物もあったからか」

「幸久君は、起こすの上手だよね」

「ん? それはただ、もう慣れただけだ」

「でも、おねえちゃんもおかあさんも、あんな風に起こしてくれなかったもん」

「それは二人とも諦めたってことだろ。雪美さんは基本的に寝る子は育つてきな立場からそもそも起こそうっていう気がないし、晴子さんはだいぶ前に霧子を起こすことは諦めて俺に委任してるんだぞ。そのこと自体はおまえも分かってるんだろ?」

「にゅぅ、やっぱりそうなのかなぁ……。なんとなくは分かってたことだけど、改めて言われるとちょっとショックかも……」

「まぁ、別に心配しなくていいぜ、俺はまだ諦めてないし、そもそも諦めるつもりはない。誰もが諦めても俺が諦めないからな」

「…、幸久君、ほんとにありがとうございます……」

「なんだよ、くすぐったいな、急にありがとうございますとかやめろよ。霧子は妹なんだから、おにいちゃんが世話焼いてやるのは当然だろ?」

「でも、ありがと。おねえちゃんは諦めてるのに、幸久君は諦めないでいてくれてるもん。やっぱりうれしいかも」

「そんなにか? っていうか、俺に面倒みられてくれてるのは、俺的にはむしろうれしいんだけど、霧子的には問題ないのか?」

「にゅ、その話、前もしたかも」

「…、したな。同じ話は、二回しなくていいか」

「そう、だね。また幸久君が血を出すまで机に頭突きすることになっちゃうかもしれないからね」

「そんなことしたっけ?」

「にゅ…、血は、出てなかったかも」

「頭突きはしたかもしれないけど…、血は、たぶん出てないだろ、うん」

「お二人は~、やっぱり、昔馴染みなのですか~? とても仲良しで、見ていて心があったかくなるですね~」

「えっ? あっ、はい、そうですね」

「えと、家が近くて、ずっとお友だち、です」

「そうですか、そうですか~。それはとてもよろしいですね~。実は先生と先輩も、幼なじみなのですよ~。小学校のときから、ずっといっしょなのです~」

「へぇ、やっぱりそうだったんですか。二人ともとても仲良しみたいでしたから、そうなのかなぁとは思ってたんですよ」

「うん、そういえばみんなもそうなのかなぁ、って言ってたかも。息とか、すごいあってると思うし」

「先生が二人に教えちゃったのは、先輩にはないしょですよ~? 先輩は、みんなに知られちゃうと教師としての尊厳にかかわると思い込んでおりますので~」

「別にそんなことで教師の威厳はなくならないと思いますけどね」

「でも綾ちゃんって、そういうこと気にしそうだし」

「そうなのですよ~、先輩は小物ですからねぇ~」

「小物って……」

「事実なのですよ~。いえ、小心者の方が正しいでしょうか~?」

「どちらにしても、ほめてはいませんよね」

「ほめてはいませんが、事実ですので~。ですが~、それ以外のいいところもたくさん知っていますので、問題はないかと~」

「そう、なんですかね……?」

「そうですよ~。それにですね~、長い付き合いになるということは、弱みを握りあうのと同じことですので~。先生は~、先輩の弱みは、致命的なものだけでも両手にあまる数把握しているですよ~」

「…、それは、言わないでおいてあげてくださいね」

「うふふ~、それは先輩の態度次第です~」

「あたしは、幸久君の弱みは分からないけど、いろいろ幸久君のことは知ってるよ」

「俺は霧子の弱みなんて数十個単位で知ってるけどな。俺が本気になれば霧子を破滅させることなんて容易いぜ」

「先生が言いたかったのは、つまりそこなのですよ~」

「えっ? どこですか? 霧子を破滅させることですか?」

「いえ~、天方ちゃんが三木ちゃんのことをよくよく御存じ、ということですよ~。…、さて、天方ちゃん、大事な大事なお話がありますので、お昼休みに家庭科準備室に来てくださいね~」

「? は、はい……」

「いろいろ、えぇ、いろいろとお話がございますので~」

「なんだよ、霧子、なにやったんだよ」

「な、なんにもしてないよ?」

「じゃあなんで先生に呼び出されるんだよ」

「わ、わかんない……」

「うふ、うふふ~」

ゆり先生がなんで霧子を呼びだすのかはよく分からないが、まぁ、霧子が何かしでかしたとかではないようなので、おそらくそんなに心配することはないのだろう。

「とか言ってるうちに、おいついちゃったですね~」

「あれ、あっ、追いつかれちゃいましたね」

「にゅ、ゆりちゃん、追いついちゃったね」

「はい~、追いついちゃったですね~」

「…………」

「…………」

「…………」

そして、おもむろにゆり先生がその進行速度を一気に上げた。

「あれ!? 先生、なんで急に走ってるんですか!?」

「う~ふ~ふ~、走ってはいないのですよ~。走っているというのは、つまり、瞬間的に両足が地から離れることが絶対条件ですので~、先生の脚が地面に触れている以上、走っているとは言えないのですね~。これを人は、競歩と呼びます~」

「走ってないのに速いよ、幸久君!」

「やばいぞ、霧子! このままだと遅刻にされる!!」

「ぃ、急がないと……!」

「は、走れ! 霧子!!」

「にゅ、にゅん!」

まるで滑るように高速移動するゆり先生は、あっという間に俺たちを追い抜いて教室の扉への距離をぐんぐん縮めていく。一方俺たちは、あまりに唐突な先生の動きに驚いて一瞬止まってしまったこともあって、小さくないリードを先生に許してしまっている。このままではマズい、本当に遅刻にされてしまうではないか。

もう、廊下を走ってはいけませんとか、そういうことを言っている場合ではない。廊下を走ってはいけないが、しかし緊急事態においてはその限りではないのである。

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