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Prism Hearts  作者: 霧原真
第十章
125/222

俺たちの帰還

「はい、それじゃここで解散ってことで」

のんびりだらだらと過ごしていると時間が経つのが遅く感じると言うが、しかしだからといってすっかり時間が止まってしまうというわけではないのだ。だからもちろん俺たちにはチェックアウトの時間が訪れるわけであり、また帰りの電車の時間もやってきてしまうわけなのである。

そして今、意外とあっさりとした三枝さんに別れを告げ電車に揺られること数時間、何事もなく我らがホームタウンへと帰り着いた俺たちは、そのままの流れで解散という運びに相成った。とりあえず、旅行中に誰かがけがをしたり体調を崩すようなこともなかったので、平穏無事ないい旅行だったということができるだろう。こうやった平和にイベントを終えることができるのは、責任を持つ立場である幹事としては喜ばしいことこの上ない。

「ゆっきぃ、りょこ~おしまい?」

「ん? あぁ、そうだな。二泊三日も、長いようで短かったよな。どうだ、志穂、楽しかったか?」

「たのしかった~」

「そうかそうか、それはよかった。でもまだ気を引き締めていろよ。旅行は家に帰るまでが旅行だからな。家に帰り着くまでの間に事故にでもあったら、それこそせっかく楽しい旅行が最後の最後で台無しになっちゃうからな」

「は~い」

「まぁ、お前だと事故って怪我して病院行きで台無しっていうよりも、事故って相手の車をふっ飛ばして警察に連行されて台無しって感じの方がしっくりくるけどな。とにかく、そういうことにだけはならないように気をつけろよ」

「でっかいトラックはよけたほうがいいってししょ~がいってたから、きをつけるよ!」

「でっかいトラックは、ってなんでそこで微妙に限定したんだろう……。もしかして乗用車とかバイクとかなら打ち返せってことなのかなぁ……」

「ししょ~なら、ちっちゃいのなら5ふんでたいらにできるって」

「軽自動車を五分でスクラップって…、本当に化物だな、お前のお師匠さんは……。まぁ、ストリートファイターのボーナスゲームじゃないんだから、ほんとに車をボコボコにするってことはないんだろうけどさ……」

「おきゃくさんにウケルから、いまでもたまにやるっていってたよ」

「お客さんに見せるのか……? お前のお師匠さんは何をやってる人なんだよ。もしかしてサーカスみたいな感じのに出演してるとか?」

「と~ぎじょ~でね、バトルのまえにくるまをぼこぼこにしてばくはつさせるんだって、かっこい~よね~」

「闘技場……? おい、志穂、日本に闘技場はないぞ。いったい何と勘違いしてるんだよ。っていうか、やっぱ総合格闘技とかなのか? 車をふっ飛ばすなんてちょっと過激なパフォーマンスだけど、最近そういうの流行ってるみたいだし」

「ん~…、わかんない~」

「そうか、まぁ、別にな、俺がお前のお師匠さんとつながらないといけないってわけじゃないし、分からないままでも一向に構わないんだけどな。それよりも、お前はそういう危ない道には進んじゃダメだぞ。女の子なんだから、ケガするようなことは出来るだけしない方がいいんだ」

「ししょ~がけがしてるの、みたことないよ?」

「いや、それはきっと隠してるんだよ。格闘技のリングに立って怪我しないなんてありえないんだから。とにかく、格闘技は趣味の域にとどめておかないとダメだ。かわいい顔に傷がついたらどうするんだよ。お嫁さんになれなくなっちゃったらどうするの」

「ゆっきぃのおよめさんになるからだいじょぶ~」

「志穂と結婚するのは、正直勘弁だな。なんか、四六時中疲れてることになりそうだし」

「そんなことないよ~。かわいいおよめさんになるよ~」

「どうだかなぁ…、まぁ、とにかく俺はお前とは結婚しないから」

「ぅに~…、きりりん、ゆっきぃにふられちゃったよ~……」

「し、しぃちゃんがダメならあたしはもっとダメだから、だいじょぶだよ! しぃちゃんの方がかわいいし、しぃちゃんの方がいい子だもん。あたしも幸久君のお嫁さんにはなれないよ!」

「? なんだ霧子、将来に何か不安でもあるのか? 霧子のことは、結婚云々抜きにして俺が一生涯にわたって世話していくから心配しなくていいぞ。霧子は好きなように、思うまま自由に生きてていいんだからな」

