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Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
13/222

花見、和の心

花見とは、文字通り花を見ることである。

ここでいうところの花とは、何でもかんでも全ての花、というわけではなく、春に咲く代表的な花であり、また日本の国花であり、日本という国を代表する花であると言っても過言でない桜の花である。

それは美しい花を咲かせるだけでなく、パッと咲きパッと散る、潔さとも言えるその性質に日本人の精神性を映すとまで言われる、日本と切っても切り離せない花だ。

春、多種多様な花が咲き乱れ、生物が息づく動の季節。その季節に、一瞬の美として咲き誇る桜を眺め、愛でる。言ってしまえば花見とは、ある意味ではそれだけの行事なのだ。

しかしそれは、四季の移り変わりを色濃く感じることのできる日本だからこそのイベントであり、風流を重んじる古来からの心意気の表れでもあるだろう。故に、花見をすることは、とても文化的な行為なのかもしれない。

まぁ、そもそも学園の敷地内にこれだけ立派な桜があるのだから、花見をしないのも逆に失礼なのかもしれないのだが。

さて、ほんの少しではあるが花見というものに対して思いを馳せたところで、現状に頭を切り替えていこう。

荷物片手に調理室を出て、やってきたのは学園の敷地の隅の方にある大きな桜の下である。その木の周囲には、木を囲むようにでかいシートが何枚も敷かれていた。そこにはもうすでに何人かの人が座っていて、少しではあるが、すでに何やら楽しそうな雰囲気が漂ってくるようである。

この花見イベントというのは、俺は家庭科クラスだけで行なう懇親会的な小規模なものだと思っていたのだが、しかしそうではなかったらしい。そこに敷かれているシートの数を考えてみると、うちのクラスの30人程度で使いきれる広さではなく、それ以外にも多数の参加者がこれから訪れるだろうことを予感させた。

そしておそらくその参加者というのは、生徒ではなく学園中の教師たちで、今ここにいる人数がそんなに多くないのはまだ授業時間が十分ほど残っているからだろう。

きっと授業が終わったら各クラスの担任や各教科の担当、用務員さんから事務さんまでがわらわらと大挙して押し寄せるに違いないのだ。

「しかし、ほんとにただの花見だな」

たくさん敷かれているシートのそばには、何箇所か飲み物が入っているとおぼしき巨大なクーラーボックスが置かれ、花見の準備はほぼ万端といったところだろうか。あとはただ、参加者がやってくるのを待つばかりという状態なのだろう。

そして向こうのシート、まだぜんぜん参加者が集まっていない今、人が座っているのはそのシートともう一つだけなのだが、何人かの教師が楽しそうに喋り合っているのが見える。手元には小さな重箱が置かれているし、一足先に花見を始めてしまっているのだろう。

というか、そのシートの脇にはうず高く重箱が積まれている。なるほど、俺たちは自分らの分の食べ物を実習でつくったわけなのだが、先生たちのために用意した分はあれ、ということなのだろう。

「まったく、本当だな。授業の一環といえば何をしてもいいということはないだろうに、言うに事欠いて花見など許されんだろう」

「りこたんはお花見、きらいなの?」

「いや、花見をすること自体が嫌いというのではなくてだな、学校という公的な場でそのようなことをするのがどうなのだろうか、と言うのだ」

「でも、せんせ~がしていいっていってるんだし、いいんじゃないの?」

「皆藤、そうやって与えられる状況をただ惰性で受け入れ続けているだけでは、いけないぞ。いかに先生方がそう言っているとしても、それが正しくないということだってあるのだからな。批判的に状況を理解していくことも重要なんだぞ」

「ひはんてき、って…、なに?」

「先生の言うことを聞いているだけではなく、自分でも考えてみるということだ。そうすることで、本当のことが見えてくるかもしれないからな」

「…、よく分かんない!」

「む、分からないのか……」

「志穂は言われたことやってればいいよ、だいじょぶだいじょぶ」

「ゆっきぃがそういうなら、そうする~」

「皆藤……」

俺たちは、先生が待っている課題提出先を目指しててくてくと歩いている。みんなで力を合わせてつくった、まだ温かい料理たちは俺が手に提げて持っている。

志穂はぺちゃくちゃ姐さんとおしゃべりしているわけだが、その肩にはまだ霧子を乗っけているわけで、どうしてそんなに余裕綽々なのか聞きたいくらいだった。乗っけられている方の霧子もその状況に慣れてきたようで、もうバタバタと暴れるようなことはなくなっていた。もしかして、運んでもらって楽だなぁ、とか思い始めているのかもしれなかった。メイは何を思っているのか、一人押し黙って俺たちの隣を歩いている。しかしメイは絶対に人前で言葉を発しないぞ、と誓いを立てているようで、今までしゃべったことは、始業式の日に俺に声をかけたあの一回だけだから、黙っているというのは描写として正しくないかもしれないのだが。

