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Prism Hearts  作者: 霧原真
第九章
110/222

教会探して路地を行く

「…、幸久君、こっちでいいの?」

「…、いいんだよ、こっちで」

「ゆっきぃゆっきぃ、まよった? まよった? みちにまよった?」

「迷ってないよ!? け、計算通りだよ!?」

俺たちは、メイの強力な協力によって志穂の説得に成功したので、五人そろって街の方にてくてくと降りていったのだった。

「やっぱり、りこちゃんにもいっしょに来てもらった方がよかったんじゃないかな……。りこちゃん、方向感覚すごくいいし」

「いや、俺もな、別に霧子ほど方向音痴ってわけじゃないんだわ。むしろ並以上と言っても過言ではないね。あぁ、道に迷うなんて、ありえんね」

「で、でも…、教会、ないよ……?」

「車から見たときはけっこう小さくしか見えなかったけど、きっとあれは距離が遠かったからで、実際はかなりでかいはずだからそろそろ見えてくるはずなんだけどな。まぁ、でかいかどうかは、俺の勘でしかないんだけどな」

「もぉ~、ゆっきぃがてきとうなみちにいっちゃうから、まよっちゃったねぇ~、きりりん?」

「適当な道なんて行ってねぇよ!? 教会はこっちですって、路地の入口に書いてあったよね!? 二人とも、それは見たよね!?」

とりあえず、街まで降りてきた俺たちは、お土産を見に行く姐さんチームと行きにちらっと遠目に見かけた教会を探すための旅に出る霧子チームに分かれることにした。霧子チームには、探すのを手伝ってやるという事前契約に基づいて俺と、それから俺の目の届かないところにやってしまうのが甚だ危険な志穂が加入し、姐さんチームには別に教会は見なくていいかも、とメイが加入し、無事に二つのチームが出来あがったのだった。

そして、「お土産横町」とでも呼ぶべきなのだろうか、何軒もの土産もの屋や特産品の店が立ち並ぶ観光客をそのメインターゲットにした商店街のようなところの入口で姐さんチームと分かれた俺達、特攻野郎霧子チームは、さっそく結成以来最大の危機に見舞われているのだった。

いや、別に俺が変な路地を変な風に曲がったりして変な道に迷いこんでしまったわけではない。路地の入口に、「聖フランチェスコ教会→こちら」みたいなことが書いてあったからサクッと曲がっただけなのだ。

「お、落ち着け、二人とも……! まだ俺たちが迷ったと決まったわけじゃない。とりあえず、さっきのところに教会はこっちって書いてあったのは間違いないんだ! それでまだ着いてないってことはそりゃ、まだそこまで至ってないってだけだろ? つまり、もう少し行けば案内の通りに、必然として教会にたどり着くってことだ!」

「ほんと~? ほんとにつくの~? ゆっきぃ、だいじょぶなの~?」

「志穂! ネガティブに物事を捉えるな! 元気に行くぞ!」

「は~い」

「霧子、匂いとかしないのか? 教会の匂い」

「にゅ…、教会の匂いは…、ちょっと分からないかも……」

「そんなことないって、教会っていうのは聖域だ。聖なる空間からは、そりゃなんとなく聖なる空気が漏れだしてて、聖なる匂いがしてくるもんだろ。そういうアレを、嗅ぎ分けてくれ、霧子!」

「む、無理だよぉ……」

「むむっ!? ゆっきぃたいちょう! あっちからいいにおいがします!」

「お前の言ういい匂いっていうのは美味しそうな匂いのことで、それは商店街の方から漂ってくるたい焼きの匂いとかだろ。腹減ったのは分かったから、お前は少し黙ってろ、志穂」

「は~い……」

とにかく、こっちにあるよと言われた以上、進行方向に教会があるのは間違いないわけで、俺たちがいまだそこにたどり着けていないということは、つまり、まだ俺たちの進み方が甘いということに他ならないのだ。こんなところで立ち止まっている暇があったら、少しでも先に足を進めるべきで、そうしなければ目的地である教会へとたどり着くことは叶わぬ夢と散るだろう。

それにそもそも、まだ歩き始めてから数分も経っていないわけで、いくら案内の標識が出ていたからといって、それっぽっち歩くだけでたどり着けるはずがないではないか。そんなに簡単に目的地に着いてしまうようでは、旅というものの楽しみを満喫することができない。

旅というものは、困難な道程そのものを楽しむという側面があるのではないだろうか。そうだよ、簡単に目的地に着いてしまっては、本当にこっちであってるのかなぁ…、とかこの道は間違ってないよね…、とかのハラハラ感を味わうことができないじゃないか。つまり、今の俺たちの現状は、まさしく旅を満喫してる! 正しい旅人の姿がそこにあるんだ!