「三木、そうやって天方を過度に甘やかすのはどうなんだ? そのように過保護にしていては、いざ世間の荒波と対峙することになったとき大変な目にあうのは当の天方本人なのだぞ」

「まぁ、そうかもしれないけどさ……」

「適度に厳しくすることも、相手のことを思えばこそ、とても大切なことだと私は思うぞ。ただ甘やかすだけではそこに成長がないではないか。友人というものは互いに依存し合うだけではなく、共に成長し合い、伸ばし合っていくところにその意味があるとは思わないか」

「確かに、そうかもしれないけど……」

「天方も強くならなくてはならないのだぞ。それに、いつまでも守られるままでいたいと思っているわけではあるまい。守り守られ、支え支えられ、友人関係というのはそういう対等なものなのではないのか?」

「…、でも、俺は霧子を守るんだ! 俺が守ってないと、ろくでもない男が寄ってきて、きっと大変なことになっちゃうんだ!」

「いつでも天方の横にお前がいることは出来ないんだぞ。天方が自分で自分を守ることができるように心を尽くすのが、それこそ本当の思いやりというものではないのか」

「…、ダメだ、惑わされるな、俺……! 霧子を守るために俺はこの世界に生まれてきたんだ……! しっかりするんだ、俺……!!」

「ゆ、幸久君…、あたしはだいじょぶだよ……! あたしもがんばって生きていくから、心配しないで……!」

「でもきりりんあんまりつよくないからしんぱい~。てきがきたら、まけちゃうよ?」

「て、敵はこないから平気だよ、しぃちゃん」

「いや、人間生きている以上、いつ何時危機に陥ることになるか分からないものだ。だからこそ常在戦場、常に心には緊張の糸を張り巡らせておかなくてはならない。いつどのタイミングで無頼漢に襲われることになるか、分からないのだからな」

「…、いや、さすがに霧子はそういう死と隣り合わせの生活は送ってないし、これから送ることもないと俺は思うんだ……、俺は。っていうか、姐さんもさすがにそんなデッド・オア・アライブな日常を過ごしてるってわけじゃないと思うんだけど……」

「そういう心持で日々を過ごすことが肝要だと、そう言っているだけだ。実際にそんな危険な生活を送らなくてはならないと言っているわけではない」

「なるほどね…、まぁ、そういうことにしとくわ……」

「そういうわけだから、私は天方を甘やかすだけではいけないと、そう思うわけだ。ただ、私の言うことがどうしても間違っているとお前が言うならば、残念だがそれ以上私は何も言うことは出来ないがな」

「間違ってはいないし理解もするよ、納得はしないけど」

「聞く耳もたぬか。ふむ、まぁ、お前がどうしてもそうしたいというならば、私はそれをなんとしても、無理をしてまで止めようとは思わないのだがな」

「まぁ、姐さんからそういう注意をされたってことは覚えておくことにするよ。何と言っても姐さんの貴重なお言葉だからな」

「まったく、その素直さをもってして私のいうことにも納得してくれればいいんだがな」

「それは出来ないな。霧子は一生涯俺が出来得る限り甘やかして世話していくって決めちゃったものでね」

「…、私は、ずっと天方が三木から親離れ出来ないんだとばかり思っていたのだが、しかし三木の方が天方から子離れ出来ていなかったのだな。そのことが今日この瞬間、はっきりと分かったぞ」

「姐さんもついに気付いちゃったんだねぇ、そのことに。そうさ、俺は過保護上等の子離れできないお父さんだよ! あるいは妹離れ出来ないおにいちゃんだよ!」

「そうやって恥ずかしげもなく開き直るのは、どうかと思うがな。まぁ、天方も嫌がっているというわけではなさそうだし、もしかしたら私が口をはさむようなことではないのかもしれないがな」

「実際、口をはさんだからってどうなる話でもないだろうしね。けっきょくは俺の意識の問題ってことだ」

「そうやって問題点を理解しながら修正する気がないというのは、ある意味でもっとも厄介なタイプの人間なのかもしれない。問題を発見する聡さを持っていながら、それを修正する方向で頭脳を働かせようという意思の持ち合わせがないのだからな」

