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Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
12/222

調理終わりて……

「これで、完成でいいのか?」

「そうだな、もう器に隙間もないし、完成でいいんじゃないか?」

「おいしそうなのがいっぱいだね、食べていい?」

「し、しぃちゃん、先生に見せるまでは食べちゃダメだよぉ……」

『出来たの?』

「あぁ、出来た出来た。あとはこれを提出すればいいんだっけか?」

「先生は外にいるから、外まで持っていくんだって」

「もってったらお花見?」

「さぁ? たぶんそうじゃね?」

「そのあたりは、連絡を受けていないな。まぁ、行けば分かるだろう」

調理実習は、なんと、つつがなく終了したのだった。もっと時間がかかったり不測の事態の収拾に追われるのではないか、と恐恐としていた俺だったが、意外と、というか予想外にとんとん拍子で事は進み、特に大きな問題もなく料理は逐次出来ていったのだった。

絶対一回は何かが爆発すると思ったのに、そんなことはなかったし、少なくとも一回は霧子が転んで調理台の上に何かをまき散らすと思ったのに、そんなこともなかったし。

もしかしてこれは大成功の部類に入るのではないか、と自惚れてしまうほどに、弁当は悠々と余裕を持って完成したのだった。

いや~、大丈夫だと思いながらもどこか不安に思う心もあったわけで、こう上手くいってしまうと逆にどうしたらいいか分からないな。はは、もしかしてここでキレイに事が進んだ分、これから何か大変なことが起こったりして、なんてな、はははは。

いいことが起こった分大変なことが起こるなんて、ないない。たまには素直に自分の幸運を喜んでみようかな。

しかしまぁ、けっこう何とかなっちゃうものだなぁ。実際、霧子と志穂を組ませたときは分の悪い賭けをしてる気分だったけど、思ったよりもしっかりと料理してたし、出来てきたものはちゃんとまともなものだった。

「霧子と志穂でつくったハンバーグ、案外まともだよな。普通に食えたし」

霧子には最初、味付けが介入する余地のない炊飯作業を割り振っていたのだが、しかしそんなものに大して時間をかけていいわけもない。五分もしないでそれを終えた霧子は、そのあと志穂の作業に合流する。

志穂のしていた作業というのは、最初に自分で食べたいと言っていたハンバーグづくりだ。作り方は、俺が簡単に教えただけだったのだが、母親のつくっている様子でも見たことがあったのか、テキパキと作業していた。

合流した霧子も、玉ねぎを切ってぼろぼろ涙流してたりだ焼く前に両手でお手玉して空気を抜いていたりだと、しっかり作業に参加していたようだ。

「しかし、霧子も一緒につくったはずなのに、普通に食えるハンバーグが出来るとはこれいかに、だな」

「あたし、そこまでじゃないもん」

「きりりんがんばってたよ、ゆっきぃ。あたしよりパシパシするのうまかったよ」

「いや、あれはお前が思った以上に下手だったんだろ。力入れ過ぎだから肉が円盤状を通り越して平面に近くなっちまうんだよ」

「おかあさんは力入れてやってたよ? おかあさんの方がじょうずなんだからまねしないとだよ」

「お母さんは一般人だろ。お前といっしょにするな。同じやり方したら不具合出るじゃん」

「え~、あたしとおかあさんのどこがちがうの~?」

「そもそもパワーが違うわ」

志穂は別に筋肉質とかいうわけじゃないのに、瞬発的に出る力が異常に強い。だから力を入れてパティの空気抜きなんてやったら、空気が抜けすぎてぺちゃんこになる、という寸法だ。

こう、ところどころで常人離れしているわけなのだが、昔から通っているとかいう山の道場とやらに原因があるような気がしてならない。その道場、もしかして世界征服をたくらむ悪の組織の改造人間製造工場だったりしないよな……。