「りこちゃん、せっかくなんだから楽しくお花見したほうがいいよ。だって、お花見をするっていうのはもう決まってることなんだから、つまらなくしてたら損だよ」

「まぁ、せっかく花見をするのだから楽しくというのには賛成なのだが、しかしな、気になるものは気になってしまう。昔からそういう性分でな」

「りこたん、しょ~ぶんってなに?」

「そうだな…、そういう性格ということだ」

「そうなんだ、それならしょうがないよね」

志穂の語彙力が網羅している範囲には、時たま疑問を覚えることがある。普通に16年間の人生を送ってきて、知らないで困らないのだろうか、と思うような言葉を知らなかったりして、返答に窮することもたまにある。

そういうときは、俺は適度に適当なことを言ってごまかすことにしている。

『でも、ほんとにこんなことしていいのかな? 怒られたりしない?』

提出しに行こうというときは平気だったのに、ここにきて急におどおどし始めるメイだった。きっとシートに座っている先生を見て不安になってしまったに違いない。

しかしまぁ、少なくとも俺たちが怒られることはないような気がする。

「全然平気だって、問題ない。見ろよ、あそこ。八坂先生と木原先生がいて、その隣に座ってるのは校長と教頭だろ。学校のトップがやってることなんだから、それに付き合っている生徒が怒られるなんてことはないって」

ちなみに、木原先生というのは俺たちのクラスの担任で、フルネームを木原綾キハラ アヤといい担当教科は英語。出るところはしっかり出て、引っ込むところは引っ込んでいるとてもスタイルのいい人だ。しかも着ている服はいつもタイトスカートタイプのスーツというのだから、男の子的にはいつも非常に目のやり場に困る。

そしてもう一人、八坂先生というのは副担任で、フルネームは八坂ゆりという。担当教科は、今まさに俺たちがやっている家庭科。とてもおっとりしているように見えるが、しかしその実機敏な人で、料理の手際の良さは折り紙つきだ。着ている服は、なぜかいつも振り袖で、どうやら何種類も保有しているらしく、同じ柄のものを着ていることはあまり見ないオシャレさんだ。

「本当だ、校長先生と教頭先生だな。ここまで上にいる先生が認めているということは、この花見は学校行事と捉えてもいいのかもしれないな」

「もうなんでもいいじゃん。気にしたら負けだよ」

「きっとあたしたちが何を言ってもお花見はするんだよ。それなら楽しくしてたほうが得だよね、幸久君」

「そうそう、抗っても無駄だよ。一生徒が何か言ったくらいでなくなる行事なら、もうとっくの昔になくなってるだろ」

「ふむ、確かに一理あるな。それもそうかもしれない」

今のところシートに座っているのは担任と副担任、校長と教頭の教師四人に、俺たちよりも早く調理を終えて調理室を出た班、八坂先生の肝いりであり家政部に所属する弓倉を筆頭に料理が比較的得意そうな感じがする高見、遠藤、榎木の四人で、計八人だ。

まぁ、クラスの連中とはまだほとんど話せていないし、その四人がどういう人なのかということも実際のところほとんど知らないわけで。どうして料理が得意そうと思ったかだって、実際に料理しているところを見てそう感じたからでしかないのだ。

「っていうかここにあるシートが全部埋まるとなると、この後かなりの人数来るんだろうな……」

「そうだな、おそらくこれだけシートが敷いてあるということは、学校中の職員の方々が軒並み集まってくるのだろうな」

「そうだろうなぁ、先生のところに積んである重箱の数も相当のもんだしなぁ」

「一人に一つではないにせよ、あれだけの数なら60人ほどは集まってくると思うぞ」

『知らない人、いっぱいになる?』

「う~ん、そうなるんじゃないか?」

『どうしよう……』

知らない人がいっぱいというのが怖いのか、花見なんてしていて怒られないかとおどおどしていたときとはまた違う意味でおどおどしているメイだった。しかしそんなことを気にしていたら、人ごみの中を歩くなどの日常生活が健全に送れないのではないだろうか。

