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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十章
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ゴールデンウィークの過ごし方 五島親子の場合①

「あっ、歌子さん、ただいまです」

都さんのために食事を用意していたらそれなりに時間が経ってしまったので、ゆっくり食べてもらうためにもさっさと退散することにして、俺はお隣の五島さんのお宅を訪ねることにしたのだった。そしてお土産の温泉まんじゅう一箱分だけ軽くなったキャリーケースをゴロゴロと転がしつつ都さんの部屋から失礼したところ、偶然だろうが、ちょうど部屋から出てくる歌子さんに遭遇したのである。

「あら、三木さん、確かご旅行に行ってらしたのでしたっけ。おかえりなさい」

「はい、二泊三日でちょっと出かけてきました。これ、お土産の温泉まんじゅうです。未来ちゃんといっしょに食べてください」

「これはこれは、ありがたくちょうだいしますね。私たちはなかなか旅行など行けないものですから、未来も喜びます」

部屋から出てきたところの歌子さんは、どうしてか大きな段ボール箱を一箱抱えていて、一体これから何をしようとしているのかまったく分からなかった。いや、一箱じゃない。扉の奥にそれと同じ段ボールが何個も何個も積まれている。全部で…、八個? もしかして、これを全部運ぶのか?

歌子さんは、見た感じはどちらかというと線の細い、細腕という言葉がしっくりくるような容姿をしている。つまり、段ボールをひょいひょいと軽々運ぶようなキャラではないのだ。実際のところ、段ボールはけっこう重そうで、一つ運ぶのもそこそこ大変そうだった。

「あの、歌子さん、その箱、よかったら俺も運びましょうか?」

「いえ、大丈夫です。そこまで重くありませんので。それにすぐそこにトラックをつけてもらっているので、距離を運ぶというわけでもありません」

「でも、数は運ぶんですよね?」

「…、まぁ、そうですね。まだあと十箱ほど」

「…、手伝います」

「いえ、お手数ですのでそのようなこと、お願いできません」

「人助けは、俺の趣味です。それに、女の人が大きな荷物を運んで困っているのを見て、それを素通りするのは男じゃありません。任せてください、少なくとも歌子さんよりは力がありますから」

「…、おそらく、今までの経験からいって、三木さんはどのようにお断りしても遠慮しても、最終的には何らか私のことを丸めこんで荷物を運んでくださるのでしょうね」

「まぁ、そうですね。困っている女性がいたら、どのような状況であってもそれを助けるように仕込まれてますんで。力仕事絡みなら、なおさらです」

「ということは、私はここで懸命にお断りするよりも素直にお願いをした方がいいのでしょうね。その方がお互いの体力と労力を無駄にしないで済む、というものでしょうから」

「そう、ですね。潔く諦めて手伝わさせてくれると、俺も説得するために無駄な時間を使わないで済みますし、そうした分だけ作業も早く終わりますから」

「それでは、お手数をおかけして申し訳ありませんが、お願いしましょう。運び終わったら、お茶を入れますので飲んで一休みしていってください。そうしなければ私の気が済みませんので、労うことはさせてもらいますので、受けてください」

「分かりました、借りをつくったなんて思われるのも嫌ですからね、歌子さんのしたいようにしてください」

「えぇ、そうさせてもらいます。それでは、そのドアのところにある箱を、こちらまで運んでもらってもよろしいですか? 玄関にあるものだけでいいので」

「はい、分かりました」

とりあえず、転がしていた荷物はドアストップで開いたままにしている扉の裏に置いておいて、俺はそこに積みあげられた段ボール箱を運ぶ労働に従事することにしたのだった。まぁ、たったこれだけの段ボール箱をアパートの前まで運ぶだけだ、そこまでの強度の労働というわけではあるまい。これだったら俺たちが一年半前にした引越しの方が大変だったわけで、キツいというほどでもないだろう。

「っていうかこれ、何が入ってるんだろう。箱の大きさの割にはそんなに重くないんだけど、でもこれいっぱいまで入ってるっぽいし…、なんだこれ?」

その箱の重さがどれくらいかといえば、だいたい二つ積みにしてもまだ少し余裕があるくらいだ。二箱で、だいたい10キロもないくらいか?