「まぁ、どうしようもなくヤバい状況だったら、仕方ないからどうにかしようとするだろうから、俺もまだまだプロじゃないよ。本物のプロだったら、たとえそれが、それこそどんな状況であったとして、上手に何事もなく収めることができるはずだからな」

「何をもってして己をプロであると認定するのかは分からないが、お前の言うことも分からないではない。まぁ、三木、天方だけでなくお前も、まだまだ成長する必要があるということだな」

「成長しないといけないっていうところについては、前向きに善処します」

『みんな、幸久くんといっぱい仲良しでうらやましい。あたしももっとなかよしになりたい』

「ん? おいおい、メイも仲良しだぜ。会ってからそんなに間もないけど、俺はけっこう仲良くしてると思ってるんだが?」

『でも、なかなか話に入っていきづらい』

「それは、仲良し度の問題じゃなくて、メイがケイタイで話そうとしてるからだろうな。音声でやりとりしている中に、文字情報で参入しようっていうのが、そもそもからして難しいんだと思うぞ」

『そうなのかなぁ……』

「それに、音声としての言葉を理解するのと文字としての言葉を理解するのとは、別の意識を使ってる気がするからな、なかなか並行して発揮するのは難しい」

『う~ん……』

「まぁ、メイとおしゃべりするためにそれが必要だっていうなら、俺はがんばるけどな。だってメイは、ケイタイ使っておしゃべりするのが自分ルールなんだもんな」

『…、うん、そう』

「だったらしょうがないじゃん。俺だってメイとおしゃべりしたいし、それならがんばるしかないだろ?」

『でも、大変じゃない?』

「メイとおしゃべりするためにそれが必要なら、しょうがないな、がんばるしかない。それよりも、メイも話に混ざりたいならもっとガンガン来ないとダメだぞ。ただでさえ不利なんだから、もっと分かりやすくこれから発現するぞ~、ってアピールしていかないと」

『たとえば?』

「たとえば? ん~…、服の裾を引っ張ってみるとか、肩を叩いてみるとかでいいんじゃね? 気付いてもらえればいいんだし」

『そうなのかな……?』

「あっ、痛いのは、ちょっとなしな。蹴るのとか」

『そんなこと、しない』

「ま、だろうな。分かってたけど、いちおう言っただけだ。とりあえず、俺はメイががんばって話してくれるなら、いくらでも付き合うからな」

『うん、分かった』

「よしよし、がんばってくれよ。あっ、そうだ、メイは旅行楽しかったか?」

『楽しかった』

「おぉ、そうかそうか、楽しんでくれたんならよかった。俺たちはこうやっておっきな休みとかに遊びに行ったりするからさ、メイも来たかったら言ってくれな。メイだったら歓迎だから」

『誘って』

「ん? …、あぁ、俺から声かけろってことか。分かった、イベント情報はメールか口頭でどんどん流して行くようにするから、来たかったら返事してくれ」

『分かった』

「よし、じゃあ今度こそ、今日はお開きってことで。みんな、残りの休みも楽しんでくれ。姐さんは風紀の合宿だよな、無理しすぎないでくれ。志穂は山籠りだな、無事に帰ってくるように。メイと霧子は残りの休みはゆっくりだったっけ。体調崩したりしないように気をつけろよ。じゃ、そういうことなので、解散!」

「それでは、また休み明けにな。三木、休みにかまけてだらだらと過ごしてはいかんぞ」

「おっけおっけ、気をつける」

「ゆっきぃ、ばいば~い。またね~」

「おぉ、またな。あんまり強くなるなよ」

『あたしも帰るね。休み中に暇だったらメールしてもいい?』

「メールなんてどんどん送ってくればいいよ」

『じゃあ、メールする。ばいばい』

「おぉ、ばいばい」

といった具合に、俺は三々五々に散っていく友人たちを見送って、あぁ、ようやく旅行が終わったなぁ、とちょっとだけ感慨深くなっていたりするのであった。なんというか、重責を果たしたというか、大きなことを一つやり遂げた気分だった。

「幸久君、帰る?」

「そうだな、帰るか」

そして、最後までいっしょにみんなを見送っていた霧子と顔を合わせると、俺は一つ大きく伸びをして、それからいっしょに家路につくことにしたのだった。こうして旅行は終わったのだが、しかしまだゴールデンウィークが終わってしまったというわけではない。俺たちの長期休暇は、まだハーフタイムだ!

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