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Prism Hearts  作者: 霧原真
第九章
115/222

ひとり温泉タイム

「あぁ~……、生き返るわ~……」

夜、俺は食事を済ませて少ししてから、露天風呂に入っていた。

「なんでだろうなぁ…、温泉と家風呂って、違うの大きさだけのような気がするけど…、どうしてかキくんだよなぁ……」

空には無限にも思える無数の星々が輝き、そしてそのやわらかな光は、宵の暗闇によって覆い隠された地上をぼんやりと照らしている。今の季節にどんな星座があるかなんて、そんな詳しいことはなにも知らないけど、それでもその星の煌きを眺めているだけで、どうしてか感動してくるんだから、なんとも不思議なものだ。

「しかし、まさかこんな風呂に一人で入ることがあるなんてな。こういうのも、奇跡っていうのかなぁ……。こういう奇跡なら、ほんと大歓迎だぜ、と……」

女四人に男一人の俺達が風呂に入るとなったら、もちろん部屋が別なんだから、風呂だって別々に入るに決まっている。この旅館の露天は混浴というわけではないので、女湯と男湯に分かれるのが必定なのである。

さらにどうしてか、露天には俺以外の人間が一人としていなかったりする。まぁ、時間的には少し遅めの食事をしているか、あるいは食休みを取ってゆっくりしているか、という頃なので、しばらくしたら誰かしら入ってくるだろうことは分かっているのだが、しかしこの瞬間の偶然に感謝してのんびりするのがここでの正しい姿に違いあるまい。

そんなわけで、俺はこの瞬間、この旅行が始まってから初めて一人っきりで時間を過ごしているのだった。よく考えたら電車に乗るまでは霧子と、電車の中ではずっとみんなといっしょだったし、旅館に来てからは一人部屋のはずだったのに部屋付き仲居の三枝さんが常に部屋に留まっていて一人になることは結局なかった。別に俺は一人でいることを好む人間ではないのだが、しかし一日の間の少しくらいは一人になりたいというか、ただのわがままに違いないのだろうが、「みんなといたいけど、一人になる時間もほしい」という感じなのだ。

霧子なんかは、「いつでもどこでもみんなといっしょがいい」みたいなところがあるから、基本的にどんなときも一人っきりになることはないようにしているみたいだ。家の中でも部屋の中にこもっているということはほとんどなくて、生活拠点は主にリビングだ。学校でも休み時間、移動教室、昼食、トイレ等々、あらゆる行動を誰かと共に行なっているらしく、霧子が一人でポツンとしているところはあまり見ない。いや、まぁ、霧子の隣にいる確率が一番高いのは、数えたことがないから確実とは言えないが、ほぼ間違いなく俺なんだけどさ。

逆にメイなんかは、ケイタイで会話する不思議な感じがあるからか、むしろ一人でいる方が多いみたいで、文字通り静かに学園生活を営んでいるようだ。しかしそれでも、こうしていっしょに旅行に行こうと誘えばいっしょに来てくれるわけで、たぶんみんなといること自体はそんなに嫌いじゃないんだと思う。たぶんメイは、これは俺の想像でしかないのだが、積極的に他人と関わっていこうとしないだけで求められればそれに応えようとする気概は持っているんだろう、と思う。とりあえず、今のところ俺はメイに接近を拒まれたことは一度もないわけで、きっと俺たちの存在を迷惑がってはいない、んだろうと思う。

…、話が広がっちゃったな。まぁ、そんなわけで、なんというか俺は、風呂とかトイレとかなんていうものは一人でするものなのであって、そういう局面においては誰かといっしょというのはあまり好ましくない。確かに裸の付き合いとかいう言葉もあるので、そういう状況を全面的に否定するわけではないのだが、まぁ、一意見としてそういうプライベートな時間を誰かと共有するのはちょっとね、と考えているというわけで。

「まぁ、とりあえずラッキーってことだ、うん……。あ~…、しっかし、キくわぁ~……。温泉につかってここまで癒されるって、ほんと日本人でよかったって思うわ、こういうときは……」

しかし、こうして一人でのんびりと湯につかっていることができるのは、もちろん偶然誰もいない時間にここに来ることができた幸運も大きいのだが、それと同じくらいに志穂の侵入をシャットダウンすることができた、という事実があるだろう。