しかしこの箱はデカイ。横幅はだいたいいっぱいに手を広げてようやくというところ、縦幅は二つ積んだら視界の下半分が遮られるくらい。これだけの箱にいっぱいまでものを突っ込んで、それだというのにこの軽さ。しかも中でなんかカサカサいってるし。本当に、一体何が入っているというのだろうか。

「二つも持てるなんて、流石は男の子ですね。私は一つで精いっぱいですよ」

「そうなんですか? でもこれくらいの重さだったら、ちょっと買い物したらなっちゃいません? 米を袋とかで買ったらそれだけでもこれより重い気がしますけど」

「お買いものは、いつも庄司くんが手伝ってくれますので、私はそこまで重い荷物を持たないですんでいるんです。本当に、三木さんのところの執事は有能なんですね。いいものをお持ちです」

「…、えぇ、まぁ、広太は出来るやつですよ。それにしても、あいつも隅に置けないですね。いつも歌子さんの買い物の手伝いをしてるなんて」

「そうですか? 彼は執事として三木さんの代わりをしているだけのように思いましたが? 三木さんならば私が重い物を買いに行くと知ったらお手伝いしてくださるでしょう。彼はそれを代わって行なっているだけなのではありませんか?」

「いえ、分かりませんよ。気を付けてください、あいつは基本的に年上好きですからね。もしかしたら、歌子さんは美人ですから、あいつも狙ってるかもしれませんよ」

「そんなことはありませんよ。私などただのおばさんですから。もはや異性などからは見向きもされませんよ」

「いや、そんなことありませんって。歌子さんはまだまだきれいですよ。一児の母には、とても見えません」

「ふふ、まったく、年長の者をからかうものではありません。おだてても何も出ませんよ」

「いや、別にからかってるつもりはないんですけどねぇ……」

「あっ、三木のおにいちゃんです!」

「ん? あっ、未来ちゃん、ただいま~」

「おかえりなさいです~! 二日もどこ行ってたですか~? おにいちゃんがいなかったから未来、つまんなかったです~!」

「っかはぁ!? 未来ちゃん、俺今、おっきぃ荷物持ってるから、タックルしたら危ないんだ……」

「ほぁ!? ごめんなさいです……。三木のおにいちゃんが帰ってきてくれたからうれしくて、つい」

「ぅ、うん、いいよ、気にしないで。未来ちゃんがそう言ってくれて、俺もうれしいから」

「未来、せっかく御厚意でお手伝いしてくださっている三木さんになんてことをするのです。罰として自分の部屋に入っていなさい。せっかく三木さんが買ってきてくださった温泉まんじゅうもありますが、ですが自業自得です。未来の分はないものと思いなさい」

「イヤです! せっかくおにいちゃんが帰ってきてくれたのに、お部屋で一人でいるのはヤ、です~! それに美味しいおかしを一人占めもメ、です~!」

「それならば、あなたも荷物を運びなさい。一つだったら持てるでしょう。三木さんにしたことがそれで許されることではありませんが、罪滅ぼしのつもりでしっかりとやりなさい」

「はい、がんばるです!」

「重いでしょうから、ゆっくり運びなさい。急いで転んだりしないように気をつけて」

「はい! お任せです!」

そういうわけで、パパッと謎の荷物の運搬作業を済ませていくと、その途中で俺の存在に気付いた未来ちゃんが部屋から飛び出してきて後ろから俺の腰にいいタックルをぶちかました。しかし俺も男子高校生であり、小学五年生女子のタックルで倒されるのは、いかにそれが不意打ちであったとしても、プライドが許さないわけで、手の中に段ボールを落とさないようにバランスを取りつつなんとかしてこらえた。

そしてそれを歌子さんが許すわけもなく、自室謹慎を申しつけたわけなのだが、しかし未来ちゃんはそれを断固拒否。歌子さんが妥協して荷物運びの手伝いをすることで許すことになった。

ここまで、そういう流れである。

「ふぅ…、三木さんのおかげであっという間に運び終わりました。手伝っていただいて、本当にありがとうございます」

「いえ、お安いご用です。そこまで大変じゃありませんでしたから、そんなに気にしないでください。あっ、一つ聞きたいんですけ、あの箱の中って何が入ってたんですか?」

「箱の中身ですか? あぁ、あれは内職の造花です」

「造花? あんな量の造花を、歌子さんが量産してるんですか? あれで、だいたい何本くらいなんですか?」

「そうですね…、一箱で300本ほど入りまして、全部で15箱ありましたから、4500本でしょうか」

「4500本…、それを、ひと月で?」

「いえ、二週間です。二週間ごとに納品がありますので」

「…、二週間ってことは14日ってことで、休みなしでやり続けてだいたい一日に300本か。一日に六時間くらい造るとして、一時間50本。一本に、一分ちょいってこと、ですよね……?」

