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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十一章
134/222

天方家、朝のひと時

「おはよう、霧子」

「にゅ…、おぁよぅ、ごじゃいましゅ……」

いつものようにチャイムを鳴らして雪美さんの元気な声を聞いて元気をもらって、家の中に入れてもらって二階への階段を上って、霧子の部屋に入ってベッドで安らかな寝息を立てる霧子を見つけて、いつものようにサクッと目を覚まさせる。長年やっているだけあって、遊びを入れずにマジで起こしにかかると本当に機械的に手早く起こすことができるんだなぁ、と我がことながら感心してしまうほどだ。

最近はパッと見るだけで眠りの深さまでなんとなく察することができるようになってきたのだが、本当に霧子を起こす以外に使い道のない能力で、ちょっと虚しくなってきてしまう。もうここまでくると、もしも『霧子の目を覚まさせる選手権』があったら、きっと世界一になることができる自信がある。

「なんか、今日はいつもに増して眠そうだな、霧子。昨日の夜に何かあったのか?」

「ぇと…、おもしろいドラマが、11時までやってて……。スペシャルだったから、長くって……」

「そんなの録画して今日の夕方にでも見ればよかっただろ。お前は夜起きてられないんだから、無理せずさっさと寝るようにしないとダメだろ」

「にゅ…、わかってたけど、でもおもしろかったんだもん……」

「しかし、霧子が11時まで起きてられるほど面白いドラマっていうのも気になるな。お前、ほんとに10時になったら舟こぎ始めるのに」

「んとね、好きな俳優さんが出ててね、好きなマンガのドラマ化だったからどうしても観たくって……」

「まぁ、理由は何でもいいんだけどさ。何にせよ、無理はしないでくれな、起こすのが大変になるから」

「にゅん…、ごめんね、幸久君……」

「…、まぁ、別に気にしなくていいよ。ほれ、顔洗ってこい。晴子さんが朝飯用意して待ってくれてるぞ」

「はぁい……」

パジャマを身にまといところどころ髪を跳ねさせている、というまさにザ・寝起きといった風情の霧子を後ろに引き連れて洗面所まで連れていくと、とにかく残っている眠気を晴らしてもらうために顔を洗わせる。前かがみになったときに髪がバサッと前に行ってしまわないように、とりあえず髪を一掴みにして後ろでまとめてしまい、それを洗面台の脇に落ちていたシュシュで止める。なにも、あえて朝っぱらから毛先を水浸しにすることもあるまい。

しかし、こうして触ってみると霧子の髪は本当にまっすぐなんだということがよく分かる。俺とは違うんだなぁ、なんてことを考えながらさわさわしているとザバザバと出しまくっていた水の音が止まる。タオルを探して手をパタパタとさせているので、俺はそれに手渡すようにタオルを取ってやり、ついでにブラシをとってまとめた髪に軽く通していく。

「まったく、ほんとにきれいに手入れしてあるな。さわり心地がいいったらないぜ」

「そう? 自分じゃよく分からないんだけど……」

「俺はキレイだと思うぞ。だってこんなに触り心地がいいんだ、キレイじゃないわけがないだろ。ブラシだって、こんなにスッと通るんだしな。さぞかし大変な手入れの日々なんだろうな、関心関心」

「にゅ~、昔からずっとやってるから、慣れちゃってあんまり大変って感じじゃなくなっちゃったよ。もうずっと前からいつものこと、って感じだし」

「そうかそうか、そのおかげで俺はこうして霧子のきれいな髪をいつでも堪能することができるってわけだ。あ~、さらさらだしつやつやだしきらきらだし、霧子の髪、大好き~」

「ぁ、あたしは……?」

「霧子のことも好きだぞ~、髪も霧子も好きだ。かわいいかわいい妹分だからなぁ」

「にゅ、妹分」

「でも、妹分っていうと美佳ちゃんもそうなんだよなぁ…、霧子と美佳ちゃんは比べられないし、どっちも大事だぜ?」

「そっかぁ…、にゅぅ……」

「どうした? 悩みごとか?」

「にゅん、あのね、妹って、どうなのかなぁって思って」

「妹はいいものだぞ。俺は大好きだ」

「? 幸久君は妹が好きなの?」

「ん~、妹も好きだ。霧子も好きだ。つまり、妹な霧子だと、より好きだ」

「にゅ~…、よく分からないかも……?」

「まぁ、そこらへんは分からなくてよろしい。ちなみに俺は長い髪も好きだ。ということは、霧子は霧子で、妹で、髪長くて、俺の好きなもの三拍子そろってるってことだ。霧子・妹・髪長い。最高だな!」

