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Prism Hearts  作者: 霧原真
第一章
11/222

お料理をしよう!

さっさと始めなくてはいけないと思っていても、休み始めたら時間はあっという間に過ぎてしまうわけで。結局、俺たちが弁当を食べ終わって調理に取り掛かる決意をしたのは、「食休みしてから」とか言って少し休んでからだった。

よし、それじゃあやるぞ! と立ち上がったときには昼休みも終わるころで、もう他の班のやつらもほとんど調理室に集まっていて、けっきょく俺たちの「昼休みが終わる前から調理作業始めちゃう作戦」は発動されることなくお蔵入りとなったのだった。まぁ、昼休みの間に班員の力量を把握しておけたのは、よかったとは思う。

「うし、そろそろ始めるか」

「そうだな、もう一時になってしまったし、片付けも考えると時間が心もとない」

「まぁ、二時間もあるわけだし、みんながちゃんと動けば余裕で間に合うって」

実際問題、そんなに難しいものをつくることはないわけだし、コンロの数の関係でつくる順番とかに気をつけないといけないだろうが、時間は問題ないと思う。というか、根本的な疑問なのだが、もしも間に合わなかったときは何かあったりするのだろうか。

まぁ、間に合ってしまえばいいわけだし、そんなことを考えている暇があったら遅れないようにつくりましょう、ということだ。さて、とりあえずはなにをつくっていこうか。

「ねぇねぇ、ゆっきぃ。なにつくんの?」

「そうだな、色々つくれるように食材は買ってきてあるから、適当につくれそうなのをつくっていこう。確か、弁当みたいなかたちにして、つくったものがいい感じに盛り付けましょう、って感じの課題だったはずだしな」

「うん、そうだよ。えぇとね、『支給された器にあわせて料理をつくること。内容は自由』って書いてあるよ」

霧子はポケットからキレイに折りたたまれたわら半紙のプリントを取り出すと、それを広げて読み上げた。どうもそれは、一週間前くらいに配られた実習の予告プリントのようだった。

そんなものをよく持ってたな。俺が最後にあのプリントを目にしたのはいつのことだろうか。もらってから二三日で見当たらなくなったような気がする。

「そんなプリントよく持ってたな、霧子。うゎ、懐かしいな、それ。もらってときに一回見たけど、それからしばらくしてどっか行っちまったんだよなぁ」

「えっ! ゆっきぃすごい! あたしはおうちに帰ってからもう一回みようとおもったら見つからなかったんだよ。帰ってるとちゅうでどっかにいっちゃたの」

「その日もらったプリントが家に帰ったときにはもうないって、それどういうことだよ。宿題とか家に持って帰れないじゃん」

「え~、いつもなくなるわけじゃないもん。十回に七回くらいしかならないもん」

「それは、ほぼ毎回って言うんだよ」

「三木、皆藤。先生から配布されるプリントには必要なことが書かれているんだぞ。それをなくしてしまっては配布する意味がないではないか。内容を覚えていればいいというものではない、プリントはしっかりと保管しておかないと駄目なんだ」

なるほど、それは確かにその通りだろう。今回は内容を漠然とでも覚えていたからよかったが、もしも忘れてしまったときには見直して確認することもできないわけであり、どうしようもないからな。

しかし俺だって、別になくしたくてプリントをなくしているわけではないのだ。俺としてもプリントがなくなってしまうという事実には憂慮しているわけで、なくさないように気をつけるぞ! と、ほんのわずかにではあるが毎回気合を入れている、つもりなのだ。

「いや、姐さん。毎回毎回プリントのやつがな……」

「三木は、プリントを配られてたとき、すぐに机の奥へ適当に押し込んでしまっているだろう。そんなことをするからからなくなってしまうんだ。ちゃんとファイリングするなり、意識的に保管しておけばなくならないものだぞ」

「マジで? でも俺、そんなデカいファイルをプリント用とか言って持ち歩くのヤなんだけど」

「別に小さなクリアファイルでもいいだろう。それに持ち歩く必要もない、いつでも見なおせるようにロッカーにでもしまっておけばいい」

「あぁ、そっか。姐さん、賢いな」

「それくらい、賢いうちには入らないぞ。当然の配慮だろう。まぁ、必要な分をまとめて持ち歩くのが一番いいとは思うのだがな」

「でもりこたん、ちゃんとカバンに入れてもってても、いつのまにかなくなるよ?」

「皆藤はいつもプリントをくしゃくしゃに丸めてカバンに入れているだろう。かばんにきちんとしまっているのはいいかもしれないが、あれではゴミと区別することが出来ないではないか」