「計算すると、そういうことになりますね。他の方と比較したことがないので、私の作業速度が速いのかどうかは分かりませんが」

「いやぁ、早いんじゃないですかね……?」

「造花の内職は長らくやっていますからね、慣れたのでしょう。今では機械のように動くことができます」

「…、あっ、そういえばたまに広太が手伝わせてもらってるみたいですね、役に立ってますか?」

「えぇ、庄司くんはとても物覚えが良く、それに器用に何でも人並み以上にこなしますね。私の半分ほどの速度ですが、とてもがんばってくださっています」

「そうですか、それならよかった。歌子さんの手際がそんなにいいんなら、もしかしてかえって邪魔になってるんじゃないかと思いました」

「そのようなことはありません。人手はいくらあっても、もちろんやる気と向上心を持っていることは前提ですが、無駄ということはありませんからね。その点、庄司くんは非常に有能な人手と言えるでしょう」

「でも、すごいですよね、そんなにいっぱい造花を造れるなんて。俺なんか、どれだけやってもそんなには出来ない気がしますよ」

「やらなくては、生きていけないのです。私は無学な女です。かといって力もなく、体力もない。好きになった男性と駆け落ち同然に家を飛び出してしまい、それから狭い借家での生活を守ることだけを考えずっとその人に頼って生きてきました。しかし、未来が生まれてすぐにその人は事故にあって殺されて…、いえ、死んでしまいました。それからはもう、私がしっかりしなくては生きていけなかったのですよ。あの人ががんばって築いてくれた貯金を少しずつ切り崩しながら、なんとか私でもすることができるお金の稼ぎ方を探して、なんとか見つけることが出来たのがいろいろな単純作業系の内職だったんです。ただそれだけですよ。それなりに出来るようになったのは、どうしてもそうならなくてはならない必要があったからです。最初は小さな赤ん坊だった未来も、しかしいつまでもそのままというわけではありません。当然、必要なお金の額もどんどん増えていきます。未来には片親ということで不自由な思いをさせたくはありませんでしたからお金が、私にはどうしてもお金が必要だったんです。ほら、何もすごいことはないでしょう? それとも、守銭奴のようと軽蔑したでしょうか?」

「…、そんなことありません。歌子さんは、俺なんかが言うのはおこがましいですけど、すごい大変な人生を歩んでるってことじゃないですか。尊敬はしますけど、軽蔑はしません」

「社交辞令とはいえそう言ってくださると、少し心が軽くなりますよ、ありがとうございます。さぁ、私の話などはもういいですから、手伝ってくださったお礼です、お茶にしましょう。未来、手を洗ってきなさい」

「は~い、分かったで~す。三木のおにいちゃん、洗面所はこっちですよ」

「うん、よし! 手、洗っちゃおっか!」

「はい、そうするです! おにいちゃんの買ってきてくれたおかし、楽しみです!」

「うん、買うときにちょっと味見させてもらったけど、美味しかったよ。楽しみにしててね」

「おいしいおかしを買ってきてくれるなんて、やっぱり三木のおにいちゃんはやさしいです。未来、やさしい人は大好きです!」

「そう言ってもらえてうれしいよ。買ってきた甲斐があったかな」

「未来もおかあさんも、すっごいうれしいです!」

「そんなに喜んでもらえたら、俺もすっごいうれしいな」

「それじゃあ、三木のおにいちゃんのおかげでみんなすっごいうれしくなれたんですね!」

「だったら、そのことこそうれしい、かな」

いま歌子さんがしてくれた昔の話は、きっと俺が深く触れるべきではないことなのだろう。長く生きるってことは、たぶん人に触れられたくない話を抱え込むことと同じことだと思うから。現に俺だって、あまり人に深く触れてほしくないことは少なからずある。

自分がされて嫌なことは、当然人にもするべきではない。だから俺は、歌子さんの昔の話に、本人があえてもっと深く話してくれるのなら別かもしれないけど、触れていこうとはあまり思わない。

俺は、歌子さんと未来ちゃんがそんなことを忘れていられるように、せめてこの瞬間だけでも楽しく過ごしてもらえるように考えを巡らせることくらいしか、出来ることがない。いや、むしろ、そういうことこそやっていくべき、なのかもしれないのだが。

「さぁ、手を洗っちゃおうか」

「はいです!」

他人に対して俺がすることの出来ることは、当然だが、非常に限られている。それならば、出来ることが何らかあるのなら、俺はそれをしていきたい。何もしないでいるよりは、何かをしていたい貧乏性だからな。

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