「…、うん!」

どうやら霧子が思考を放棄したらしい。まぁ、そのあたりは俺の趣味の領域に深く根ざした問題になるのだから、そんなに大らかに理解を示されても困ってしまうのだが。俺は無邪気に生きている霧子が好きなわけで、変に計算とかされちゃうと少し引いてしまうのだ。

「あっ、ねぇねぇ、幸久君、今日ってロング・ホームルームあるけど、何やるか聞いてる? あたし、覚えてなくって、用意するものとかあったら教えてほしいんだけど……」

「いや、特に用意するものはなかった気がするんだけど。なんか体育祭の話でもするんじゃなかったっけ? まだ少し遠いけど、しばらくしたら体育祭じゃん」

「あっ、そっか。体育祭が、えと、あと二週間くらい、だっけ? 近いもんね」

「まぁ、それよりも今は朝飯だ。あんまり待たせると晴子さんが機嫌悪くなっちゃうからな。もうそろそろ行かないとだ」

「にゅ、そうだね。今日はパンの日だよ」

「あぁ、そっか、今日はパンの日か。晴子さんはパンも好きだからな。っていうか、今日はけっこう時間あるからゆっくりしっかり食えよ。いつも急いでパパッと食べてるけど、やっぱりゆっくり食った方が身体にいいはずだからな」

「にゅん、わかったよ」

「あっ、やっと来たわね。はやく座りなさい、母さんがそろそろお腹空いたってうるさくなるころよ」

無事に顔を洗い終わってリビングに入ると、そこでは晴子さんと、そして雪美さんがお待ちかねだった。朝食の支度は晴子さんの手によってすでに整えられていて、あとはもう霧子が席に着きさえすればいつでもスタートといったところだった。

そして今日の天方家の朝食は、バターを薄く塗ったトーストにハムエッグ、コンソメスープ、グリーンサラダの洋食モーニングセットで、雪美さんは無駄に大盛りなのだが、霧子と晴子さんはワンプレートでまとめているからか全体的にこじんまりとしている印象を受けた。というか、雪美さんは二人の倍くらいの量があるわけで、それって多すぎるんじゃないか、と思うが、しかし雪美さんにしてみれば少し少なめくらいの塩梅なのだ。

「今日はちょっと急ぐから簡単になっちゃったけど、まぁ、パパッと食べてさっさと学校行ってきなさい」

「晴子さん、用事ですか?」

「ちょっと大学で野暮用よ。帰りもちょっと遅くなっちゃうから、晩はあんたがつくっときなさい、幸久」

「あっ、はい、分かりました」

ちなみに晴子さんはほんとに時間がないようで、ハムエッグをトーストに乗せて食べて、ほんの少しだけでも食事の時間を短縮しようとしていた。いったいどんな用事が大学で待っているのかは分からないが、とにかくめっちゃ急いでいるということだけは分かった。この様子だと出掛ける前にいつもやっている諸々の家事をする暇すらないかもしれないな。あとで広太に連絡して、こっちの家の家事もやっておくように言っておくか。