「って、んなわけあるか!」

「幸久君、どうしたの……? 急にびっくりしたよ……」

「すまん、迸った」

「な、ならいいんだけど…、でも、なかなか着かないのはほんとだよね」

「ほんとだよな、困ったな。せめてあとどれくらいで着くよ、みたいな看板があれば」

「あっ、ゆっきぃみてみて、あそこになにかかいてあるよ!」

「なに!? よし! 志穂、でかした!! なになに……?」

次のチェックポイントまだかよ~、と俺がぶつくさ言っていると、なんと間もなく志穂が次のチェックポイントと思しき何かを発見したらしい。そこはワイ字路になっていて、確かに何もなければどちらに行ったものか立ち往生してしまうだろうところだった。こうして要所要所にポイントになるものを置いておいてくれれば、俺たちは迷うことなく目的地であるところの教会へとたどり着くことができるだろう。

しかし、一つ目から二つ目までの間が長すぎたんだよなぁ……。これじゃ今の俺たちみたいに、意味もなく不安になってしまう人が出てしまうではないか。やっぱり、こういうところでは目的地まで50メートル毎に一つくらいは目印になるものを置いてほしい。

ただでさえここはかなり狭い路地で、ようやくすれ違うことができるかどうか、というくらいの道なんだからな。まぁ、教会なんて基本的には観光客がたくさん来ることを目的にしてないから、こういう少し分かりづらいところに建っていても問題はないのかもしれないけどさ。

でもこの土地自体が観光によってかなりの恩恵を得ているんだから、少しくらいは流れに迎合してもいいんじゃないか、とは思うけどな。

『聖フランチェスコ教会→こちら』

「…………」

「さっきと同じこと、書いてあるね……」

「こっちだよ! ゆっきぃ!」

「それは、分かってる……」

いや、別にさ、ワイ字路でどっちに曲がったらいいかを教えてくれてるんだからありがたいんだけどさ。確かにこのワイ字路を逆に向かっちゃったら全然違う方に行っちゃっただろうから大助かりなんだけどさ。

でもなんだろう、この全然ありがたくない感じ。これは、なんというか、すごい徒労感を覚える。時間的には十分も歩いてないからこんなこと言うのはおかしいかもしれないけど、すげぇ疲れた。この看板を見た瞬間、すげぇ疲れた。

「ちょっと、休憩していいか……?」

「あたしも、ちょっと、休みたいかも……」

「え~、あたしは~?」

「じゃあ、志穂はちょっとこの先まで行って、ほんとにこの先に教会があるのか見てきてくれ……。俺と霧子はここで待ってるから、ひとっ走り頼むわ……」

「は~い! まかせて、ゆっきぃ!」

「がんばれ、志穂。そして頼んだ……」

「しぃちゃん…、ごめんね、よろしく……」

「まかされた~!!」

志穂は、この二つ目の看板のせいで力の抜けてしまった俺たちを置いて、教会があるらしい方へと走っていくのだった。しかし、この看板を見ても力がまったく抜けないあたり、俺たちの中ではあいつのメンタルが一番強いんだろうなぁ。姐さんもメンタル強いように見えるけど、中身はけっこう乙女だから細かなところで気付かれないくらいこっそりと、ささやかに傷ついているんじゃないかと思う。

その点、志穂は基本的に深く物事を考えないからな。今回の看板も、きっと文字通りこっちの方に目的地の教会があるんだと思っているだけだろうし、俺たちが感じているような変な疲労感を覚えることもないんだろう。

「幸久君…、なんだかあたし、疲れちゃった……」

「俺もだ、霧子…、気が合うな……」

「その看板見たら、力抜けちゃったかも……」

「俺もだ、霧子…、気が合うな……」

たとえば、なんというか俺と霧子は二人とも、「目的地まであと五百メートルだよ!」と言われて、それからしばらく歩いたっていうのにまた「目的地まであと五百メートルだよ!」と言われたような、そんな感じだった。今までしばらく歩いてきたんだけど、どうして目的地までの距離が全然減ってないの? みたいな、そういう疑問が頭の中を行き駆っているのだが、おそらく霧子の頭の中も同じような状況なんじゃないかと思う。

「別にたくさん歩いたってわけじゃないのに、不思議だな……」

「そう、だね…、足が疲れたっていうより、心が疲れちゃったんだよ、たぶん……」

「心は、だいぶ疲れてる…、この旅行に来てから、だいぶ疲れてる……」

「そう、だったんだ……。…、ね、ねぇ、幸久君…、一つ聞いても、いい、かな……?」

「ん? どうした? 別になに聞いてもいいぞ?」

「ぅ、うん…、あの、ね? さっきの仲居さん、も、もしかして、幸久君、知ってる人?」

「? どうしてそんなことを聞く?」

「ぇ、えと…、にゅ…、あの人、去年はいなかったはずなのに、幸久君、お話したいからって車の後ろの席に二人で座ってたし……。それに車の中でしてたのも、なにか大事なお話だったみたいだったから……。にゅ、そ、そういうことじゃなかったら、いいんだけど……」