去年もそうだったのが、志穂はどうしてか女湯ではなく男湯の方に入ろうとしてくる。女の子は女湯、男の子は男湯だぞ、と何度説明しても、よく分からなかったのか素知らぬ顔で俺の後について男湯に入ろうとしてくるのだ。志穂が何を考えてそんなことをするのかは、正直俺では推し量ることができないのだが、しかし入ろうとしてくるからといって「はいそうですか」と入らせてしまうわけにはいかないのである。

男湯と女湯で入浴する場所を分けているのは、もちろんそれなり以上の意味を持ってそうされているわけで、そのルールは、小さくて一人で入浴することが困難だったり、親の監視の目から放してしまうにはまだ早い子どもみたいなケースを除いて、たやすく破ってもいいことではない。いや、確かに、志穂は年齢の割には危なっかしいところがあるからどこであっても可能な限り監視の目は切りたくないのだが、しかしだからといって、高校生の女の子が男湯に堂々と侵入するなんてことはあってはならないのだ。

そもそも、どうしてあいつはそういうことに対する躊躇がまったくもってないのだろうか。普通だったら、第二次性徴のあたりから男女の身体つきに少しずつ違いが生じてきて、それに伴うように異性を異性として認識するようになっていき、羞恥心という感情が発生していくはずなのだが、なんでこいつにはそれがないのだろう。ほら、一般家庭では、女の子は自分の父親に対してすら羞恥の感情を持つようになると言うではないか。いわく、「お父さんの洗濯物といっしょにあたしのは洗わないで」とか、「最近お父さんの視線に性的なものを感じる」とか、「お父さんとはもういっしょにお風呂入らないから」とか、「お父さんはあたしの部屋に入って来ないで」とか、いろいろあるんだろう? 俺はよく知らないんだけど。

いや、俺は男だし、そもそも父親も母親もとっくの昔に死んでいていないわけで、そんな感情を芽生えさせる機会すら与えられていないのだ。それに身近な女の子である霧子もお父さんは死んでしまってもういないし、美佳ちゃんはおじさんに対してそういう感じのそぶりを見せ始める前にどこかへメイド修行という名の奉公に出てしまったからな。だからそういう女の子の生態について俺が実地で直接的な知識を得ることはできないわけで、すべてはテレビドラマとかマンガとかから得た微妙な情報でしかないんだけどな。

とにかく、志穂がどうして俺に対してまったく恥ずかしいという感覚を持ち合わせていないのかは分からない。っていうか、志穂が堂々と俺の後ろについて男湯に入ろうとしてくるのを必死に押し返す俺の姿というのは、滑稽としか言い表しようのない醜態なのではないだろうか。なんていうか、男としての器が小さいというか、漢じゃない、みたいな感じのアレで。

「姐さんが手伝ってくれなかったら、今頃は志穂もここにいたのかなぁ……。あいつの突撃は、俺一人の力じゃ止められない威力だからな、マジで。…、まぁ、志穂の身体じゃ、見甲斐がないってもんだけどな、うん。俺は、ロリコンじゃ、ないしな、うん」

俺だって、女性の女性的な体つきには、男としていいなぁと思うことはある。胸は適度にあるのがいいし、腰回りは適度にすっきりしている方がいい。アメリカンでボンッキュッボンッみたいな、不自然さすら感じるナイスバディなスタイルよりも、もっと日本的風情のある美しさが感じられるスタイルがよくて、幼いかわいさみたいなものよりも瑞々しいフレッシュさみたいなものの方がいい。

具体的に言うと、同年代並に成長を遂げている感じがいいのである。そういう意味で言うと、姐さんのスタイルくらいの感じ、いいよなぁ。風紀で体を鍛えてるから全体的にシュッとしてるし、でもだからって女性的な柔らかさみたいなものが損なわれているわけでもないし。全身にバランス良くついた機能的な筋肉がしなやかさを感じさせるし、それを包むように薄くついている肉が柔らかさを感じさせるし。胸もけっこう成長しているようで、しかも胴回りは健康的に細いからトップとアンダーの差でDカップくらいありそうだし、時折視線を引かれてしまうことがある。しかしそれに反して小尻だし、全体的に締まった印象を与えるんだ。

俺にとってみれば、周りにスタイルのいい人がけっこういるわけで、そういう意味では美女・美少女と同様に見慣れているということもできるかもしれないが、しかし姐さんはそれであっても何か目を引くものがある。言い方を変えれば、何か光るものをその内に感じるのだ。最強にスタイルのいい雪美さんを引き合いに出してしまっては太刀打ちできないように感じられるが、しかしそれでも姐さんには姐さんの魅力があるわけで、やっぱり心惹かれる何かがあるように思う。