「まぁ、美味しくできるのもある意味当たり前なのかもしれないけどな。味付けは、志穂がやったんだろ?」

「えっ、うん、そだよ~。あたしがちょいちょい、ぱらぱら~って適当にやったよ」

「志穂は、適当に適切な味がつけられるのか。すごいじゃないか」

「えへ~、もっとほめてぇ~」

「霧子も志穂を見習おうな」

「にゅん、しぃちゃんすごいんだよ。あんなちょっとの調味料で、味付けしてるんだから」

「俺も晴子さんも、そんなに調味料ぶち込んでないだろ。お前は俺たちの料理のどこを見てるんだ、霧子」

「幸久君とおねえちゃんは、早すぎてどこみたらいいか分からない……」

「いや、そんなにでもないだろ」

「でも、一度にいろんなことするから、どれ見てたらいいか分からなくなっちゃうんだよ」

「あぁ、確かにそうだな。晴子さんは四つくらい並行作業でつくってるから、確かにどこ見たらいいかわからんな」

晴子さんは俺の師匠で、当然俺なんかよりもずっと料理が上手い。晴子さんの特にすごいところは、何個も料理を並行してつくっていくところにある。簡単な料理だったら、四つも五つも並行でつくっていくから調理台の上はごちゃごちゃで、晴子さんにしか分からない理論と秩序がそこには広がっているのだ。

しかし晴子さんは、別に望んで曲芸的な調理法をしようとしているわけではない。その行動原理は、単に生来の面倒くさがりにあるのである。

何回も同じ行程を繰り返すのはめんどくさい、とか洗い物が増えたらめんどくさい、とか、そういう面倒くささに対する逃避が極まっていった結果、極限まで行動の無駄がそぎ落とされ、時間のロスが消滅し、最終的にあの境地にたどり着いてしまったということだ。

ある意味では、面倒さを避けるために全力の努力を払った結果、今の晴子さんがある。面倒くさがりのくせに、どうして自分が楽をするための努力だけは怠らないのだろうか。

普通に努力すれば、いいんじゃないのか?

「霧子は、早く普通の味がつけられるようになるといいな」

「ぅにゅ」

霧子は長年晴子さんの料理を食べ続けてるはずなのに、いつまでたっても味付けに対するバランス感覚が身についていない。俺も同じように晴子さんの料理を食べ続けここまで来ているというのに、まったくもって不思議でならない。

霧子も晴子さんの料理が美味いということは理解しているんだろうし、その味を真似してみよう、という気にはならないのだろうか。それとも、もしかして、同じじゃ面白くない、とかいう理由でオリジナリティを追求しちゃったりしているのだろうか。

「技術的にはつくれてるのに、どうして味だけダメなんだろうなぁ……」

「あたしの味は、ダメなの?」

「まぁ、ダメっていうか、マッチしてないんだろうな。この料理にはこういう味付けが合う、みたいなのってあるだろ? それが出来てないんだよ、多分」

それも、味付けに対するバランス感覚の一つなんだろうな。目指すべき終着点を上手くイメージできていないっていうのが、最大の問題なんだと思う。

「まぁ、じきに味も付けられるようになるだろ」

「そうかな……?」

「あぁ、たぶんな。じきに美味い料理もつくれるようになるだろ、たぶん」

しかしまぁ、三年くらい前からずっとそう言っているわけのだが、今のところそうなりそうな感じはない。そしてもちろんそうなる、という根拠もまったくないが、そう言ってやること以外に俺にできることなど何もなかった。

「天方は私よりもずいぶんと手際がいい。私よりも早く上手くつくれるようになるさ」

「きりりん、がんばってね!」

『きりちゃん、上手。すぐにもっと上手になる』

「がんばってれば、出来るようになるな、うん」

そもそも晴子さんの飯を毎日食っているという時点で、俺にしてみれば多大なアドバンテージを取っているのだ、時間さえかければ、料理が上手くならないわけがないのである。

そして俺たちが、調理が完成したことへの感慨か、霧子の味付けが上達しないことへの悲しみかに浸っていると、目の前にニュッと携帯の液晶が生えてきた。あまりに目の前すぎて、バックライトの光に目をやられたかと思った。

『幸久くん』

「おぉ、メイ。そうだそうだ、メイもよくがんばってくれたんだよな。相撲でいうなら敢闘賞だ」

なでなで、なでなで

俺が自然に手を伸ばして頭を撫でると、メイがビクッと身をすくめてうつ向いてしまうのだった。今どんな顔をしているかは、顔がすっかり下に向いてしまっているので確認できない。

あれ…、もしかしてイヤだったか……?