「それじゃあ、まるめなきゃいいの?」

「そうだな、丸めてしまうよりも折った方が数倍いいだろう。これは三木と同じだが、クリアファイルに挟んでおけばそう簡単には折れないだろう」

「りこたん、かしこい~」

「別にそんなことはないだろう。とにかく、これから気をつけるんだぞ。そんなことをしていて損をするのはお前たち自身なんだからな」

「あぁ、気をつけるよ、姐さん」

「あたしも気をつけるよ!」

プリントなんて適当にしまっておいて、必要になったら机の中から掘り出して、どうしても見つからなかったら霧子に見せてもらう、というのがこれまでの俺の常だった。霧子はそういうのを几帳面にとっておく性質なので、見せてくれといえば必ずそのプリントが出てきたから甘えてしまっていたのかもしれない。

そういう風に霧子に頼っているから、自分でしっかりとしまうっていう発想が出てこなかったのかもしれない。しかしいつも霧子の方が俺に迷惑をかけているんだから、これくらいなら頼ってもいい気はするのだが。

まぁ、家に帰っても覚えていて、その上で家にクリアファイルがあったら姐さんの言うことを実行してみようと思う。あくまでも、覚えていたら、なのだが。

「それでは始めようか。しかし、三木、色々買ってきたんだな…、私は食料品の買い物というのはあまりしないから相場が分からないのだが、本当にこれは五千円で足りているのか? たしか、はみ出てしまった分は班の中で頭割りにするという話だったが」

「ぜんぜん大丈夫だって、足りてる足りてる。っていうか、実習で使うものを買うだけで五千円も使いきれないから、逆に余ってるくらいだよ。それとも買い物しててもらったレシート、見るか?」

「いや、見なくてもいい。三木がちゃんと買ってきてくれたというのだから、それを信じることにしよう」

「幸久君は買い物上手なんだよね。スーパーじゃなくて商店街に行ったりするんだよ」

「三木、やはり商店街の方が安くそろえることができるのか? 私はこういうものの買い物はあまりしないから分からないのだが」

「別に商店街に行ったからって、何でもかんでも安く済むってわけじゃないって。スーパーの方が安くあがることだって、なくはないんだぜ?」

けっきょく問題は、いかにして商店街の人たちと顔なじみになるか、ということなのだ。顔なじみであれば、少しだけまけてくれることもあるし、少しサービスしてくれたりもするのだ。

うちでは、基本的に買い物は広太の担当で、晴子さんの教えに基づいて商店街をその主なフィールドにしている。だからある意味で、馴染みになっているのは広太の方だったりする。いや、馴染みというよりも、毎日毎日白昼堂々執事服で買い物かご片手に商店街を闊歩しているわけで、名物的な存在と化しているのかもしれないのだが。

そして俺は、商店街のマスコットになってしまった広太のご主人さまとして知られているらしい。前に広太といっしょに買い物に行ったときにそう紹介されてしまって、それからは商店街に行くたびに「ご主人、お安くしとくよ」だ。安くしてくれるのはうれしいのだが…、いや、文句は言うまい。

「まぁ、いいや、始めようぜ。ほら、材料はいろいろあるから、これでつくれそうなもので、食べたいものを言ってってくれ」

そして俺は、袋の中から材料をどんどん取り出して机の上に並べていく。いろいろな小袋がたくさん出てきて、調理台の一角が袋で埋め尽くされる。

スーパーだったらこんな売り方はなかなかしていないだろう。商店街らしいどんぶり勘定で買い物をしていくのはなかなか楽しいものだ。

「ほぉ、よくこんな量で小売りにしてくれるものだな。商店街というのは、やはりこういう細かいところで要望を聞いてくれるものなのか」

「まぁ、いろいろあってな。いろいろさ」

実は学校の実習でいろいろ必要で、五人分を五千円でそろえてるんだ、と言ったら「あれも持ってけ、これも持ってけ。全部まとめて300円な」といろいろ持たされてしまったのだ。しかもそれを行く店行く店でやられたものだから、遠慮するのが大変過ぎてヤバかった。

いろいろサービスしてくれるのはうれしいんだが、適度に遠慮していかないと今後の人間関係をどうしていけばいいか分からなくなる。こう、受け取ってばかりだと申し訳ない気分になるからな。