「昨日の晩は精進料理みたいになっちゃったから、今日は肉がいいわ、肉。肉っぽいのつくりなさい」

「わかりました、なにつくるか考えときます」

「和洋中はなんでもいいから、とにかく肉よ。今日はきっと疲れて帰ってくるから、元気出るの頼むわ」

「了解です、任せてください。いや、でもちょうどよかったです」

「ちょうどよかったって何がよ」

「いえ、あの、実は今日、ちょっとこっちに遊びに来てもいいかって聞こうと思ってて。だから晴子さんからくるように言ってくれたのは、ちょうどいいかなって」

「ふ~ん、まぁ、なんでもいいわ。なにか用事があるっていうなら、そのときに聞くわ」

「はい。あっ、晴子さん、帰りは何時くらいに?」

「七時半の、少し前くらいかしら。大学出るのが五限終わったあとだから、それくらいになっちゃうのよ」

「なるほど、分かりました。そのくらいの時間に合わせて出来あがるように調整します」

「ほんと、あんたは便利で役に立つわね。それでこそ私も、がんばって仕込んだ甲斐があるってものよ。これからもきちんとあたしのために役に立つのよ、幸久」

「はい、がんばります」

「別にがんばらなくていいわ。きっちり役に立って、結果を見せなさい。結果の伴わない努力はウザいわ」

「分かりました、きっちりやっておきます」

「それでいいわ、それでこそあたしの弟子よ」

「もちろんです」

「ねぇねぇ、晴子ちゃん、おかあさんお腹空いたんだけど、ごはん食べてもいいかしら?」

「っと、こんなところで悠長に話なんかしてる場合じゃないわ。あと、あたしはこれ食べたらすぐに出るから、洗い物済ませてから学校行くのよ」

「はい、分かりました」

「あたしのお手伝いするね、幸久君」

「あぁ、そうしてくれると助かる。実際、そんなに時間はないからな」

「おかあさんは何をしたらいいかしら?」

「母さん、トースト食べるの下手なんだから食べながらしゃべらないで。もぅ…、パン屑がいっぱい下に落ちてるじゃない」

「晴子ちゃんも食べながらおしゃべりしてるのに~」

「あたしは母さんとは違うからいいのよ。っていうか、ほんとに急いでるんだから、あんまり手間かけさせないでよね」

「ぅ~、晴子ちゃん、反抗期~……」

「反抗期なんて、来てる暇なかったし、今も来てないわよ。っていうか、反抗期だったらこんなにいろいろ家事なんてしないでしょ」

「じゃあ、晴子ちゃんは、何期?」

「さぁ、青年期じゃない? ごちそうさま、片づけ、あたしがいなくてもちゃんとやりなさいよ」

「分かってます、晴子さん」

「おねえちゃん、いってらっしゃい」

「霧子、今日も気をつけて学校行くのよ」

「うん、気をつけるね」

「晴子ちゃん、いってらっしゃ~い」

「母さんは、きちんとお仕事してよね。最近サボりがちなんだから」

「は~い、わかってま~す。今日は久しぶりにがんばっちゃうわよ~」

「そういえば、雪美さんの仕事ってなんなんですか?」

「なに、あんた、知らなかったの?」

「あっ、はい。なんか聞きそびれちゃったっていうか、聞かないままここまできちゃったっていうかで」

「ふ~ん、まぁ、別に知らなくても問題はないんじゃないの? どうしても知りたいって言うんなら、母さんに直接聞いてちょうだい」

「幸久くんは、おかあさんのお仕事知らなかったのね~。むかし教えてあげた気がしたけど、気のせいだったのね~」

「単に俺が忘れてるだけって可能性もありますけど。っていうか、聞いたとしたらきっとかなり前ですし、忘れちゃったんでしょうね」

「う~ん、それじゃあねぇ、直接見せてあげるわ。でも今はちょっと時間ないし~、また今度ね~」

「はい、じゃあ、そういうことで。で、霧子、そろそろお食事を終えてくれないか」

「にゅ? あっ! 幸久君、もう食べ終わってる!」

「分かってると思うけどな、俺たちも時間に追われる存在なんだ。洗い物のこととか考えたらそろそろ食い終わってくれないと困るぜ。なんせ霧子はまだ着替えも終わってないわけだしな」

「で、でも、さっきは時間いっぱいあるって……」

「それはただ飯だけ食って学校に行けばいい場合の時間な。俺たちはこれから晴子さんの代わりに洗い物とかしないといけないんだから、さっきまでと同じ時間の捉え方じゃいかんぞ」

「にゅぅ…、でもぉ……」

「まぁ、時間ないって言ってもそこまでじゃないけどな。霧子はまだ食っててもいいよ。洗いものは俺が全部やっとくから、ゆっくり食え。そして食ったらしっかり着替えてくれ」

「ぅ、うん」

「この間みたいに、寝ぼけてスカートのロールアップすぎて太もも見せまくりのセクシーモードで登校とか、そういうことはしないでくれ。あれは、さすがの俺もフォローできない」

「あ、あれは…、ぼんやりしてたらやりすぎちゃっただけだもん……」

「まぁ、遅刻ギリギリでスクランブル登校になるところまで長期的な視点で見ればまだまだ余裕だから、気にしないでいいからな」

「…、ちょっと、急ぐ」

「雪美さん、その食器、洗っちゃうんでもらってもいいですか?」

「うん、いいわよ~。はい、幸久くん」

「ありがとうございます」

「幸久くんはとってもしっかりしてるし、おかあさんよりもおかあさんみたいね~」

「それ、自分で言ったらおしまいですよ、雪美さん」

霧子の食事が特別遅いというわけではない。俺はすでに自宅で一食食ってるからそもそもの量が少なく、雪美さんは言わずもがな超速で食い、晴子さんは急いでいたからか高速モードで食事をして、つまりみんなが早く食べ終わり過ぎたのだ。しかし相対的にみて遅いというのもまた事実。とりあえず、霧子には遅刻しない程度に急いで食事を終わらせてもらうことにしよう。

そして俺はと言えば、遅刻しないように手早く食器を洗い→拭き→片付けの三連携を決めなくてはならないのだ。どちらかが間に合わなければ、俺たちは遅刻することになるだろう。どちらが間に合わないにしても、それはおそらく間違いない。

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