俺は、昔から人を褒めるときとか慰めるときとかに頭を撫でてやる癖がある。そんなことをするようになった原因が何なのかといえば、昔、霧子の頭を撫でてやったらこいつがエラい喜んだのだ、それがいけなかった。

そんな、霧子を褒めてやって頭を撫でてやってという連係が常識となった環境に十年も浸っていれば、褒める=頭を撫でるとつながってしまってもおかしくないのだ。

しかし、こんな癖、そろそろ直さないとまずいのかもなぁ。志穂とか霧子とかは全然嫌がらないから、みんな平気なのか、って勘違いしそうになる。霧子なんて、褒めようとすると少し屈んで、俺が撫でやすいようにするからな……。犬か、と。

そして、ビクッとなったメイの頭にいつまでも手を乗っけているわけにもいかず、何事もなかったように手をそこから退けたのだが、しかしその手のやり場を失ってしまい、なんとなくひらひらとさせていた。もう一度乗せるわけにもいかないし、急いで手元に引き戻すのもなんとなくおかしい気がする。

「あぁ…、メイ? なんか嫌だったみたいだから謝る、すまん」

『なにが?』

急に謝った俺に、メイは何の話か分かりませんみたいな顔で携帯を突きつけた。ふっ、とあげた顔には、微妙に朱が入っているようだった。

「頭、撫でられるの嫌だったろ? なんかメイ、ビクッてなったからさ」

『イヤ、じゃない』

「そうなのか?」

『イヤなんじゃなくて、ちょっとびっくりした。ちょっと恥ずかしかった』

「三木、なぜそんなところで手をひらひらとさせているんだ。行動が不審だぞ」

「いや、そんなことないって」

「いや、怪しいな」

『違うの、のりちゃん』

「むっ、そうか、違うのか、持田」

『違う』

「本人がそういうのならばいいだろう。しかし三木は時折信じられないようなことをするからな、そんなことになったら恥ずかしがらず正直に言うんだぞ。風紀を動かすことも不可能ではないからな」

『うん、ありがと』

「えっ、なんで俺、そんなに信用ないの?」

「それは自分の胸に聴いてみるんだな」

自分の胸に聞いてみた。よく分からなかった。

「それで三木、ここで初めて見たわけではないのだが、お前はどうしてしばしば女子の頭を撫でているんだ」

「いや、理由ってほどのことはないんだけどさ……」

「なんだと! 理由もなく異性に接触しているというのか!」

「その言い方、なんか俺がエロい人みたいじゃね!?」

「あのね、りこたん。ゆっきぃはね、おんなのこのかみをなでなでする『とくしゅせ~へき』があるんだって」

間違いなくなにも考えていない志穂の言葉を受け取って、姐さんはザッ…、と俺から一歩距離を取った。今ここで取られた距離が、俺と姐さんの心の距離をあらわしているようで、それは思った以上にショックだった。