「ゆっきぃ、あたしハンバーグ食べた~い」

「じゃああたしは唐揚げが食べたいな」

『卵焼き』

「そうなると、たんぱく質が多くなるな。簡単にサラダもつくって欲しいところだな」

「じゃあねぇ、あとねぇ……」

「おい、言う分には自由だけど、つくるのは自分たちなんだからそこらへんのところ考えて言ってくれよ。自分たちにつくれそうな範囲のもので、食べたいもの、だからな」

確かに言ってくれとは言ったが、好き勝手に言い放題だぞ、といった覚えはない。これがピクニックに行くから弁当つくるぞ! というのならそれでもいいかもしれないが、これは実習なのだから、そういうわけにもいかないだろう。

「えぇ~、みんなゆっきぃがつくってくれるんじゃないの?」

「当然だろ、俺はお前のお母さんじゃないし、これは調理実習なんだぞ。みんなで力を合わせてやらないとダメだろ。っていうか、何のためにさっき卵焼きつくってテストしたと思ってるんだよ」

「幸久くんがつくってくれたほうがあたしがつくるよりも絶対美味しいのが出来るのに……」

「霧子…、そういうことばっかり言ってるからいつまで経っても味付けが上手くできるようにならないんだからな?」

「最近は少し出来るようになってきたもん。でも、幸久君がつくってくれた方がおいしいよ」

「霧子、何度でも言うが、今日の卵焼きはうまくいってないんだからな? あんなのばっかりだと、少しはできるようになってきた、なんて言わないんだからな?」

「ぅゆ…、おねえちゃんと同じこと言う……」

「俺だって別に晴子さんと同じことを言いたいわけじゃないんだぞ。でも、こうやって何度でも言ってやるのが霧子のためだと思うからであってだな」

「うぅ、それもいっしょ……」

「細かいこと気にすんなよ。師匠と弟子は思考パターンが似てくるものなんじゃないのか、よく知らんが」

「おねえちゃんが二人…、うぅ……」

霧子は、うぅ、おねえちゃん…、と頭を抱えて、自分を守るように床にしゃがみこんでしまった。もしかしてそのポーズ、ぶたれるのを防御しているのだろうか?

晴子さん、常日頃霧子に何をしているんですか。俺に対してと違って、けっこう甘やかしてるんじゃないんですか?

まぁ、俺に対する仕方の半分以下の厳しさだとしても、それは霧子にとって大ダメージなのかもしれないし、一概になんとも言えないわけなのだが。あるいは、晴子さんの素はけっこうきついので、俺に話すような調子で霧子にも話してしまっているのかもしれない。

どちらにしても、俺にならどれだけ厳しくしてもいいんで、霧子には優しくしてやってください。

「あぁ~、ゆっきぃがきりりんいじめてる~!」

「ちょ、ばっか、いじめてなんかねぇよ!」

「いっけないんだ~」

「いじめてねぇよ、仲良しだよ」

しゃがみ込んだ霧子の頭に手をポンと置き、そのままぐしぐしと撫でる。特に意味はない。

「三木、皆藤、遊んでいる場合ではない。他の班はもう作業をしているんだぞ」

「はっ! そうだな…、遊んでる場合じゃない、つくろう。あんまりぐだぐだしてると間に合わなくなっちまうからな。ほら、霧子も立てよ、な?」

「うん、分かった……」

そう、遊んでいる場合ではないのだ。俺は霧子の防御態勢? を強引に解かせると立ち上がらせ、少しだけ床にこすっていたポニーさんの先っぽを軽くはたいてやる。

「きりりん、ゆっきぃがいじわるだけど、げんきだして!」

『ふぁいと』

「うん……」

「あぁもう、いじわるでもなんでもいいよ! さぁ、つくるぞ、お~!」

「お~」

もうなんというか、全体的にぐだぐだだし、俺はやけくそだった。

こういうときは、とりあえず作業を始めてしまうのがいい。作業を始めてしまえば、全員が料理に集中するわけだから、もうなにも気にしなくていいわけだからな。

とりあえず、揚げ物もしていいことになっているし、さっき食べたいと言っていたものは全部つくれるだろう。しかしさっき言ったものだけでは絶対におかずの種類が足りないだろうから、それ以外にもぱぱっとそろえる必要があるな。まぁ、幸い材料はいろいろあるわけだし、なんとでもなるだろう。

さぁ、お料理の時間だ。

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