それに、身近なところで言うと晴子さんとか、弥生さんとか、歌子さんとか、そういう人たちと比べても遜色ないというか、むしろ部分部分で見たら勝っているところすらあるのではないか、と思うこともしばしばだ。やっぱり、姐さんはいい身体をしているんだよな、うん。非常に魅力的だ。

「…、いや、違う。これは、あの、そういうんじゃないんだって…、別に姐さんのことを異性として特別に意識してるとかそういうのじゃなくてさ……。違うんだよ!! 違うんだっ! 姐さんっ!!」

『何を言っている! 三木! 大きな声を出すんじゃない!!』

「誤解しないでくれ!! 俺は…、俺はそういうんじゃないから!!」

『何を言っているか、まったく要領を得ん! あとで聞いてやるから、こんなところで大きな声を出すんじゃない!! 他の人に迷惑をかけることは、許さん!!』

「…、ごめんなさい!」

『分かればいい! 静かに入るんだ!』

「は~い……」

怒られてしまった。しまったな…、温泉につかって何かが緩んだのか、うっかりでかい声を出してしまったではないか。っていうか、そうだよ、姐さんの言うとおりだよ。ここでわざわざでかい声出して間仕切り越しに話をする必要はないんだよ。それに向こうにはどんな人がいるか分からないんだから、そんな状況でこういう大事な話はするべきじゃない。

危ない危ない、どうもリラックスしすぎて頭のネジまで緩んできてしまっているようだ。気をつけなくては。

「ふぅ~…、落ち着け、俺……」

とりあえず、一度気持ちに区切りを入れるために温泉からあがり、俺はカランのコックを捻って手桶に冷たい水を溜めると、一気に頭からそれをかぶった。全身を包んでいた暖かな感じは一息で吹き飛び、感覚的にも物理的にもあっという間に涼やかな気分になり、そして頭もすっきりとした。

「っはぁ…、グッと来たぜ……」

そしてもう一度湯船へと向かう。手桶一杯の水垢離によって引きしまった気持ちが、温泉の暖かさに再び緩んでいくのが、明確な感覚として把握された。なるほど、これはいいな。ずっとのんびりと湯につかっているよりも、しばらくつかったら一度出て水をかぶり気持ちを切り替えて、そしてもう一度つかるというのを繰り返していれば、きっとのぼせてしまうことなくずっと温泉にいることができるじゃないか。

「いいことを学んでしまったな。これは、これからの俺の温泉ライフに革新をもたらすぜ」

というか、すぐに湯の中に戻ってきてしまったが、せっかく一度上がったのだから水を浴びるだけでなくパパッと体と頭を洗ってきてしまえばよかった。あ~、またしばらくは湯の中から出たくないからな、これはマズったな……。どうしよう、せっかくまた入ったのに、洗いに出るか……?

でも、さっきみたいにすっかりあったまるまでつかっていないと、お湯から出たときに少し寒いではないか。たぶん、今この瞬間に湯からあがるのは、きっと一番寒いに違いない。となってくると、まだしばらくはつかっていて、それからまた洗いに出た方がいいんだろうな、たぶん。

いや、しかし、思い立ったときに洗いに出ないと、またずるずると引っ張ってしまって、本当にいつまでも温泉に滞在することになってしまうではないか。というか、あんまりお湯につかってばかりいると、せっかく風呂に入っているというのに、頭とか体とかを洗うこと自体が面倒になってきてしまうかもしれない。それでは風呂に入っている意味がないではないか、それはいけない、それは。

「う~ん、どうしたらいいかなぁ…、ん? 誰か来た?」

そして、俺が肩まですっかりお湯につかって満天の星空を眺めながらそんな、若干どうでもいいことに頭を使っていると、俺の一人温泉タイムの終焉を告げる音が、浴場の熱気がこもった空気を伝って俺の耳に届くのだった。はっきり言うと、露天と脱衣所を仕切る引き戸が開かれたのである。

そうか、とうとう誰か他のお客が来ちゃったか。まぁ、いつまでも一人で入っていられるとは思ってなかったし、それはそれでいいんだけどさ。あっ、そうだ。もし、今しがた入ってきた人が先に体を洗ったら俺も湯から出て体と頭を洗おう。もし、先に温泉につかりにきたら、俺ももう少しつかっていよう。

決め難い何かを決定しなくてはならないときは、そうやって自分ではどうすることもできない何かに決断要素を委ねてみるのも、少なからずありだろう。

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