「なんだよ~、霧子、ヤキモチか? この~、可愛いやつめ~。だいじょぶだって、俺は霧子のことが一番かわいいからな、心配すんなって。まぁ、俺の知り合いの中で霧子の知らない人っていうのは少ないからな。自分の知らない人が俺といっしょにいたから不安になっちゃったか?」

「にゅぅ…、ヤキモチじゃ、ないもん……。ちょっと、あれ、って思っただけだもん……」

「まったく、かわいいんだから、この娘ってば。ん~…、なんて言ったらいいか分からないんだけどさ、とりあえず、俺はあの人のことは知らないんだよな」

「知らない、の?」

「あぁ、会ったことない。おじさんにも聞いてみたけど、俺が覚えてないだけってこともないだろうって。とにかく、霧子が心配するようなことはないから、安心してくれていいぞ」

「にゅ…、し、心配なんて、してないもん……」

「まぁ、あの人は俺のこと知ってるみたいだから、よく分からないんだけどなぁ」

「? 幸久君はあの人のこと知らないのに、あの人は幸久君のこと知ってるの? にゅ、どういうこと?」

「そのまんまだよ。俺は知らないけど、あの人は知ってるんだ」

「会ったことないのに?」

「それについては俺もよく分からない。おじさんが言うには、三枝さんの後見人してる人っていうのが、どうも三木の家とつながってる人だったみたいだ。だから、そのつながりを通して俺のことを人づてに聞いたんじゃないか、っておじさんは言ってたよ」

「にゅ、うわさ、みたいな感じかな……? 幸久君、うわさになってるの?」

「らしいぜ。イヤだな、自分の全然知らないところで自分がうわさになってるのって。俺、これから人のうわさ話するの、控えることにするわ。自分がされて初めて分かる、ってもんだな」

「でも、幸久君、うわさになるって、何かしちゃっての?」

「いや~、分からん。別に何をしたつもりはないんだけどな……。でもまぁ、うわさって何がきっかけで始まるか分かったもんじゃないからな」

「それは、そうかも。でも、びっくりだよね、こういうところで自分のこと知ってる人に会うなんて。すごい偶然かも」

「偶然…、なのかな……」

「? 偶然じゃないの?」

「いや、なんていうか、…、出来すぎてるっていうか、つながり過ぎてるっていうか…、いや、俺の気のせいだと思うんだけどさ」

「にゅぅ…、ね、ねぇ、幸久君、あの、三枝さんの後見人の人って、誰だったの? 幸久君のこと、知ってる人だったんだよね?」

「ん? あぁ、うちのじいさんと、なんか仲良かった人らしい。だからうちのこともよく知ってるんだとさ。まぁ、俺は知らないんだけどな」

「幸久君のお家は、昔はすごいおっきぃ家だったんだよね。その人のお家も、すごい家なの?」

「霧子も知ってると思うぞ、たぶん。いや、その人を、っていうか、その人の会社を、だけどさ」

「会社? どこかの会社の、偉い人?」

「フタミ、知ってるだろ? フタミグループ」

「フタミって、あの? フタミ化成の親会社?」

「フタミ化成…、あぁ、そうそう、それも系列会社かも。あの人さ、そこの会長の、二見啓蔵って人の知り合いなんだってさ」

「ふぇ…、すっごいね……。うちのキッチンにフタミ化成のスポンジとかラップとかあるもん…、びっくりしちゃったよ……」

「あぁ、あの、水で流しながら擦るだけで汚れが落ちるっていう、意味の分からんスポンジな。晴子さんが洗剤代かからなくていいとか言ってたかも」

「あの人…、もしかしたらすごい人なのかもしれないねぇ……」

「そうなのかも、しれないな、うん……」

「ゆっきぃ! むこうにきょ~かいあった! ほんとにあったよ!」

「おぉ、そうか。っていうか、おかえり、志穂」

「ただいま! ゆっきぃ、きょ~かい、あった!」

「よしよし、それじゃ、志穂が見つけてきてくれたことだし、霧子、行くか」

「うん、そうだね」

「っていうか、早かったな、志穂」

「はしった!」

「そうか、走ったか。お前、走るのめっちゃ早いからな」

「がんばった!」

「よしよし、えらいえらい」

三枝さんについては、霧子が心配してくれるのはうれしいのだが、残念ながら俺にも今言った以上のことは分かっていないのが現状で、言ってしまえば何も分かっていないに等しいだろう。とりあえず今は、何も分かっていないのだから、霧子を心配させることがないように気をつけるべきだろう。今のままでは霧子を安心させるために話をする、ということもできないのだ。見せるべき情報と隠しておくべき情報を、もっときっちり見極めるようにしていかないといけないな。

まぁ、とにかく今は、ダッシュでこの先に本当に教会があるのかを探ってきてくれた志穂のおかげで行くべき道も定まったことだし、教会に向かって進むとしようではないか。

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