「三木……、貴様……」

姐さんの俺をいぶかしむ目が、かつてないほどに厳しい。志穂の世迷言なんていつものことなのに…、俺の信頼度なんて所詮こんなもの、ということなのだろうか。

「志穂、どうしてそんな言い方しかできないんだ。お前は俺を追い詰めて楽しいのか? なぁ?」

今の気分を的確に言い表すならば、今すぐに、志穂の両肩を掴んで前後左右にぶんぶんと振りまわしてやりたい気分である。

何というか、もう泣きそうだった。今まで一年近くかけて姐さんとは信頼関係を築いていたような気になってたんだけど、もしかしてそれは俺の幻想なのだろうか。

しかし、志穂がその無思慮な一言によって大いに損ねた姐さんの俺への信頼を、霧子がフォローする。

「幸久君がなでなでするのは、癖なの、ね?」

「そうなんだ、俺は人を褒めると頭を撫でる癖があるんだ。昔、撫でてやったら霧子が喜んで、それから十年くらいそれを続けてたら癖になった」

「癖か…、まぁ、無くて七癖というからな、そういう人がいてもおかしくはない、ということか」

「そうなんだ、仕方ないんだ、見逃してくれ」

「見逃すも何も、癖なのだから仕方がないではないか。しかしあまり褒められた癖でないのも確かだ。直すことを勧めるぞ。ところで三木、天方や皆藤を撫でている姿はよく見るのだが、私のことは撫でないのか? 癖なのだったら、同じくらい共に時間を過ごしている私のことを撫でても、決しておかしくはないだろう?」

それは、おそらくただ純粋な疑問なのだろう。確かに言っていることはもっともで、俺は姐さんのことはまったく撫でていない。撫でようとしたことも、あるいはないかもしれない。

「あぁ、確かにそうだ。ほんとだな」

「そうだろう。分からなければそれでいいのだが」

「いや、別になんとなく、かな……? 特に意識はしてないんだけど、もしかしたら、無意識に姐さんのことを撫でるなんて許されないことだと思ってるのかも」

「? それは、どういうことだ?」

「いや、分からないけどさ、こう、俺が姐さんのことを撫でるなんて百年早い的な、そんなのだよ、たぶん」

「ふむ…、よく分からないな。それはなんだ、遠慮か?」

「遠慮っていうか、敬意だよ。いや、畏敬かも」

「そんなものは持たなくていい。私たちは友人なのだからな」

「でもまぁ、親しき仲にも礼儀ありっていうかさ」

「それならば、天方や皆藤には礼を失していることにならないか?」

「あ? …、あぁ…、ほんとだな」

「それならば、私に対してもそのような遠慮などは不要だ。しかしかといって、気易く撫でていいというわけではないのだからな」

「それは、分かってるぜ」

確かに、別にそんなつもりは全くなかったのだが、俺は無意識に姐さんと他のやつらを区別しているのかもしれない。そうか、それは姐さんにしてみれば一人区別されているわけだし、いい気分というわけにはいかないだろう。

姐さんのことはすごいと思っているのだが、しかし尊敬しすぎるのも考え物だな。

『幸久くん、幸久くん』

俺が自分の行動を振り返って、うんうんと納得していると、また目と鼻の先を携帯のバックライトが通過した。

「ん?どうしたんだ、メイ」

『お料理、運ばないと』

「あっ……」

そうだった。そうだそうだ、運ばなくちゃダメだよな。こんなところで無駄話してる場合じゃないんだよ。

時計を確かめてみると、確かに時間はさっきよりも過ぎていて、もうぎりぎりなどということはないが、しかし余裕綽々と言うほどでもない。他の班の作業も、盛り付けなどの最終段階に至っているところがほとんどだ。

「じゃあさっさと持ってくか」

「はいは~い、あたし持つ~」

「お前、なんか落としそうだなぁ…、やっぱ俺が持つわ」

「え~、あたしも持ちたい~!」

「それじゃあ霧子でも抱えてろよ。これよりは重くて持ち甲斐があるぞ」

「それじゃそうする~」

「ひゃっ!! しぃちゃん、危ないよ!!」

俺の適当な言葉を真に受けて、霧子をひょいと持ち上げた志穂だったが、その姿勢は霧子一人持ち上げたくらいではびくともしなかった。もしかしたら、あと二人三人くらいならば乗ることができるかもしれない。というか、人一人を肩に乗せていて、バランスをまったく崩さないというのはどういうことだろうか。霧子は霧子でわたわたと暴れているわけで、普通なら少しくらいふらふらしたりするだろうに、そんな様子は全く見られない。

まぁ、それはいいとして、料理を先生の待っているところまで運ぶわけなのだが、時間的にはまだもう少しだけ余裕があったりする。それならば、まだそう急ぐこともないだろう。

それならば、焦らずゆっくりと行こうではないか。

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