というか、メイはバス通学だったはずだし、バスの中なんて知らない人ばかりなのではないだろうか。いや、それとも学園に向かう人がその乗客の大半を占めていて周りはみんな同じ制服、みたいな状況なのかもしれない。

それならば、あるいは普通に人ごみの中を歩いて通学するよりも安心感はあるのかもしれないな。まぁ、詳しいことはメイ本人に聞かないと分からないわけなのだが。

「メイ、そんなこと別に気にしなくていいって。知らない人っていっても相手はこの学園の職員じゃん。見ず知らずの赤の他人というわけでもないんじゃね?」

『そうだけど』

「まぁ、何にせよ初めて会う人って緊張するよな」

『うん』

「それじゃあそうだな、メイは先生たちから一番遠いところに座るといい。そうしたらさ、話しかけられる確率も減るかもだろ?」

『ほんと?』

「う~ん、絶対そうとは言えないけど、そうなるかもしれないと思ってる。っていうか、思ってなかったらそんなこと言えない」

『なら、幸久君が考えてくれた通りにしてみる』

「あぁ、俺も、先生が来てもメイの方に行かないようにしてやるわ」

『幸久君、ありがと』

「別になんて事ないって。で、話は変わるけど、志穂はいつまで霧子のことを肩に乗っけてるんだ?」

「ほぇ? べつにきめてないよ?」

「幸久君、しぃちゃんの肩に乗っかってると、いつもより背が高くなった気分だよ」

「お前はそれ以上背がでかくなってどうしようっていうんだよ」

「にゅ、たしかにもうおっきくならなくていいかも」

「もうすでにかなりでけぇっつぅのに、これ以上は止めといてくれよ。霧子、俺よりもでかくなっちゃダメだからな?」

「だ、だいじょぶ、身長はもう去年からあんまり伸びてないから」

「あんまり伸びられるとさ、こう、悲しいじゃん? なんていうかさ、頭に手とかすんなり届かなくなるだろうし。現に今も…、遠いなぁ」

「にゅ…、あんまり伸びないようにする……」

霧子の頭を撫でられなくなるというのは、昔からやっていたことができなくなるということで、別に具体的に不利益のようなものがあるわけではないが、想像してみると少し物寂しいものがある。たとえるなら昔からなじみの駄菓子屋さんがなくなってしまうような、そんな感覚だろうか。

「まぁ、成長には抗えないよな、仕方ない。今度はさ、身長だけじゃなくて他のところが成長するといいな」

「ほんとにね……」

ついさっきまで軽い苦笑いで話をしていたはずの霧子の顔が、俺のたった一つの発言によって一気に物悲しいものへと変わってしまった。正直に言おうと思う、今のは完全に口が滑った。

霧子にはそういう、体の成長に関する話題は基本的に禁止なのだ。「こんなに育っちゃってもぅ……」という話題ならまだ大丈夫なのだが、特に「ぜんぜん育ってないね……」という話題は決定的にいかんのである。ナメクジに塩をかけるよりいかんのである。

別に俺は、胸の大きさで女性のことを差別するような危険な原理主義思想を持ってはいない。

胸が大きく膨らんでいるというのは、ある意味では母性を表徴してるわけで、女性としての魅力の一つの形であるとは思う。しかし、慎ましやかな胸をしているというのも、ある意味では乙女らしさや可愛らしさを表徴しているといえるわけで、これも一つの魅力だろう。

さらに、女性の魅力について考えるとき着目するべきところは一部分ではなく、全体をトータルで見たときの総合点だ。いかに一部分がとても魅力的でも他のところが今一つならば、それはあまり魅力的な異性とは言えないのではないだろうか。

つまり、テストで大問一つが満点だとしても他の部分で全く点が取れなければ、全体で見たときいい点は取れないということだ。まぁ、そもそも俺が他の人の魅力を採点することができるほど大層な人間なのか、というところに視点を戻してしまえば、俺自身沈黙するしかないのだが。

そろそろいったい何のフォローをしているのか分からなくなってきた頃だが、霧子はスレンダーなモテカワスリムの愛されガール、それでいいのだ。

細かいことを、気にしてはいけないのである。

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